第二次制空戦闘2
「くそっ、一体なんなんだ!」
NRCの超大型機のとある指揮官は、現在の状況に死の恐怖を感じていた。
付近の超大型機や小型機が瞬く間に何かによって撃ち落されるのである。
真下の海上にレシフェの海軍戦力と見られる部隊が確認できるかといった程度で周囲には何もなかった。
「38番艦から連絡! 超高速で飛翔する何らかの物体が命中し、右主翼のエンジン全て大破!」
「何かってなんだ!」
「何かです!」
観測員の曖昧な答えに指揮官は怒る。
そんなものでは対応のとりようがない。
それに対して観測員はそれが不明であることを強調した。
「波動弾が超高速でこちら目掛けて魔法のように誘導して当たっているのか……だとすれば……超大型機の我々は……死ぬしかないじゃないか。恐らく何かに引き付けられるんだ……間違いない」
指揮官の独り言に周囲は凍りついた。
一応攻撃がきていると見られる方向へ弾幕を展開していたが全く効果がない。
むしろ弾幕を展開したほうがなぜか攻撃命中率が上がっているような気がしたので現在この指揮官が指揮を執る46番艦は弾幕をあえて中止していた。
その火の玉による攻撃は、あまりにも高速でこちら目掛けて飛んでくるため、予想すら出来ず超大型機の劣悪な機動性では回避不能だった。
火の玉は信じられない速度で蛇がうねるような機動を見せつつ体当たりを仕掛けてくる。
今現在、この46番艦が撃墜されていないのは運がいいだけという状況であった。
当たらないことを祈り続けるしかない。
「総司令部は何を考えている!? このままだと前回の二の舞になるだけだぞ……撤退出来んのか!? 降格したダグラスを笑っていた者達は大ばか者だ……アイツは優秀な未来ある指揮官だったんだ……奴の判断は間違っちゃいなかった」
「総司令部より伝令! 作戦続行とのこと!」
「付き合っていられるか馬鹿が! 国意を捻じ曲げてむざむざと突撃し、部下を巻き込み心中する愚か者共め! 反転だ! 反転しろ! 総司令部にはエンジン不調により推力を維持できず降下中ナリとでも伝えとけ! 操舵手は毎分100mで高度を下げろ! エンジンの出力を下げてな。いかにも故障したように上手くやれよ!?」
指揮官の迅速な判断により、46番艦は降下しながらゆっくりと反転し、戦線を離脱した。
その姿を見て、46番艦と同じ判断をして追随する超大型機の姿がいくつかあった。
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「相当数落としたはずだ……いくつ残った?」
最前線にいる巡洋艦の艦隊より後方に展開する主力艦隊の総指揮官ミナス・ジェライスの艦長カサーシャ少将は、王国海軍によるミサイル狙撃の成果を確認する。
まだ実感が沸いて来ないが、不沈艦と呼ばれる超大型機を、それまで不可能とされていた艦船による攻撃によっての撃破に成功していることに、これが本当に現実の出来事なのかといった面持ちである。
リヒター大将から、かつてはそういう時代になるに従い、戦術も戦略も大きく様変わりしていったと勉強会にて伝えられていたが、誘導兵器という存在の恐ろしさを改めて実感した。
「少なくない数が離脱する進路をとっているようですが……今こちらに進軍してくる数は23確認できます」
観測員はセンサーや周囲の艦隊からの情報などを刷り合わせて冷静に戦況を伝えた。
「思ったより多いな……だがもうミサイルは撃ちつくしてしまったのだからどうすることも出来ん。 サン・パウロはどうか?」
カサーシャ少将は通信担当の者達のほうを向いた。
彼らは展開する艦隊と必死で後進を続けて情報を確認している。
「サン・パウロはすでにサルヴァドール24機を出撃済み。 北部の空軍基地からは例の戦闘機も含めて展開し、現在、我が艦隊よりやや後方あたりにいます。 我々も水上機を出しますかと巡洋艦からきておりますが」
「水上機で周囲の偵察を。 例のNRCの新型機が未だに確認できないのは怖すぎる」
巡洋艦隊からの問いかけに、カサーシャ少将は水上機出撃の指示を出した。
「ジャウー出撃させます!」
艦内オペレーターは、大急ぎで艦内放送を用いて水上機の出撃準備を命令した。
この水上機はジャウーと呼ばれている。
かつて古代のレシフェの地域において、ユーロ海の横断飛行に成功したとされ、フロートの形状が類似していることから、現在も博物館に保管されているものから名前がとられた。
この機体はレシプロエンジンの飛行艇であったが、残念ながらエンジン類は付属しておらず計器類も取り外されたものである
レシフェ王国の航空機が、超大型機やネオが設計したものを除いて双胴型なのははこれが原因で、レシフェの謎エンジン装備の機体軍の祖はこの機体であった。
レシフェの民やトーラス2世がこの初代ジャウーについて知らないことは3つある。
1つ、ジャウーはレシフェの地域で開発、製造されたものではない。
2つ、ジャウーは、実は当時の海軍と縁があり、横断飛行の後に海軍によって試験飛行が何度も行われている
3つ、もしエンジンがきちんと残っていたなら、レシプロ機について、さらに牽引式プロペラ機について、もっと早い段階から理解を示すことが出来た。(ただしジャウーは、前後の2つのエンジンを推進と牽引の双方による推力用いて飛ぶという珍しい方式の航空機である)
現在のレシフェ国内にあるジャウーは、エンジンとプロペラが無い状態のまま、美しい赤色を纏って静かにレシフェの行く末を見守っている。
博物館にはかつて様々な航空機が展示されていたと言われたが、これらは最終戦争の戦乱によって消失し、現在はジャウーと、アースフィアにかつて存在したといわれる、レシフェ地域出身の伝説のドライバーのレースマシンぐらいしか残っていなかった。
レースマシンについてもエンジンは抜き取られて残っていなかったのは不運である。
「ジャウー出ます!」
艦内オペレーターの声が艦内に響き渡る。
ブオオオという音を響かせてジャウーは偵察に飛んでいった。
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「23……やや多いけど、前回よりは数は少ない……か」
現在、ネオは海上で展開する各航空部隊において最も後方の部隊の、さらに一番後方にいる。
最も前方に展開するサルヴァドールの部隊はすでに高度上昇を開始しており、こちらも高度を上昇させている最中である。
付近には北部の基地より合流したFX-0がネオを護衛するかのような形で編隊飛行しているが、彼らの今回の任務は敵新型機の撃破と発見というネオと似たようなものであり、それによってネオと同じ航路を進んでいるのだ。
「はじまった……」
ネオは、前方でレシフェ特有の緑色の曳航弾の軌跡が確認できたことで、敵との戦闘が始まったことを確認する。
「FX-0部隊! 離れろ! 敵の視界に入るぞ!」
ネオはFX-0部隊に一旦離れるよう指示した。
FX-0の部隊は今回の作戦では超大型機との交戦は基本的には認められていない。
「了解! ご武運を!」
FX-0の部隊はネオに信号で返答すると、マニューバを用いて旋回していった。
「美しい機動だ……これが見たかったんだ」
E-M理論を理解した上での最適な移動、それも部隊が連携しての旋回はネオが求めていたものだった。
これを見るために出撃したわけではなかったものの、その姿に思わず目頭が熱くなる。
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「敵残数9……か」
ネオは一人ルクレールの機内で呟きながら、水分補給を行っていた。
前方のサルヴァドールの部隊は総勢72機。
2波に分けた攻撃によって的確に超大型機を落としていた。
サルヴァドールの部隊は、前回の教訓からNRCの超大型機への有効な攻撃方法をレンゲル達が編み出しており、それが機能している。
基本的にはダイブによる降下攻撃を主体とするのがサルヴァドールであるが、高高度であってもそれを行うため、一旦限界高度の1万2000mあたりまで上昇させてから、ハイヨーヨーで敵を後方から攻撃するのだが、NRCの超大型機の機銃は人が操作して行うものであることを利用し、レシフェ王国空軍の基本戦術であるスリーマンセルを複合的に用いて、1つの超大型機に対して最低9機でかく乱しつつ攻撃するというものである。
3機は、ほぼ一列に並ぶようにして編隊を組むが、それぞれが角度や速度を別々に微調整した形での旋回を行ってジグザグと弾幕を回避しながら敵をかく乱しつつ攻撃する。
これによって銃座にいる人間は錯覚を起こしてしまう。
銃座にいる人間は敵の位置が正確に把握できなくなるのである。
高速で移動する物体を目撃した時、人間は視覚吸引作用という錯覚を起こすことがある。
模擬戦でエルが起こしてネオに敗北したものの正体である。
視覚吸引作用は、恐怖によって、より効果が増大することで知られるが、より自分が目線を定めた方向だけを注視してしまい、そこになぜか体がつられていってしまう現象だ。
そうなると視野角は狭くなるわけだが、同じものが連なって高速で動いている時、この時に人間は心理的になぜかその物体の中央を注視する癖がある。
物体の中心部から他の物体の動きを予想しようとするのだ。
だが、視野角の狭くなった状態でこうなるとどうなるか……周囲の状況などが掴めず、見ているものの速度や移動方向などがサッパリわからなくなってしまう。
その場合、人間は本来は偏差射撃しなければならないのに、目標に直接照準を定めて射撃するようになってしまう。
これは余談だが、これこそ古代において存在したといわれる第二次世界大戦において発生した問題である。
ww2初期においてはスコープ式の照準機が主流であったため、ただでさえ視野が狭くなる仕様であり、その視覚効果が意図せず増大してしまうのである。
つまり、あまり知られていないが銃座の問題だけでなく、これは戦闘機においてもよく発生した現象で、あえて偏差撃ちが出来るように照準をあらかじめパイロットが好む移動速度や旋回角度に合わせて5度~7度ぐらい傾けたり、光学準機においてはこちらの移動速度や旋回のGの状況によって見越し角が変わり、光学照準が上下左右に的確に動いたりするように調節していた。
そしてww2末期ともなると、Gや速度に、レーダーまで合わせて完全に敵に照準の中心を合わせられるようになっているが、朝鮮戦争開始時にはww2末期にV-2の技術奪取によって開発が開始されていた空対空ミサイルの技術を利用したレーザーによる測距なども合わせ、さらに精度が向上した。
ただ、この時点ですでにHUDの開発は開始されており、朝鮮戦争時には試作機に進化型となるHUDが搭載されはじめる。
朝鮮戦争開始時期にはレーザー誘導式の空対空ミサイルのサイドワインダーの基礎技術はすでに確立されているので、その時の技術を応用したのであった。(サイドワインダーは5年後には量産が開始されているわけだが、1945年の終戦前より開始されたことを考えると0から始めて約10年という恐るべき速度で生まれていったことがわかる)
レンゲル達サルヴァドールのパイロットは、訓練時において模擬戦を行う中で大量の戦闘機が飛び交う状況だと、意図せず視覚吸引作用を引き起こすことに気づいていた。
これを作動角が制限され視野が狭くなりやすい超大型機の銃座に対して引き起こせないかと考え、彼らは独自の戦法を自分たちで見出したのだ。
前回はサルヴァドールの防御力に頼りきりであったが、防御力に過信して死ぬような真似はしたくなかったのである。
このような事ができるからこそネオはFX-0の部隊長にレンゲルを推奨したのだが、本人は年齢がすでに36を向かえて壮年期にはいりかけていた事で、超高速で航行するFX-0を満足に振り回せないと考え、あえてサルヴァドールのパイロットであり続けた。
元々訓練教官となっていたレンゲルは、エスパーニャ出兵を1軍レベルの優秀な能力をもちながらも回避していたのだ。
だが、長年大型機の操縦などを行って鍛えた力と、その頭脳を生かした分析能力はレシフェのサルヴァドール隊の戦闘能力を向上させたのは言うまでも無く、ネオは何かと手助してくれる流体力学班と共に彼らの功績を称えてほしいとトーラス2世に訴えている。
ネオはこの様子なら自分たちが攻撃を仕掛ける前にレンゲル達が戦闘を終わらせてしまうかなと多少安堵していた。
ここに生まれた余裕が油断を生むとは……考えていなかった。




