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ここは一つ、パイタッチで

「そう思うなら、どうしてそのままマンションまで尾行したんだよっ」


 思わず、悲鳴のような声が漏れた。


「俺はともかく、夕霧がヤバいじゃないか!」

「あー……水原君って見かけはともかく、いい人ねぇ」


 微妙な褒め方されたが、あんまり嬉しくないぞっ。



「まあ、今でこそあたしもその可能性を考えるけど、その時は『尾行してくるのは、これから会う相手の仲間ね? 上等じゃないっ』って思ったわけよ。だって、あたしとか夕霧さんみたいなのがゴロゴロいるはずないし、そんな希少シチュエーションに遭遇したら、そう考えるのが普通じゃない?」


 

 言い訳のつもりか、涼子はそう説明した。


「侵入した直後に襲いかかった時の驚きぶり見たら、夕霧さんにそんな気なかったって、今ならわかるけど。特に殺気もなかったしね」

「意見は保留するけど、問題の尾行相手は、どんな奴?」

「驚くべきことに、それがあたしにも捉えられなかったの」


「はあ?」


 俺は顔をしかめたが、別に涼子はからかっている様子はなかった。


「微かな香りがしたし、気配もした。あたしの後を尾いてきてたのは間違いないけど、その時は姿を見せなかったってこと。あたしが水原君に気を取られていたことを置いても、普通は有り得ないんだけどね。これでもかなり鋭い方だと自負してるし」

「なら、危険な相手かどうかも、わからないだろ? その第三者も、涼子と似た目的で尾行してたのかもしれない」


「……でもその某人は、君やあたしに殺気を放ってたのよ? あれこそ、喧嘩腰どころの騒ぎじゃないわよ。場合によっては殺す気満々だった思う」


「えぇええええ」


 涼子の感覚を疑うことはせず、代わりに俺はどっと焦った。


「お、俺が尾行されたばかりに」

「あのさ、都合悪いから話変えるわけじゃないけど」


 一人で衝撃を受ける俺を、涼子は探るように見た。


「そもそもあたし達、最初はバスの中で出会ったわよね? 水原君、なんのためにあのバスに乗ってたの? あんまりあちこち出歩くタイプに見えないけど」


 実際そうだが、すげー大きなお世話である。


「なんでそんなこと訊くんだよ?」

「あの時、夕霧さんの移り香に気付いたのはもう話したけど、他にもなにかちょろっと匂ったのよねぇ、君から。記憶にあるような香りだけど、そっちはあまりにも微かすぎて、どうしても思い出せない。だから、水原君が『バスに乗る直前』にいた場所に、なにか関係あるかと思ったわけよ」

「……う」


 俺は眉根を寄せて考え込んだ。

 あの時に向かった場所と言えば、中坊妹が俺に教えてくれた、夕霧がこっそり借りた倉庫だ。

 あの時、俺は全くなにも香りなんかしなかったけど、この涼子くらい有り得ない嗅覚なら……ひょっとして、俺の移り香として、倉庫の中にあった謎の何かを感じ取ったのかもしれない。 

 

 迷った末、俺は夕霧の貸倉庫を見にいったことを、教えておくことにした。

 もちろん、まだ場所は白状せず、その存在だけを。




「涼子は、もう夕霧は疑っていないんだよな?」

「いま疑うなら、まず先にあたしに姿を見せなかった、殺気だった方だわね」

「なら話が早い。夕霧に目を付けた人外がいるとして、あの倉庫が関係しているかもしれないしな」


 俺は早口で倉庫の存在を話した。


「――つーわけで、俺なんか狙う奴がいるとは思えないけど、万一の時に調べるなら、その倉庫について妹の中坊に訊いてくれ。俺が頼んでたってことで」


 なぜかぽかんとしている涼子に、くれぐれも頼んでおいた。


「聞いてる? 万一の時に限るけど、調べるなら、まずそこからだ」

「いや……今聞いておいた方がよくない? あたしなら、こっそり行ってこっそり調べられると思うけど? かなり神出鬼没だし」

「駄目」


 俺は身も蓋もなく首を振る。


「倉庫を見に行ったのは、俺の好奇心だったけど、それがそもそもの間違いだったんだよ。今から思えば、そういう余計なことをしなければ、夕霧の身辺がヤバくなることもなかった。全ては俺の責任なんだ。だから同じ失敗はしたくない」

「危険度は、君も同じくらいだと思うし、どうせその謎の誰かは、もう倉庫にも目をつけてた気がするけどね。――でも」


 言葉の割に、涼子は妙に感心した目で俺を見た。


「夕霧さんが熱上げるのも、わかる気がするわね。水原君、少なくとも中身は悪くないわ」

「だから、微妙な褒め方するなって。だいたい夕霧は俺なんかに大した関心あるもんか。クラスじゃ高嶺の花みたいに言われてんだぞ?」

「でも、あたしと取っ組み合いしてる最中、君に気付いた夕霧さんが名前を叫んだじゃない? あの時、もうべったべったな情念が声に籠もってた気がするけど? あたし、割とそういう勘は鋭いのよ」

「はいはい」


 聞き流したのに、しつこく涼子が言う。


「今度二人きりの時、ちょっと冗談でどっか触ってみなさいよ? この際、大胆にパイタッチでもいいから。『やだぁ、誠司君たらっ』とか言って嫌がらなければ、きっと気があるってことよ」


「なにがパイタッチじゃあああっ」


 果てしなくアホらしいセリフに、思わず俺は立ち上がった。

 俺はまだ死にたくないわっ。 


皆さん、よいお年をお迎えください。

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