一日質問一つ
俺としては、意外に思い切った質問のつもりだったが、どうやら夕霧によっても、かなり意表をつく問いかけだったらしい。
大きく息を吸い込み、俺をまっすぐに見返したまま、固まっていたからな。
最初にちらっと心配した通り、てっきりこりゃ勘違いだと思った俺は、慌てて手を振った。
「ははは、ごめん。いや、あまりにも親切だから、ひょっとしてそんなこともと思っただけで――」
「いえっ」
ふいに夕霧が正面で立ち上がり、俺は押し黙った。
いや、なんで立つんだろう?
しかも、テーブルに両手を置き、ぐっと身を乗り出したではないか。ドレス風のブラウスの胸元が少し覗けるほどに。
「な、なに?」
「つまり、関心あります、ありますとも! むしろ、関心しかないくらいです、はいっ」
「そ、そうか」
あんまり意味わからんけど、とにかく無関心じゃないわけだ。
「なら、今まで俺は勘違いしてたなあ。てっきり夕霧は、俺なんか群衆の中の一人以下だと思ってた」
「そんなはずありませんっ」
まだ立ったまま、夕霧は激しい勢いで首を振った。
「もしそうなら、今夜だってわたしは、ここへ来ませんでしたっ」
「ありがとう……いや、本当に嬉しいよ、そこが俺の勘違いだとわかって」
照れ笑いして頭をかくと、夕霧もほっとしたように笑ってくれた。
「だいたい俺は卑屈でいけないな……じゃあ、こうしないか?」
「……なんでも言ってください」
夕霧はやっと座ってくれたが、なぜか椅子ごと俺のそばまで移動してきた。本来、小さな四角いテーブルなので、正確には正面から横に来たことになるけど。
「うちのクラスの男子で、夕霧に関心持たない奴はいない。だけど、そういうことなら俺ももっと踏み込んで、夕霧のことを知った方がいいと思う。こんな時だしな」
言いかけたところで、夕霧がなぜか細かく震えているような気がしたので、俺は眉をひそめた。
「具合でも悪い?」
「いえいえ、人生のピークかと思うほど、絶好調ですわっ」
きっぱりと言い切られた。
「なにか妙なところがあったら、それは間違いなく、喜び故にです。あとわたしの方は、同じクラスの他の男性は本気でどうでもいいです、はいっ」
「そ、そう?」
マジかよと思ったが、顔が大真面目なので、何割かは本当かもしれない。
そこで俺は咳払いして続けた。
「こほん。今思いついたばかりの提案だけど、俺達はヤバい事件に関わっちまった。だから、協調して乗り切るためにも、もう少し互いに知り合った方がいい。そこでだ、一日一つでいいから、相手の質問に答えるというのはどう? どうしても答えづらい時はパスもアリで」
――事件に関わった以上、協調する必要があるので云々という話は、嘘ではない。
でも提案した理由の半分くらいは、「夕霧の秘密を知りたいぞっ」という理由が占めているのも間違いないのだ。
秘密が多い子なのは確かだからな。あからさまに質問攻めにするより、こういうやり方の方が尋ねやすいだろうと。
どう答えるかと思ったが、夕霧は緊張した表情になったものの、頷いた。
「わ、わかりました……一日、一つですね?」
「そうそう。言い出しっぺの俺の方から質問受けるけど? なんかある?」
「どんな質問でもいいですか?」
「それは、もちろん」
「それでは」
夕霧はまた深呼吸して、俺をじっと見つめた。
「仮にわたしが人を殺すとして、誠司さんが許せるケースというのは、どういう場合でしょう?」
「――っ!」
正直俺は、いきなり返事に詰まった。
親のことから性癖まで、まず有り得ない質問まで予想して身構えていたが、その質問は予期しなかったっ。
冗談かと思ったが、すぐ横に座る彼女は、めちゃくちゃ真剣な顔だしな。人殺しとか、経験あるの? とか訊きそうになったが、夕霧は慌てて言い足した。
「仮の話です、仮の。だって今、二人とも狙われている可能性があるんですよね?」
「ああ、なるほど……それならわかる。そうだな……う~ん」
真面目に考えると難しい質問だが、まあでも答えられないほどでもない。
「自分が大怪我したり死ぬ可能性が少しでもあるなら、俺はむしろ反撃してほしいね。無理に殺すこともないけど」
沈黙したままうんうんと頷き、夕霧はぶつぶつと「怪我しそうな時か命が危うい時」などと何度か口の中で繰り返していた。
え、ずいぶんとマジに受け取ってない?
「わかりました。それ以外に、誠司さんが危ない場合も、躊躇なく相手を殺すかもしれませんけど……とにかくわかりました」
とろけそうな笑顔で言われると、ちょっとそれ以上はなにも言えなくなった。
今の、割とツッコみどころが多い返事だったけど、あまりにも普通に言われて、ツッコむ隙がなかった。
まあ、仮の話だしな。
「じゃあ、次は俺な?」
「ど、どうぞ」
少し背筋が伸びたけど、夕霧は微笑んでくれた。
では、まずは一番大事な質問だ。
「夕霧は、厳密な意味では人間ではない?」
……その質問を発した途端、彼女の笑みが強ばった気がした。




