もう1つのゼロの正体(後編)
「これは……AD2078……西暦か……」
操縦席付近から覗いていたネオは、PX-0のインジケーターに表示されたデータから、最後にPX-0が起動した際に西暦2078年であることを即座に理解した。
ネオは頭に過去の記憶が過ぎる。
彼の元となった人物の最後の記憶はAD2042。
ネオの技術と知識は全てこの段階で停止しており、彼が入手した資料も2030年代までのものであった。
PX-0は製造年こそ未だに不明であるが、試験機製造までにそこまで年数はかからないと思われ、少なくとも2070年代の技術によって組み上げられた実験機であることは間違いなかった。
「インジケーター関係の操作は今とさほど変わらずタッチパネルか……ログデータを……」
実験機の場合、大半が機内に飛行試験に関わるログなどが存在している。
ネオはPX-0がどういう目的で作られ、どういう目的でこのレシフェの領土内で砂の中に埋もれたか気になっていた。
何しろPX-0は外装に一切の損壊が無く、不時着した様子がないのだ。
遥々この星の裏側から飛んできた理由を、ネオはPX-0の仕様以上に知りたがっていた。
「ウソだろ!?」
ネオが操縦席付近で大声で驚いたため、周囲がザワめきはじめる。
「どうした? 何かヤバいもんでも見つかったか」
「ダヴィ、こっちへ!」
ネオの様子を伺おうとエンジン付近から駆けてきたダヴィに対し、ネオは手招きして呼び出した。
「共通語は読めるとは思うが、これを見てくれ」
ネオはそういって該当のログの部分を指差す。
「FSX計画に基づいた新型機の製造のための実験機の製造と試験飛行を目的とした、PX-0計画。来るべき北米への侵攻を踏まえた国産新型戦闘機製造のための実験機を、南米にてユーロと共に実戦を模した訓練に参加させる。AD2078/10/11……北米? どこの話だ」
「NRCのことだ。南米は南リコン大陸のこと。何でNRCが2050年代に世界各国から武力攻撃を受けるような事態になっているんだ?」
PX-0のログの内容に、ネオは顔をしかめた。
彼の最後に残る記憶の約30年後の状態が彼の知っている世界情勢と大きく異なるからであった。
終末戦争が今後10年以内に起こるかもしれない。
そういってネオの元となった人物を誘った時、世界的な大戦に発展しかねない状況を生み出したのは中東である。
原因は代替エネルギーの相次ぐ実用化であった。
西暦2025年。米国とフランスは世界に先駆けて核融合発電を実用化。
2020年代にかねてより起こっていた核融合発電におけるブレイクスルーが実を結び、核融合発電所が相次いで世界で建造されるようになる。
これによって世界は脱石油への流れへとシフトし、続いて日本や中国などにおいても核融合発電の開発に成功し、世界的にその流れは加速していった。
この状況に混乱したのは石油産油国である。
相次ぐ石油の価格降下に歯止めがかからなくなった。
価格を引き上げれば引き上げるほど、維持しようとすれば維持しようとするほどに世界では脱石油へと加速していくため、価格を引き下げざるを得ない。
しかし、引き下げた価格に国家経済はデフレスパイラルに陥り、宗教国家ばかりの中東は各宗教の派閥をまとめる求心力を失い、内戦状態に陥っていったのである。
元々石油が産出するといってもその殆どを輸入に頼る欧州などは、リチウムイオンキャパシタなどを用いた電気モーター式の自動車が2030年代初頭には急速に普及しはじめて主流となり、ガソリン式自動車などはその勢力を一気に萎める状況となっていった。
先進国は、脱石油によってCO2排出量を大幅に削減できることから、地球温暖化への対応も兼ねて温暖化を名目にこれまでよりさらに厳しい環境規制を敷く国際条約を締結し、締結した途上国に対する経済的支援を行う反面、締結しない途上国は殆どの経済的支援を打ち切るという強引な姿勢をとるようになった。
この流れに中東の国家は激怒し、石油産出量をコントロールして石油の輸出量をあえて減らす政策をとる。
船舶や航空機などでは未だに石油が必要不可欠であったし、電気自動車を作るために必要な石油製品はそういった国々から算出されるものを利用していたため、こうすればどうにかなるだろうと考えたのである。
だが、世の中はそんなに甘くなかった。
産出量が減ったとしてもメタンハイドレードやシェールガスといった代替石油によってすぐさまそれらは対応されてしまい、結局自国の首を絞める結果としかならなかった。
そのまま中東は第五次中東戦争へと進んでいったのである。
この時点では、合衆国が世界から攻撃されうるような状況に陥る可能性は0であった。
むしろ先進国の間では太平洋を好き放題にしようとする中国、そして核融合発電を建造できず、脱石油に至ることが出来ないロシアなどと火花を散らす状況であり、西と東という形式での争いが繰り広げられていたはず。
ネオの元となった人物が遺伝子情報を提供した際、このままだと終末戦争に至るかもしれないという話はあったが、それはロシアや中国が世界中を混乱に陥れるかもしれないといった程度の話で、目下、気になることといえば中東の状況ばかりであったはずだった。
それがわずか30年で何故か北米侵攻という状況になっている。
「どうしてだ……確かに北米は一時期混乱したことがあったけど、世界中から目の敵にされるようなことはしなかったはずなのに」
ネオのそんな独り言をダヴィは注意深く見守っている。
「あー…意外と小声で読み上げたつもりだが、ネオ……お前がどういう人間であれ、俺はお前を友人に近い関係をもっていると思ってる。何が言いたいかっつーとな、今の件はあまり口外しない方がいい。俺も見なかったことにしておく。北米がNRCだとして、お前は随分北米に詳しすぎる。疑われるぞ」
ダヴィはネオの様子が気になり、小声でネオにアドバイスを送った。
これまでの様子からネオがNRC側の人間だとは思っていない。
ただ、周囲に変に疑われるのはよろしくないとダヴィは考えたのだった。
「……あぁ、スマン。で、ログデータを見るとやっぱコイツは日本で作られているな」
「ジャパン? ああ、2000年以上の歴史を持つとかいうよくわからない国か。鉄道だらけで不気味すぎるって話だが、なんでか知らんがあの国は世界一電灯が多くて明るい国だという。どこでそんな電力を作ってるのか知らんが……」
「何? 日本はまだあるのか! あの国は本当に滅びとは無縁だな」
ダヴィの発言にネオは驚いた。
目覚めた後から、アジア諸国の状況をネオは知らなかったが、ゼロの名の由来の1つは日本のとある戦闘機でもあるため、その国には興味があったのだ。
「あの国は俺よりも頭がおかしい技術者の集団ばかりだぜ? 時速405kmで走る鉄道とかな。後よく言われるのは、空爆されたのに即日で道路とか鉄道とか水道とかのインフラが復活するとかいう気持ち悪い国家だ」
ダヴィの発言から、間違いなくそれが日本であることを確信したネオは思わず吹き出してしまった。
多分あの国は終末戦争によって様々な技術をロストさせても、一番重要な部分は保護し続けているのであろう。
そして数百年経過した現在も、きっと昔とあまり変わらない状態のまま何とか続いているのであろう。
そう思うと、元となる人物も一度も行ったことがないその国に対して妙な懐かしさをネオは感じた。
祖国ではないが、国名もそのままに時代に流されずに残っているというのが、まるで故郷のように感じられたのだ。
他の国家は国名が殆ど変わってしまい、国土も書き換わっていたのでそう感じるのであろうなと思うと妙に笑いがこみあげてくる。
ネオは、そんな中で1つ気になったのでダヴィに質問してみることにした。
「レシフェと国交は?」
「あるけどNRCと戦争中でこっちにゃ大使もこねえ」
ダヴィの発言から、NRCは本当に全方位で戦争をしていることを改めて知ったが、一方でレシフェと日本が国交があることがわかり、いずれ何らかの形でコンタクトをとってみたいと思った。
PX-0のログを見る限り、PX-0は間違いなく日本で開発された機体で、なんらかの理由で北米への侵攻をするために南米に持ち込まれて実戦形式の共同訓練に参加していたのである。
そして、どうしてかそのままレシフェの国土の砂漠に埋まってしまったのだ。
グラント将軍はPX-0の周辺には施設らしき跡もなく、周囲には沢山の古代兵器の残骸こそ埋まっていたが他に何もなかったというが、訓練中に何かに巻き込まれた可能性が高いとネオは推測した。
同時に、ネオはもう1つ推測した。
北米の侵攻の件である。
ネオは、北米はロシアなど、どこか他の国に侵攻されてしまったのではないかと考えた。
理由は、南リコン大陸の各国にいる人種である。
コルドバは元々白人が多めの地域ではあるが、コルドバの者達は9割が白人だとルシアは言っていた。
そしてレシフェも7割以上が白人であった。
周辺国も7割~8割ぐらいが白人であり、エスパーニャもそうだという。
これはネオにとってあまりにも多すぎる数字である。
そもそも目覚めてからネオは褐色肌の人間には会ったが、NRC国土内においても黒人の姿を見たことが無かった。
この不気味すぎる状況に、ジェノサイドか何かが起こったかもしれないとエスパーニャにいる間も疑問におもっていたが、PX-0の少ないログデータから、北米だけではなく、アメリカ大陸そのものが何か想像もしようもない状況に陥って合衆国の人間が南米に逃れてきたのではないかと想像した。
PX-0の解析だけではなく、リコン大陸全体の過去の歴史についてもPX-0から知りうる情報を集めた方がいいなと改めて感じるのだった――




