もう1つのゼロの正体(前編)
PX-0の格納庫には現在、ダヴィら第七研究開発班含めたエンジン開発班、流体力学班、胴体開発班のメンバーが訪れている。
「あれから何百年経過したかわからんが、稼動すると思うか?」
ネオは、興味津々で見回る他の技術者達に問いかけた。
「飛ぶのは無理でしょうけど、電源は付けられそうです……ただ、このバッテリー部分と思われる場所にある物体は……」
胴体開発班の技術者はPX-0に取り付けられた黒い丸い大きな筒を取り出してネオに見せる。
「そいつは電気二重層コンデンサー、またはキャパシタってやつ。FX-0では採用していないが、俺が知る限り、次世代のバッテリーとして古代に開発研究がなされたが、実用化しても普及するには至らなかった代物だ」
ネオはそう言って、PX-0の格納庫に新たに持ち込まれたホワイトボードに電気二重層コンデンサーについての簡単なイラストと仕組みを書き出した。
電気二重層コンデンサー。簡単に説明すると、下敷き2枚をすり合わせて静電気を発生させるのと似たような仕組みで、その状態で電気を封じ込めようと試みたものである。
電気二重層と呼ばれる原理を応用したものだが、原理的には下敷きを炭素繊維のシートに置き換え、その間にイオン電子を封じ込むための電解液を用意し、電機を流すことで双方の陽イオン電子と陰イオン電子が移動することによって電気を直接封じ込めようとするものだ。
2020年代においてはスマートフォンやデジタルカメラなどに搭載され、リチウムイオン電池の消耗を減らすために用いられている。
スマートフォン内部の時計の動作や、デジタルカメラのフラッシュライトなど、大容量を一旦保管しておいて使う用途には優れる。
他には手回し式ライトなど、バッテリー充電には適さないがある程度の時間は電気を保持して稼動しなければならない非常用道具などにも用いられている。
ただ、普及しているかといえばあくまで次世代型コンデンサー程度の認識で、リチウムイオン電池の代替となるまでは至っていなかった。
仕組み上、カーボンナノチューブなどの存在を実用化して安価に量産できれば劣化が極めて少ないためにリチウムイオン電池を全ての状況において超える存在となりえるのだが、現段階では併用する程度に留まっている。
アースフィアにおいては引き続きリチウムイオン電池が使用されていたが、発電機などにおいてはリチウムイオンキャパシタが用いられていた。
これはリチウムイオン電池の特性と、電気二重層コンデンサーの双方の利点とデメリットを合わせたような存在であるが、容量が大幅に増加し、安定して運用できることから、2020年代の古代においては大型艦船や風力発電、水力発電など、様々な分野で用いられるようになってきており、その後のアースフィアにおいてもロストテクノロジーとなること無く伝わっていた。
「なるほど。仕組みは簡単だが、性能とか製造に問題があってアースフィアでは滅んでいたのか」
ネオの図を見てダヴィが頷いた。
「そうだ。リチウムイオンキャパシタが安価に量産されるとコイツは自然淘汰されていて不思議じゃない。だが、これ自体はカーボンナノシートを利用した、めちゃくちゃに大容量のものだと思う。戦闘機の電力をリチウムイオン電池などに代わって全て引き受けているようだ」
ネオは、シリンダー型の黒い電気二重層コンデンサーを持ち上げると、その重さがやや重いことから、高い密度の炭素で内部が構成されているのだと予測した。
「放出する電力さえわかっちまえば、リチウムイオンキャパシタで代替できる。エンジンはさておき、こいつのコンピューターに入力されたデータが見たい」
ネオはそういうと、FSX-0のの敵味方識別装置について考える傍ら、PX-0について独自で調査した資料をホワイトボードに貼り付けていった。
「エンジンはターボファンとジェットの複合型。可変サイクル機構だ。超音速領域に入ると正面のファンは風流を整えるだけのショックコーンのような装置になり、空気の圧縮は後部の機構だけに頼っている……エンジン内部以外に、後部の外側の空洞部分の機構はラムジェットエンジンに類似していて、M1.5以降は推力の半分以上を外から流入する空気を自然圧縮させて搾り出したもので飛行する」
ネオは一旦咳払いをする。
「特に、高速領域で入ってくる空気はターボジェットエンジン自体の冷却を兼ねながら、ターボジェットエンジンの外板の熱がガスを高圧化して推力変換するという、熱力学チームがヨダレを垂らしそうな代物だ。MX-0は、こういった複雑な構造をあえて避けて、高速領域では無駄な風流を逃がして最適な出力を常に発生させるようにはしていて、これも一応推力に変換はしているが、全体の推力の2割から3割程度に過ぎない。一方、PX-0のエンジンは低速領域ではバイパス比を内部のタービンの間隔や内部構造などをスライド移動させて調整していて、超高速領域においては推力の8割を前述の機構で発生させるという極めて未来的な仕組みのエンジンといえる。加速力はバツグンだろうな」
ネオの説明に技術者達は舌を巻いた。
その後もネオによるPX-0の解説が続いたが、PX-0はそこまで超未来的な戦闘機というわけではなく、現段階でも十分にその構造を解析できうる存在だということである。
エアインテークも機体の構造も、外観だけを見ると非効率そうな効力を増やすかのような構造が多いが、これも風洞実験で模型を用いてみれば、各部分がどういった働きを発生させるのか判断可能であった。
しかしエンジンにおいては流体力学を極限にまで極めた存在で、作動方法や作動時の内部の力学的作用についてはわかるものの、同様のものを作れるかどうかといえば、不可能に近かった。
PX-0のエンジンはエンジンノズルのような機構がエンジン内部にもあると言っていいような代物で、内部でスライド移動するだけでなくエンジン外側のラム圧で推力を発生させうる機構はエンジンの外側の外板がエルロンやフラップのごとく大気を細かく調整して出力を確保するものであった。
これはエンジン内部だけではなくエンジンの外側まで大量の風流が行きかう状態であるため、サージングなど起こせば空中分解を起こしかねないものである。
ネオは、恐らく高度に発達したコンピューターが内部の状態を極限にまで制御していたのだと予想した。
通常のジェットエンジンとは異なり、PX-0のジェットエンジンの外側はエリアルールを考慮された金属パイプなどが表面に一切露出しない状態に調整されており、外側はラムジェットエンジンに極めて類似する構造をしていた。
だが、ラム圧が高く設定されているだけでエンジン外板に伝わる高熱を利用して自然風流を高圧ガスとする仕組みはラムジェットエンジンとは単純には言いがたく、ネオはこれを自信の見解と認識により可変サイクル式ジェットエンジンと呼んでいる。
それまで地下の格納庫でひっそりと眠っていたPX-0は、様々な技術者達に調査されその眠りは少しだけ覚めようととしていた。
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2日後
「これで電圧などは同じです」
第七研究開発班のミゲルが電源装置の準備を完了させ、ネオに顔を向けた。
電気二重層コンデンサーの出力を調査が完了し、詳細な性能を確認した後、内部コンピューターを稼動させるための電力関係の詳細情報が整ったため、有線接続による外部電源によってPX-0の主電源の起動試験が行われた。
ピピッという音と共に、PX-0の機内に様々な機材に電源が入る。
「これはコックピット内部は液晶に類似する何かなのか……こんなに時間が経過しても普通に電源が入るとは」
PX-0の操縦席で様子を見ていたネオは、数百年以上砂の中で眠っていたPX-0が殆ど問題無く機内搭載のコンピューターが稼動したことに驚いた。
ネオ達は、そこでアースフィアに起こった事実やPX-0について知ることとなる――




