第二次制空戦闘6 音を超えた先にあるもの
「チッ F-4以上の加速力か……」
レシフェ王国の首都から300kmほど離れた地域では現在、すっかり消滅して久しい超音速機同士の戦闘が行われている。
機体がやや大型の部類にはいるFSX-0-T1を相手に、ジョナスは機体の性能の様子を伺いながら戦闘を仕掛けているが、彼の想像以上にFSX-0-T1の性能は高かった。
二機は互いに交差しながら高度を高めていく。
首都の航空基地が近くにあるために燃料を潤沢に使える立場であるエルは、高頻度でアフターバーナーを使用し、T1の速度を下げないよう勤めていた。
ジョナスが驚いたのはT1の性能だけではない。T1の操縦者のテクニックである。
実戦経験に乏しい様子ではあるが、その動きは間違いなくE-M理論を理解した無駄のない動きであった。
ネオによる影響がレシフェのパイロットの戦闘能力を大きく押し上げていることに驚きを隠せない。
一方でエルは赤い戦闘機のパイロットから不思議な感覚を感じ取っていた。
ネオである。
ネオと比較すると高圧的なプレッシャーを感じる飛び方であるが、その飛び方は彼と非常に似ていた。
ネオの飛び方は女性の体のラインをやさしくなぞるかのような極めて繊細なライン取りを行うため、それだけで速度を誤認させうる力があり、エルはそんなネオの飛び方がすごく好きであった。
一方、この赤いNRC隊長格や旗艦クラスの長機だけが纏える色をした新型戦闘機は、一見すると大胆であるがネオのような飛行中の機動補正が全く無く、動きがネオより大きいモーメントを取る一方でエネルギー損失を最小限に留めるという戦闘経験などを活用しと思われる恐るべき空中機動をとっていた。
特に、現在彼はエルの後ろを追いかけてきているが、シザース機動などを一切行わず、ハイGバレルロールで速度を調整してエルにオーバーシュートを許さない構えでいる。
すこしでもタイミングを間違うと明後日の方向へ飛んでしまったり大幅に速度を落して引き離されかねないにも関わらず、エルの未来位置を完全に読んでいた。
「強いっ、でも、なぜか射撃が全然こない……何故?」
エルは一瞬の攻撃タイミングの機会なら何度もあったにも関わらず追いかけるだけで攻撃を決めてこない敵の様子に違和感をもった。
考えられる原因としては機銃の弾丸を消耗しつくしたという状況であるが、エルはこれまでネオと付き合ってきた経験から別の点を予想した。
敵の新型機にはまともな照準機が搭載されておらず、あまりに高速すぎると射撃不能に近いのはないということだ。
測距も測的も不能な状態での超音速機による射撃の命中はほぼ0に近い。
それは照準が故障した前提における試験飛行の射撃でエルは身をもって理解していた。
思い立ったエルは確信を得るため、あえて一旦急制動を緩める。
「お疲れかい!」
その様子を見ていたジョナスはすかさず射撃を試みる。
曳航弾の閃光が一瞬見えた瞬間、エルは180度機体をバンクさせ、降下しながらブレイクさせた。
エルの正面を曳航弾が駆け抜けていく姿がコックピット側面より見えた。
「やっぱり……よしっ」
意を決したエルはT1を降下させることに決めた。
一気に低空へ降下する形となり、マイナスG特有の気持ち悪さがエルを襲う。
T1は一気に加速した影響で音速を超え、ベイパーコーンを発生させた。
ジョナスはエルの意図が読めないものの迎撃のためその後を追う。
エルはそのまま音速の1.4倍強で低空飛行をしだした。
周囲はレシフェらしい荒野が広がっており、油断すればすぐさまが切り立った崖などに激突してしまいかねない。
ジョナスはより有利なポジションをとるべくやや上を飛行したが、そのことで射撃は完全に不能となってしまった。
「P-15の弱点がばれただと……射撃精度が終わってるのをわずか2回の射撃行為だけで理解するとは……」
左右に機体を振って低空飛行を続けるエルに対し、ジョナスはT1のパイロットの能力に関心し、興味をもっていた。
P-15。NRCが対サルヴァドールとベレン用に開発した小型単発エンジン式戦闘機。
あまりにも急造であったのと上層部の理解不足から来る予算不足の影響で、その機体は音速を超える事は容易だが計器はアナログだらけで照準は光学照準ですらない第一世代ジェット戦闘機を思わせる状況であった。
航空機の性能自体は加速、運動性、機動性、全てにおいてひな鳥のFX-0を超えるものの、フライバイワイヤーすら搭載しない超音速戦闘機は操縦が極めて難しく、ジョナスも空中機動の際には常に緊張しているほどである。
そんな状況で光学照準すらなく、射撃精度も悪くバラつく波動連弾のせいで試験飛行時からジョナスの中での評価は最悪だったが、それでも中型機でサルヴァドールやベレンと勝負するぐらいならばよほど分があった。
まさかFX-0が完成していたとは、そもそもジェット戦闘機すら作れるとすら思われていなかった状況に対しては十分すぎる戦闘力は保持していたのである。
「このままじゃデタラメに燃料消費するだけだな……帰れなくなる前に1発キメてダメそうなら離脱するか」
ジョナスは首都からどんどん離れる方角で飛び続ける敵機の姿から、一度高度を落して射撃を行ってダメなら離脱することに決めた。
センサー類やその他が揃っていて、ミサイルさえあればこの状況でミサイルを撃って優位なポジションをとった後に機関砲で射撃して終わる展開であるのだが、現状のP-15ではそれが出来ない。
ジョナスは高度を落してエルに射撃が命中させられる所まで機体を降下させる。
「きたっ。今だっ!」
「何っ!?」
敵機ががやや上昇したなと思った次の刹那、ジョナスの目の前に煙と閃光が広がった。
「フレアか! くそっ」
低空飛行しすぎたせいで周囲の視界が塞がれると地面と激突しかねない恐怖から、すぐさま機体を上昇させる。
しかし、敵を見失ってしまった。
その状況にエルは冷静に左エンジンを逆噴射させる。
あまり知られていないが、高速航行時にフラップやエアブレーキは使えない。
この状況で使うとそれらは大破するか最悪空中分解してしまう。
こういった場合は片側のエンジン出力を下げて逆噴射を行う。
これは双発エンジン式の特権であり、機首が下がって発生した強烈なマイナスGを操縦補正で制御することで一気に安全に減速させてオーバーシュートさせる。
水平ループや垂直ループなど、一般的な方法によってはオーバーシュートできないような低空などの地形ではこれらを用いることがある。
エルはかねてよりネオをつけまわすことでネオの知恵と知識を吸収しており、実戦経験こそ少ないがレシフェ王国空軍では随一の戦闘機乗りとなっていたのだ。
すぐさま敵をロックオンしてミサイルを構える。
ロックオンが完了した瞬間に間をおかずに射撃することに成功した。
「AAMか! チィッ」
ミサイルの航跡が見えたことでジョナスは一気にエンジンを全開にさせ、P-15を加速させつつあえて高度を下げた。
障害物が多いこの地形ならミサイルを回避できる可能性が高まると予想した。
試作型の近距離空対空ミサイルは一気に近づいてくる。
さすがに生を諦めかけた時、目の前に運河を挟んで崖が左右に広がっているのを確認した。
レシフェの周辺にはコルドバとの国境にかけて、今でも世界で最も美しい滝と言われる滝が存在した。
エルは首都から離れようとしてこの周辺を飛行したことで、この滝とは別だが崖と運河に囲まれた地域付近まで飛んできてしまっていたのだった。
ジョナスはその崖を沿うような形でミサイルを何とか回避する。
「ん? チッガス欠になっちまうな……このままデートに付き合ったら帰れなくなる」
ジョナスがふと計器を見ると燃料が半分を切っていた。
ジョナスは敵機がこちらよりやや遠方にいるのを確認すると、そのままスロットル全開で離脱を開始した。
加速力はこちらが上であるので、ミサイルの射程外に出ることが出来れば逃げ切れる。
「あっ!……燃料が……」
それを追おうとしたエルであったが、アフターバーナーの使いすぎによってこちらもこれ以上追うと首都の航空基地に帰れなくなる状況になってしまっていた。
燃費が悪いターボジェットエンジンでさらにアフターバーナーを何度も用いて飛行したためである。
かくして、古代から再び復活し、レシフェとNRCによる初の超音速戦闘機は幕を閉じた。
勝敗としてはFSX-0-T1の勝利であり、NRC側は新型戦闘機を喪失してしまったのである。




