第二次制空戦闘5~エル出撃~
「今の撃墜されたアレはサルヴァドールだったか!?」
僚機と共に遠方で味方と思われる航空機が撃墜されたのを確認したレンゲルに緊張が走る。
撃墜した赤い新型戦闘機は雲の中に消え、あたりはとても静まり返っているのがとても不気味であった。
「たった数発の新型兵器の爆発でここまでの状況にされるとは……奴らの目的は次の戦闘のためのデータ収集だったのか……それとも……いや、今はともかく撃墜された航空機を探さねばッ!」
レンゲルは僚機に合図を送り、墜落したと思われる地点を偵察することにした。
もしそれがルクレールならばネオが殺されてしまったかもしれない。
不安をかき消すためにも、新型機に襲われるかもしれない恐怖と共に、降下しながらあたりと彷徨うようにして周囲を探った。
雲の下に出ると王国海軍の巡洋艦も周囲にはいなかった。
レンゲル達は周囲の小島などから現在位置を把握し、自分たちが交戦空域から西側にかなりズレた位置にいることを把握する。
左側に少し見えるのはリコン大陸であり、現在北進していることがわかる。
「雲のせいで現在位置がよく把握できていなかったが、お前ら、おかしくないか?」
レンゲルは燃料を気にしつつ、偵察を継続しつつも僚機と簡易ブリーフィングを行う。
これまでの自分たちの航跡から導き出すと、新型戦闘機はなぜかリコン大陸側から飛行してきている。
それも、周囲に展開する部隊が一切新型戦闘機を捕捉できなかった点から、彼らは西側の王国海軍やその他の国々が網を張る平和の海に出ることはなく、エスパーニャからさらに南下するような航路で飛行していた可能性が極めて高い。
こちらにはごく少数の地上部隊しかおらず、見つけたとしても平和の海とユーロ海とその上空に展開するレシフェ王国軍の警戒網が緩い場所である。
この航路を続けると、リコン大陸を縫うようにして南に飛行を続ける可能性が高い。
その道筋の道中でレシフェのサルヴァドール部隊を混乱に陥れなければならない理由はなんだろうか。
その時、レンゲルの体に電撃が走ったような感覚に襲われた。
「おいまさか、本土へ奇襲しようっていうんじゃないだろうなッ!? あの新兵器がまだ残っているなら、大変なことに! 首都にはルシア様などコルドバの者達もいるのだぞ。お構いなしか!」
レンゲルはすぐさま僚機に自分の考えを伝えると、僚機の者達もレンゲルへすぐさま中継通信がか可能なサン・パウロへの帰還か北部基地への帰還を提案してきた。
レンゲルとしては撃墜されたサルヴァドールと思われる味方機の捜索を続けたかったが、首都が爆撃されるようなことがあったらたまったものではなく、サン・パウロがいるであろう位置が最も近いため、急いで帰還することとした。
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「全くもうっ。速く準備してっ」
首都の航空工廠のガレージにいたエルは、グラント将軍により現在の状況を伝えられていた。
未確認の航空物体が平和の海とユーロ海を結ぶ運河の周辺で確認され、それが南下していたというのである。
エルはすぐさま戦闘機に搭乗できるような格好へ着替えると、FSX-0T-1の出撃準備を整備班に命じた。
その様子に気づいたグラント将軍は大急ぎでエルに近づいてくる。
「何を考えておるのです! 出撃は許可しませんぞ」
グラント将軍はエル対し、まるで目上に対するかのような口調で話しかけた。
「どう考えたって新型戦闘機です。数すら把握できないけど、すぐに対処せねば取り返しがつかぬことになります。FX-0はユーロ海に出てしまったのでしょう?」
エルはまるで気高い姫君のような、表情でグラントに話しかける。
この日は風が強かったが、エルの髪が風によって靡く姿は、とても神々しい。
「以前から申し上げてるように、私は所詮影武者です。私が死んだとて、何も変わりません。それに、この基地にいるFX-0のパイロットは皆、未熟です。FSX-0-T1の武装を使いこなせません。その分、私の方が分がある。グラント将軍。そこをどきなさい」
FSX-0T-1に乗せまいとコックピット近くに配置される梯子の前に立ったグラントを前にして、エルは一歩も引かなかった。
その目にはレシフェを守りたいというより、レシフェを守らなければもう1つのものを守れないような、そんな強い何かが宿っており、グラント将軍は彼女の強い眼力の前に無意識に後ずさりしてしまった。
「離れないとエンジンに吸い込まれますよ」
エルはエンジンスターターによってエンジンが稼動する前にグラント将軍がエアインテークから離れるよう指示をした。
「貴方が亡くなられた後に、貴方が本物のエルフェリア様だったことがわかったら、私は一生悔います。ですが、貴方を止められる権利は私にはありません」
グラントは自らの心情を吐露しつつも、エルの覚悟を止められる立場にないことに悔しさをにじませ、苦しみの表情を浮かべる。
「エルフェリア・フォン・オヴィディオは死にました。目の前にいるのはその影武者の一人です。さあ、どきなさい!」
エルは手をふりはらい、グラントに下がるように命じた。
少尉でしかない彼女であるが、周囲の者は誰一人として現在の逆転したかのような様子を気にすることはなかった。
グラントが力なく下がると、エルはFSX-0-T1に乗り込み、整備兵に確認をとる。
「武装はどうなってるのっ?」
先ほどから一転して再び彼女は元のエルの姿に戻っていた。
「波動連弾2門と、テスト中の短距離空対空ミサイルが10発搭載されてます。エル少尉、敵しかいないならソイツの使用は問題ありませんぜ!」
FSX-0T-1には何度も試験運用を繰り返していた空対空ミサイルが装備されていた。
さらに、光学センサーなどのFCS関係なども装備されている。
ただし、未だにHUDではなく光学照準で、古代の朝鮮戦争頃の第一世代ジェット戦闘機のF-86と状況は大差がなかった。
「エンジン換装は間に合ってないよね? 予定では試験は4日後だったもんね?」
「ええ、戦闘のためにあえて換装せずに調整されてます」
「わかった……ふぅ、慣れない新型エンジンよりかはいいか……」
独り言を呟いた後で、エルは整備班に手を振って合図し、風防を下ろした。
周囲の音が途端に聞こえなくなってくる。
ウィィィーという音と共にジェットエンジンが稼動しはじめた。
エルは将軍に手信号でメッセージを送る
周囲の現在の最新状況と、敵が向かってくる方向を出撃前に最後に確認しておきたいと。
グラント将軍はその手信号を確認すると、すぐさま部下に命じて状況を確認し、その状況をエルに伝えた。
エルはそれを聞いてすぐさまガレージからT1を出し、そのまま空中管制もないまま緊急離陸した。
単独での飛行も本来は許されていないが、現用の空対空ミサイルを使う場合、僚機がいると誤射してしまう可能性がある。
そのため、出撃前に僚機として参加を希望するパイロットをなだめ、残ったFSX-0で出撃する場合は単独出撃で別所を索敵せよと命じていた。
先ほどのグラント将軍の話では、サン・パウロに帰投したパイロット達から新型戦闘機がリコン大陸に沿って南に飛行しているのではないかという事と、サルヴァドール隊が新型戦闘機に襲撃され、少なくない被害が出ているということだけ伝えられている。
一応、陸上には地対空ミサイル部隊もいるので、万が一新型戦闘機の集団が来てもある程度の防空戦闘は可能。
しかし、エルは地対空ミサイルの弱点に気づいており、敵が万が一その弱点に気づかなくとも偶然そんな形で飛行してくれば首都が奇襲される可能性を理解していた。
それは高速の低空飛行である。
海軍の巡航ミサイルを使った地対空ミサイル試験において、低空だったとしても遠方にいる時点で捕捉できていたならば十分命中させられたが、超高速で低空飛行を行うと射撃命中率が下がることをエルは知っていた。
ネオをくっつきまわしてその後も行われた地対空ミサイルの試験を見ていたのである。
エルはそこから、一定の方向にしか向いていない陸上の地対空ミサイルだと、センサーの稼動範囲などが巡洋艦などと比較して大幅に制限されるため、超音速で低空飛行された場合は話にならないのではないかと思っていた。
この地対空ミサイルの弱点については、ネオは陸上の地対空ミサイルについてよく知らなかったのでエルしか知らない弱点であったが、FX-0で忙しすぎたネオに対し、エルはそのことを伝えきれていなかったのだ。
「失敗したっ。ネオさんに前もって伝えておけば改良してくれたかもしれないのにっ! 私って、本当にこういう時いつもミスをして周囲を危険に晒しちゃう。でも、T1はネオさんが現状でNRCと十分戦えるかもしれない武装を施してくれている……後は見つけるだけ」
エルは自らの行動を省みて反省しながらも、敵の捜索に力を入れた。
レシフェ各地をFSX-0で飛び回っていたエルは、敵が飛びやすそうな場所をなんとなく把握できている。
低空飛行をするならば河沿い、陸地を沿って飛びつつ高高度を飛行するならば西側から、
地形的なものが頭の中に入っているエルは、彼らは地対空ミサイルの存在を知らずとも対空砲の影響を受けにくい低空飛行をすると考え、西側をあえて捨てるという賭けに出た。
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「いたぁ……ヘヘへっ」
エルは10分後、国境付近の河沿いを高速で飛行する写真とそっくりの小型飛行機を4機発見した。
2機で1組であるNRCの戦術からして2組のグループで編隊飛行していることがわかる。
自分の勘が当たったことに思わず妙にニヤケてしまう。
エルはそれが敵であることが間違いないよう、単眼鏡を用いて敵を確認する。
レシフェのエンブレム、機体番号、それらが全て無い。
翼面下にはネオが心配しいたとおり、何かが装備されている。
エルは試験装備の光学センサーによって敵との距離を上手くとったまま、翼面下のものを確認した。
「…………何あれ……まるでミサイルみたい!?」
その形状を見たエルは思わず驚いた。
自分たちが用いるミサイルときわめて形状が似ていたのだ。
最初は爆弾かと思ったが全く違う。
こちらの短距離空対空ミサイルと比較すると全長がやたら長く、大きさも大きい。
より長距離を射撃しそうな雰囲気があった。
「ネオさん風にいうと、鈍重そうで……まるでまっすぐ撃つことしか考えてないような……」
エルは急いでFX-0にて新規採用されたガンカメラを稼動させ、敵の姿を最大望遠で何度も撮影し続けた。
エルは誘導しないミサイルではないかと予測し、一度に撮影できる限界数まで撮影を行った後、周囲を警戒する。
「護衛無し。攻撃部隊はアレだけか」
「ミサイルは10発、全部使えばアレを落せるはず」
エルは冷静に敵を見定め、空対空ミサイル用のシーカーを起動させた。
FSCは測距や即的を行い、ロックオンを開始する。
ミサイルの射程ギリギリであったので、エルはアフターバーナーを稼動させて一気に距離をつめる。
ピッピッピッピというロックオン中の音が機内に鳴り響く。
エルは離脱時のことを考慮してマスクを装着、身構えた。
ピピピピピ ピーーーーーーーー
ロックオン完了音の共にエルは1発発射、そしてすぐさま別の機へと照準を合わせてロックオンすると、2発目を発射した。
発射したすぐ後の段階では敵はミサイルに気づいていなかったが、ある程度近づいた所でミサイルに気づいたらしく、ブレイクを行ってミサイルを回避しようとした。
そして――
「あうぅう」
真っ白な光とともに衝撃波と轟音が発生した。
エルは何が起こったのかわからず混乱する。
T1はガクガクと機体がフゴイド運動を起こしており、気流は大きく乱れていることが理解できた。
「おかしい、こんな威力に威力が高いはずがない! 何が起こったのっ?! まさか今のが新型兵器ッ!? 誘爆したの!?」
呼吸が荒くなり、スーハースーハーとマスクを通して音が響くが、エルはとりあえず上空へ退避するためにアフターバーナーを稼動させたままT1を上昇させる。
そして機体を20度ほどバンクさせ、後方の衝撃波の状況を撮影するために再びガンカメラを起動させ、衝撃波を撮影し続けた。
「ネオさんに伝えなきゃだめだ。こんなの大量に量産されたらたまったもんじゃない」
エルは必死でガンカメラで状況を撮影し続けると、妙な気配を感じた。
何か感じたエルは急いで機体を急旋回させる。
次の瞬間、エルが元にいた位置に閃光が降り注いでいた。
「アクティブホーミングか? やるじゃないか。 どうしてソイツで俺と戦おうとしなかったんだ……しかしありゃ本当に欠陥兵器だな……こんなの危険すぎるだろうよ」
攻撃を行ったのはジョナスであった。
ジョナスはサルヴァドール隊を混乱させるための第一陣として長機として出撃し、サルヴァドール隊を混乱させることに成功していたが、
その後のレシフェ奇襲部隊の第二陣の援護も行う予定だったのだ。
しかし、その援護しにいく道中で僚機はネオによって離脱を余儀なくされ、現在は単独である。
何が原因かジョナスにとって不明であったが、他の援護機もおらず上空で一人で援護していた。
エルについては捕捉していたが、大急ぎで近づく前にエルにミサイル攻撃されてしまい、現在に至る。
「赤い機体……NRCの隊長機!?」
「やるな新型! アイツが作っただけのことはあるっ!」
かくして、古代より再び、超音速飛行可能な戦闘機同士による戦いが始まった――




