その言葉、いつか本当に試される日がくるわよ?
「……なんで、そんなに警戒してるんだ? 店内は見ての通り、ガラガラだろ?」
「おねいちゃんの場合、警戒しすぎるほど警戒しても、まだ足りないくらいなのっ。水原君は脇が甘いよ」
なぜか哀れむように見られたりして、むかつく。
「わかったよ。じゃあ、ここだけの話でいいから、こそっと教えてくれ?」
夕霧碧最大の謎と言われると、さすがに気になるぞ。
多分、この中坊の勘違いだろうけど。
「絶対内緒にする?」
「おお、絶対内緒にする」
「あ、相手がマシンとかでも、話しちゃ駄目よ。単なるたとえだけど」
なぜか今キョドッた気がしたが、俺は面倒なので、わけわからんまま頷いた。
「何に限らず、話さないよ。誓う」
「命かける?」
「小学生かよっ。おまえと違って、俺は約束守る。自分が簡単に破るから、人を信用できなくなるんだぞ!」
いろんな仕返しを込めて言い返すと、さすがにぐうの音も出ないようだった。
「……くっ」
「で、なにを教えてくれるんだ」
「たまたま見かけて知ったけど、おねいちゃん、実は都心近くに倉庫借りてるのよ」
ふて腐れたように呟く
「高校生の女の子が、倉庫? 自宅もどうせ広いだろうに?」
「そうそう。まあうちはマンションだけど、マンション内のワンフロア独占だからね」
腹立つ発言と共に、無闇に周囲を確認し、中坊はテーブルの下まで覗き込んだ。
それ、ギャグじゃないだろうな、おい。つまらんぞ?
「でもって、時々一人で、借りた倉庫に通ってるみたい」
容易ならぬ秘密を打ち明ける口調で、中坊が囁いた。
「おまえの言い方、なにか死体でも冷凍保存してるようなテンションだな?」
ちょっとからかってやると、中坊は大真面目な顔で俺を見返した。
「本当にそうだとしても、あたしは驚かないわ」
こいつ……これはマジみたいだな。
早口で、倉庫の場所まで教えてくれたし。聞いた限りじゃ、そう遠くない。
「で、鍵とか持ってるのか?」
「あたしが!? まさかぁ。そんなのガメたら、おねいちゃんに即、見つかるわよ」
「なら、そんな情報聞いても無駄じゃないか」
ちょっと期待した俺は、がっかりした。
無駄な情報だったな。
「あたしは、水原君に期待して、教えたのよ!」
「俺は同じクラスってだけだし、恋愛カースト最底辺だぞ?」
自慢にもならんが、事実である。
「あの夕霧から、倉庫の鍵なんか盗めるわけないだろ。特にチャンスもないし」
「……期待を裏切る人ね」
「本気で落胆するなよ。おまえ、相当におねいちゃんにびびってるみたいだな」
「怖がって当然よ。水原君は知らないから、そうやってのほほんとしてられるのよ」
「かもしれない」
俺は素直に認めた。
「おまえほどには、夕霧碧を知るわけないし。でも、これまでのところは、優しくしてもらった記憶しかないからな。あの子の正体がどうあれ、俺は気にしないね」
「……その言葉、いつか本当に試される日がくるわよ?」
中坊が大真面目に言ってくれた。
「頼まれた用事は済んだけど、最後に教えてよ。これは頼まれごとじゃないけど……水原君、前におねいちゃんと会ってる?」
「いや、記憶にないな」
「えー、んなことないでしょー」
なぜか心外そうに反論された。
「おねいちゃんが町内に住む水原君に気付いたのは最近だけど、前に他で優しくしてもらったとか、何度も言ってたわよ。これも、あたしが耳タコになるくらい」
「マジか? いや……知らないなぁ?」
真剣に考えてみたが、思い出せなかった。
「確かに、中学以前は別の場所に住んでたけどね」
仮に小学生の頃とはいえ、あんな美人を忘れるもんか。
「くっ」
ふいに頭痛がして、俺は顔をしかめた。
本当に突然のことで、俺にしては珍しい。
「なに?」
「いや、思い出そうとしたら、頭が痛くなって」
「……え」
なぜか中坊が驚いたように目を見張る。
それだけではなく、表情に恐怖が混じっているような。
「なんでおまえが驚く?」
「べ、別に……とにかく、今日のことは全部内緒ねっ」
止める暇もなく慌ただしく立ち上がり、とっとと店を出てしまった。
なんなんだ、あの中坊は。
別に中坊に遠慮する意味もないので、俺は早速、余り物のハンバーガーに手を伸ばす。
お陰で、なにを思い出そうとしてたか、忘れちまったぜ。