エスパーニャ再出兵とエルの正体
本日も番外編の更新があります。
今回から新章となりますが、番外編は前章となります。
海軍の新型戦闘機の設計に入ったネオは、寝る時など以外は終日設計室に篭りっきりであった。
ネオ曰く「HMDやFCSなどの機器も全てレシフェの既存の技術者で調達可能。よって、自分は緊急時以外は必要ない」と言っていたが、周囲としてはネオが指揮・監督を行ってもらったほうが安心できるのでなるべく彼にいてもらいたかったのだが、若干の温度差や摩擦のようなものが発生していた。
ただ、グラント将軍はネオにおんぶ抱っこの状態を良しとはせず、自立せよという意識を周囲に伝えており、FX-0において特に重要な部分以外は自分達で問題を解決できるようにと主張し、叱責していた。
ネオも呼ばれる限りは出来る限り己の身を粉にして各部門への顔出しなどを行っていたが、本人としてはすでにFX-0関連では大半の役目は果たしており、どちらかといえばFX-0の最終形態の開発を進める傍ら、リヒター大将から頼まれた新型戦闘機のほうに傾倒していた。
そのような日々を過ごして1週間程度が経過すると、ネオはトーラス2世よりプライベートな夕食会に誘われた。
それは1対1によるもので、トーラス2世は何やらネオに話したい案件があるようであった。
ネオは特に断る様子はなかったが、トーラス2世の使いの者は「ネオのみ」と、ルシアやエルの同行を予め拒絶した。
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2日後、ネオは夕食会のために迎えに来た使いの者と王都へと向かった。
「其方をどう評価するか、とても迷うものだ……3ヶ月ほど前の私に今のレシフェの状況を伝えても信じぬほどの英知と国力を授けてくれた其方を、どうもって接すれば良いのか……」
トーラス2世は乾杯を交わした後、ネオをレシフェ王国においてどう扱うか決めかねている事を吐露した。
ネオがレシフェに与えたものは非常に大きかった。
特に、トーラス2世がエンジン製造技術の復元を宣言して以降、NRCはすっかり及び腰となってしまい、南リコンへの侵攻を中止しレシフェとの間ではこう着状態に陥っている。
一方で南リコン大陸ではターボプロップエンジンの新造に成功し、戦闘機フォルクローレを生み出して防衛体制などを整えたコルドバなどを筆頭に、星型レシプロエンジンを製造し、サルヴァドールに匹敵しうる航空機を周辺国家も新たに大量配備し始めている。
現段階でジェットエンジンに関してはレシフェが最も進んでおり、レーザー通信機器や誘導兵器まで備えたFX-0自体の性能は、南リコンの各国の首脳陣をして「1機で超大型機1機分の働きをし得る」と高く評価されているが、一方でターボファンエンジンの製造難易度は高く、南リコンでもっとも経済力があり、かつ工業力のあるコルドバですら現段階ではターボプロップエンジンしか作れていない。
レシフェはコルドバとほぼ並び、経済的には南リコンで第二位の立場にある南リコンだけで見れば列強に入る国家ではあるが、早期にターボファンエンジンを実用化し、FX-0を作り得たのは間違いなくネオの存在あってこその功績であって、ルシアが何度も愚痴るように、ネオがもし最初にコルドバに到達していればFX-0をコルドバで生み出すことは不可能ではなかったと言える。
そんな状況の中で、南リコンはMX-0よりももっと作りやすくコストが低いジェットエンジンと、それを用いた安価な超音速戦闘機を求めていた。
ネオからすればFX-0も非常にコストパフォーマンスに優れた機体ではあったのだが、南リコン、元は南米大陸の各国は中東とは異なりこの機体を200機以上保持できるのはレシフェとコルドバと、あともう1つぐらいしかなかった。
だからこそネオは王国海軍の求める、そして南リコンが求めるもう1つの戦闘機を作ろうと意気込んでおり、これはゼロのような叶えたい夢というようなものではなく、技術者としての仕事という形で割り切っていて、今日の夕食もその件での話をメインに据え置いていたものだと思っていた。
が、トーラス2世の反応はネオの予想とは異なるものであった。
「陛下。自分は所詮、何者かもわからぬものですので、お気遣いなく。いついなくなるとも限りませんから。ただ、FX-0の更なる強化プランの開発と、リヒター大将と交わした約束については守ってみます。その戦闘機は南リコン各国でも作れるようなものにしようと……」
ネオはそういって水に手をかけた。
この後も仕事があるため、基本的にネオは夕食の際に酒を口にすることは無い。
「無理せずにな……ただ、今日この場に呼んだのはそういったレシフェの未来を語らうためではないのだ」
突然のトーラス2世の告白に、ネオはギョッとする。
自分が何か問題を起こしたのかと思い、つい反射的に周囲をキョロキョロとしてしまった。
「慌てるでない。其方はオヴィディオという国家を知っておるか? レシフェの真南にある国家だ」
ネオは、オヴィディオという名称から、それがかつて南米第三位の経済国であった国家の成れの果てであることをすぐさま理解した。
ただ、その名をなぜトーラス2世が突然出したのかについては理解できない。
「名前は初耳ではないです。たしか南リコンの技術者にオヴィディオという名を語る者がいました。恐らく、自分が知る限り南リコン第三位の経済力を持っている……国ですかね」
ネオは、やや冷静になってトーラス2世に対して返答した。
トーラス2世は、話の理解が早く次のステップに踏めそうだとばかりにフッと息を吐く。
「其方は、何度もグラントにある少女について伺っていたそうだな……グラントからあの子について説明するのは難しかろう。私が事情を説明しておこうかと思ってな」
トーラス2世のその言葉から、ネオはエルがオヴィディオという国家の王族であると推測した。
そうでなければわざわざトーラス2世がこんな夕食会を開いてまで1対1でネオに伝える理由などない。
礼節と立場を重んじ、そしてその者に敬意をもって接するトーラス2世なら、そういった王族に関する事情はこういう形で伝えるはずである。
己が責任を持つからこそ、彼が王たる資格を存分に持ちこれまでのレシフェを牽引することが出来たのである。
まだ30代過ぎたばかりのこの男は、ネオにとって眩しい存在であった。
「実は、オヴィディオという国は現在……形としては存在しない。レシフェ王国南部のオヴィディオ自治区というものがあってな。我々は戦争を起こしてかの国を侵略したわけではないことを其方には予め伝えた上で聞いてもらいたい」
ネオは黙ってトーラス2世の顔から目を離すことなく、真剣なまなざしで彼の話を聞いていた。
「オヴィディオの元国王は、とても聡明で優秀な人間であったが、子宝に恵まれすぎた。また、当人自体もやや女色を好む気質があり、8人もの子を授かっている。ただし、かの国は王位継承権を正式に婚約した第一王妃の子のみと限定しておってな、8人のうち3人は継承権が無く、5人に王位継承権が与えられていた。だが、国王亡き後、どの子を王族とするかで揉め、内戦状態となったのだ。国王は病床の際に内戦を予見し、もしオヴィディオが崩壊することがあったら、私かコルドバの皇帝に一時的に管理をしてもらいたいと願い出ていた」
「つまり、オヴィディオは内戦により完全に崩壊した?」
ネオの言葉にトーラス2世は相変わらず理解が早くて済むなと安心した顔つきになる。
オヴィディオという国家はネオが推測するように、すでにガタタガタの状態となっていた。
王は不在となり、王族の殆どは死亡、国家の維持運営が独力では行えないほどであり、一時的にという形でレシフェに併合され、オヴィディオ自治区として存在している。
オヴィディオ自体の市民権などは尊重されるようにしており、あくまでレシュェは一時的な措置をとっていて、そのままレシフェに吸収する予定もなく、コルドバなども支援活動を行って再生中の状態ではあったが、とある理由によって難航していた。
「そうだ。実はオヴィディオでは王位を継承した者はその印を授かることとなっている。それが無いと例え直系の血族といえど国王となることが出来ん。エル……エルフェリア第三王女は、その聡明さや父と同じ気質から王位継承者として最優とされた。エルフェリア王女は一卵性双生児の双子であったのだが、双子の姉にあたる人物は妹であるエルフェリア王女を補佐する立場を望み、このまま上手くいくと思われたのだが、女性であること、幼いことを理由に他のものらの反発にあい、そして内戦へと至った」
「エルは自分が影武者だといってました……本当にそうなんでしょうか?」
ネオは、かねてより疑問であったことをトーラス陛下に直接ぶつける。
そのネオの言葉に一瞬感心した表情を見せた上で、トーラス2世は顔をしかめ、とても神妙な面持ちとなった。
「わからんのだ……それが。実際にソックリな影武者がいたのは事実だが、戦乱の際にレシフェに避難した際に印も失ってしまい、印自体も行方不明。これによってオヴィディオは国家としての立場を失った。エルと名乗る者は自身は影武者だと言い張るが、私は最後にエルフェリア王女と顔を合わせた時にはまだ7つか8つの幼子であり、同一の子であるという確証を得られん。とても責任感が強い者であるそうなので、印を失ったことで自らを戒めるためにそう名乗っているのか、本当にそうなのか……ちなみに、双子の姉は戦乱の際に死亡したとされるが、エルと名乗る少女がこの者である可能性もあるのだ」
ネオは顎に手を添えた。
DNA検査という手はあるのかもしれないが、レシフェにおいては医療関係の技術はさほど衰退していない一方、遺伝子研究学などのものはタブー視され、自然な形でロストテクノロジーになっており、そういったことは不可能であった。
DNA検査などの技術が失われた原因は王政復古したことが理由の1つに挙げられる。
純血に拘る王族の場合、こういったもので国王などの血統が否定されれば大混乱に陥る。
トーラス2世などはそもそもが元々の血族が王位に関する人物でない可能性が高いが、トーラス2世自体がそれまでのレシフェ王国の国王と血が繋がっていないという可能性も0ではない。
こういったことは何度も世界中で問題視され、中世などでは近親相姦などが当たり前に行われるようになってしまったのだ。
殆ど話題にならないが、コレは日本とて例外ではない。
そのような流れの中。アースフィアにおいても、無用な混乱を広がらせないためという名目でこういう技術はロストテクノロジーになってしまったのである。
ネオは自身がそういった研究によって生み出された人工の人型生物であることを認識していたが、自身は遺伝子関係についてはハイスクール卒業程度の知識しかなかった。
医学薬学については全く見識がない。
遺伝子組成表も、金属系関係などの科学や化学関係の分野しか認知していない。
現状で、エルが本物のエルフェリアかどうかの判断は不可能であった。
「その昔は血が繋がっているかどうかを調べることができましたが、今では出来ないらしいですね。自分も知識が無いので不可能ですが……陛下はエルが王女だと思っていますか?」
「どうかな……影武者でもあの程度の知識はつける。いざとなったら本当に王族にしてしまうものだ。アースフィアにおいては純血統はそこまで意味を成さぬ。私の血族とて本当にかつてレシフェの地域に存在した王族の血を引いているのかどうかは怪しいが、表向きはそうだと言い張っているのだ」
トーラス2世は、ネオに対してややあっさりとした態度で言葉を吐き捨てる。
この様子から、レシフェではさほど血統は重要視しておらず、トーラス2世も王たる者としての自覚は非常に強い一方で、王の血族たる者としての自覚はさほどなく、肩書き程度の認識であることを理解した。
「うむ。かの少女についての話は以上だ。それよりも私は其方に相談したいのは、エスパーニャ出兵の件だ。エスパーニャも南リコンの全ての国と同盟関係がある以上、レシプロエンジンの提供は行ったのだが、NRCを退けるほどには至っておらん。支援が遅すぎたな……それでもあちら側でもこう着状態になったのだというのだから、航空機というのは恐ろしいものだ」
トーラス2世は話を切り替えると、空になったワイングラスを持ち上げて補充を要求した。
「王国海軍の戦闘機は、大量生産が可能なものに仕上げて見せます。 それを南リコン全体で量産して……エスパーニャへ再突撃です」
「その言葉を待っていた。 どれほどで出来る?」
トーラス2世は注がれたばかりのワインに手をかけつつも、ネオの言葉に喜んだ様子を見せる。
「1ヶ月半以内に。必ず」
トーラス2世はその言葉にはっはっはと機嫌よく笑い、その後でネオにこう伝えた。
「グラントが申しておったが、決着をつけねばいかぬ相手がいるらしいな? 其方はあくまで軍籍におかず、独立した立場においた上でその騎士道の精神にのっとったような行動を支援しよう」
グラント将軍がすでに状況を察していたことに驚くネオであったが、トーラス2世の温情に頭を下げた。
「それとなネオよ。オヴィディオ自治区については、まだ混乱状態だ。何があるかわからん。気をつけてくれ」
トーラス2世はそう言ったあとで、その後は二人で雑談を交わしつつ食事を続けた。
トーラス2世はネオを可愛い後輩のような形で接していたが、一方でネオはこの者にはどうあっても敵わない部分がいくつかあると尊敬していた。
ネオは、1ヵ月半といいつつも試作機自体は2週間程度で完成させたいなと意気込むのであった――




