試験飛行
「い~つまで寝てるんですか~?」
翌日の朝、ネオはエルによって起こされた。
いつ意識を失ったのかすら気づかないほど疲れきっていた。
本来なら2日程度の徹夜なら問題ないが、ネオはレシフェにまで向かう間、殆ど寝ることができていなかったのだった。
グラント将軍やエルを含めた周囲には何も説明していなかったが、ここに来るまでの道中、いくつもの修羅場をくぐってきたことは知られていない。
「なんか……ちょっと形が変わりましたね」
エルはギークの胴体を眺めながら呟く。
昨日、彼女が最後に確認したのは胴体を小型に修正しなおした所までである。
ネオ達がそこからギークに対して安全装置の一種を組み込んだことで、形状が再び変わっていたことに気づいたのだった。
「故障しても墜落しないおまじないを入れてみた。それと、昨日は簡易的な操縦席だったが必要な計器なども組み込んである」
「それでっ?」
エルはネオが発する言葉を「えへへ」とニコニコしながら待っている。
彼女もまた、空に魅せられたパイロットであった。
「今日は飛ぶ。飛ばしてもらう」
「上等っ」
ニカッとした笑顔を見せるエルに、ネオは疲れが癒された。
こんな戦だらけの世界で、どうしてこの子はこんなに明るいのだろうか。
それだけではなく、こんな危険な代物をどうして率先して乗ろうと思うのだろうか。
「ただ飛びたいというだけではないのだろうな。」と、ネオは彼女の真意は掴めずにいたものの、何か事情があるのだと悟る。
その後、ネオは彼女に誘われるまま一緒に朝食をとった。
時間が惜しいので軽食にして航空工廠内で食べると主張するネオに対して、彼女は急いだって良いことは1つもないと食堂での食事を提案し、少し落ち着きたかったのでネオも結局その提案に乗った。
食堂内では幼さの残る少女と若い軍服すら着ていない男性が共に食事を採る姿に周囲からの視線が注がれたが、疲労が蓄積しているネオにそれを気にする余裕は無く、
一方でエルはそんなことを気にも留める様子もなかった。
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朝食が終わった後、昨日の短距離離陸試験と同じメンバーを集めてブリーフィングを開始した。
ネオは本日は4段階に分けて試験を行うことを周囲に説明する。
グラント将軍に飛行経路を予め作成してもらっており、それに合わせてのものだった。
1段階目は離陸、15分程度の旋廻飛行、着陸という明日の視察と同じ内容。
2段階目は横の4G旋回試験。4G旋廻といっても低速のため、かなりの機動である。
3段階目は上昇試験、エンジンの具合を確かめたかった。
4段階目は巡航速度を超えた状態での長時間飛行。確実に発生しうるオーバーヒートの状況を確かめるものであった。
ギークには温度センサーなど各種センサーが搭載され、記録されるようになっていた。
ネオと航空工廠のメンバーは、現段階でこれらのうち2段階までは特に問題なく成功すると予想していた一方で、エルはそれには懐疑的だった。
ブリーフィングが終わると、すぐさま試験飛行が開始された。
飛行前にネオはエルに注意を促す。
「いいか、ギークにはエアブレーキがない。フラップもない。着陸時の滑走距離が長くなるので、速度を上手く殺してくれ」
「いえっさーネオ隊長っ」
エルは笑顔でその忠告を聞き入れ、ギークに乗り込んでいった。
――1段階の試験が開始された。
ギークは問題無く離陸し、高度300mほどまで上昇すると、ゆるい旋廻飛行をしばらくした後で見事に着陸した。
ネオは、離陸時からGをさほどかけずに丁寧に飛ばしていたことで、エルの腕が確かであることに確信が持てた。
天才かどうかは知らないが、少なくとも機体に無茶をさせない丁寧で美しい機動を描くことが出来る者であるようだ。
1段階目の試験は計3回繰り返されたが、特に不具合も無く成功したため、エルに休憩を取らせた後で2段階目の試験へと移った。
2段階目の2回目の試験で事件は起きた。
2段階目の試験の1回目、4G程度の横旋廻やロール機動に成功した後で、ネオに対して興奮した様子でこう言ってきた。
「ネオさんっ! 何これっ。何これっ! すごい応答性と運動性だよっ!」
それもそのはず。
実は、ギークは曲芸飛行用の単葉機を参考に、ネオが独自のアイディアでもって作ったものであったからだ。
テーパー翼は横から見ると、上下対照の対照翼であり、背面飛行も不可能ではなかった。
エルロンの下には「スペード」と呼ばれる部位が設けられている。
これは強烈な回転モーメントを発生させるもので、エルロンの操縦を軽く行えるようになり、強烈な機動を可能にするものであった。
これによって、エルの中の常識を吹き飛ばしてしまうような圧倒的な空戦機動を描くことが出来たのだ。
ただし、完全な曲芸飛行仕様にはしていなかった。
胴体だけは曲芸飛行も可能な仕様であったのを体で感じ取ったエルは、胴体以外は曲芸飛行仕様になっていないことを知らなかった。
2回目の2段階目の試験の時、エルは指示を無視して垂直ループをしてしまったのだ。
ギークは、その高い運動性でもって一気にループを描いたものの、背面状態となったループの頂点に至った時にそれは起こった。
エンジンが停止してしまったのである。
急いで作った影響で、ギークには背面飛行中にも燃料やオイルが潤滑するように出来ていなかったのだ。
エンジンが停止したギークはストールを起こしたが、エルは何とか立て直して着陸した。
危うく墜落する所であった。
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「あぅぅぅーーーー」
ネオは着陸した後、笑顔で誤魔化すエルを捕まえ、頭を若干の力をこめて両手の拳でグリグリとしている。
「だっれが、垂直ループしろなんて言った!」
「だってだって! そういうのが簡単にできそうな動きをするから!」
「せめてシャンデルなら許したが、水平ループだと言っただろ」
「ロール機動の時は問題なかったから……ついっ」
危うく死に掛けたにも関わらず、エルはてへっと頭を抑えながらネオに許しを請う。
やはり、彼女も空が大好きなだけの飛行馬鹿かとネオは少し評価を下げた。
「遠心力が働いている状況と、そうでない状況じゃまるで違うんだ! 前日に命を懸けて飛ぶというから信頼してたのに、命知らずだったとはな。次やったら許さん」
「は~~~い。……すみませんでした……」
怒りの収まらないネオに流石にエルも反省の態度を見せる。
グラント将軍は、その様子を見ていたが特に横槍は入れる様子がなかった。
ネオの怒りからは、エルを殺させたくないという親心のようなものが溢れていたのを将軍は感じ取っていたのだ。
「いいか、バンクは50度以上とるな。とったら殺す。殺すっつーか、ギークが勝手にお前を道連れに心中してくれるだけだが……ちゃんとした奴は次に作るから、無茶をするならその時にしろ」
「わかりましたよ! わかりましたから、そんな怒らないでっ。次からはちゃんとネオさんの言うことを聞きますから」
エルにはネオが怒っている理由が今一つ理解できなかったからネオの怒りを納めようと必死であった。
それを見ていた試験に立ち会ったメンバーはネオの思いを理解し、あえて横槍は入れず、ネオが叱る姿を見守っていた。
「お前の性格を知らなかったからアレだったが、次からはどういうことが出来てどういうことが出来ないのか教えてやる。だから、自殺するような真似はやめろ……ギークだって本来は誰も乗せたくなかったんだから……」
ネオは今回は許すこととしたが、エルが度々指示に従わぬ姿勢を見せるならば、彼女のためにも別のテストパイロットにしてもらおうと頭の中に深く刻む。
2段階目の1回目の試験の状況から、彼女はグラント将軍が天才と言うだけの操縦センスがあることは垣間見えたものの、一方で指示に従わないと自分が造った航空機が彼女を殺しかねないからである。
エンジンが停止する故障を起こしたギークではあったが、特に何かが破損するという事はなかった。
最終的に再調整した後で試験を継続し、第3段階まで終了させた。
ギークの最高高度は、ネオの予想通り3000m前後であった。
ネオの予想通りの数値であったが、予想以上に深刻な問題も確認できた。
オーバーヒートである。
水平対向エンジンの性質上、冷却に必要なピストンの部位を均等に冷却することは難しい。
3段階目の高度試験の間、エルは試験のためにエンジン出力を最高にまで上げていたが、エンジンの油温計が何度も警告ランプを点灯させた。
エンジンが停止することはなかったものの、機内に記録された上昇記録は大きくバラついており、明らかにエンジンが正常な出力を保つことが出来てなかった。
ギークの空冷用エアインテークが正常に機能しておらず、完全に長時間飛行は不可能であったのだ。
よって4段階目の飛行試験は中止し、3段階目の試験までで終了することとした。
ネオは航空工廠のメンバーやグラント将軍たちに対し、エンジンの性質の問題ではあるとは言ったものの、冷却問題は今後も尾を引く可能性がありうるとも説明した。
ギークの次に作るものに搭載される星型エンジンは、冷却に有利ではあるがだからといって、冷却に問題が無いようにするにはそれなりの技術力が必要である。
ネオは自身の設計にも限界があることを悟り、明日のお披露目が終わった後で、流体力学の研究開発班にギークの冷却が上手く行かない理由を調査してもらうこととした。
飛行試験終了後、ネオはなぜか再びエルに夕食を誘われ、時間差の影響で周囲に人が全くいない食堂で二人きりで夕食を採った。
エルはネオについてあれこれ伺ってきたものの、ネオは上手くかわしたため、不思議そうな表情を浮かべていた。
食事が終わった後もエルは金魚のフンのようにネオをつけまわしたが、ネオはエルを無視はしなかったものの、気にすることなく明日の飛行試験の後のための計画を練ることとした。
「明日からが本番だからさっさと寝ろって!」
夜が暮れてもネオの仕事を見ているエルに就寝を促すも、
「ネオさんこそっ」
といってエルは譲らなかった――