表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/44

一日質問一つ

 俺としては、意外に思い切った質問のつもりだったが、どうやら夕霧によっても、かなり意表をつく問いかけだったらしい。


 大きく息を吸い込み、俺をまっすぐに見返したまま、固まっていたからな。

 最初にちらっと心配した通り、てっきりこりゃ勘違いだと思った俺は、慌てて手を振った。




「ははは、ごめん。いや、あまりにも親切だから、ひょっとしてそんなこともと思っただけで――」

「いえっ」


 ふいに夕霧が正面で立ち上がり、俺は押し黙った。


 いや、なんで立つんだろう?

 しかも、テーブルに両手を置き、ぐっと身を乗り出したではないか。ドレス風のブラウスの胸元が少し覗けるほどに。


「な、なに?」

「つまり、関心あります、ありますとも! むしろ、関心しかないくらいです、はいっ」

「そ、そうか」


 あんまり意味わからんけど、とにかく無関心じゃないわけだ。


「なら、今まで俺は勘違いしてたなあ。てっきり夕霧は、俺なんか群衆の中の一人以下だと思ってた」

「そんなはずありませんっ」


 まだ立ったまま、夕霧は激しい勢いで首を振った。


「もしそうなら、今夜だってわたしは、ここへ来ませんでしたっ」

「ありがとう……いや、本当に嬉しいよ、そこが俺の勘違いだとわかって」


 照れ笑いして頭をかくと、夕霧もほっとしたように笑ってくれた。


「だいたい俺は卑屈でいけないな……じゃあ、こうしないか?」

「……なんでも言ってください」


 夕霧はやっと座ってくれたが、なぜか椅子ごと俺のそばまで移動してきた。本来、小さな四角いテーブルなので、正確には正面から横に来たことになるけど。


「うちのクラスの男子で、夕霧に関心持たない奴はいない。だけど、そういうことなら俺ももっと踏み込んで、夕霧のことを知った方がいいと思う。こんな時だしな」


 言いかけたところで、夕霧がなぜか細かく震えているような気がしたので、俺は眉をひそめた。


「具合でも悪い?」

「いえいえ、人生のピークかと思うほど、絶好調ですわっ」


 きっぱりと言い切られた。


「なにか妙なところがあったら、それは間違いなく、喜び故にです。あとわたしの方は、同じクラスの他の男性は本気でどうでもいいです、はいっ」

「そ、そう?」


 マジかよと思ったが、顔が大真面目なので、何割かは本当かもしれない。

 そこで俺は咳払いして続けた。


「こほん。今思いついたばかりの提案だけど、俺達はヤバい事件に関わっちまった。だから、協調して乗り切るためにも、もう少し互いに知り合った方がいい。そこでだ、一日一つでいいから、相手の質問に答えるというのはどう? どうしても答えづらい時はパスもアリで」


 ――事件に関わった以上、協調する必要があるので云々という話は、嘘ではない。


 でも提案した理由の半分くらいは、「夕霧の秘密を知りたいぞっ」という理由が占めているのも間違いないのだ。

 秘密が多い子なのは確かだからな。あからさまに質問攻めにするより、こういうやり方の方が尋ねやすいだろうと。


 どう答えるかと思ったが、夕霧は緊張した表情になったものの、頷いた。


「わ、わかりました……一日、一つですね?」

「そうそう。言い出しっぺの俺の方から質問受けるけど? なんかある?」

「どんな質問でもいいですか?」

「それは、もちろん」

「それでは」


 夕霧はまた深呼吸して、俺をじっと見つめた。



「仮にわたしが人を殺すとして、誠司さんが許せるケースというのは、どういう場合でしょう?」



「――っ!」


 正直俺は、いきなり返事に詰まった。 

 親のことから性癖まで、まず有り得ない質問まで予想して身構えていたが、その質問は予期しなかったっ。


 冗談かと思ったが、すぐ横に座る彼女は、めちゃくちゃ真剣な顔だしな。人殺しとか、経験あるの? とか訊きそうになったが、夕霧は慌てて言い足した。


「仮の話です、仮の。だって今、二人とも狙われている可能性があるんですよね?」

「ああ、なるほど……それならわかる。そうだな……う~ん」


 真面目に考えると難しい質問だが、まあでも答えられないほどでもない。


「自分が大怪我したり死ぬ可能性が少しでもあるなら、俺はむしろ反撃してほしいね。無理に殺すこともないけど」


 沈黙したままうんうんと頷き、夕霧はぶつぶつと「怪我しそうな時か命が危うい時」などと何度か口の中で繰り返していた。

 え、ずいぶんとマジに受け取ってない?


「わかりました。それ以外に、誠司さんが危ない場合も、躊躇なく相手を殺すかもしれませんけど……とにかくわかりました」


 とろけそうな笑顔で言われると、ちょっとそれ以上はなにも言えなくなった。

 今の、割とツッコみどころが多い返事だったけど、あまりにも普通に言われて、ツッコむ隙がなかった。

 まあ、仮の話だしな。


「じゃあ、次は俺な?」

「ど、どうぞ」


 少し背筋が伸びたけど、夕霧は微笑んでくれた。

 では、まずは一番大事な質問だ。


「夕霧は、厳密な意味では人間ではない?」


 ……その質問を発した途端、彼女の笑みが強ばった気がした。 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ