全てが結実する時
AWACSの開発は順調であった。
胴体に無茶な設計をしなかった影響もあり、先行量産型は3週間以内にロールアウトし、運用を開始できる見込みである。
一方、安価な新型戦闘機については各部の設計が完了できたものの、最大のネックが生まれてしまったため、ネオはリヒター大将の意見を仰ぐことにした。
設計図のデータを送付した後、すぐさま海軍工廠へと向かうこととした。
いつものメンバーがくっついてきたがネオはもう諦めていた。
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海軍工廠につくとネオは海軍将校らから手厚い歓迎を受けた。
リヒター大将は新型戦闘機のコストを見積もっていたが、諸外国にもライセンス生産させれば海軍に必要な数を揃えるだけの予算を賄うことが出来、さらにコスト自体もさらに引き下げることが可能だった。
ネックとなった燃料積載量について、海軍は基本的に空母運用が基本となるのでそこまで大きな問題はなく、空中給油機に関しては新たに大型水上機もとい飛行艇を作って空中給油機とするプランを立ち上げていた。
王国海軍は現在、ガスタービンエンジンを用いて推進力とする本格的な空母を計画していた。
新たな戦闘機はその空母での運用にはピッタリな存在であり、この戦闘機の弱点は戦術面でカバーするとネオに開発継続をするよう願い出たのであった。
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2週間後、新型機の先行量産型が完成し、テスト飛行が開始された。
テストパイロットはエルではなく、王国海軍が独自に育成した水上機のパイロットである。
空母サン・パウロを用いての発艦と着艦の試験飛行であった。
完成した機体はAF-9のコードネームが与えられ、名前は「ポケット・ゼロ」と呼ばれた。
外観はFX-0と異なるが、その思想は簡略化、小型化したゼロそのものであったことに由来する。
この小型機の設計データはすでに諸外国にも渡っていたが、諸外国ではまだターボファンエンジンが作れない影響で、レシフェにて生産したエンジンを組み込むこととなった。
MX-9と呼ばれるエンジンは構造が簡易なことからMX-0と平行して大量生産され、南リコンの各国へ輸出されていったのである。
ただ、エスパーニャ再出兵を目指した場合、各国では精々20機~30機程度と少数に留まるため、南リコンの各国ではコルドバを除いた国々がレシプロ機を主戦力とし、コルドバはターボプロップエンジンを利用したフォルクローレを主戦力とすることとした。
王国海軍で運用予定のものとも合わせると総勢200機近くの機体が生産されてエスパーニャへ出兵予定だが、南リコンではレシフェ王国と同様に簡易改装空母を保持した国もあり、そういった国々では空母運用が行われることとなっている。
ネオはエスパーニャ再出兵を3週間後と見積もり、その間にある機体を一機、ロールアウトさせることとした。
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数日後、ネオはエルやルシアを連れてPX-0のある地下格納庫へと向かった。
エルとルシアはPX-0について認知していたが、何のために向かうのかは理解できなかった。
地下格納庫でそれを見たエルは戦慄した。
「これは……」
そこにあったのは、PX-0ともFX-0とも異なる戦闘機であった。
そしてそれは、新造できないエンジンを用いていて、現段階においては究極とも言える存在である。
「ダヴィ達とコソコソやってたのはコレのためさ。第二次侵攻の後からずっとコツコツと仕上げてたが、どうにかエスパーニャ再出兵には間に合いそうだ」
「ネオさん。なんでこんなのを? エンジンが新造できるレシフェにこんなの必要ないんじゃ?」
エルはネオが作ったその戦闘機について違和感を持っていた。
ネオはかねてよりFX-0に絶対の自信をもっており、新造できないエンジンにターボファンエンジンは十分対抗可能だと常々主張していたのだ。
「エンジンの正体を解析するためと、現段階で俺の知恵を絞って極限にまで突き詰めたものをこのエンジンで作ることで、NRCの連中が仮に覚醒したとしてもこの程度だろうってのを見定めたくてね」
トコトコと歩きながら、ネオはエルとルシアに説明する。
「その顔は、エンジンの正体を掴んだのか?」
ルシアはネオの表情から、ネオの感情を読み取った。
「EMドライブだ。2020年の段階で基礎技術は存在していたが、その時点で推進力は生むが、どうして推進力が生まれるのか正体不明すぎるエンジンだった」
EMドライブ。
世界各国が次世代の宇宙航行用エンジンとして有力視しているエンジンの一種である。
これはマイクロ波レーザーエンジンを開発中にイギリスで偶然によって生まれたエンジンである。
かねてより歴史を遡ると、英国というのはこういう発見や開発が多い。
レシプロ的な火薬を利用した内燃機関の機構を蒸気機関に組み込んで蒸気ピストンとして発展させたり、蒸気タービンからそのタービンだけを推力にジェットエンジンなるものを考案してみせたり、
それと同様の存在がEMドライブであった。
英国面などと嘲笑されるが、EMドライブの恐ろしさは、原理が物理学的に不明だが、宇宙でも普通に推進力を発生させて動作する点にある。
実物が本当に推進力を発生させて飛ぶのだが、どうして推進力を生むのかわからないのである。
構造としては、マイクロ波などのビームを鏡のように磨き上げられた容器の中に照射するとなぜか推進力を生むという非常に単純構造なものだが、大気中ならば物理学的、力学的根拠を証明できるものの、これは真空中ですら当たり前に同じような推進力を生むのだ。
元々、マイクロ波レーザーエンジンというものは、イオンエンジンなどと並んで特定のガスなどを変化させたりして飛行するものであった。
マイクロ波とガスを用いて飛ぶという意味ではイオンエンジンもEMドライブと兄弟関係にあると言える。
これらは既存のロケットエンジンよりも極めて燃費が良く、重力のない宇宙において宇宙船などの小型化が可能という実に未来的なものだったが、偶然生まれた産物は燃料を必要としないというSFじみた気持ち悪さがあり、現物が存在するオカルトエンジンと呼ばれている。
ただし、アジアや欧州各国が人工衛星に試験的に組み込んで実験を繰り返しているように、動作自体はするので2020年代では科学的検証が待たれている段階であった。
ネオの記憶では2040年代でも姿勢制御用バーニアの代替として幅広く導入されていたが、未だに推進力発生の謎は解明されていなかった存在である。
「原理はつまりそういうことなんだが、どうして飛べるかはわからん。どうもEMドライブといっても出力を上げるためにエリクシアを噴射させて膨張させて圧縮して推進力を高めてるようではあるんだが、そりゃあターボファンエンジンなんかと比較すりゃ信じられないような燃費の良さになるだろうよ」
ネオは、この新造できないエンジンはEMドライブを応用して生んだ推進力にさらにエリクシアの気化の際に大幅に体積が増加する現象を利用しているのだと主張した。
「思うに、エリクシアはこいつで飛ぶための燃料なんだよ。工業アルコールとかじゃ動かないみたいだしな。MX-0は動かそうと思えば動くんだが」
ネオは、エリクシアの正体こそ未だに掴んでいなかったが、ほぼ確実にエリクシアはこのEMドライブ応用型エンジンを使うために作られた存在なのだと推測していた。
「それで、これは復元できそうなのか? どうなのだ?」
ルシアは、率直に疑問を伝える。
彼女の立場にとって一番重要なのは、コレが作れるか作れないかである。
「無理だな。作動原理の基礎部分はわかっても、その他の部分については俺の知識じゃどうにもならん。何で推進力を生むかわからないものを解明して、アレよこれよと突き詰めて、そこにラムジェットエンジンなどの原理を組み合わせたものだから……だが、燃費がいいだけで出力だけなら熱力学的な問題で限界がある。MX-0ではまだ届かないが、十分勝負ができることはこの機体のスペックから掴んでる」
ネオの説明を聞く傍ら、エルは機体の全体像を確認した。
この機体はFX-0と比較すると非常に挑戦的な構造をしていることにすぐさまエルは気づいた。
まず、垂直尾翼がない……もとい水平尾翼がないとも言い切れる。
上半角がついた水平尾翼なのか、大幅に外側に押し倒した垂直尾翼なのか、とにかく表現に困る形状をしていて、それが主翼の後ろに取り付けられたような形になっている。
FX-0でも一見すると水平尾翼が主翼と結合しているような形状であったが、実際は胴体側に接続されてたのがわかる状態であったのに対し、この機体は胴体と水平尾翼が離れ、完全に主翼の真後ろに水平尾翼が装着されたかのような状態となっていた。
主翼も主翼で、真上から見るとひし形を組み合わせたような形状である。
主翼の翼端は下半角がつけられ、斜め下にそっている。
エルは今までのネオの話から、主翼で大幅な安定性を確保した分、効力の大きい垂直尾翼を排除したのだと予想した。
コックピットのすぐ側にはカナードがあり、機動性や運動性もFX-0に劣るとは思えない。
エンジンは双発で全体のシルエットとすれば平べったいFX-0よりもさらに平べったい形状であった。
ただ、真横からみるとそこまで平べったくない。
要因は胴体の真下にもう1つ細長い胴体を抱えているかのような形状にあった。
言葉で表すなら、水上機用の平べったいフロートが胴体と直接接続されているかのような感じである。
「ネオさん、これは?」
そのことが気になったエルはネオに質問する。
「ソイツ用のアサルトパックだよ。取り外し可能だ。そのフロートみたいな形状に全部の武器を積載するが、これ自体が機体の安定性と運動性を高める効果を持ってる。FX-0の時はアサルトパックを付けても外しても機体の状態はあまり変わらんようにしていたが、こっちはそれを付けている方がブレイクやマニューバを行った際に機体がより安定するようにした。垂直尾翼すらいらないほどにな」
レシフェでゼロを生み出したりする間、ネオはその才能をさらに開花させていた。
様々な機器やコンピューターを用いることにより、これまで得た知識をさらに高みへと研ぎ澄ましていた。
その集大成の1つがAWACSの主翼であったが、この機体は胴体全体が今のネオの集大成であった。
FX-0がエンジンも含めた上での完成系の1つであるとすると、このFXAと呼んでいる機体は、現段階でネオが限界まで胴体設計を突き詰めて、エンジンすら惜しみなくアースフィアで最高のものを使うという浪漫に近いものであった。
「エル。よかったらエスパーニャ再出兵の際、これで俺の護衛を行って欲しい。奴との決着の見届け人を頼みたい。それだけの性能はある」
機体を見つめていたエルに対し、ネオはそう伝えた。
思わずエルは振り向いて驚く。
「奴とはFSX-0で戦いを挑む。どうしても最後に戦わないといけない奴がいる」
その様子を見ていたルシアはやや寂しそうな表情を見せるが、エルは真剣な眼差しでネオを見つめていた。
「それが戦闘機乗りとしての最後の出撃だというなら、お供します。 約束していただけますか。 終わった後は、二度と戦いのためには航空機に乗らないって」
エルはネオが今まで数度しか見たことない表情と気迫でネオに迫った。
彼女の目は全ての覚悟をきめている目であったが、ネオもまた全ての覚悟をルクレールが撃墜されて生還した時から決めていた。
「完全な傍観者として空にいるかもしれない。お前も俺も、空に魅せられた者だからわかると思う。だが、戦うのはこれが最後だ。俺には戦いは性に合わないのはわかってる」
そういってネオは左手を差し出し、エルと握手を交わした。
「我も、そなたについて行くぐらいは……許されるのであろうな?」
後から二人の手を両手で被せるようにルシアが手をのせ、そう呟いた。
「皇帝がお怒りにならない範囲なら」
ネオは静かに頷く。
最後の出撃のメンバーが決まった瞬間であった――




