最終決戦(後編)
邂逅した後、すぐさまネオは敵の機体の様子を見た。
形状から大体の性能が予測できるネオにとってそれは重要なことなのだ。
「YF-23か!?」
お互いが旋回したことにより、ネオはジョナスの機体を真上からみる状況となり驚く。
その姿はクリップドデルタ翼を採用し、ベクタードノズルを搭載したYF-23に極めて類似している。
垂直尾翼はなく、やや巨大で上を向いた水平尾翼とステルス性を重視せず空力特性に有利なクリップドデルタ翼を採用したYF-23のような姿であった。
双方の機体は高いエンジン出力にものをいわせてマニューバを繰り返す。
機体に高いGがかかる度にルシアは眩暈がしていた。
ネオは上手い具合にジョナスの後ろを取ると、すぐさま敵をロックオンしミサイルを2発発射した。
空対空ミサイルは14本搭載されているが、残り12発。
しかしジョナスはバレルロールしながらフレアを展開、ミサイルはフレアの方向に誘導されてしまう。
「チッ、対策はバッチリか」
「後ろに回りこまれたぞ!」
後ろの状況を見ていたルシアが注意を促す。
ネオは後ろを確認しながら、HMDに表示される現在の速度とGの状況を確認し、この速度なら機銃は発射不可能なのを判断して様子を見ていた。
「誘導兵器はあるのか……くるのかッ!」
YF-23に酷似した機体、垂直尾翼にYP-55と書かれた機体はエンジンの側壁がパカッと開いた。
すぐさまそこから閃光と白い煙がほとばしる。
液体燃料ロケットである。
ネオはブレイクし様子を見ると、その液体燃料ロケットは間違いなくこちらに向かってきていた。
NRCもまた、誘導兵器を手に入れていたのである。
ただし、誘導能力は非常に弱く、ユラユラと大きな弧を描いて飛んできていた。
その様子からミサイルは随分重量があるものを先端に搭載しているのではないかとネオはすぐさま予想する。
「なんかマズい!」
ネオは嫌な予感がしたため、フレアを展開しつつも一気に機体を最大速度まで上げながら高度を下げた。
次の瞬間、ボゴオオンという爆発と共に機体がガクガクと揺れる。
この間よりかは幾分小規模であったが、ショックウェーブが発生していた。
「誘導型のSWPMか!」
第二次侵攻、そしてエスパーニャの首都を取り返すまでに何度か遭遇していたが、NRCがSWPMと名づけている兵器の誘導型であった。
その誘導能力の弱さから、アクティブレーザー誘導ではなくパッシブ誘導専用でSWPMの持つ爆発能力を生かして強引に範囲攻撃を加える短距離型のミサイルであるとネオは推測した。
ジョナスが用意した決戦兵器は武装の面ではネオのT2に大きく劣っていた。
あちらにはレーザー通信や光学式のFCSの類はなく、赤外線レーザーによるロックオン機能もない。
だが、機体性能ではまだあちらに分があり、勝負の行方は総合力での勝負となる。
「間違いない。多分あいつら地対空ミサイルとか巡航ミサイルの不発弾を鹵獲して、とりあえずモノは作った感じだ。こっちの戦闘機は未だに撃墜はされても敵に奪われたことがないからな。FCSの類はないんだ!」
加速時にアフターバーナーを用いなければ全く加速で勝負にならないネオは、状況的に不利に感じながらも総合力ではT2が勝っていることに勝算アリと確信する。
FXAと完全に同等なものを持ち込まれるとパイロットとしての能力で明らかに相手側が有利なため、それよりはマシな状況にやや安堵した。
一方、ジョナスはこの状況を楽しんでいた。
前回とは異なり大幅に戦闘能力が上がっているT2と、万全の状態のネオとの戦いは彼の心の何かを満たすものであったのだ。
彼が決戦に持ち出したYP-55はFXAと比較すると大きく劣っていた。
フォルクローレやサルヴァドール、そしてFX-0の形状からストレーキの存在を認知できた第28航空特殊部隊であったが、結局、HUDなどを搭載する技術力はなく、何とか搭載できたのはフライバイワイヤーのみ。
光学式のFCSは無く、ジョナスはそれを「まるでMIG-25のようだ」と評していた。
だが、ジョナスをしてYP-55の航空機としての性能は満足できるものであり、武装面の不利を払拭できうるだけの運動性、加速性、そして機動性全てを揃えていた。
FXAと比較するとやや安定性は低いが、それ以外の面では殆ど劣らないのがYP-55である。
ヘタをするとNRCが滅ぶかもしれないという危機感が、その戦闘機を生む原動力となった。
ネオが予想したとおり、誘導兵器は不発弾を回収して生まれたものであった。
だがなんと、彼は知らないが結局機構を再現できなかったのでそのまま再利用したという、量産も不可能な代物であった。
勝利して奪うというNRCの方針に従うかのようにして手に入れたレシフェ製の赤外線パッシブ誘導装置を、無理やりSWPMに押し込んだのである。
こんなお粗末な状態ではNRCの勝利はないと確信していたブラッドレー中将やダグラス大佐は、ジョナスによる機密資料を用いての活動をしており、上層部の者たちを罠に落としこんでハト派を先導し、南リコン大陸との和睦交渉を望む姿勢で行動を開始している。
そんな中でブラッドレー中将やダグラス大佐は、「ここで出撃しなかったら出番が無く、我々の行動の意味が無くなる」といって出撃を求めるジョナスに、今回の件での裏工作の手助けをした見返りにと、彼の最後の花道を用意したのだった。
ジョナスは無断出撃と離反を覚悟の上で出撃しようとしたが、ブラッドレー中将の計らいによってテスト飛行中にレシフェと遭遇して戦闘したことに書面上は処理されることとなる。
仮に生きて生還してもNRCのために今後も活動してほしいというブラッドレー中将なりの思いを託した形での処理であった。
そんな状況で互いに超高速で空中機動を繰り返す中、ネオは通信システムがあったらジョナスに1つだけ聞いてみたい事があった。
それは「何故お前は、この戦場に着たのか!」である。
ネオにとってジョナスが自分に対して決着を付ける理由などなかった。
ネオの元となった人物は只管にジョナスに嫉妬し、劣等感を抱き、挑戦を続けた上で挫折し、ジョナスから去って行った者。
一方で全てを手に入れたジョナスはネオと戦う理由などない。
NRCとレシフェという敵対関係にあったとしても、一対一で戦う理由などない。
ネオはその思いから今の状況に違和感を感じていたが、それはネオの単なる思い違いであった。
ジョナスもまた、元の人物はネオの元となった人物に強い対抗心を持っていたのである。
ネオの元の人物はつねに2番手になったことに落ち込み、劣等感を抱いていたが、ジョナスもまた必死だったのだ。
必死だからこそ常に彼に勝ち続けることが出来たのだ。
決して慢心せず、決して油断せず、日々努力を重ねたことで得ただけの結果に過ぎない。
だからジョナスの過去の記憶と共に宿る本心は、視力さえ万全で真の意味で戦闘機パイロットとなったネオと決着をつけたかったのだ。
本当は、二人で空軍に入って、模擬戦などで勝負をして決着をつけてからお互いの初恋の女性に告白したかったのだ。
視力が落ちたことでパイロットライセンスは得ても空軍にの試験落ち、渡米して航空技術者となったネオに対し、ジョナスの元となった人物は今のジョナスに影響を与えるほど悔しい思いをしていた。
不戦勝に納得できない一方で愛を否定できなかったので結婚したものの、長年悔やみ、悩み、モヤモヤとした思いを伝えられぬまま、元となったジョナスの方は死んでいった。
今のジョナスは300年以上という長い年月を生きながらも、その思いを忘れずに生きている。
「いや、むしろ……それを望んで私は生きていたのかもしれない……」
コックピットの中でそう呟くほどに、ジョナスの生きる理由は、あの時狂わされた運命に翻弄されたことへ終止符を打つことであった。
そして今、ジョナスは300年経過して久々に生という感覚を享受している。
戦う相手は複合型の完全複製人間で、視力も万全どころか自分と同じ領域の戦闘能力を発揮し、さらに知識と知恵を駆使し、経済的には弱小の国家で、こちらの戦闘機に匹敵する化け物を生み出してきた男。
決して過去の彼とは同一ではない。
だが、それがいい。
視力さえまともならそれぐらい出来たかもしれないのだから。
負けたとしても勝ったとしても、この勝負こそ、ジョナスが望んだ全てなのだ。
唯一今の彼がネオに申し訳ないと思うのは、勝利した際に互いに賞品が無いことであったが、それは許してくれるな!と心の中でネオに向かって叫んでいた。
T2とYP-55はお互いにオーバーシュートを繰り返した。
ヘッドオン以外ではどちらも誘導兵器を撃つために敵のほぼ背後をとらなければならないからである。
あまりのGに段々吐き気がしてきたルシアはこの状況にフォルクローレでは足手まといになるだけだと感じていた。
「今度はエンジン停止なんか御免だぞ! 振り回して止まったりするなよ!」
ジョナスはネオがシザース機動を続ける状況にT2をやや心配したが、止まることのないエンジンに安心した。
「いい音だ! この音を200年以上ずっと待っていた!」
ジェット戦闘機が風を切った音、そしてエンジンから放たれる咆哮にジョナスは過去の記憶が次々にフラッシュバックする。
ネオだけでなく、自身が戦闘機に乗って戦った記憶などもフラッシュバックしていき、自分自身が地獄から蘇ってくるかのような感覚に襲われた。
「まだ12発……ある……大丈夫」
ネオはハイGでシザース機動を繰り返しながらもジョナスの方を向いた。
そして片方のエンジン出力を弱め、ローGヨーヨーで一気にオーバーシュートさせる。
ネオは3発のミサイルを時間差をつけて発射しようと試みた。
まず1発射撃するとジョナスは発射を確認してすぐさまフレアを射出する。
その様子を見てHMDで再び彼をロックオンして2発目、ジョナスは2発目の発射が死角となっており気づいていなかった。
ネオはすぐさま3発目を発射する。
「うぬっ!」
旋回途中で2発目に気づいたジョナスは、すぐさまフレアを出しつつも現在高度を計器にて見ながら空中機動を行ったが、一方でネオはアクティブ誘導なのを利用してジョナスをロックオンし続け、3発目の誘導補正を行った。
1発目、2発目がフレアによって別方向に誘導されてしまった中で、一時的に3発目は2発目と同じ方向へ向かおうとしたものの、すぐさまT2のFCSによる誘導補正シグナルを受信してジョナスの方へ向かう。
「甘いな!」
だが、3発目も気づかれていた。
ジョナスはネオから見ると太陽の中にいる方向へ導くと誘導を切ることに成功し、あっさりとミサイルを回避する。
ネオはその状況に舌打ちした。
この状況にネオは理解した。
恐らくあの空中機動でなければ倒せないと。
ネオはその方法を試みると心に決めると、高度を一気に下げていった。
勝負は1度。
ジョナスの性格からして、1度それを見るとすぐさま対策をとられる。
彼は突然の動きに混乱して若干の間、取り乱す性格である。
落ち着きを取り戻すその瞬間を狙わなければ勝てない。
ネオは高度を落しつつも、ジョナスにそれが気取られないよう必死に追いかけた。
ジョナスはE-M理論を生かしてエネルギーを温存していたが、ネオはそんなのお構い無しとばかりに機体を振り回す。
高度が2000mほどになったことを確認すると、ネオはジョナスが保有エネルギーを生かして一気に近づいてくるのを感知した。
機体を振り回しているので、機銃での射撃は不可能なほど、双方は蛇がうねるが如く蛇行して飛行している。
「そこっ!」
ネオは大きく息を吸い込んで肺の中に一気に空気を満たすと、三次元ベクタードノズルを生かしたフックを仕掛ける。
後方にいたジョナスはオーバーシュートしてしまい、すぐさま後ろを振り返った。
ネオはゆっくりと息を吐き出しながらHMDの照準を見続けた。
獣が獲物を狩る直前のように瞳孔が大きく開く。
ジョナスとの距離は波動連弾の射程内。
全ての弾丸を撃ちつくすのも覚悟で全速力で加速しながら機銃を斉射した。
機銃の軌道はジョナスの左側方へ流れていたが、すぐさまラダーを調整して刀剣で横なぎをするようにして攻撃した。
その打撃はYP-55の左水平尾翼と左エンジンに命中する。
「勝負の別れ目はE-M理論ガン無視のフックか……お前が一番憧れてた機動だもんな……」
後方を向いていたジョナスは満足したとばかりに呟いた。
自分が作りたい、乗りたい超音速戦闘機はそういうことが容易くできるものだと宣言していたことを思い出す――
――YP-55はグルグルと機体をスピンさせて落下していく。
「なんでだ! その状況なら立て直せるはずだろ!」
それを見ていたネオはコックピットの中で叫ぶ。
ジョナスの腕ならばその程度をどうにかするぐらい余裕であることをネオは知っていた。
「長く生きすぎたな……ははっ」
YP-55はそのままの速度で地面に激突し、黒い煙と共に火を噴いて爆発する――
――ネオは、その光景を見てしばらくの間沈黙していた。
「――ネオ……戦士は戦場での死を望むもの……きっとずっと長い間……アレは待っていたんだ……」
ルシアがネオの肩に手をかけながらネオを慰める。
彼女もまた戦士であるため、ジョナスの心情を理解できたのであった。
「ずるい奴だ……そんなの何も生まないし、誰も得をしない……俺はただ飛んでいたいだけだ……それが出来る場所とゼロがあればいい……」
「そなたは戦士ではなく、空に憧れ、空と共に生きる鳥のような男なのだ。追いかける必要性なんてない。飛びたいだけ飛び続ければいい……そうやって生きるために、今日の決着を望んだのであろう?」
「そうだよネオさん! ネオさんはただ飛びたいだけ、飛んで狩りをしたいわけじゃないっ!」
上空で勝負の行方を見守っていたエルが決着した様子を確認し、降下しつつ通信を送ってきていた。
ルシアはネオの肩を触れようとしたとき、通信をオープンにするスイッチに触れてしまい、エル達に届いていたのである。
ネオは再びしばしの間沈黙したが、すぐさま目を見開いた。
「……ジョナス……俺はお前の後は追わない。あの時もそうした。今度もそうする。俺はまた、ただのパイロットと航空技術者に戻る……今日は、あの時決着をつけられなかった惨めな自分と決別するために望んだ決闘だ。今日で戦闘機パイロットは終わりだッ!!」
コックピットの中でネオはそう叫ぶと、エスパーニャの方角に機体を向け、飛んでいった。
通信を聞いていたフォルクローレの部隊はワーワーとネオを称賛し、ホークアイの搭乗員も「すばらしい戦いだった」とネオを称えた。
エスパーニャに戻った後、ネオはそのままエルと共にレシフェへと帰還した。
ルシアは立場上エスパーニャに留まることとなり、一旦別れることとなった。
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2ヵ月後、NRCはエスパーニャにおける全ての占領地を失い、和平へむけた対話を行うことを表明する。
ユーロとの戦争行為も一旦停戦し、アースフィアは300年ぶりに静まり返った。
その間にNRC内では様々な運動が起きたが、ハト派の台頭によって上手くまとまり内部崩壊は起こさなかった。
そして月日は流れる――
アースフィアのオビディオでで長らく語られる伝承があった。
その者、再び人類に翼を与えた者。
南リコンにおいてレシフェに降り立ったその者は、列強を打ち倒すだけの力を南リコンに与え、そしてオヴィディオを終生の地とした。
オヴィディオに再び舞い戻ったエルフェリア女王と共に、リコン大陸全体の繁栄に尽力した者は、なぜか歳をとらなかったが、女王の亡き後、忽然と姿を消した。
女王は最後に「彼はきっと、いつまでもどこかで空を飛ぶ――」と言い残した。
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ある地域で変人と噂になっている男がいた。
その者は帆布ばりの非常にクラシックな航空機を好み、オヴィディオの山岳地帯を遊覧飛行することが趣味だった。
周囲の人間は「もっといい航空機が溢れているのにどうして?」と問うと、その男はこう言うのだという。
「こいつは最高の航空機さ。どんな状況でも飛んでいられる。失速したってすぐ立て直せる。俺みたいな独り身の一般市民でも維持できる。そしてそこの道路からでも飛び立つことが出来て、この小さなガレージで修理できるけど、こいつは海だって超えられるんだ」
「速度に夢を見た頃もあったが、俺は鳥と同じようにして飛んでいたんだ……こいつのはすぐスネたり元気になったりまるで生きてるようなエンジンだけど、それがいいんだ……可愛いんだ」
周囲の者はこの者を不気味がったが、なぜか毎年のように王族の者たちがその者の住む地域に訪れては1年に1回晩餐会を開くことがあった。
やがてそれも無くなるほど月日が経過した今も、平和な空を彼は飛んでいる――




