1201といえば、俺の誕生日やん!
職員室のコピー機でノートをコピーするかと思ったが、それより俺のノートを丸ごと貸す方が早いだろうと思い、もうそのまま学校を出た。
次に登校するのは月曜日なんだから、さすがに夕霧も出てくるだろう。
その時に返してもらえばいいだけだしな。
ちなみに、夜はあれだけよく話すのに、平日の昼間はだいたいそうだが、セアラがラインでメッセージ送ってくることもなく、俺は一人でぶらぶらと夕霧宅へと向かった。
住所見ると、近いどこか、うちのアパートから徒歩数分というね。
ほとんど自分の通学路と重なるし。
「……そうなんだけど」
今日に限って、俺は通い慣れた道を何度か振り返ってしまう。
いや、なんだか誰かに見られてる気がしてな。
こっそり白状すると、俺は普段から誰かに見られている気が頻繁にするのだが、長年のことなので、最近は慣れてしまったというか、どうせ俺の気のせいだと思って、前ほど気にしなくなっている。
外出すると見られている気がするだけで、その証拠を見つけた試しなんかないからな。
特に害もない上に、以前、誰かとぶつかった拍子に駅のホームから落ちそうになった時、後ろから肩を掴まれ、ぐいっと引き戻されたことさえある。
偶然に決まっているが、もしあれが謎の監視者なら、密かな恩義もあるしな。
速攻振り向いても、誰もいなかったけど……考えてみりゃ、ホラーだ。
しかし……なんつーか、今日はいつもと違って、びたっとすぐそばにいる気がしてならない。まあ、どうせ気のせいだろうけど。
何度か振り返ったけど、やっぱり誰かがついてきている様子ないし。
そのうち、夕霧の自宅に到着した……自宅というか、マンションだが。
「うへぇ」
周囲から浮いて見える新築マンションを見上げ、俺はため息をつく。
高層マンションというほどでもないが、でも十五階建てだ。
おまけに、最上階が夕霧家がワンフロア借りてる場所?
「多分……あそこから、うちのアパートが丸ごと見えるような」
しみじみと呟く。
ていうか、夕霧の部屋の位置によっては、下手したらうちの部屋がばっちり見える気がするな。もちろん、カーテン開けてた場合だけど。
なんという格差社会……まあ、あの子の場合、妬む気には全くなれないけど。なんか、普通に高嶺の花オーラ放ってるからな。
なんて――ポカンと馬鹿みたいに見上げていたら、いきなり声をかけられた。
「なにしてんのよ、水原君」
「うおっ」
聞き覚えのある声だと思ったら、中坊妹だった……ええと、美樹だったか?
「おまえこそ……て、ここが家だから、当然か」
と言いつつ、今日はこいつも、私服のチュニックみたいな服装だったけど。
「なんでうちのマンション知ってるの? おねいちゃんが話した?」
じろじろ見られたので、俺は慌てて釈明した。
「先生に、休んでた分のノートを届けろって言われたんだって。夕霧いる?」
「いるけど……」
得心したのか、中坊の表情が和らいだ。
「でも、もう少ししたら出かけるから、急いだ方がいいわよ。あたしが先に行って準備するから、もう少し時間あるけど」
「準備? え、学校から帰ったばかりだろ? まだ出かけるのか?」
普通の質問だと思うが、なぜか中坊の機嫌が悪化した。
「元はといえば、水原君のせいだからねっ。とにかく急いで。ハーリーハーリー!」
「だからその、怪しい英語やめろっ」
俺は慌てて駆け足になりかけ――そこでふと立ち止まった。
「急ぎなさいってば!」
「い、いや……今、最後にまた上を見上げたら、最上階のバルコニーに、人影が見えたんだけど?」
「おねいちゃんじゃないの、それ」
「違う」
俺はきっぱりと首を振る。
「別人だったから、驚いたんだって」
しかも、なんか外から忍び込んだように見えた。最後の瞬間、手すりをまたいでたからな。
もちろん、場所的に無理があるのはわかってるんだけど、相手は女で、どうも例のクンクン女に似てた気が。
「気のせいでしょっ? うち、最上階だよ」
「知ってるって。とにかく、チャイム鳴らしてみるっ」
すぐに入り口で該当するボタンを押したけど、返事がない。
俺が焦っていたせいか、妹が歩道から叫んで寄越した。
「返事ない?」
「ないぞっ」
「なら、着替え中でしょう。入り口とエレベーターの暗証番号、1201♯で上までいけるわよ! そっから先のドアは、おねいちゃんに開けてもらって」
「了解!」
おまえは来ないのかよと思ったけど、中坊は侵入者なんか俺の見間違いだと思っているみたいだしな。
俺はやむなく、言われた通りの番号をテンキーに打って、エントランスへ入った。
どうでもいいけど、1201といえば、俺の誕生日やん!
こんな時でもなければ、その偶然に驚いたところだ。