古着というご神体
早朝だというのに、あたしはおねいちゃんに部屋に呼ばれてしまった。
これから出て行くところだったのに。
今更言うまでもないんだけど、おねいちゃんはヤバい。
それでも普段は、いろんな謎や秘密は別として、スーパークールな美女と評してあげたいほど完璧だけど、以前から水原君関連ではヤバい人だった。
同じクラスになる前から、部屋の壁に水原君のコートを飾ってるものね。
今のじゃなくて、出会った頃にもらったらしい、小学生の頃のだけど。
もちろん、毎日のようにブラシかけたり埃を取ったりして、綺麗にしているのよ……そのうち擦り切れてなくなりそうなほどに。
男の子の、それも今やサイズ違いのコートを、いつまでもご神体みたいに部屋に飾ってあるのもアレだけど、あたしは何度か、おねいちゃんがベッドでそのコート抱えて丸まっているのを見てしまったことがある。
思い出しただけで、頭痛いわ。
その時はさすがに「なにやってんのっ」と思わず言ってしまったけど。
本人曰く、「だって、まだ誠司さんの香りが微かにするもの」だって。
……アレは引くわー。あと、どんな嗅覚じゃー。
さすがにもう何年も経つので、香りとやらも薄れて来たらしく、最近はひどく悲しそうにしてるけど。
そのうち、なんとかして新しいご神体(水原君の古着)を入手しそうで、あたしは怖い。
自分のおねいちゃんがゴミ捨て場漁ってるところとか、見たくないんだけど。
「ねえ、聞いてる?」
おねいちゃん本人に聞かれて、あたしは慌てて頷いた。
「ばっちり」
壁のご神体見つめてて、ちょっと魂が抜けてたわ。
おねいちゃんの水原君愛を知らなきゃ、とうに病院に電話してるもんね。見る度に写真増えてるし。
「ホントに聞いてた?」
「聞いてるってば。もうすぐダンスが完成するから、モーションキャプチャーで取り込めって話でしょ?」
だいたい、気安く「セアラにアイドルダンスさせたい……それもわたしの振り付けというか、そのままの動きで」とおねいちゃんに言われ、「いいけど、先に練習したら? モーションキャプチャーでおねいちゃんの動きをセアラに反映させることはできるけど、専用スーツ着て動きを取り込む必要あるからね」と教えたのはあたしである。
そのためか、おねいちゃんは昨日は学校休んで、アイドルダンスの練習しまくりだったらしい。
おまけに今日も休むようだけど。
「おねいちゃんはともかく、あたしは今朝、日直で早番なんだけどっ」
一応主張すると、おねいちゃんも頷いた。
「わかってるの。もうすぐ誠司さんも起きてくるから」
いや、あたしの都合は二の次か、こらっ。
「わたしは休んで最後の練習するから、帰宅後にお願いね」
成績完璧だからいいけど、学校の優先順位、ひくっ。
言っても無駄だから、言わないけど。
「……お礼のお小遣い弾んでよ? あと、スーツとかの機材借りてくるのめんどいから、会社の技術部で、試験スタジオごと借りる必要があるんだけど?」
「それは大丈夫」
おねいちゃんは艶然と微笑んだ。
「もう、全部手配済んでるから」
「マジなの、それっ」
「女の子がはしたない言い方、しちゃだめよ? 誠司さんに嫌われるわよ」
真顔で言われたが、あたしは水原君ラブじゃないっつーの。
それより、準備万端が本当なら、企画部だけじゃなくて、最低でも技術部門の責任者も巻き込む必要あると思うけど。
おねいちゃんが本気になったら逆らえる人は少ないとはいえ、水原君のためにそこまでするかっ。愛が重すぎる。
いい加減に逃げようと思ったけど、一つだけ気になって訊かずにはいられなかった。
「あのさ、部屋に入ったらなぜかノート見てニマニマしてたけど、あれはなに?」
「ニマニマって……昨日、美樹が尋ねてくれたんじゃない、誠司さんに」
「あー……なにかおねいちゃんのことで気にしてるかって質問?」
じろっと睨まれた。
「それを遠回しに、のはず」
「もちろん、遠回しに尋ねたわ。で、それがなに?」
「誠司さんのお返事で、感動した部分を書いて、読み返していたの」
机からノートを持ってきて、見せてくれた。
……げ、同じ短いセリフを、両開きページ一杯に書いてあるんだけど?
字が上手いせいか、逆にキモすぎる。
『これまでのところは、優しくしてもらった記憶しかないからな。あの子の正体がどうあれ、俺は気にしないね』
「誠司さんのお言葉でしょう?」
「お、お言葉って……ご神託じゃないんだから」
幸い、その部分はあいつの本当のセリフで、ほっとした。
なにかわたしに疑い持ってないか訊いて、というおねえちゃんのご用命に対し、あたしは「あいつ、下校時に目を見てちらっと妙だと思ったけど、そんなわけで、気にしてないみたいよ」と教えてあげたのだ。
一応、今のところは本当だもんね。
報告したら、「あいつって言っちゃだめっ」と怒られたけど。
「あとね、あとね――」
「いや、もう結構!」
あたしはまだページ繰ろうとしてたおねいちゃんをきっぱり止め、逃げるように玄関へ向かった。
「ねえ、美樹ちゃん! 誠司さんにお弁当作ってあげたいから、上手な方法ないか考えてっ」
後ろから、唐変木すぎるセリフが追いかけてきたけど、聞こえなかったことにした。
そんなの、自分でなんとかしなさい。
都合のいい時だけ、ちゃん付けしないっ。