空中戦で必要なのはエネルギーの保存(模擬戦編)
長いので2つに分けました。
「重いっ!重いっ重いっ! もうルクレールには乗りたくなーいっ!」
航空工廠内のガレージに、少女の声が響きわたる。
エルによるものだった。
完成した「ルーク」と「ルクレール」のテストパイロットは引き続きエルが引き受けることとなった。
ネオは一気に2機のテスト飛行を行いたかったが、グラント将軍は、小型機を操縦できうるパイロットがおらず訓練が必要となるため、試作機に対しては様々な意味で危険すぎると否定的であった。
仕方ないので、とりあえず1回目のテスト飛行ではエルに双方の機体に乗ってもらうこととした。
「ルークも操縦桿が重いっ! ルクレールは思ったように動かないっ!」
エルは、完成した試作機にとても不満げである。
身振り手振りでNOの姿勢を意思表示する。
「ネオさん。ルークだけでもいいから、エルロンの下にスコップみたいなのを付けてくださいよ」
エルは、かねてよりギークの軽い操縦桿をとても気に入っていた。
スペードという特殊な装置が搭載されたギークは、車でいうパワーステアリングが搭載されたようなものであり、エルのような女性パイロットでも尋常ではない機動を容易に可能とする。
その鋭い機動はエルにとっては夢のようなものであり、ギークの秘密を聞かされていたエルは、新型試作機にもそれを要求した。
「ダメだ。スペードは装着させられない。アレは最高時速が200km~250km程度の低速の機体だからこそ許されるもんだ。あんなもんを400km近く軽く出てしまうものに搭載してみろ。翼が耐えられるわけがない」
ネオは自身の知識に基づき否定する。
強烈な回転モーメントは翼に与える負荷も大きい。
400kmともなれば200kmの8倍以上の負荷が翼にかかることとなる。
翼をそれに耐えられるような設計にすれば、当然にして分厚くなるので空力的に理想な数値からかけ離れて機動性が落ち、設置ししたとしても、全体的に見れば与える効果が弱くなって結局あまり意味を成さなくなる。
というか、400km以上の世界では、効力を増やす要因は徹底的に排除したいものなので、言語道断である。
大気という強い抵抗力が存在がある中で高速で移動する物体であるならば、抵抗を増大させるものを簡単に「なら装着すればいいじゃない」とはいかないのだ。
「お前は勘違いをしている。ルークは加速力が尋常でないから、そのままだとギークと同じ機動を描けないだけだ。低速ならフラップを戦闘用の状態に稼動させれば、ルークはギークと同等以上に動ける」
ネオは、エルが速度についての認識が疎いことに触れた。
「操縦桿はあえて重くした。お前みたいなパイロットだらけなら、急旋回して速度を無意味に喪失する可能性があったからな」
ネオは大型機ばかりが存在する世界になったことで、空戦に必要な知識が失われているのではないかということをかねてより気にしていた。
その予想は、エルの操縦の仕方からほぼ確実なものであった。
エルは機体を振り回すのと、丁寧に扱うという2点でいえば天才的ではあったが、空戦に必要な最も重要な要素を理解していなかった。
これは今後の戦闘機運用においては致命的であり、ルークではあえて操縦桿を重くすることでパイロットが対応せざるを得ないようになるよう仕向けていた。
「あれ? じゃあ、軽くできるんですか?」
エルは首をかしげながらネオに尋ねる。
どういう仕組みで操縦桿を軽くできるのか、エルには理解できていない。
「すぐにでもできるぜ。でも、操縦桿を軽くした状態のルークなら、俺が操縦するルクレールに絶対に勝てないから。……その状態のルークなら、ルクレールで2分以内に、お前の小振りで可愛いケツにキスしてみせる」
ネオは胸を張ってエルに主張した。
エルの顔がみるみる紅潮する。
「へぇっ……ネオさんは操縦もできるんだ……あの鈍重なルクレールで、ルークを操縦する私を?」
エルはプライドが傷つけられ、わなわなと肩を震わせる。
「いつから……俺がただの技術者だと錯覚していた? 俺は最高の航空機を作って、それを誰よりも上手く飛ばすのが夢だ。つまり、根っからの技術者じゃあないし、お前に劣ってるだなんて1度も思ったことがない」
ネオはエルに指を挿して挑発した。
「その喧嘩買いますよ。 負けたら私の言うことを何でもきいてもらおうかな」
完全な怒り声でエルは挑発に乗った。
「試合開始から2分以内にお前のケツが取れなかったら俺の負けでいいぞ。じゃ、勝ったら俺もお前が要求したもんを商品としてもらおうかな」
かくして、ネオはエルと模擬戦で対決をすることとなった。
グラント将軍には、ルークとルクレールの機動性比較と、レシフェ王国空軍のパイロット達に欠けている重大な要素の確認のためとして許可を貰った。
ただし、お互いが個人的に賭けで勝負をしているという事についての話は避けた。
グラント将軍は、実際は航空工廠の者から私的な意味も含まれた戦いであることは聞かされていたが、たまにはこの小娘にもお灸を吸える必要があるとして黙認した。
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ルークとルクレールの勝負は、お互いが勝負を決めたその日の午後に行われた。
対決内容は、高度2000mでお互いが巡航速度で飛行し、エルが己が優位と感じた位置で、スタートの合図である信号弾を発射して開始ということになった。
勝敗の条件は試合が開始され、お互いに1度邂逅してから2分以内にネオがエルの後ろについてペイント弾を発射し、エルに命中できなければネオの敗北。
エルはネオにペイント弾を命中させるか、1度邂逅してから2分経過すれば勝ちである。
1度邂逅してから2分というのは、距離を大きく離してしまうと2分以内にエルを見つけられない可能性があるためで、ルールの穴とさせないために、グラント将軍がそう取り決めたが、ネオはエルの性格からして、別にそんなルール無くとも全体で2分でいいと言ってはいた。
ルークとルクレールは実戦を考慮したフル装備状態とし、ルークについては操縦桿を軽くする調整が行われた。
二機は滑走路から飛び立ち、2000mの高度を維持しながら巡航速度で周囲を旋廻した。
ネオはエルが最初からこちらの後方を狙ってくると予想していたが、エルはそういった事はしなかった。
「勝ったな……何してもらおう?」
その状況によって、すでに勝利を確信したネオは、エルに何を命令してやろうかということを考えていた。
ネオにとって危険なのは、ほぼ等速でこちらのすぐ後方にいたまま試合を開始されると、奇跡が起こって負ける可能性があったからである。
一方、エルは少し離れた位置からヘッドオンをする形で勝負をしようと考えていた。
己を「冷静に……冷静に……」と落ちつかせつつ、ネオとの距離をなるべく離すようルークを調整していた。
2000mの高度に昇るまでルークを何度か振り回してみたが、ネオが言うとおり、操縦桿を軽くしたルークはギーク並の運動性を保持していた。
むしろ、急造仕様のギークよりも、ルークのほうが圧倒的に安定した状態で急旋回が可能であった。
エルは何故ネオが不利な条件で絶対に勝てると豪語したのか理解できなかった。
己が得た知識、そしてアースフィアにおける常識では、機動性と運動性が上回れば負けることなどないと思っていたからである。
何かとんでもない空中機動があるのかもしれないと予測し、すぐさま後ろについて勝負を決めるのが得策だと考えていた。
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ある程度の距離をとったと感じたエルは、信号弾を発射した。
ネオとの距離はおよそ9km。
ギリギリ、双方の有視界内である。
「有視界外にしときゃいいのに」
ネオは機内で独り言を呟いた。
信号弾の発射を確認すると、地上からサイレンが鳴る仕組みであったため、有視界外から仕掛けるのもルール上は問題なかったが、エルは正々堂々と勝負をしたかった。
当然、ネオにとっては折込済み。
ネオにとってこれまた不利な条件となりうるものが消え去った。
「甘い。そこが可愛いけど」
ネオはエルが仕掛けてくるまで、速度を維持しつつ高度を上げることとした。
エルがどんどん近づいていることをネオは確認する。
彼女の狙いはヘッドオンであることは明らかであった。
「まー予想通りヘッドオンから後ろとって短期決戦だろうな。エンジン性能は同じだが、あっちのが加速力はある」
ネオは余裕をもってそのままの進路を維持した。
その後、エルはどんどんネオに近づき、ついに二機は邂逅した。
エルはネオに接近するまで気づいていなかったが、ネオが高度を上げていることに気づき、自身も機首を上げて対応しようとする。
それでも、エルはネオより高度が少し低く、ヘッドオンには失敗する。
「あうっ。でもまだ始まったばかりっ!」
エルは急いでネオの後ろを取ったものの、ネオより高度が低く機銃を命中させられない。
ネオは信号弾を発射して邂逅したことを知らせ、一方で機内のタイマーを起動させた。
開始から20秒。
ネオが仕掛けた。
ルクレールを横に90度バンクさせた上でエンジン出力を一旦下げる。
すかさずエルが近づいて射撃をするも、ネオはすぐさまエンジンを全開に上げ、高度を少し下げつつ左右に機体を振った。
「ふふっ、そんな単調な動きじゃ」
エルはネオの動きの未来位置をとるかのごとく、同じく左右に動いて射撃を繰り返す。
ネオとの距離は600m。
通常であれば十分命中できるはずだが、なぜが攻撃が当たらない。
曳光弾が、まるで自らの意思でもってネオを避けるがごとく攻撃が外れていく。
「おかしい。なんで?」
エルは絶対優位の中で攻撃を回避され続けることで不安になってくる。
「やっぱりな。こりゃ1分以内にきまるぜ」
試合開始から30秒。
ネオは、一気にルクレールを上昇させた。
すかさずエルも追いかけようとする。
「まずいっ、このままじゃストールするっ!」
エルはこれまでの動きによって速度を失っていたことで、上昇力が落ちていた。
それでも、ルークよりルクレールの方が加速力で有利なのだから大丈夫と安心していたが、
まさにストールしかかっていたその刹那、突然目の前からルクレールの姿が消えた。
ベチャベチャッ
エルの操縦席の風防に大量のペイント塗料がへばりつく。
試合開始から57秒の出来事であった。
エルは何が起こったのか理解できなかった。
真後ろを見るとルクレールはおらず、音が聞こえたので左側をみると、ルクレールが左側面を通過していく姿が見えた。
自分が敗北したことを悟ると、一気に全身から力が抜けてしまった。