新型フライトスーツ
PX-0の一件の後、ネオは現在判明していない疑問について自らが持ち歩く手帳にまとめていた。
1つ、NRCがどうして社会主義国家となってしまったか。1つ、なぜ北米侵攻に至ったのか、1つ、終末戦争とは一体なんだったのか。1つ、今だ掴めないエルの素性について。1つ、新造出来ないエンジンとは何なのか。1つ、エリクシアという魔法のような液体とその誕生の経緯。
それらはネオなりに解釈された補足説明が書き加えられている。
NRCが社会主義国家になったのはエル曰く国家の危機が民主主義から変貌したものだというので、PX-0のログデータから参照しても北米のあの地域は何らかの形で世界を敵に回したのは間違いない。
ただしソレがイコール米国であるとは限らない。
終末戦争については、資料も実情も把握できず、ルシアやトーラス2世なども詳しくなかったが、真の意味で世界が崩壊するほどの戦争には至らなかったと思われる。
新造出来ないエンジンについてはFX-0関係の開発やPX-0の解析と平行してエンジンの解析を行っているが、ネオは1つの結論を導き出しかけていた。
エリクシアは未だに正体不明だが、ネオの出自となんら関係があるかもしれないと考えている。
遺伝子研究は2040年代の時点ですさまじいまでに発展しており、ピュアクローンと呼ばれる万能細胞の遺伝子を組み替えた上で遺伝子情報を完全に同一にさせた人造クローンとも呼ぶべき存在を作り出すことに成功していた。
自分自身の正体については今だ不明だが、彼の元となった人物の記憶ではここにさらに記憶情報すら書き込んで完全なる複製を目指して生まれたのが自分であり、この研究が成功すれば天才の複製が可能という神の領域に触れることが出来るかのような段階にきていたことをネオは知っている。
最後に、手帳には書き込まなかったが、PX-0の武装についてネオは気になったことがあった。
PX-0はバルカンやミサイル類は存在していたが、レーダー類が一切装備されておらず、ステルス対策も排気熱の部分だけにしか仕込まれていない。
FSX-0と同じく赤外線レーザー誘導という時代錯誤な武装構成であり、これは2078年の段階ですでにレーダー等が使用不能であったことが推測される。
グラント将軍はFSX-0とPX-0がとても似ていると発言していたが、外観はさておき、諸所の性能や機体の仕様、運用方法などは極めて似通っていた可能性が高いことは事実であった。
ただし、PX-0には敵味方識別の方法がブラックボックスとなっており、何らかの方法で敵味方の識別は可能であったがどうやって識別できていたのかは依然不明である。
ゼロのために有効活用しようにも、敵と味方を認識する方法においては各種機器が完全に機能していない状況でわからなかった。
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様々な場所で平行して作業を行いながら1週間ほどが過ぎた。
ついにFSX-0に試作型の敵味方識別システムが搭載された。
不可視型のレーザーを照射し、互いにそのレーザー光を送受信して敵味方を区別する。
ネオはその試験の前に、あることを試さなければならず、エルを呼んで試験を行うこととした。
「この場所に立って、そのカメラの前でおとなしくしていればいいんです?」
エルはFSX-0のための試験と聞いて喜んで駆けつけたものの、撮影会のようなセットが置かれた場所に招かれ、さらにそこにカメラが置いてあったことであたふたした。
「ちょっと赤外線を照射した際の状況を見たくてね」
「へぁ!? ネオさんにそんな趣味があったとはっ! 知ってますよ! 赤外線って服を透過していろいろ中を見たりできるんでしょっ!? ネオさんってばそういう風にして覗くのに喜びを――」
「黙ってこれに着替えて、ヘルメット被ってバイザー下ろしてその椅子に座れ」
ネオはムッとした様子でコツンとエルをチョップし、FSX-0用のスーツとヘルメットをエルに差し出した。
「あうっ……そんな怒らなくても……」
エルはネオが渡された衣服を手に持つと、シュンとしながら更衣室の方へと向かっていった。
――5分後――
「この格好でいいんですね?」
エルはFSX-0用の新しいフライトスーツを身に着けて戻ってきた。
フライトスーツはロングブーツなどで構成された、それまでのレシフェのフライトジャケットなどとは見た目が全く異なるものである。
それまでのレシフェのフライトジャケットは古代でいえば1960年代風の古風なものであり、FX-0の操縦者も未だに飛行帽を被っていた。
いわば一体型のツナギに飛行帽といった、そんな見た目である。
しかし新型のフライトジャケットは上下に別れ、下はロングブーツにコンバットパンツ、上は航空機用の割とピッタリとしたスーツの上に各部にプロテクターがついたフライトコンバットスーツである。そこに軍用のハーネスを施した姿となっており、非常に近未来的な意匠である。
コンバットパンツの膝にもプロテクターが施されているが、炭素繊維を利用したもので服自体は非常に軽い。
ネオは新型のヘルメットも渡していたが、エルは被ってくることはなかった。
「あの……お尻が引き締まって、とっても恥ずかしいんですけどっ!」
コンバットパンツは割りとダブダブで空間的余裕があったが、軍用ハーネスが装着されたことで後ろから見ると形が非常によくわかるように出来ていた。
そのため、エルは尻をさすりながら赤面している。
「お前に羞恥心があったとは驚きだ。全裸で俺の部屋を毎日徘徊してるのにな」
ネオはツッコミを入れつつ、エルを座席に座らせた。
「ヘルメット被って、バイザー下ろしておとなしくしてて」
そういうと、不可視の赤外線レーザーを当て、カメラでエルを撮影しつつ、その映像をネオは確認した。
「よし!全身真っ黒だ! 完全に遮断されてる。これで赤外線や紫外線によるダメージは今後最小限になるな!」
ネオは新型のスーツの具合を確認すると、設計通りの状況となっていることに喜び、すぐさまエルを手招きして呼んで映像を見せた。
「これで、飛ぶ前にお前がよく使ってる日焼け止めを塗り忘れても、ある程度はどうにかなるだろ?」
映像を見たエルは関心したようにネオの説明にただただ頷くだけであった。
ネオが作った新しいコンバットスーツはFSX-0の敵味方識別装置などへの対応のため、特殊な塗料や素材を用いて赤外線や紫外線などを98%までカットするものであった。
風防にも施されていた遮断用の塗料を、改めてフライトスーツ側にも適用したのである。
特にフライト用ヘルメットは大幅に近代化し、ヘルメットの向く方向に光学センサーを照射してロックオンが可能になるよう調節されていた。
さらに恐るべきことに、ネオはHUDをFSX-0に搭載せずHMDのヘルメットを新たに作成していた。
コンピューターの性能が下がったアースフィアではあるが、表示情報を絞ればHMDにすることは可能であった。
これは土壇場での変更で、HUDは完成間近であり搭載間近の状況であったが、HUD関係の機器を搭載するスペースに新たにHMDを表示させるためのコンピューターを搭載させ、ヘルメットと有線接続させてHMDにすることにしたのだ。
光学の敵味方識別装置は360度で稼動させることが出来るが、HUDだとロックオン判定を正面にしか表示させられない。
これだとせっかく360度にわたって捕捉できるのにも関わらず、機首を敵機にいちいち向けなければならず意味が無い。
現状の短距離空対空ミサイルは基本は正面と後方のみしかロックオンできないが、敵が後方を捕捉できればほぼ斜め前ぐらいの位置にいてもロックオン可能であった。
ならばその方向を顔を向けてロックオンできるHMDの方が優れている。
HUDだと45度程度の視野角しかないが、HMDにすることで全方位を見ることができるだけでなく、70度程度の範囲で視認してロックオンできるようになるのだ。
これによりFSX-0は光学照準を搭載したまま、HMDを併用して操縦する方式となった。
エルは最後までハーネスについて文句を言っていたが、このハーネスは射出座席が満足に動かなかった場合の緊急脱出用パラシュートをくくりつけてあるため、ネオはそのことを説明した上で絶対に外すなとエルを納得させた。
ヘルメットを被ったエルの全身像は、ネオからすると2040年代の宇宙服のようだった。
首周りはネックウォーマーのようになっており、通常のフライトスーツのように首だけ露出するということもない。
この首の部分は強烈な衝撃が入ると衝撃を吸収する吸収剤が充填されており、緊急時や急制動時に首を保護する役割もある。
これらを総合的に有したフライトスーツはまさに2020年代頃あたりまでのレベルに近づいていた。
「エル! 明後日は俺とまた勝負だ。 誰もミサイル搭載のFSX-0でお前と戦おうと思わんらしい。そのスーツは俺用のも用意してもらったが、俺の知る真の制空戦闘ってやつを空の上でやってやろう」
飛行時のフライトスーツの試験のためにFSX-0へと向かう道中、ネオはエルに2度目の模擬戦を行うことを伝えた。
エルはヘルメットで恥ずかしいと思う部分を隠しながらネオに対して――
「それって勝ち負けあるんです?」
――とネオにはにかみながら言葉を返す。
「今回は悪いがデモンストレーションだ。敵味方識別がちゃんとできるかを試さなきゃならない。その上で誤射しないことを証明した上で、空対空ミサイルを持つ者同士のドッグファイトというのを、お偉いさん方に見てもらう。誘導兵器がある中での戦い方はずっと前から教えてるから理解できてるな?」
ネオはそういって左手を差し出すと、エルはハイタッチで応えた。
模擬戦とはいえ、古代に繰り広げられたという誘導兵器を所持した者同士の戦いが、再び始まろうとしていた――




