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表に出ない、第三者の存在


 警戒しつつ、タフガイ美女についていったが、案内されたのは近所の公園だった。


 遊具もロクにないせいか、だいたいいつも誰もいないが、ご多分に漏れず、今日も空っぽである。

 ふんふんふ~ん♪ と謎の歌を口ずさみつつ、彼女は片隅にある自動販売機で缶コーラを二つ買い、一つを俺にくれた。




「元の名は違うけど、鹿島涼子かしま りょうこね。はい、どうぞ」

「悪いな……知ってるだろうけど、俺は水原誠司」


 反射的に受け取ってしまった。

 どうも、腹を立てにくい奴だな。

 ベンチの隣に座られたが、なんだか友達同士みたいな雰囲気で拍子抜けする。


 片目が前髪で隠れている上に、猫みたいな吊り目でジーンズ履きだし、なんとなくロックバンドの女性ボーカルだと言われても、納得しそうだった。


 もちろん、あらゆる意味で普通の人間じゃないので、油断はならない。




「あのさぁ、俺を尾行したのは置いて、なんで夕霧のマンションに忍び込んだんだ?」


 気を引き締める意味でも、先に質問した。


「二百年以上前だったけ? 人間をホモ・サピエンスとして分類したリンネって学者がいたわけよ」


 鹿島涼子とやらは、いきなり遠い目で言った。


「それと、尾行にマンション侵入がなんの関係が」

「まあ聞きなさいってば。そこを説明するためには、まずあたしのことを語る必要があるからね、これが。もちろん、内緒だけど。でも、水原君は意外と秘密を守る人だろうと思って打ち明けるの」

「……わかった、聞こうじゃないか?」


 渋々頷いた。

 まあ、この謎の美女の正体も、確かに気になるからな。


「続けて」

「はいはい。そのリンネせんせーは、ホモ・サピエンスという分類オンリーじゃなくて、その亜種も定めていたのよ、当初。ホモ・モンストローズ? 怪物的人とか訳す場合もあるけど、そこまでの意味じゃなくて、あくまでも想像上の人間亜種だろうとされているわね、普通は」


 俺が口を挟む前に、鹿島氏はさらっと続けた。


「……でも、リンネせんせーが本当はどう思って、そんな亜種を分類したのか、本人に聞いてみないとわからないわよね? 遙か昔のことだし、本当のこと書いたら、当時でさえ笑いものにされる危険もあるし。だからあたしは、せんせーは案外、あたしみたいな人間の存在を、実際に知っていたんじゃないかって思ってる。ガリバー旅行記を書いたスウィフトが、発見される遙か以前に、火星の衛星について詳しく知っていたようにね」

「あんた……いや、鹿島さんは、自分は本当の意味の人間じゃないって言いたいわけか?」


 なんとなく囁き声になってしまった。


「涼子って呼んでいいわよ。特別に許可してあげる……迷惑かけたしね」


 コーラをごくごく飲み、鹿島氏はまた俺を見た。

 前髪に隠れてない方の右目で、笑みを含んで。


「水原君だって、あたしが普通の人間だなんて、もう思えないでしょうに」

「まあ……うん」


 そこは頷く他はない。

 普通の人間なら、もう死んでるしな。


「あと言っておきますけど、あたしみたいなのは、こっちにも多いのよ。この世界に前からひっそり人目を避けて暮らしていた種はもちろん、よそから迷い込んだのとかね。正確な人数なんか誰も知らないけど、多分、想像以上にたくさんいるんでしょうね……現にあたしも、以前からそういう匂いがする人を何度も見かけたし、今回なんかついに似たような人に会ったわけだし」


「それって、夕霧のこと? でもあの子には、普通に家族がいるぞ? あの妹も妙なところはあるけど、でも人間には違いないだろ?」

「それが本当の家族ならね」

「……えっ」


 さすがにそれは考えたことなかった!

 いや待て、会ったばかりの奴の言葉を、そのまま信じてどうするっ。

 俺が混乱していると、涼子は表情を改めて告げた。


「あたしはこの世界に元々いた種じゃなくて、よそから迷い込んじゃったのよ。だから、最初はやたら苦労したけど……さすがに慣れたかな。他にも似た人はいるみたいだし」

「夕霧の香りを、懐かしい匂いとか言ってたよな?」


 思い出して聞くと、涼子はコクコク頷いた。


「そう、多分あの子も、あたしの元いた世界が出自じゃないかな。ああいう人、向こうでも希少ではあるけど、こっちほどじゃないからね」

「いや、そんなあっさり……ていうか、それならどうして夕霧と取っ組み合いしてたんだ? 確かめるために侵入ならわかるけど、最初から喧嘩売ってただろ?」

「ちょっと前まで、あたしは最近起きる血なまぐさい事件のほとんどは、もしかしてあたしみたいな人外の誰かのせいだと思ってたから。言うまでもなく、ようやく遭遇を果たした、あの夕霧さんのことよ」


 おおうっ。ずばり言いやがったぞ、こいつ。


「だからこの際、戦ってみれば、推測くらいはできるかなって」

「ああいう事件……他にもあったんだ」

「探せば、最近だけじゃなくて、もう少し昔のもあるわよ? あと、そもそも事件になってないのもあるかも」


 俺が唖然としていたら、涼子はいよいよ真面目な顔で教えてくれた。


「それにね、君に見せた新聞記事の事件だって、理由は省くけど、あたしは記事に出た以上の事実を探り出したわ。現場写真とか、切断された人体パーツの写真とか、この目で見たもの。切断するだけならともかく、それらの人体パーツには顕著な特徴もあった。記事には出てないだけでね」


 特徴ってなんだ? と尋ねようとしたのに、涼子はわざとらしく話を変えた。


「独自に止められたら止めたいと思ったけど、今は確信が揺らいでいるわ。だって、夕霧さんのことを突き止めようとしていたの、あたしだけじゃないものね」

「えっ」


 意外な話を聞き、俺はたちまち質問を忘れた。


「どういうことだよ」

「そのまんまの意味よ」


 涼子の声から、陽気さが消えた。


「あたしは昨日から君を監視していたけど、他に君を見張っていた奴がいるようなの。それも多分、あたしと目的は同じで、夕霧さんの存在を探り出そうとしていたんだと思っている」


 ――しかも、相手はかなり危険な奴かもしれない。

 

 身を乗り出した俺に、涼子は憂鬱そうに告げた。



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