格差ランチは、エレガントな心遣い
「……ど、どういうことかな?」
俺は内心でぎくっとした。
「言葉の通り……よ」
ビッグマックをガツガツ食らう間だけ、ちょっと言葉が途切れた。
「言い換えれば、水原君は『あの夕霧碧には、どこか妙なところがある』とガッツリ疑ってる? いえ、こういう訊き方しろとは言われなかったけどさ。多分、この訊き方の方が早いよね?」
「答える前に、確認するが。質問は内緒にしてって頼まれたんだろ? 夕霧本人の質問だってバラしていいのかよ」
若干の非難を込めて聞き返すと、また意地悪そうな目つきで見られた……パン屑口元についてっぞ、中坊。
「そうだけど、『くれぐれもわたしの質問だって悟られないで、そこはエレガントに韜晦してね? あなた自身がふとそう疑った的な感じで』なーんて言われたのよ、あたし? んな器用な質問の仕方、できないわよ」
改めてむかついたのか、中坊はコーラをチュゴゴゴゴッとストローで飲んだ。
「なにが、『エレガントに韜晦してね』だかっ。質問自体で、本人が知りたがってるの、バレバレじゃない?」
「ま、まあなぁ」
俺もさすがに賛同するしかなかった。
そんな器用な質問の仕方は……ちょっと難しいな。
「でも、本人が俺に悟られたくないんだったら、そういうことにしといてやれよ」
「当然、そうするわよ。いざとなったら、おねいちゃん怖いもん。水原君も、これはここだけの話で、そういうことにしといてよ? ボロ出しちゃ駄目だから。バレたらおねいちゃんに、『あいつ、おねいちゃんのいんもーを風呂場から回収してきて欲しいそうよっ』って言ってやるから!」
――実際に生えてるかどうか、知らないけど。
余計なこと付け足したが、それより俺は、この悪辣な中坊に愕然とした。
ろくでもない下ネタ関連のことしか思いつかんのか、こいつ。最近の中坊女子は、みんなこうか?
あの控えめな夕霧碧の妹は思えんわ。
「それで、質問の答えはどうなの? はいはい、ハーリーねっ!」
「やかましいわ。怪しい英単語使うなっ」
俺はかろうじて一喝し、ようやく考え込んだ。
こいつの、姉に似合わない下劣さは置いて、それはなかなか鋭い質問だが……それって、昨日中坊が駆け去った後、夕霧が見せた瞳のことだろうかね? あるいは他のこと?
迂闊に返事できないのが、難しいところだな。
なんにせよ、訊かれなかったら気にしなかったんだが、そうやって質問されると、逆に本気で気になってきたな。
「その質問のお陰で俺、なんだか夕霧は、本当にどこか人外要素があるのかって疑えてきたんだけど」
足組して、眉根を寄せた。
「訊かれなきゃ、そんな疑い持たなかったぞ、俺は」
「まあ、無理ないわよね、うん」
妹は珍しくコクコク頷いた。
「訊かなきゃいいのにね、そんなこと」
「一緒に暮らしてるおまえはどうなんだ? なんだかあの子を恐れてるように見えるけど」
「おねいちゃんは好きよ……好きと怖いは普通に両立するでしょ。あたしは、おねいちゃんの怖さも知ってるもん」
こいつにしては歯切れの悪い返事だった。
俺は密かに驚いたね。
今の、目を逸らした返事で、こいつが本気であの子を怖がっているのが、わかったからな。
「それより、先に訊いたあたしに教えてよっ。おねいちゃんの、どこがおかしいと思ったの?」
おまけに、逆に迫ってきやがった。
好奇心を抑えきれず、俺は渋々、この美樹がうちの学校に来た昨日、後から来た夕霧の目を見て、密かに驚いたことを教えてやった。
「とはいえ……まあ、あれは見間違いだと思ってるけど?」
「水原君、鈍いから」
またまた、ため息つかれた。
「なんでだよ?」
「だって、その調子だと、前におねいちゃんが置いていったステーキだって、実は奢られたと思ってないでしょ?」
「なんと!?」
それで全然食わなかったのか!
でも、昨日の学食内であったことなのに、なんでおまえが――と思ったら、本人が教えてくれた。
「おねいちゃんが、帰宅してから気にしてたのっ。『ちゃんと食べてくれたかしら?』とかさ。たった一晩で耳タコになるほど聞かされたわよ。水原君、なぜかボンビーだと思われてるみたいね。別におねいちゃんがそう言ったわけじゃないけど、いつも心配されてるみたいよ?」
「う、うちは両親が地方へ出張してて、俺だけ都内に残ってるんだよ。我がまま言った結果だから、小遣いとかあえて削ってもらっただけだって」
それがまさか、学食での格差ランチの真相が、あの子にエレガントに奢られていたとは……気付かずに、あのステーキランチは捨てちゃったやんけ。
ていうか、普通は気付かんわ、そんなの。
「なんで夕霧は、そんな優しいんだ? 元々の性格か、やっぱり?」
照れ隠しに訊いたら、この中坊は呆れた目をしやがった。
「わかんないなら、いい」
「ああ、そうかい。じゃあ、話を戻す」
俺まで不機嫌になって、中坊を睨み返した。
「それで、おまえの知ってることって?」
するとこいつ、やたらキョロキョロして、声を潜めた。
「これ、絶対内緒だからね。たまたま知ったことだけど、あたしはまだ知らないと思われている気がするから。たくさんあるおねいちゃんの秘密の中でも、これは多分、最大の謎の気がしてる」