向こう側(夕霧側)の人
マクドナルドから出た後、俺もすぐ帰ろうとは思った。
いつもの平日と違って、なぜかセアラがライン(双方向会話アプリ)でガンガンメッセージ入れてくれるんで。
幻影少女セアラには、外出先にまでスマホにメッセージくれる機能があるから、これは不思議ではない。
ただし、家であれだけしゃべりまくりの割に、なぜか外で受け取るのは、大抵がテンプレ文書だけど。
でも、今日はひと味違うぞ?
『もうすぐ帰ります?』
『セイジさんがいないと、寂しいです……』
『あと何分くらいです?』
『寂しい、寂しいっ。もしなにかあって、助けがいるなら言ってくださいね』
……いつの間にか、誠司さんが「セイジさん」に変化したのは、自分のカタカナ名に合わせているのかもだが、普段の平日だと、モロにテンプレっぽい『今日は良い天気ですよー』みたいなメッセージしか来ないのにな。
なんで本日に限って、いつもと同じく、感情豊かなメッセージになっとるのか?
自動でDL更新でもしたか?
あと、言いたくないけど、仮に助けがいる事態が起きても、動けないセアラにはどうもできんと思うが。
まさか、通報機能もあるのか? マニュアルになかったと思うけど。
俺はしばらく悩んだ末に、『ごめん、あとちょっと寄るところがあるんだ』だけ返信しておいた。
完全なる気まぐれだが、帰宅前に、中坊に教えてもらった倉庫とやらを拝もうかと。
いや、地下鉄の駅二つ分くらい先だが、そんな遠くないし、どうせすぐそこが地下鉄の駅だしな。
実際、すぐだった。
目当ての駅で降り、エレベーターで地上に出ると、その真ん前が教えてもらったレンタル倉庫である。
二階建てで、二棟の倉庫が向き合った、マンションみたいな構造で、真ん中が廊下になってる。そこから各スペースに入るわけだ。
ただし、廊下にはカードキーがなければ入れない仕組みらしい。
やむなく、外から一階奥に当たる部分までぶらぶら歩いてみた。
そこの六畳間相当のスペースが、夕霧が借りている場所らしいので。
……しかし、看板に各スペースの価格があるが。
夕霧の借りたスペースで、電源と空調完備だと、月に八万以上するぞ。
うちのアパートの家賃より高いんだが。場所が池袋とはいえ、なんというブルジョア。一体、なにを入れてるんだ?
俺は思わず、金属製の壁に耳を当ててしまった。
窓なんかないので、他に中を探る方法はない。
だがあいにく、空調? らしき低い音がするだけで、特に気付くことはなかった。
入り口こじ開けるなんて真似、する気もないしな。
通行人も多い場所なので、俺はそこで諦めて家路につくことにした。
収穫ナシだけど、むしろほっとしたかもな。
ただ、帰りは気分を変えてバスに乗ったんだが……途中のバス停から乗ってきた人に、妙な女性がいた。
左目が隠れそうなほど前髪の長い人で、なにかのモデルさんみたいな美人だが、でも服装はラフなジーパン姿という。
やや吊り目に見えるが、周囲を見る視線はやたら鋭い。
なぜか乗り込んだ直後から眉をひそめ、即座に俺が座る最後尾の席を振り返った。
そればかりか、距離は置いたものの、俺とは反対側の隅っこに座るという……相手がこういう人じゃなければ、カツアゲでもされるのかと思ったかもしれない。
まあでも……俺は常時素寒貧に近いし、怖い物なしだ。俺から盗れるもんなら、盗ってみてほしいね。
特に気にせず、目を閉じたさ。金じゃないなら、なおさら俺に興味持つはずないしな。
そのまま、危うく眠りかけたが――。
幸いにしてバスのアナウンスには気付いたので、近所のバス停の名前を聞いた途端に、目を開けた。
開けてぎょっとした。
すぐ隣にあの謎の美女の顔があるっ。
「うわっ」
文字通り仰け反るほど驚いたが、向こうは特に慌てず、まんま隣に座ってなにやらクンクン鼻を鳴らしている。
俺の勘違いでなければ、こっちの匂いを嗅いでるような。
「な、なんですっ!?」
多分年上だろうから、一応敬語で尋ねる。
「ああ、ごめんね。ちょっと懐かしい匂いがしたから」
別にカツアゲではなく、笑顔でそう言った……意味わからんけどな。
「ねえ、君?」
声が低くなり、途端に微笑が消えた。
「な、なにか」
生まれて初めて女性にクンクン匂いを嗅がれたので、俺の動揺は激しい。
「つかぬこと聞くけど、変わった知り合いがいない? この体臭は独特で、多分、君そのものの匂いじゃないと思うのよね。これは、移り香だわ」
目を細めたのはいいけど、その瞳が一瞬、黄金色に見えた。
……あの夕霧とも違う瞳なのに、俺にはなぜかこの人も、「向こう側(夕霧側)」の人のように思えた。
ご感想くださった方達、ありがとうございます。
まだ先行きは未定ですが、今後ともよろしくお願いします……。