美樹の日記
これはかなり微妙な質問だったので、なんならパスでもいいやと思ったが、一応俺は夕霧の返事を待っていた――が。
夕霧はひどく迷う素振りで、落ち着きなく左右を見たり、テーブルの上に置いた両手をもじもじと動かしたりした。
「……なんなら、今はパスでもいいけど?」
見かねて俺が声をかけると、逆に思い詰めた表情で俺を見た。
「お答えする前に……もしもわたしが人外の何かだったら……誠司さんは気にしますか?」
「ああ、なるほど。うん、そりゃ先に訊いておきたいよな」
今のが返事みたいなものだと思うけど。
俺は微笑して首を振った。
「今まで通りにやっていけるなら、そんなの別に気にしない。あの鹿島涼子の存在を知った時だって、俺としては、驚いた以外の感情なかったし」
「ああっ」
ふいに感極まった声を上げ、夕霧は笑みを広げた。
「それなら……それなら、はいっ。わたしは本当は人間じゃありません……」
「そうか! それを聞いて、なんかいろいろすっきりした」
俺はわざと軽い口調で頷いた。
「妹は知ってるわけ?」
「いえ……正確には知らないはずです。超常能力を持つ姉、くらいの意識でしょう。あえてそれ以上のことは教えていませんし」
「なるほど」
その答えも、突っ込みどころが満載だよな。
本当は、「で、今の姿は本物の夕霧か?」とか「人外というと、どういうアレ?」とか、微妙なことも尋ねたかったんだが、それは一日一つの質問を越えてるしな。
中坊妹のことも含め、また今度訊けばいいさ。
なぜか知らんが、夕霧はこれまでに見たことがないほど、幸せそうに笑っていた。
いつの間にか手を握られていたりして。
「じゃ、じゃあ……後は、どう連中を警戒するかだよな? 今後の対応も考えるとして、まずは俺達の身の安全の話だ」
「身を守ることについては、わたしによい案があります!」
握った手にきゅっと力を入れ、夕霧が言った。
「最大の秘密は明かしたのですから、安心してお話しできます」
○――夕霧美樹の日記――○
六月某日
日記は長らくサボっていたけど、今後のためにも、今日は書いておこうと思う。
今晩の出来事が、あたしの夢じゃなかった証拠にね。
このクソ暑いのに、おねいちゃんが夜中に出ていったかと思うと、ついさっき、踊りながら帰ってきた。
踊りながらというのは、信じがたいことにそのままの意味で、たまたま歯を磨いた後に通りがかったところで玄関のドアが開き、おねいちゃんが帰宅したのだ。
その場で空中に飛び上がって二回転ほどした挙げ句、着地したところでさらに練習したてのアイドルダンスを一通り踊ったりして。
思わず、あっけにとられて見てしまったわ。
短いフレアスカートでそういうことやるから、ピンク色のショーツを何度も見る羽目になったし。
最後のポーズ決めたところで、「み、美樹っ」とか大声出したので、なんとあたしに気付いてなかったらしい。
「か、勝手に見ないでっ」
今頃、スカートの裾を気にしてたけど、もう遅いわー。
「んなこと言われても、通りがかったら、勝手に入ってきて勝手に踊り始めたわけで。なんかあったん?」
「今日は……誠司さんの寛大さを改めて知ることができたわ」
両手を組んで天井を仰ぎ、遠い目でそんなことを言う……大丈夫なの、この人。
「具体的には?」
「わたしが人外――い、いえっ、人間としてはかなり特殊な力を持つ者だと告白したのよ」
「えぇえええええっ」
これは正直、本当に驚いたかも。
今は会社で生活しているパパやママはもちろん、一緒に住んでるこのあたしだって、おねいちゃんの有り得ない力は幾つか知ってるけど、それ以上のことはなにも知らないもんね。
なんで姉妹でこんな差があるのか、日頃から不満たらたらだわよ。
「超能力者として、テレビ局に売り込まれても知らないわよっ」
「そういうことしでかしそうなのは、美樹でしょ? 前に、『むー』という雑誌に投稿しようとしてたでしょ?」
おねいちゃんの笑顔は陰らず、むしろ当てこすられた。
「誠司さんはそんなことしないわ。訊かなくても、それくらいわかります」
「ぐ……ぐぬぬ」
これにはあたしも唸るしかなかった。
ていうか、何年も前に、特ダネとしてむーにこっそり投稿しようとしていた件、やっぱりバレてたのね……こわっ。
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