幼鳥
翌日――
「なんてこった。こっちは推力を目一杯上げてんのに同じ機動でついていくことが出来ん!」
FX-0に乗るサントスは、ひな鳥から飛び方を覚えたばかりの幼鳥になったともいうべきFSX-0との機動力の試験でFSX-0に全くついていけないことに驚きを隠せない。
エルが操縦するFSX-0と同じコースを飛行すると、フラップを稼動させえば同じ経路で飛行できるが大きくエネルギーを喪失し、フラップなどを用いずに飛行すると大き外側にズレて同じ弧を描がけず飛ぶこととなる。
三次元ベクタードノズルとターボファンエンジンの組み合わせは、FSX-0をネオが望む領域にまで飛べる存在へと昇華させていた。
現在行われているのは高速機動試験である。
FX-0とFSX-0を同じ経路で飛行させ、どの程度の差が生じるのかを第三者から見てわかりやすくするようあえて2機によって飛ばしていた。
その後ろに計測担当のFSX-0-T1が計測器を背負いながら飛行する。
T1は複座型のため、操縦者以外に計測員を搭乗させることが出来るため、こういう状況となっている。
T1を操縦しているのはなんとネオであった。
ネオが乗ることとなった原因はベクタードノズルにあった。
天性の操縦センスを持つエルはすぐさまFSX-0に順応したものの、機敏に動きすぎるので他のFX-0のパイロット達は機体に振り回されてしまうのである。
ケガからまだ回復したてで不安はあったが、現状のエルに追随できるのはネオだけであった。
ネオはまるで、その戦闘機の動かし方を当たり前に知ってるかのごとく、エルよりも使いこなしていた。
サントスのFX-0やエルのFSX-0の動きよりも優雅に飛ぶため、試験飛行を見学する者達の中には、ただひたすらに後を追うだけのT1に見とれている者もいた。
FX-0がギクシャク飛ぶのを避けつつも、FX-0の航路を阻害しないように飛ばなくてはならないのだが、T1は進路を大幅に変える事無く2機の後ろをついていく。
見とれている中にはルシアもいたが、彼女は自分がレシフェの人間ならば間違いなくT1の後部座席にどんな権限を使ってでも乗るだろうなと思いつつも、その姿を見られる立場であることに感謝していた。
「思った以上に動ける。上半角を付けた垂直尾翼が三次元ノズルを用いてもちゃんと機能してるか気になってたんだが、悪くないようだ」
コックピット座席にいたネオは自画自賛していた。
「ネオ殿。もうちょっと離れても大丈夫ですよ。近づきすぎて怖いので……」
普段は大型機で観測員を担当していて、今回の試験で観測員を担当する事になったレシフェ空軍の若い青年は生まれて初めて登場した超音速ジェット戦闘機に恐々であった。
だが、ネオは彼の助言とも泣き言とも取れる言葉を明るく笑って無視し、距離を保ったまま飛行を続けた。
飛行試験は現段階では上々の結果となっている。
FSX-0は持ち前の加速力などによって殆ど速度を失わずにFX-0以上の機動性を示すが、この能力がNRCの新型機にどこまで対抗可能かは未知数である。
しかし、古代の第4.5世代制空戦闘機と比較すると機動性に関してはそれらと遜色がない状態でありながらも、加速力と推力についてはそれらを上回る状態ではあるのだ。
これは、現在ネオが裏で検証作業中の謎の新造できないエンジンを双発で搭載した戦闘機と十分戦えるものであるが、こちらは新造して量産できるという点で兵器としてのポテンシャルは大きく上回っている。
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「くそっ、直線でも全然ついていくことが出来ない……」
午後行われた最高速評価試験においてもFX-0が全くFSX-0に追いつけないことにレンゲルは唇をかみ締めた。
午後の評価試験は1万mの上空を最大出力でどこまでの速度を出せるかという試験である。
エンジン性能的には高速領域におけるアフターバーナー非稼動時の加速力ではターボジェット型の方が優れていたものの、これも900~M1.3程度までの領域であり、それ以外の全ての領域においてターボファンエンジンが勝っていた。
構造上、より大量の空気を送り込んで圧縮することが出来る上に燃焼させる酸素が少なくて済むターボファンエンジンではアフターバーナーの効率が高い。
MX-0と呼ばれるエンジンは、これを低バイパス比にしてスーパークルーズも可能とさせ、アフターバーナーを極限まで使用させない仕様としていた。
アフターバーナーを使用せずともM1.7程度まで加速可能なため、同じくアフターバーナーを用いないFX-0の最高速M1.45程度と比較すると圧倒的に性能に差がある。
この要因も前方のファンの有無にあった。
ファンが存在しない現状のFX-0はエンジン稼動にもエアコンプレッサーが必要となるが、空中でも風流をそのまま取り入れる形で飛行している。
超音速に近づけば近づくほど風流による圧力は高まるが、実はこれがジェットエンジンでは必ずしも正の方向には働かない。
ジェットエンジンでは圧力をかけてそこに燃料を用いて高圧ガスにさせてノズルから排出するものである関係上、圧力をかけるためにタービン以外にも様々な機構が与えられている。
これらは一定量の風流が常にエンジン内に吹くことを想定しているため、気流が乱れると思わぬことが発生する。
物理に詳しいものなら周知の通りであるが、圧力というものは常に全方位に向けて外に逃げようとする。
蒸気機関などではこれを一定方向に向かうよう調整しているわけだが、例えばピストンの中を通る蒸気は、実はピストンを押し出すだけでなくピストン内のシリンダーを外側に押す力も働いているのだ。
今日のクレーンなどにおける重機の油圧システムは、この法則性を応用することで機器の大幅な小型などを果たしているが、風流が乱れるとどういうことが起こるか。
なんと、エンジン内の空気の一部がインテーク側へ逆流を起こしてしまうのだ。
離岸流などとほぼ同じような仕組みであり、圧力を加えようとすると一部において逆流を起こすのだ。
これはエンジンに重大なダメージを与えうる負荷をかけるが、ターボジェットエンジンは当初これが原因によって何度もタービンにクラックが入っていた。
燃料であるエリクシアが高熱状態で気化した際の気流を制御できなかったのである。
航空業界ではこれをサージングと呼ぶが、ジェットエンジンの性質というものがまだ理解されていなかった頃は、同じエンジンでもやたら加速性や高速性を発揮する航空機とそうでない航空機が存在した。
これらはエリアルールなどと呼ばれる、胴体構造によって効力が増加していた事なども原因ではあったが、一番の要因はコレである。
高速でインテーク内に入る風流は速度が上がれば上がるほど制御が難しくなり、最終的に逆流などを起こして正しい推力を発生させることが出来ない。
どう見てもエリアルール的に優秀な戦闘機が全く超音速飛行できない一方で、F-8クルセイダーなどの、一見すると超音速飛行に向いてなさそうな外観の戦闘機が簡単に超音速飛行できたのは、この差がいかにエンジン効率に悪影響を与えるかを表した事例といえる。
FX-0には風流調整用のエアインテークが流体力学班によって開発された上で搭載され、速度ごとに風量を調節するように出来てはいたが、それでもこれだけでは限界があった。
FSX-0においてはインテークのファンに加えて、ファンを利用する際に無駄な風流を逃がす機構が搭載されているため、全領域においてカタログスペックに近い性能を発揮することが出来るのだ。
この機構はFX-0にもあるが、FX-0はまだターボファンエンジンではないため機能しない。
この差によって想像以上に加速力に差が出ていた。
FX-0はアフターバーナーを30%前後で稼動させなければ700~900kmで、最大出力でなければM1.3~M1.7までの領域でFSX-0に追いつくことが出来なかった。
サントスは低速度領域でなければ鈍足ではないはずのFX-0が思った以上にノロく感じ、コックピットで冷や汗をかいている。
「今日に限ってゼロがやけに遅く感じる……クソッ、エンジン1発止まってんじゃないのか!? 推力を上げて追いつこうとする度にどんどん離されていく……」
必死で追いつこうとするひな鳥をよそに、幼鳥は先輩面をして、まるで親鳥に代わって飛び方を教えるかのごとく余裕の様子で先導していた。
「エル! その距離から最大でアフターバーナー稼動させろ!」
FX-0が未だにアフターバーナーを稼動させない状態でいたため、ネオはエルに対して100%の出力でアフターバーナーを稼動させるよう信号によって指示を出した。
エルはT1に向かって敬礼すると、すぐさまアフターバーナーを稼動させた。
グワンと一気に引き離されたサントスも最大出力で追おうとするものの、そのまま追いつく事無くFSX-0は瞬く間に距離を離し、そして加速によって発生したベイパーコーンによる丸い輪っかのような雲を残してサントスの視界から消え去った。
「信じられん……これがゼロの本当の力……ネオ殿は第二次侵攻にこれを間に合わせようとしていたのか……こいつは……怪鳥だ」
有視界外から消え去ってしまったFSX-0の様子を見ていたサントスは、計測のために同じく加速したネオ達のT1からも置いてかれて一人空の上で飛びながら、FSX-0の性能に驚嘆していた。
「後部座席! 超音速飛行に入る! キャノピーに触れると火傷するかもしれないから気をつけろよ!」
M2.0以上の飛行のため、ネオは後部座席の観測員に注意を促した。
T1はエルのFSX-0から大きく離れる事無く近くを超高速で飛行し続けた。
M2.0を超えると流石に振動が発生しはじめ、ネオの操縦もより慎重になった。
2機の幼鳥は仲良く並んで操縦席の後ろに雲を引きながら飛んでいる。
「エル! 燃料に気をつけながら後1分だけ加速!」
ネオは計測のために逐一エルに信号を送り、エルはそれに返答しながら飛行し続けていた。
「ネオ殿! 速度が2500km/hを超えてます! M2.5以上出す気ですか!?」
観測員は大気圧と観測機器から、すでにゼロがM2.4を超えている事に注意を促した。
FSX-0がどこまでの最高速に耐えられるのか、彼には聞かされていないのだ。
「M2.6まで出せるはず……2.7は短時間でならいけそうだがやめておく」
観測員の不安をよそにネオは幼鳥の性能を信じて加速を維持し、1分後、両機はM2.61まで到達したところでアフターバーナーを停止させて最高速試験を終了させた。
「後は……武器とHUDだけだ…………」
緊張の糸が解れたネオは大きく息を吐きながら小言を呟いていた。
レシフェという国家でゼロという怪鳥が飛び立とうとしていた――




