喪失のルクレール
「もうっ一体どこに!」
捜索活動中のエルは焦っていた。
NRCとの戦闘終了後、ネオが戻らず、周辺の目撃状況などとすり合わせても、彼が高確率で撃墜された可能性が高かったからだ。
第二次侵攻についてもNRCは失敗に終わった。
現在、襲撃から48時間が経過している所であるが、トーラス2世はジェットエンジンと地対空ミサイルなどの誘導兵器について全面的に公開、レシフェは完全にエンジンが新造できない旧体制より脱却し、同盟国においては同盟関係が続く間、経済的支援などの等価交換などと合わせてターボジェットエンジンの技術供与を行うと宣言した。
ただし、周辺国は現状ジェットエンジンを作る技術には疎く、レシプロエンジンを希望し、首都の航空工廠には、各国の技術者が集まってレシプロエンジンの製造方法について学んでいる。
NRC側は南リコン大陸侵攻への戦略を大幅に見直さねばならなくなり、レシフェとは完全に膠着状態となりつつある。
「ネオさんは、もし機体が撃破されても、死なずにいたのなら、絶対に機体をある程度復帰させて不時着させているはず……そしたらこの辺りの小島なんかに……あっ!」
海面にチラチラと光るものを見たエルは、急いで機体を降下させた。
エル達捜索隊が捜索に用いている機体は、未だに名前が決まらない訓練機である。
非常に低速で長時間移動できるため、捜索にはうってつけの存在であった。
海面を双眼鏡で覗いたエルはルクレールの破片を発見し――そして――
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「俺は渡米する。この近視だと、もう戦闘機のパイロットにはなれない。戦闘機のパイロットになりたいわけじゃないが、誰よりも早く飛びたかった――」
「――そうさ……俺は……祖国から逃げたかったんだ……」
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「予想されうる最終戦争を前に、貴方方のような存在の遺伝子データを保管したい」
「遺伝子データ? クローニングを施したって同一人物になるわけじゃない。貴方達万能細胞の研究者ならば、一卵性双生児などからそれがおわかりになるでしょう?」
「我々は神の所業に挑もうというのですよ……その時点での全ての細胞や遺伝子の状況をデジタル的に保管、そして万能細胞を用いてそれらを復元することで……人の完全な複製体を作り出す……年齢、性別なども自由自在。いや、それどころか記憶は男性のものなのに、体を女性とすることも可能である……ということ」
「没技術論的すぎます」
「しかし、貴方は研究費が欲しいはずだ……ゼロのね……」
「――どうせ、生まれるのは俺じゃない何かだ……なら、構わない……」
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「うっ……」
「ん? おい!意識がもどったぞ!」
声がする方に顔を向けると、聞きなれた声色をする者が隣にいた。
ゆっくりと目が冴えていき、目を見開く。
「病院?……ルシアということはコルドバか……」
「何馬鹿なことを言っているんだ。レシフェの首都の王国空軍基地の病院だ」
その言葉を聞いたネオは、すぐさまベッドから半分起き上がった状態となる。
「今何日だ!? 何日経過した?!」
「NRCの戦闘が終了してから72時間。お前の驚異的すぎる回復能力に医者が不気味がっていたぞ。病院に着いた時は、瀕死の重体だったはずなのに処置を施してから数時間で体が一気に再生していった」
ルシアはネオにやや引いた様子を示しながらも、心配そうにネオの右手に手を置いた。
「まぁ、生きているならばいい………だから、FSX-0で出ろと言ったのだ……」
「ルクレールは? 敵に回収されてしまったか?」
ルシアが見ている中でみるみる血色が良くなっていくネオは、すでに病人といった様子ではなくなってきていた。
「ルクレールというのか? ズタボロの大破に近い状態で航空工廠のガレージに鎮座されているが、整備班は修理に否定的だ」
「ネオ!っ」
遠くからさらにもう1つの聞きなれた声がするので振り向くと、その瞬間、何かがこちらに飛び込んできていたことにネオは驚く。
「いってっ」
まだ傷の治りが完全でなかったネオは、思わず痛みに歯を食いしばった。
「あっ……」
「迷惑をかけた……気がする。エルも元気そうでよかった。地獄で化けて出てくることはなかった……みたいで……」
ネオは痛みを堪えながらも、エルの頭を撫でる。
エルはネオの腹のあたりで顔を埋め、黙っていた。
「お前を72時間以内に見つけたエルに感謝することだ。そうでなければ、NRCの捕虜になっていたかもしれん」
「ルシアも……ありがとう。多分一緒に捜索してくれたんだろ?」
ネオの察しの良い発言にルシアは赤面すると、ネオから顔を逸らす。
「いやあ、あんな派手にコックピット蜂の巣にされて、腕も足も五体満足たぁ関心するぜ。お前がいないとガスタービンが完成しないだろうが」
「ダヴィ! それと第七研究開発室のみんな!」
エルが駆け込んでいった状況を見たダヴィ達は、風貌にそぐわぬ花束を持ってネオのいる病室に参上した。
彼らの薄汚い格好から溢れてくるオイルや何やらの臭いがあたりに立ちこみ、ネオはこれが現実であるのだと認識する。
「本当だ……みんな無事か……くっ…この状況なら、もう歩けるかな? すぐ後でグラント将軍に会いに行く。誰か言伝を頼む……やらなきゃならんことが出来た」
やや神妙な顔を浮かべるネオにエル以外の一同は困惑した表情を見せる。
「戦うんだ……ネオさんは……」
その中で一人、エルだけはネオの真意をつかみとって小さな声で呟いていた……
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数時間後、ネオは歩き回れるまで回復すると、急いでグラント将軍の所へと向かった。
両軍の損害状況の確認を行うためである。
両軍の状況は、ネオの想像以上の状況であった。
まず、NRCは超大型機が90のうち、70以上を喪失し13機程度が帰還していることが判明した。
残りは行方不明であり撃墜すら確認できていないのだという。
例の新型機については、残骸の状況から4機の撃墜が確認できたが、それ以外は確認できていない。
超大型機に付随する小型迎撃機は一体どれほどの被害なのか、NRCの発表がないため全く不明な状況であった。
レシフェの被害も少なくなかった。
レシフェはサルヴァドール27機を喪失。
それらは全て新型機の新兵器と見られる武装によってのものであり、新型戦闘機のドッグファイトによって撃墜されたのはネオのルクレールのみである。
ただし、撃墜されたといってもパイロットの殉職は6名で済んでおり、殆どの者が操縦不能に陥ったことでベイルアウトしていた。
サルヴァドールには射出座席が搭載されていたがそれが十分に機能したことになる。
制空権としてはレシフェの領域内であったことで極めてパイロットの死亡率は低かった。
FX-0については対新型機用として作戦任務に従事していたが、新兵器の登場によって離脱していた。
果敢にも挑んだのはFSX-0-T1のエルのみであり、そのエルは4機の撃墜記録を手に入れた事になる。
ネオが攻撃の命中を確認した新型機は逃げ切っていた様子で、撃墜は確認されていなかった。
ネオは状況を聞くと、将軍に対してルクレールを大破させたことを謝罪したが、将軍はネオが死ななかった事の方を喜び、大破したとはいえルクレールがNRCに回収されなかったことでネオを嗜めた。
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次の行動を開始する前に、ネオはルクレールの状況を確認した。
航空工廠のガレージに向かうと、一部にシートがかけられた状態で痛ましい姿を晒したルクレールが鎮座されているのを見つける。
ルクレールの風防は無残にも砕け、原型を留めていない。
プロペラはひん曲がった状況で、不時着したということがわかる。
ネオは撃たれた後の記憶が全く無く、意識を喪失していたと思っていたが、どうも本能的な半分意識がないかのような状況で不時着していたらしい。
しかし、その様子を見てネオの拳に力が入っていた。
この状態、間違いなくジョナスはトドメを刺さなかった可能性が高い。
「(その情けが己を殺すぞ……)」
ネオはその思いを胸のうちに仕舞い込み、ルクレールの状況の確認を再び再会する。
真下を覗くと大量の弾痕があるが、コックピットへの貫通が無かった。
これによって敵の新型機の波動連弾は20mm以下であるということがわかる。
20mm以上であるならば、貫通弾が発生していてもおかしくないが、ルクレールの装甲は貫通不可能な様子であった。
敵の新型機がいかに優れた性能を持っていても、武装は貧弱であったことで自分が生還したのだと気づく。
操縦系も死んだ様子はなく、油圧システムなども全て稼動する様子であったが、一方でエンジン付近は大量のオイルが染み出ており、完全に燃料系統が故障していることがわかる。
ネオの空中機動にルクレールが耐え切れなかったのである。
「これは……設計に穴があるかもしれない……サルヴァドールは今後も攻撃機として使う予定がある……調査せねば」
ネオは、解体する前にルクレールを全面的に調査することに決めた。




