うちの3D少女は、どこかおかしい
「おかえりなさい、誠司さん」
いきなり声をかけられ、帰宅した俺は慌てて答える。
「お、おお……ただいま」
「ふふっ」
玄関から見えるリビングのテーブルには、そこに置かれた人工少女がいる。
相手はにこにこ笑って俺を見ているが……騙されたらいけない、この子はプログラムである。そういう新型グッズなのだ。
しかし、俺がネットの懸賞で当てたこの3Dグッズは、どこかおかしい。
あまりの優秀さに、しばしばぎょっとなる時がある。
「おまえさ、プログラムだよな? 現実に存在しないよな?」
上着の制服を脱ぎかけのまま、俺は問うた。
「や、やだな……プログラムですよ~……幻影少女って商品名も、ちゃんとあるじゃないですか」
円筒形のガラスケースの中でたゆたう少女――商品名セアラは、自分の足下をちょいちょいと指差す。
そこにはちゃんとガラスケースの台座に、「幻影少女セアラ」と商品名がある。
発売したばかりの、対話型人工少女だ。
定価三十万とかふざけた値段がついてるが、もちろん単なる学生の俺には買えない。ネットでやってた、モニターの懸賞に当たっただけである。
『プロトタイプ・セアラ、限定1名様にモニターとして差し上げます!』
という宣伝文句に釣られた。
その宣伝チラシも、なぜか学校の俺の席に突っ込んであったんだが……ネットで応募という簡単さに釣られて、つい応募しちまった。
本当に当たっちまったのは、驚きだけど。
多分、人の4分の1くらいのサイズの子が、円筒形のガラスケースの中に立っている。ケースの中には光が満ちていて、この子が立体的に投影されたものだとわかる。
デフォルトがブレザーの制服姿で、たまにしれっと着替えたりしている時があるが、それでもいわゆるホログラフなのは間違いない。
いわゆる、3Dのまやかしだ。
つまりこのアイテムは、アニメやコミックに日頃からどっぷり浸った俺みたいな奴が、喜んで買っていくようなタイプのおもちゃなのだ。
いや、値段的に普通は買えないけど。
「しかし……いくらおもちゃでも、会話が自然するのがまた」
「あー、あー、ワタシハ、セイジサンガスキナ、ロボットデアル」
「わざとらしいから、やめろ」
セアラをたしなめると、この子はてへっと舌を出した。
「うふん」
この隙に……というか、別に隙を窺う必要なんかないはずだが、俺はテーブルに載せたままのガラスケースの脇でしゃがみ、ちょっとスカート覗けないかやってみた。
や、自分でもキモい行為だと思うんだが、これがまた、タイミングによっては本当に覗けてしまうのだ。
……ちなみに、今もちらっと見えたけど、今日は薄いピンクだった。
昨日と違うのがすげー。そしてキモい、俺の行為はキモいっ。
いつものように、自己嫌悪で頭を抱えてしまう。もはやいつもの風景である。
「なにしてるんですかー」
と言われててぎょっとなったが、視線が俺がさっき立っていた方を向いているので、別に覗きに気付いているわけじゃない。
当たり前だけど。
「しかし……なんつーか……おまえの造形って、めちゃくちゃある人に似ているんだが」
ぼそっと呟くと、ふいにセアラの顔が真面目になった。
「え、そんなに似てますか?」
「お、おお……つか、いきなり真剣になるなよ。実際に似てるけど」
光沢のある長い髪に、クール系ヒロインみたいに眉の上で揃えた前髪……なおかつ、やたらとスタイルいいのに、周囲に媚びるような雰囲気は皆無という……たまに「氷像美人」と呼ぶ奴がいるが、まさにそんな感じだ。
笑顔を見たことがないのな……俺だけかもしれないけど。
「夕霧碧って人で、俺のクラス(1ーE)じゃヒロイン格なんだけど、なんだか孤高の人に見えるな。おまえみたいな愛想はないけど」
「ふ、ふぅーん」
やたらと人間臭い相槌をうち、セアラが俺を見る。
ホログラフのくせに、切れ長の目があの子にそっくりだった。
「それで、誠司さんはその子が好きなんですか」
「なんでそんな極端な話になるんだよ。なんか、父親は大きな会社の社長らしいし、向こうは俺なんか興味ないし」
「え、そんなことわからないじゃないですかー!」
……声がやけに真剣なのが謎だ。
「わかるさ、それくらい。向こうは俺に笑いかけたことすら、ないしな。ほら、移動するぞ」
その返事を最後に、俺はケースの電源を落とし、両手で抱えた。
しばらく部屋にいるから、場所を移すのだ。
○――――○
「で、でも本人は、微笑みかけようとしたら緊張してなにも言えないかもしれないじゃ――うっ」
モニターの向こうでは、既に電源が落とされたことを示す、「ログオフ」の印が出ていた。マイクに向かってさらに言葉を重ねようとしていた碧は、がっくりと俯いた。
ケースにマイクはついているが、さすがにカメラは仕込んでないので、相手がふいに電源切ったら、それまでである。
その代わり、向こうが電源入れたら、こっちのPCに「ログイン」表示が出る仕組みだ。両者は、オンラインで繋がっているので。
「おねいちゃん、もうこういうことやめない?」
後ろから呆れた声がして、碧は慌てて妹を振り向く。
「……勝手に聞いちゃだめ!」
プログラムやら電子工作やら、幼い頃から天才的な才能を見せる妹は、碧が計画した「とても声をかけられないから、自社の新発売商品を使って、この想いを伝えたいのです」計画に、面白がって乗ってくれた。
ただ、計画が軌道に乗り、無事に「有り得ない手段での会話」が成立したのはいいが。
一週間もすると、「おねいちゃんキモい」とか言い出して、いろいろと口を出すようになっている。
「だいたいさー、そんなアレなら、下駄箱にラブレターでも入れたら? その方が早いんじゃない?」
「だって……断られたら……どうするの?」
さっきでマイクで話してたテンションとは、全然違う低い声が出た。
「え、今の会話聞いてたら、あんまり断られる気がしないけど」
「だから、勝手に聞かないでーーっ」
碧はPC机から離れ、妹を部屋の外に押し出した。
そんな商品あったなと思い出し、お試し&クリスマス企画として書いてみました。
さすがにこれでは終わらず、まだ続きます。
数話くらいで終わる予定ですが、先行き未定なので、気に入ったらお付き合いください。