試作型完成まで~「ルーク」と「ルクレール」
会議が終了後、ネオは航空工廠で新たにチーム分けを行うこととした。
現在、「レシフェ存続のための戦闘機新造計画」においては「排気タービン開発研究班」「流体力学を利用した開発研究班」の2つが存在したが、新たに既存の航空工廠内の人員を「胴体、その他の開発班」と「エンジン開発班」「整備班」に分けた。
その上でグラント将軍らに頼み、計画に関わる全ての者を王国空軍の航空工廠所属の人間にしてもらった。
分けた理由は単純である。
エンジンの新造ができなくなったとはいえ、新型機の開発まで行われなくなっていたわけではなかった。
様々な航空機を開発する開発部門は、そのまま、胴体などの総合的な開発班とし、エンジンのオーバーホールやニコイチ修理といったものを行っていたグループは熱力学などに詳しいため、これらに心臓部たるエンジンの開発と調整を任せることとし、
一方で、整備以外に特に能力がない者たちは「整備班」とくくりつつも、整備する航空機が無い現在の状態ではパーツなどを製造する補助要員とし、試験機などが出来上がり次第、本来の職務についてもらうこことした。
ギークの整備状況などから、整備班が他の開発部の者たちに劣るということは無く、むしろ整備能力だけでいえば、開発者たちよりもエンジンや機体の特性を理解した細かい調整が可能な者たちであった。
それぞれの班は、排気タービン班はそれの開発、流体力学班は、プロペラ関係、胴体などの開発班は操縦席などの胴体製造、エンジン班は文字通りエンジンの開発を任せ、ネオ自身は、それらのリーダー格として立ち回ることとしたのだった。
その後、ネオはすぐさまプランAとCの概略図面を3日で書き上げ、航空工廠の者たちにそれぞれの開発を命じた。
プランAもCも全てにおいて可能な限り既存の機器を流用し、工期を短縮する予定であった。
平行して18気筒星型エンジンに着手した。
胴体は結局、エンジンありきのなので後回しにし、まずは一番重要な心臓部の開発に着手したのだ。
エンジンを開発するにあたり、ネオは1つ気になることがあった。
この世界に存在する燃料である。
《エリクシア》と呼ばれるこの燃料は、まさに魔法のような存在であった。
空気と混合させ燃焼させると、尋常でないほど体積が増加するのである。
揮発性も低いコレは、なんと同名の植物から採取して製造するもので、この世界には原油がすでに枯渇していることを知った。
代替石油にしては理想的すぎるエリクシアは、ネオにとっては錬金術や魔法の類のように感じられた。
非科学的すぎる要素が満載な万能燃料であったのだ。
ギークに使われた水平6気筒や、当初搭載を予定した直列4気筒のエンジンは、ガソリンを用いて作動させることを想定して作られていたが、何の加工もしないエリクシアで当然のごとく動作した。
それも、そこらのハイオクガソリンよりも高効率に動作したのだった。
この世界に存在している、現状ではネオが全く理解できない航空機用エンジンも、このエリクシアを燃料として飛んでいた。
エンジンオイルについても、直4エンジンなどを作った際に、様々なものを実証実験していたが、植物性のひまし油に、エリクシアやその他添加剤を添加するだけで理想的なものを作ることができるほど、エリクシアは万能だった。
航空工廠の者たちに、このエリクシアとは一体何かと質問するも、彼らも大昔から使われ続けていてなんなのか良くわからないが、燃料としては理想的な存在だという認識しかしなかった。
いずれエリクシアについて解明したいなと考えつつも、今はそれよりもエンジン自体を作るほうが最優先であり、エリクシアについての調査は後回しにした。
トーラス2世のギーク視察から一週間後、最初の18気筒星型エンジンの試作型が完成した。
排気タービンは存在せず、エンジン開発部と共同で各部分の素材を吟味した上で作り上げた。
早速実働試験を行ったが、工作精度の影響か予想以上に振動が激しかったものの、試験で確認できた出力は2300馬力前後とネオが予想したよりも遥かに高い数値を示した。
この要因は、エンジン開発班が熱力学的にエリクシアの特性をよく理解しており、その特性に合わせ18気筒エンジンの設計を修正したためで、ガソリンとエリクシアはその特性が若干違うものの、ガソリン以上に出力を絞りだせることがわかった。
ネオは己の知識をエリクシアに合わせて補正しなければならないことを反省したものの、エンジン開発班は不可能とされていた領域を自らの力でもって可能としたことを喜んでいた。
ただ、強過ぎる振動を抑えなければ航空機に組み込むことは不可能であるため、急いで原因を特定することとなった。
エンジンの基本構造は、この時点ですでに決まったため、ネオはプランCに排気タービン装着可能な程度の余裕を持たせた上で詳細設計図を作りおこし、試作型の機体の製造を命じた。
プランCの胴体は概略図面を利用したモックアップが出来上がって風洞実験が終了しており、詳細な設計図に合わせて細かい調整が行われることとなった。
プランAについては積載や航続距離をグラント将軍やリヒター大将を含めた軍人の意見を必要としたため、モックアップなどはまだ作られていなかった。
そこで新たな問題が発覚した。
それは武装であった。
「波動連弾!? なんだそりゃ!?」
航空工廠のガレージ内にネオの大声が響き渡る。
聞きなれない単語であった。
航空工廠のエンジン開発班と、胴体その他の開発班は、レシプロエンジンだけだとこの世界で一般的な機銃が使えないと主張したのだ。
波動連弾とは、この世界で一般的なガス圧式の機関砲である。
火薬という存在がロストテクノロジー化したために生まれたものだが、
ネオの言葉で表すと「連鎖式超高圧ガス射出機構型機関砲」ともいえるもので、銃身に無数の穴が存在し、そこに超高圧ガスを段階的に流し込んで弾頭をどんどん加速させて射出するという、レールガンのプラズマを高圧ガスに置き換えたかのようなSFチックなものだった。
エリクシアの特性である、気化すると大幅に体積が増えることを利用し、発生した排気ガスをタンクに溜め込んで使うものだという。
これの利点はレールガンのような特殊な弾頭を必要としないながらも、音速の3倍以上という圧倒的な弾速によって、一般的な火薬式では考えられない質量の弾頭を射出可能な点にあった。
無論、射出するためにある程度の長い砲身が必要不可欠であったが、アースフィア内ではこれを毎分1000発以上で射撃する波動連弾が対空機関銃や機関砲として採用されていたのだ。
問題は、レシプロエンジンによる排気ガスでは圧力が足りず、波動連弾が動作しないということであった。
タービンなどの高圧を発生させるものが必要だったのだ。
ネオは代替案を模索するものの、火薬の製造法が消失しておりどうしようもなかった。
ネオに火薬を作る知識はなかったのだ。
黒色火薬なら作れるかもしれないが、威力が落ちる上に動作に支障が出る。
搭載する機関砲は既存の技術を流用する予定だったので、思わぬ障害が発生した。
これについてはもう「排気タービンを何としてでも完成させるしかない」と考えたネオは、エンジン開発班の熱力学的知識を活用し、排気タービン班と共に大急ぎで完成させることとした。
エンジン開発班は完成した18気筒エンジンの振動を抑える調整と、排気タービンの開発協力という2つの仕事を同時にこなさねばならなくなった。
ネオ達が必死になる中、いい知らせも入ってきた。
流体力学研究班が、18気筒エンジン用の可変ピッチプロペラの開発に成功したのだった。
ギークの時点では固定ピッチプロペラではあったが、元々風力発電に使う風車は可変ピッチ式であったため、基礎技術は存在しており製造が可能ではあった。
ただし、2000馬力以上のエンジン出力を受け止めつつ推力を発生させうるプロペラの開発は容易ではなく、夜を徹しての作業により開発に成功したのだった。
さらに、流体力学研究班はギークのエアインテークの問題についても、原因の特定に成功していた。
結果的に言うと、設計時のネオの計算ミスであり、きちんと計算していれば冷却機構に問題は生じなかったのであった。
ネオはエンジン開発班と並んで彼らの功績を称えるようグラント将軍に進言し、
次に、流体力学班はネオによってエンジンカウルなどの部分の開発を命じられた。
~~~~~~~~
数日後、エンジン開発班とタービン開発班の努力により、ついに排気タービンの試作型が完成した。
また、エンジンの振動の原因も特定された。
原因はこれまた計算ミスであり、ネオは完成するエンジンは1800馬力~2000馬力と見積もって作りこんでいたが、実際にはそれを越える2300馬力だったことで各部位に想像以上の負荷がかかってのことであった。
非常に頑丈で余裕をもった設計すら超える出力を発揮してしまったことで起こった嬉しい誤算ともいうべきミスである。
ネオとエンジン開発班は急いで各部位で構造強化が必要な部分を洗い出し、大幅に強化した構造にしたことで振動が収まったのだった。
修正され完成度が上がったエンジンは、新たに排気タービンを搭載してエンジン可動試験を行ったが、排気タービンはカタログスペックに近い性能を示したものの、耐久性に難があることが判明した。
長時間の間、極大負荷の可動試験を何度も行ったが、エンジンは全く動作に支障が無く故障すらしなかった一方で、タービンは亀裂が入ってしまっていた。
これについては、もはや大量に排気タービンを用意して定期的にタービンごと交換する以外に解決策は無いと見て、消耗品と割り切っての導入とすることとした。
排気タービンの完成によって波動連弾が使用可能になり、プランAならびにプランCに必要な技術は全て整った。
ネオはプランAについてグラント将軍達から受け取った必要スペックの概算から、胴体の詳細な設計図を作り上げ、プランAとプランCの試作機を完成させることとした。
また、時間が惜しいので試作機を開発する間にエンジン開発班とタービン開発班にエンジンと排気タービンの双方の量産を指示した。
この時点でギークのお披露目から2週間経過しており、残りは約1ヶ月あるかないか。
王国政府がどういう状況かは定かではないものの、グラント将軍曰く、何とか交渉で状況を停滞させているということだけ聞いていた。
一週間後、プランAとプランCの試作機が完成した。
この二機には、それぞれ「ルーク」と「ルクレール」と名づけた。
ネオは、相変わらず暇な時間は自分を追っかけまわすエルにテスト飛行を依頼するのだった。