怪鳥は舞う
翌日。レシフェ首都の空の上で、二羽の幼鳥が爪を手に入れ、飛び立とうとしていた。
ネオは、エルとどちらがT1に乗るかで相談したが、エルは撃墜記録を持つのはT1であることと、FSX-0よりもT1での飛行時間が長いということから、デモンストレーションに近い模擬戦ではT1に乗ることを拘った。
ネオとしては、観測員を乗せる必要性があるため、エルの飛び方だと後ろの観測員がGで気絶しかねないか心配であったが、エルの望みを聞くこととした。
ここの所、ネオとエルはほぼ交互にFSX-0に搭乗しているが、エルの試験飛行においては速度が速度のために他に観測機として飛行するのが難しい。よって、複座型のT1の方が都合が良く、T1が帯同して観測するテスト以外はT1単独で飛んでいたのだった。
今回はあくまで敵味方識別装置が戦場でも正常に働くことを確かめるためのものである。
なので、1つ目の試験として、何の反応も出さない巡航ミサイルを地上より発射して空中待機させ、さらに味方の反応を出すレーザービーコンを急遽搭載させたサルヴァドールを、同じく空中で待機させて、巡航ミサイルをサルヴァドールが追いかける中、2機のFSX-0によって巡航ミサイルにAAMを発射してAAMがサルヴァドールに誘導しなければ成功というものを行う。
デモンストレーションのドッグファイトはその次の試験となる。
AAMは模擬弾頭であり、信管や爆薬は搭載されておらず、敵と一定距離にまで近づいたら命中判定の赤いスモークを出しながら落下するように施されている。
もし仮に命中しなかった場合は燃料切れまで誘導した後で、そのまま通常通り落下する。
デモンストレーションのドッグファイトにおいても同様の模擬弾頭を使う。
2機の幼鳥は、雲にオレンジ色の塗料を塗したような日の出時刻と共に、首都の空軍基地より飛び立っていった。
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日の出から約3時間後、2機の幼鳥は試験場所の空域まで辿り着いた。
周囲にはすでにサルヴァドールの部隊が展開しており、位置を知らせるため試験用に取り付けられたスモークを展開して飛行している。
巡航ミサイルも同じく周囲を遊覧飛行していた。
「準備が出来次第、信号弾を発射して巡航ミサイルを迎撃する。エル、後ろの観測員に記録を開始するよう言ってくれ」
ネオは信号によってエルにそう伝えると、信号弾の発射準備をし始めた。
エルはしばらく観測員と会話した後に、準備完了の合図をネオに送る。
ネオは信号弾を射出すると、サルヴァドールの部隊はそれを見て巡航速度でフワフワと漂うミサイルを追いかけ始めた。
今回の試験でネオがFX-0ではなくサルヴァドールを対象としたのは理由があった。
サルヴァドールは前方にエンジンが備えられた牽引式レシプロ機であり、排気熱なども前方に寄っている。
つまり、敵を追いかけている場合、それぞれの排気熱が近いため誤射の可能性が高くなりやすく、FX-0よりもより敵味方の識別が重要となる。
サルヴァドールは今後も量産が続き、攻撃機として扱われる予定であるため、戦場には混じってくる。
その状況で例えばサルヴァドールがNRCなどの小型迎撃機を追いかけている際に、援護射撃でミサイルを発射して、サルヴァドールを誤射しないかという、一見すると戦場では殆ど起こらないケースをあえて試験にてシミュレーションして動作に問題が無いか試すのである。
0%ではない状況想定をし、それが最も誤射の比率が高いならば、あえて評価試験ではその状況を作り出すのが適している。
これは現代であろうが古代であろうが変わらない。
赤外線の熱センサーはそれぞれの排気熱を別個のものとして十分認識できるよう敏感に反応するように出来てはいたが、それが両方敵なのかどちらかが味方なのか、はたまた双方味方なのか不明であると誤射の危険性がありミサイル攻撃は出来ない。
そのための敵味方識別装置である。
ネオは、エルが追っているものとは別の標的の巡航ミサイルに顔を合わせた。
HMD上にはサルヴァドールを味方と認識され、味方マーカーを表示させている。
一方で、その前にいる巡航ミサイルは識別不能の黄色のマーキングがされていた。
これはフェイルセーフである。
現代の戦闘機では、基本的にすぐさま敵であるとは判断しない。
こういった黄色の状態は、敵と味方の識別を手動で行って判断するのだ。
予めA-WACSなどのレーダー管制機があると、敵と味方が識別された上でそのデータが送信される。
アースフィアにおいてはまだこういったレーダー管制機が存在しないため、今回の試験では手動で敵と変更させた上で攻撃するようにしている。
無論、この手動切り替えは味方にも使うことが出来る。
「よっしゃあ! いきなり敵判断なんてバカな真似はしなかったな!」
ネオはグッと拳を握りこんで小さいガッツポーズを作ると、すぐさまマーキング表示された識別不明の機体を敵に切り替えた。
すると敵という扱いの赤いマーキングで周囲が囲まれ、射程内に入ったためにミサイルのロックオンが開始される。
ピィィィイ ピーーーー!
敵味方の識別システム搭載以外にもFCS関係のシステムをアップデートしていた影響で、すぐさまロックオンが完了した。
ネオはそのまま1発の試作型空対空ミサイルの模擬弾頭を1発射撃する。
空対空ミサイルは固体燃料ロケット特有の灰色の尾を引きながら、やや山なりのカーブを描いてサルヴァドールを避けるようにして一気に近づき、そして命中判定のスモークを出しながら落下していった。
試験は成功である。
ネオは命中を見届けると、エルのいる方角を向いた。
エルは一気に3機の敵をロックオンし、3発のミサイルを射撃していた。
アップデートされたFCSは最大6つまでロックオンし、正面70度程度の角度で敵の排気熱などを感知できればロックオンして射撃することが可能であった。
持ち前の技術で3機のやや後方の、ミサイルの射程内の位置に陣取ったエルは一気にそれらに対して攻撃を仕掛けたのであった。
ミサイルは全てサルヴァドールを避ける形で命中し、落下していった。
実験は成功であり、少なくとも識別が極めて難しい状況でもきちんと稼動することが判明した。
「何度かいろんな想定で試験をやらにゃまだ怖いが、これで制空戦闘が出来るようになった。ジョナスがいる以上、赤外線誘導だけだとフレアに負けるかもしれないが……そこはアクティブ誘導でどうにか……」
ネオは単座のFSX-0の機内で、一人ポツリと呟いていた。
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試験では最終的にネオもエルもそれぞれ搭載された12発の短距離型の試作空対空ミサイルを使いきり、全てサルヴァドールを避けて命中させることに成功した。
天候としては曇りがちであった中で、赤外線センサーが十分動いていたことが証明された。
ネオ達は一旦補給と休憩のため、首都の空軍基地へ戻り補給と休憩を終えるとすぐさままた飛び立った。
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午後、エルが待ちに望んだ2度目の模擬戦が開始された。
今回のルールは前回とほぼ同様ではあるが、機銃は使用不能でミサイルのみとされた。
高度は2000mから8000mに引き上げられ、その状況から互いが邂逅した後に戦う。
前回と異なり時間制限は無い。
というより、FSX-0に後ろを取る必要性というのは必ずしも存在しない。
勝敗よりも古代の誘導兵器を用いた制空戦闘がどういったものであるかを見せるデモンストレーションの意味合いが強く、大型機などが周囲に散らばって飛行しており、技術者などを含めて様々な国や立場の者達が見学に来ていた。
ネオは引き分けに夕食代を賭けており、エルは自身の勝利に、ルシアはネオに夕食代を賭けていた。
「今回はヘッドオンは意味ないぜ!」
機銃が使えないことでヘッドオンの意味が殆どないことを理解していたネオは、エルがまたしてもヘッドオンを狙っていたことに、エルには聞こえない場所からツッコミを入れつつ、飛行する。
一方でエルは、ネオとの勝負で有利に戦えるのはネオの真後ろを飛び続けることだが、同条件でどこまでネオに肉薄できるか気になっており、まずはヘッドオンで様子を見てからネオに空中機動を仕掛けて後ろを追いかける作戦を立てていた。
エルはネオとの位置をHMDで認識し、信号弾を発射する。
試合の開始の合図にネオはすぐさま応えた。
「アフターバーナー?」
試合開始と同時に燃料も気にせずアフターバーナーを稼動させたことにネオは違和感をもった。
ターボファンのFSX-0はアフターバーナーを用いずとも高い加速力を誇っていた。
にも関わらず、ドッグファイトのヘッドオンのために稼動させる意味が理解できない。
何か抜き打ちのようなものを仕掛けてくるのかと身構えつつも、ネオはフレアのスイッチに手をかけ、そのままの速度で飛行した。
加速したT1は一気にネオの乗るFSX-0に近づくと、そのまま横を音を越えた速度で通り過ぎていった。
ネオはすぐさま反転してエルを追う。
エルが高度を上昇させていたため、ネオもアフターバーナーを用いて加速した。
「速度を誤魔化そうったってそうはいかないぞ」
上昇とアフターバーナーで現在速度を偽ろうとしているなと感じたネオは、そのまま追いかけ続ける。
次の瞬間、エルはローリングシザース機動を見せ、ネオをかく乱しようとした。
すぐさまネオはそれに対抗してハイGバレルロールを用いてエルの後ろにつく。
機動が安定して水平飛行しかけた一瞬の隙を狙い、ピーというロックオンの音と共に、ネオはミサイルを2発、発射した。
しかし、エルはフレアを展開しつつ三次元ベクタードノズルを利用した捻り込みを展開し、少ないGでミサイルを回避する。
そのままネオの後ろについた。
ネオの機内には敵がロックオンしていることを知らせる警報装置の音が鳴り響く。
エルはすぐさまミサイルを1発発射するが、ネオは冷静にタイミング良くフレアを用いてミサイルをかわした。
そして、エルがこちらよりも速度が上回る状態であることを見定めると、近づきつつある状況を見てすぐさまフックで機体を急減速させ、そしてアフターバーナーを起動させて急加速する。
「あれ! どこ?! どこにっ!」
ネオが真後ろにいると感じたエルは キョロキョロと周囲を見回すが、ネオの姿が見えない。
ロックオンの警告音だけが操縦席内を駆け巡る。
「死角!? でもなんでマーカーがつかないの?」
すぐ近くの死角の範囲にいると感じたエルは急制動でブレイクを行って周囲を確かめるが、やはり見つけられない。
すると、ミサイルが接近する警告音が聞こえ、すぐさまフレアを発射しながら高度を落とした。
「うっ 太陽の中に!」
周囲をより集中して見渡したエルは、太陽の中にネオが隠れていることを見つけた。
太陽熱を利用したことでセンサーを狂わせたのだ。
「ずるいなぁ! もうっ!」
作り手だからこそ知るセンサーの弱点を利用したかく乱に、エルは憤った。
なんだかいつの日だったかそんなことをネオが言っていた気がしたが、正々堂々とした戦いを好むエルにとっては、そういう何でも駆使してくる姿勢は気に入らなかったのだ。
ネオの姿勢にエルはあえて従わず、高度を落す。
まるで、ネオが見つけられなかったかのように装ってフラフラとT1を下降させた。
エルは雲の中へと消えていった。
「勝負あったか!」
勝利を確信したネオはすぐさまFSX-0を降下させてエルを追った。
しかし、雲の中に入ってしばらくした後、エルの反応が消えてしまった。
「なんだって!? どうした! 故障か!?」
ありえない自体にネオは混乱する。
雲の中であっても赤外線センサーは働くため、雷雲などでなければ狂うことはない。
しかし、エルの反応が完全に消えてしまった。
速度をなるべく失わないようにしながら周囲を空中機動をかけながら飛行をすると、突然真後ろから警告音が鳴り響いた。
「どこからだ!」
先ほどとは完全に逆転した立場となり、ネオは混乱する。
ミサイルが近づく警告音まで鳴り響いたため、ネオは急いでフレアを出しながら雲から出ようとするも、新たなミサイル警告音が鳴り――
「しまった!」
気づくと、1発のミサイルが赤いスモークを発生させながら落下していった。
ミサイルは非常に近距離から発射された様子だが、HMDには未だに何も表示されない。
混乱しながらネオが周囲を見渡すと、雲の上に見慣れた影があり、それが動いている。
影の真上を見るとT1がユラユラと飛行していた。
「あいつ……エンジン止めやがったな!
太陽によるセンサー狂わせを見たエルは、その原理をすぐさま理解すると、エンジンを停止させて廃熱を最小限に絞り、捕捉用の光学センサーを回避してネオを攻撃したのだった。
してやられたとばかりにネオは頭を抑える。
姑息な手を使えば、手痛いしっぺ返しがくるもんだと唇をかみ締めた――




