第二次制空戦闘3~混乱のレシフェ~(戦闘回)
こちらは最前線。
レンゲルは攻撃を指揮しながら自らも参加し、現在は編隊を組みなおすためのポイントマンの位置についていた。
部下2名が付近を飛行し、スリーマンセルの形態は崩していない。
高度1万mを維持しつつ、雲をスクリーンに映し出される敵味方の姿を正確に捉えていた。
その時である。
一瞬、それも少しばかり風防から差し込む太陽光がチラついた。
レンゲルはそれを見逃さない。
すぐさまサンバイザーを取り出して、太陽の方角を見ながら、信号弾を用いて僚機に指示を送り、一旦回避行動をとった。
「この高さの俺たちより上に……何かいる……」
レンゲルは唾を飲み込んだ。
次の瞬間、ボゴオオオオオオオという轟音が鳴り響いた。
太陽の方角を見ていたレンゲルはサンバイザーを投げ捨てすぐさま爆発する方角へ向きなおした。
そこで彼が見たものは、空気の圧縮による気圧変化によって発生した白い雲の塊が球状に広がっていく謎の光景だった。
レンゲルには、それに見覚えがあった。
FX-0の飛行試験の時である。
レシフェ王国においては至上初めての音速超えの試験の際に、その様子を記録する役割を担っていたレンゲルは、そこで音速を突破した際のFX-0の後部に似たようなものが発生したことを覚えていた。
「あの時とは規模が違いすぎるッ! 戦闘機が音速を超えたわけではない……これは武器か!?」
僚機に指示を出しながら、レンゲルは大急ぎで周辺を警戒した。
その時、レンゲルは確かに見た。
作戦開始前のブリーフィングで見た写真と同じ小型機が、自らの真横付近を超高速で降下していく姿を。
「そっちは味方が大量にいる! ま、まずいッ!」
レンゲルは焦る。
先ほどの爆発が攻撃ではサルヴァドールといえどもただでは済まない。
すぐさま危険と警戒を知らせる緊急信号弾を発射したが、攻撃に集中している他のサルヴァドール達は気づいていなかった。
それを見たレンゲルは、サルヴァドールに搭載され、まだ使い切っていない250kg爆弾を落下させ、そして爆発が影響する範囲外になったあたりで照準を合わせて波動連弾を発射して爆発させ、僚機と共に再び緊急信号弾を発射した。
レンゲルクラスのベテラン兵士でなければ一瞬では行えない神業であった。
「よし、気づいたッ! 全機散開してくれ!!」
サルヴァドールの部隊の者たちは大急ぎで攻撃を中止し、雲に隠れながら回避行動をとった。
自身も僚機と共に一気にダイブして雲を目指す。
間をおかずして、先ほどと同様の爆発が、けたたましい轟音と共に各所で一斉に発生していった。
「この状況で新型を出すのか!? どういう判断なんだっ!?」
レンゲルはNRCの意図不明な戦術に驚きを隠せなかった。
なぜかNRCは この戦況としては2度目の大敗が濃厚なこの状況で、秘蔵の新兵器を投入してきたのだ。
よほどの勝算がなければそんな事を行おうと思う者はいない。
だが、彼らの意図は何であったかにせよ、少なくとも1回の攻撃で展開するサルヴァドール隊は一気に拡散して大混乱に陥っているのは間違いない。
「クソッ。この状況で信号弾を使うと敵に位置を知らせちまう」
雲の中を飛行している間、レンゲルは次の手を考えていた。
その時、ふと頭に浮かんできた人物がいた。
「ネオ殿、まさかあの爆発を見て突撃してきてはいないだろうな!? 生き急いではダメだ!」
レンゲルは元来は指揮を継続しなければならないが、ネオのことが途端に心配になった。
出撃する前のことが突然フラッシュバックしたのだ。
ネオはブリーフィングの段階で、胴体開発班などと共に新型機には翼面下に何か武装を施す予定があるはずだと主張していた。
サルヴァドール隊としては、一応それは重要情報となりうるので頭に入れていたが、それがどういう武装なのかまではさすがのネオも予想できていなかった。
レンゲルはグラント将軍により、ネオがその新兵器と新型機の確認のためにルクレールで出撃することを聞かされていたが、それが気になったのだ。
レシフェにおいてネオの喪失はイアンサンの喪失よりも大きなものである。
ネオ自身は、すでに役目の殆どを果たしたと主張していたが、FX-0はまだ完全に完成したわけではなく、今後の状況を見据えても彼の力は必要だとレンゲルは考えていた。
意を決したレンゲルは指揮を放棄し、僚機と共にネオがいるであろう方角へと向かった。
一旦降下して海軍から情報を伺えばネオの詳細な位置が把握できたが、海軍との交信すら現状では危険である。
サルヴァドール隊はこういった時に長機となる者が独自で判断することとなっていた。
レンゲルは彼らならその形でそれぞれの編隊が上手く行動してどうにかなるだろうと考えたのだった。
残りの超大型機は3。
すでに総司令部の旗艦とみられるものは撃破が完了し、最悪の場合でもFX-0やベレンの部隊が後方で警戒に当たっている。
FX-0はおそらく与えられた任務の影響で爆発の方向へ向かってくると思うが、その際に超大型機を撃破してくれる可能性もある。
むしろ新型機ばかりに気をとられている可能性があるネオの方が今一番危険であったのだ。
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その頃、ネオ単眼鏡などの光学機器によって状況を見据えつつ、レンゲルの予想通り敵がいる方向で全速力で向かっていた。
僚機もおらず完全に単独な状態である。
「気圧変化……すごい……衝撃波爆弾? いや……違う……航跡がある…」
ブツブツと独り言を呟きながら、ネオは周囲の警戒も怠り、新兵器が何なのか見定めようとしていた。
「この信じられないほど白い航跡……まさか液体燃料ロケットとかじゃないだろうな……固体燃料ロケットはもっと黒いんだ、あっちは炎の色も明るすぎて端から見ると火の玉が動き回ってるようにしか見えないが……そういうのは感じなかった」
そんなことを考えていると、突如正面に超大型機に搭載されるNRCの小型迎撃機が姿を現した。
先ほどの爆発の影響はNRCにも混乱が広がっているのか、こちらも単独で明らかに味方とはぐれてしまったかのような様子である。
「こんな時に出てくるなッ!」
ネオは珍しく強い感情を露にし、すぐさま小型迎撃機を撃沈させるために後方をとった。
照準を合わせて射撃を試みようとしたその時である、気流が乱れ、ルクレールがガクガクと大きく揺れながら高度が急に下がった。
先ほどの爆発の爆風の影響と思われるものであるが、次の瞬間、真後ろから斜め上から下ってきた閃光により、目の前にあった小型迎撃機が蜂の巣となって爆散した。
閃光の色をみたネオはすぐさま後方を警戒する。
閃光の色は曳航弾と思われるが、色がレシフェのものではない。
間違いなくそれは……超大型機などの銃座と同じ色のNRCのものである。
こちらを狙って援護しようとして、NRCの敵機は味方を誤射してしまっていたようだった。
後ろを見ていたネオは再び閃光を確認すると大急ぎで機体を旋回させた。
次の刹那、真後ろから超高速で何かが通りすぎ、その機体の衝撃波によってルクレールが先ほどのように揺さぶられた。
「速いッ!」
ネオは操縦を行いながら単眼鏡を用いてそれを目視する。
間違いなく写真と同じNRCの新型戦闘機であった。
単眼鏡で見ていると、NRCの戦闘機は高速でインメルマンターンを繰り出してこちらに向かってくる。
インメルマンターンの際には、ものすごい機動性であることを示すように、翼面上に雲が生まれていた。
ネオの手に汗が染み出しはじめた。
命の危機に立たされたことで、呼吸が荒くなってくる。
だが、冷静に己を落ち着かせようともがきつつ、翼面下を見ると……何も装備していない。
先ほどの攻撃の時点で、すでに新兵器は消耗していた様子で、パイロンはあるがスッカラカンであった。
波動連弾で攻撃した理由もそのためであったのであろう。
ひとまず落ち着きを取り戻し、戦闘用フラップを展開させてヘッドオンを交わす。
しかしNRCの戦闘機は高い出力と運動性を生かして再びネオの背後をとった。
加速力が尋常ではなく、すぐさまネオは追いつかれてしまう。
ネオはその状況に、敵の様子を集中して伺いながら急制動を行い、ストールターンで敵をオーバーシュートさせようとした。
速度が速度であたったため、すさまじいGがネオを襲う。
しかし、音速以下であったためネオが意識を失うことはなく、その状況を冷静に見極めてオーバーシュートした瞬間に照準を合わせ、波動連弾を発射した。
敵の翼に3発ほど命中した様子だが、敵機は墜落する様子はなく、パーツが一部変形して発生したとみられる雲を引きながら一気に加速して離脱していった。
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「あの動き、やはりお前か……」
その姿をやや遠くで目撃していたNRCの新型戦闘機を操縦する男は、そんな独り言を呟きながら状況を見ていた。
「この不思議な感覚……お前に対しての情報が、遺伝子の中に記憶として刻まれたものが影響されているのか?……まぁいいか。まずは再会祝いといこうじゃないか」
男は、スロットルレバーを一気に最大出力まで上げると、ネオの方角へ突撃していった。
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背後から空気を切り裂く音が聞こえたことで、ネオはその方角へ眼を向ける。
先ほどの航空機が再び攻撃をしかけてきたのかと考えた。
その時だった、一瞬であったがネオは間違いなくそれを眼にした。
NRCの旗艦と同じ赤の色で染まった戦闘機が、こちらの真横を高速で通り過ぎていく姿を。
そして、そこのパイロットは特殊な敬礼をしながら通り過ぎていったことを。
その特殊な敬礼、そしてその戦闘機に施されたエンブレムは、ネオにとって大変よく知る人物であった。
「ジョオナァァァァス!」
音速により音が遅れて来たことも気にすることなく、ネオはその空気を切り裂く衝撃音に負けないばかりでルクレールの機内で叫んだ。
ネオの記憶にあるその男の名は《スティーブ・ジョナス》
彼の記憶の中に刻まれる、ライバルとも言うべき男。
生まれた頃から共に生活する機会があり、常に彼に一歩劣っていて、いつも競い合いながら彼を追いかけていた。
同じ航空機パイロットになるという志をもっていたが、全てにおいてジョナスが上回り、常に2番手に立たされていた。
その者とは正確にはお互いに同一人物でないにも関わらず、二人はフラッシュバックする記憶から互いに互いを認識できていた。
眼が悪くなり空軍の選考に落ちて渡米し、航空技術者となったネオと、
誉れ高い祖国の航空部隊で輝かしいばかりの功績を残していったはずのジョナス。
ジョナスは、ネオの記憶が正しければ米国のとある研究には携わっていなかったはずであるし、そもそも渡米した形跡もなかった。
にも関わらず、今目の前にこの男がいる理由がわからない。
名前も、国籍も、思い出も全て捨て、1から生まれ変わった気分に……いや、実際に生まれ変わったのと同じように当時の記憶を万能細胞を変異させて移植されただけの人間……そもそも人なのかどうかもわからない自分が、再び生まれ変わる前に戻っていく気分に酷い嫌悪感を覚える。
ネオは無意識のうちに操縦桿を思いっきり握り締めていることにすら気づかないほど、感情を爆発させていた。
ネオの初恋の女性と結婚し、全てを手中に収めた男は、今、目の前でこちらに牙をむこうとしている。
かつてはそういう関係ではなかったが、生まれ変わる前、ジョナスに殺意に近いまでの感情を有していたのだった。
劣等感がそうさせた。
だが、強い自制心によって押さえ込むことができていたからこそ、悲劇は起きなかっただけである。
エルやルシア、そしてレシフェで知り合ったもの、レシフェ自体……それらが全て奪われるような気分に陥ったネオは、ルクレールだけに装備させているWEP用のリミッターをすぐさま解除し、ジョナスを追う。
ネオが何より腹が立つのは、彼が敬礼をして通り過ぎていったことである。
本来ならばあの時、殺せていたはずだが、俺ならお前ぐらいいつでも殺せるとばかりに挨拶を交わした男に対して、絶対に殺すと心の中は黒いもので満ちていた――




