能力が及ばない!?
あまりにも静かなのでちょっとドキドキしたけれど、誠司さんはちゃんとさっき見つけた窓辺にいた。
ただ、わたしが術をかけたせいか、窓の下に座り込んだまま。
それはわかるけれど、入ると驚いたようにこちらを見た。
……実はこれは、凄く珍しいというか、普通は有り得ない。
わたしがイビルアイ(邪眼)をかけると、普通はその場で茫然自失となるから。
……でも、なにしろ相手はわたしが想いを寄せる人だ……知らず知らずのうちに、わたしがためらったのかも。
あり得る話だ。
とにかく、申し訳ない思いを込めて、わたしはそっと誠司さんの横に足を崩して座った。事情はどうあれ、やるべきことを済ませないと。
「誠司さん……なにか今日の侵入者について、新たにわかったことがあるかしら?」
「あ、ああ」
びっくりした顔のまま、誠司さんは頷いた。
頷きながら、こっそり脇に手を伸ばして、セアラの容器に毛布をかけようとしていた。この辺りでもう嫌な予感がしたけれど、誠司さんのお返事を聞いて、わたしはその予感が当たったことを知った。
「教えてあげたいけど、全部話すわけにもいかないんだ」
それから改めてわたしを見た。
「ところで、いきなりどうしたの?」
「え、ええっ!?」
じゅ、術が……イビルアイがぜんっぜんっ、効いてない!?
○――――○
距離を置いて目が合ったのはわかったが、しばらくすると、なんと玄関の方で音がして、夕霧その人がそっと入ってきた。
え、チャイムなしっ!?
ていうか、夕霧がうちを知っていたことも驚いたけど、普通にしずしずと部屋にまで上がってきたのは、さらに驚きだった。
まあ、鍵は多分、俺がいつものごとく、かけ忘れたんだろうけど。
ちなみに、今日の騒動について訊かれた俺は普通に「全部話すわけにもいかないんだ」的な返事をしたのだが、なぜか夕霧はいたく驚き、隣に女の子座りしていたのに、飛び退くようにして立ち上がった。
お陰で短いスカートが翻って、俺が焦ったほどだ。
しばらく立ったまま呆然と俺を見ていたので、気を利かせて自分から言ってやった。
「そのまま入ってきたことなら、気にしないでいいよ。俺が鍵をかけ忘れたんだし……まあ、うちを知ってるとは思わなかったけど」
夕霧はなんか俺の言葉がちゃんと聞こえてないようだったが、また話しかける前に、唐突に普通に戻った。
「そ、そうなのですっ、実はわたし、誠司さんのご自宅は前から知っていたんです、はい。ふいな訪問で、チャイム鳴らさなくてごめんなさいっ」
ものすごく早口だったけど、俺は手にした双眼鏡を後ろに隠すのに忙しく、気にしてる場合ではなかった。
セアラを背中で隠して毛布かけたのは、バレてないといいんだけどな。
「お、お茶でも入れるから、こっちへ」
とりあえずセアラから遠ざけるために、夕霧を誘ってキッチンのテーブルへ行く。
幸い、夢遊病者みたいな足取りでついてきてくれた。彼女は彼女で、なにか気にしているらしい。
俺は夕霧にテーブルの椅子を勧め、自分は紅茶の用意をした。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ」
俺は座って紅茶を啜りつつ夕霧の言葉を待ったが、なぜか彼女はいつもと違い、少し動揺しているようだった。
勝手に入ったのをまだ気にしているのかと思い、俺は自分から教えてやった。
「そういや、昼間の侵入者について、いろいろわかったことがあるんで……ちょどいいから、説明がてら教えてあげるよ。ただし、話せる部分のみになるけど」
そう断りを入れ、俺はだいたい、全部話した。
もちろん、夕霧が借りている倉庫の話をすると、中坊妹のことまで持ち出す必要があり、そこは内緒にして話を進めた。
話している間にかなり落ち着いたらしく、俺が説明を終えると、夕霧は頷いてくれた。
「つまり、わたしの移り香のせいで、誠司さんを尾行した鹿島涼子という人は普通の人間ではなく……最近起きた凄惨な事件について、わたしが関与していると疑いを持つに至った。そこで、真偽を確認しようとして侵入したと?」
「そういうこと」
理解の早い夕霧は、続けた。
「その鹿島――さんと別れた後、おそらく犯人の一味だと思われる二人が誠司さんに接近し、いわば遠回しに脅してきたということですか?」
「まあ、正確には態度を保留する的な話だったけどね。保留されたらされたで、これも悩むところだけど」
「……それは、どうしてでしょう?」
「もし彼らが本当にその事件の犯人なら、殺人を見逃すことになるから」
俺がさらりと言うと、なぜか夕霧は息を呑んだ。
「や、やはり誠司さんは殺人などは許せませんか?」
「事情によるけどね。そこまで聖人じゃないし」
俺はよい人扱いされるのが嫌さに、ふいに話を変えた。
よく考えたら、夕霧がうちを訪ねてきてくれた今は、絶好の機会のように思えたのだ。
「ところで、こんな時になんだけど、一つ尋ねてもいいかな? 俺の勘違いだと思うし、その時は笑ってくれていいから」
「ど、どうぞ」
夕霧が居住まいを正したのを見て、俺は思いきって尋ねた。
「……もしかして夕霧って、俺に多少なりとも関心ある?」




