コンセプトモデルなので……
少し前まで、俺の朝はやかましい目覚まし時計のベルの音で始まったが、今は違う。
高校に入学してまだ二ヶ月だが、朝になると設定した時間に従い、女の子の声が起こしてくれるのだ。
まあ、相手はAIのホログラフだけどなっ。
「誠司さん誠司さん、朝ですよ~」
「あと五分」
「昨日そう言って、十五分も寝た上に二度寝して、あげくの果てに学校遅刻したじゃないですかー」
「お、おまえ、しょうもないこと覚えてるなっ」
さすがの俺も上半身を起こした。
起きて二度びっくりである。
ベッド脇のサイドボードにでっかい円筒形のガラスケース……つまり、セアラ本体を置いてあるのだが、なんと今朝はショートパンツとTシャツである。
「せ、制服姿は?」
「デフォルト設定ですね? もちろん戻れますけど、そろそろ夏ですし、気分を変えて見ました……誠司さんのために着替えたんです」
くるりとケースの中で回って見せてくれたが、それより俺は、その際に胸が揺れたのが気になってたまらん。
恥ずかしそうなセリフもアレだが……これ、基本プラグラムに入っている挨拶なんだろうか?
「……そのセリフ、プログラムの中にある?」
思わず訊いてしまった。
「わたしはプロトタイプというより、より正確にはコンセプトモデルですから、流通した正式商品とは、いろいろ仕様が違いますので。実験的な要素がもりもり入っています」
後ろ手に手を組んでふっと顔を背ける。
すげー自然なポーズで、すげーわざとらしい。
コンセプトモデルというと、車みたいに最初に採算度外視で制作し、コンクール用にバンバン新要素詰め込んだアレか。
実際に売り出す時には、たいがい元よりショボくなるな……車の場合だけど。
「えー。じゃあ訊くけど、同じセリフでも、微妙にトーンが違う時があるのは?」
「さ、最初のコンセプトモデルですから、声のトーンと話す速度を微妙に変えることで、いろいろできるのです……」
もっともらしいことを言うけど、声が緊張してる気が。あと、説明の最後の方、適当すぎる気が。ついでに、なんで話す時にキョドるのか!
それもプログラムのうちか?
「じゃあ、市販のポーズ数より圧倒的に多いポーズをこなすのも?」
「コンセプトモデルですから……」
「服装が多彩なのも?」
「コンセプトモデルなので……」
「今日のパンティー何色?」
「コンセプトモデル――えっ」
「いや、なんでもないっ」
俺は慌てて首を振った。
いや、なんか話してると怖くなるな。今の、わざとボケてくれたんだろうか。
俺はあまり考えないようにして、ようやくベッドから出た。
「学校行くよ」
「車に気をつけてくださいね!」
という、昨日と違う挨拶に送られ、俺は家を出る。
夏休みまでは遠いが、今日からもう夏服だ……うちの場合はブレザーなんで、男子はただ、上着のブレザー抜いただけだが。
通学時、途中にあるゲームショップで、しばし立ち止まった。
この近所じゃ唯一、ホログラフ少女のセアラがショーウィンドウに飾られているので、つい見てしまうのだ。
新製品なので、一番目立つところにおいてあり、台座の横にはこんな煽り文句がある。
『スマホとリンクさせれば、外出先でもメッセージがっ』
『朝起こしてくれる、夜、寝かしつけてくれるっ』
『オンライン接続して設定すれば、自宅のコントロールも自由自在。帰宅前のエアコンのオンオフも、余裕っ』
他にもずらずら書いてあるが、ガラスケースの中で同じ動きを繰り返し、たまにこっち向いて手を振る(センサーがあるので、立ってる場所はわかるらしい)彼女を見ていると、うちの「自称コンセプトモデル」とは大きく違うような気がしてならない。
「なんつーか、こう――」
上手い言葉を探し、「魂が入ってない?」とぼそっと声に出た。
……そのまんますぎる。