天空のフォルクローレ(後編)
会議の終了間際、ルシアはネオと同じような憂鬱な気分となったが、
ネオにより「いや誘導兵器さえこさえれば多分どうにかなる」と励まされて何とか平静を取り戻した。
そして会議終了後に――
「ネオ、実は今日、本国より我らの航空技術者が派遣されてくる。提供されたレシプロエンジンの技術を用いての新型機開発のため、そなたの意見を伺いたくなったそうだ。どうも……そなたの言うように、我らの航空技術者は頭でっかちなだけであったようで……その」
それまで、レシフェよりもコルドバの技術者の方が上だと主張し続けたルシアは、コルドバのきたるべき新造エンジン搭載戦闘機の開発が上手くいかなかったことでもじもじした。
エルはその話を後ろできいてクスクスと笑っている。
グラント将軍も視線を逸らしながら口を手で押さえ、必死で笑いを堪えようとしていた。
彼女はここにきてからずっとコルドバの航空技術者について自慢していたため、滑稽に見えたが、流石にそれは彼女の責任ではないし、そもそも姫君であるため嘲笑するなど許されない。
だが、ネオは将軍やエルに対してそうなると予言しており、それが当たったことも笑いに拍車がかかりそうになった原因であった。
「知ってた~~到着次第、10分以内に俺の所に頭下げに来いって言って」
ネオはルシアの頭を撫でながら彼女の要望に応えた。
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「ぶわっはっはっはっはっ なんだこりゃっ」
航空工廠のガレージ内に、ネオの笑いが響き渡る。
一方、その様子を伺っていた胴体開発班や流体力学班は、ちょっと前の自分達と重なる部分があったので、コルドバの航空技術者を哀れんでいた。
コルドバの技術者が作ろうとしたプロペラ機は、ネオの予言どおり推進式プロペラ方式であった。
それをあろうことか、背負うがごとく機体の後方上部に配置し、後退角のついた後退翼ではない翼を装備したやぼったい丸っこい、空力的に洗練も何もされていない航空機である。
機体前面にはカナードがついているが、このカナードがテーパー翼で、とても機動性に富むとは言えない。
後方上部にエンジンを背負うがごとく配置しているのは、冷却関係でエアインテークが作れなかったためだとネオは容易に推察できた。
「で、これがフォルクローレ?」
「はい……」
頭でっかちな航空技術者達は、汗をダラダラと流しながらネオに応える。
外部にレシフェになど負けないと豪語していたのは、ルシアだけでなく彼ら自体もそうであっただけに、思うような航空機にならなかったことを周囲から咎められ、すっかり意気消沈した状態であった中で、さらにネオにトドメを刺されてしまって、完全に心理的に何もかも喪失していた。
「テストパイロットが、こちらで訓練を行うために訪れた時に話を聞いたけど、試験機は右に大きく流れて制御できず何度も墜落しそうになったらしいね。この翼についてる2つの垂直尾翼は、この形状じゃ何の意味もないな」
ネオは、彼らの掲げるブループリントに大きく赤の太ペンでバッテンを描いた後、どこが駄目かについて細かくすべて指摘したが、ほぼ全て駄目というのが彼による分析であった。
興味本位でこのやり取りに参加している流体力学班も、その話を聞きながらウンウンと頷いている。
そもそも固定ピッチプロペラの時点で、彼らからしてみれば、この航空機はまともに飛んでいること自体が不思議な代物であった。
「もー面倒だから、俺が設計図作っちゃったわー。コルドバを愛し、コルドバのために尽くしているルシア様の胃に穴が空くといけないから」
ルシアからお願いされたわけではなかったが、コルドバのために必死で尽くして矢面に立って活動する彼女の姿を尊敬していたネオは、彼女に秘密で設計図をこさえていた。
ネオがブループリントをホワイトボードに掲げる。
そこにあったのは、あえて推進式プロペラを採用しつつも、ネオの知識をフルに生かした存在であった。
その図を見ていたレシフェの技術者は、エンジンが今までに見たことが無い形状であることにすぐさま気づいた。
「お前らは、やたらめったら推進式が大好きだよな。推進式っつーのは揚力をエンジンだけに頼らなきゃいけないからエンジンパワーはとんでもなく高くしなきゃならない。でも、それ以外の利点が多いから、当初のレシフェの技術者も推進式を俺に提示してきた……やるならこうだろ?」
ネオが設計したもの、それは推進だとどうしても発生して対処が難しいカウンタートルクを相殺するため、二重反転式プロペラを採用したものであった。
しかも、搭載するエンジンは星型のレシプロエンジンではなく……なんとターボプロップ式である。
エンジン内部にタービンがありながらも、プロペラがついている構造について、レシフェの技術者達は首をかしげたが、エンジン開発班はこれはジェットエンジンの類ではないのかと想像ができていた。
翼はやや小ぶりの後退角も抑えられたクランクト・アロー・デルタ翼を採用している。
特筆すべき点は、戦闘機でありながら、翼端に垂直尾翼を供えていることだが、コレはネオが調節して上手いこと設計したもので、ストレーキと同じ効果を併せ持ちつつも、ロール時に高い安定性を発揮できるのだ。
ネオの計算上では、水平飛行速度960km前後という、プロペラ機としては世界最速クラスの存在である。
ジェットエンジンは提供しないと当初は考えていたネオであったが、ルシアの献身的な姿などに心打たれていた。
そこで改めてトーラス2世がコルドバの皇帝と交わした文書を見てみると「プロペラ機に関する技術を提供する」という一文しか書いていなかったことに気づく。
プロペラ機を提供するという条件さえ守れば、特段エンジンについては自由だったのだ。
これはグラント将軍やトーラス2世に対しても改めて確認をとったが、王国空軍やネオ達がコルドバに対してどの程度の技術提供を行うかについては、ネオ達の裁量に任せられていたのであった。
つまり、モンキーモデルのエンジンを提供するのもギークの水平6気筒エンジンを提供するのも形式上問題はないのである。
そしてその逆も可能であるが、コルドバがどういう態度で迫ってくるか不明な以上、あえて余裕をもった形の文面としていたのだ。
無論、もし仮にネオがエンジンの提供を拒んでギークのエンジンを提供しようものなら、トーラス2世としては説得せざるを得ないと考えていたが、ネオはそこまで器の小さい者ではないと読んでおり、むしろトーラス2世は今回のようなことになると事前に予想を立てていた。
まさにそれが当たっていた。
ネオとしては、現状の、レシフェですらもてあましかけているターボジェットエンジンを提供してもよかったのだが、提供しても彼らに量産は不可能であると考えた。
そのため、ターボジェットエンジンよりかはまだ製造難易度が低いターボプロップエンジンを、コルドバの者達に作らせて航空機に搭載しようと画策したのである。
加えていうと、この航空機はネオが趣味的に作ってみたい構造の機体である。
男ならば、こういった浪漫溢れるような存在を1度は作ってみたいと思うものだが、レシフェではそういうことをやらない一方で、コルドバにそれを押し付けたのだった。
ただし、戦闘力的にはベレンよりも上の存在であり、冗談や酔狂といったもので設計されたわけではない。
設計図を見たコルドバの技術者達は、目を輝かせながらソレを見ていたが、ネオはヘッと息を吐いて「こんなものでいいのかよ」と内心思っていた。
その頃、この会合には参加するなと言われていたルシアは、遠くから得意技を用いて状況を確認していた。
スペック表の説明を、遠くから読唇術によって確認する限り、明らかにサルヴァドールやベレンより高性能な機体であることがわかると、今すぐネオに飛びついて抱きしめたいという衝動を抑えるのに必死になり、顔が赤面してしまっていた。
「師団に帯同して入国し、大型機の整備を行っているコルドバの整備兵は、機体構造部材やらなにやらの知識をちゃんと持っていて、コルドバでも、設計図だけでそれなりのものが作れると思うが……俺が作った設計図通りに素材やらなにやら完璧に合わせ、完全に再現しないなら殺す。っつーか俺が殺さなくとも、姫様にそのことを言うだけでお前らの未来は無くなると思ってもらっていい。作ってる最中に変なアイディアが浮かんで、妙な気を起こすなよ?」
ネオは、あえてルシアにも聞こえるだけの大きな声でそう発した。
彼女がいる方角を向くと。ルシアが右手をあげて応えている。
「わ、わかってます。わかってますとも!」
コルドバの航空技術者達はやや青ざめた顔をしながらネオとの約束を交わした。
これにはもちろん理由がある。
ネオは、自分こそが完全に正しいと思っている男ではなく、胴体開発班や流体力学班といった者達とも意見を十分交わしてゼロを作った。
だが、ゼロを作る前の彼らの技術力や技術的理解は未熟で、ネオの資料によって一気に成熟していったのだ。
成熟すればこそ、独自のアイディアを盛り込むこともネオは否定しないが、未熟な段階で中途半端な知識を用いて作れば、当然、本来のカタログスペックを発揮しない。
ネオにとってそれは一番してもらいたくない事であるが、今回は状況が状況で、製造工程の監督を行うことが出来ないので、念を入れ、彼らの独断行動を予め不可能なよう釘を刺した。
後に、その独特のエンジン音によって「天空のフォルクローレ」と名づけられる戦闘機がコルドバに生まれることとなる。
試作機は「通称名」として技術者が勝手に名づけたものであり、正式名ではなかったが、正式名「フォルクローレ」がコルドバで生まれようとしていた。




