天空のフォルクローレ(中編)
長すぎて3つに分割するハメになりました。
後編は18時に出します。
翌日、まだ夜明けにならない時間帯に、ルシアはネオに指定された場所に現れた。
そこはただの丘の頂上であったが、レシフェの地理にある程度詳しいルシアは、これから何が起こるのか何となく予想した上で期待に胸をよせていた。
ヒュウゥウゥーン
遠くからルシアが聞いたことが無いような高音の機械音が聞こえる。
それはルシアがそれまで体感したことがない速度でこちらを近づいてくる。
キューゥゥゥーン
ズゴオゥォという風を切る音と共にそれは現れた。
「FSX-0……? アレがひな鳥か……その意思、受け取ったぞネオ!」
超高速でルシアの真上を通り過ぎたそれにネオが搭乗していたかどうかは不明であったが、そこにネオがいるつもりでルシアは叫んだ。
これが、ネオを信じたいと想いを寄せる彼女に対するネオなりの回答である。
完成したばかりのゼロことFSX-0は、そのまま左に旋廻しつつルシアの視野外まで飛んでいった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ネオさん。さっき飛行試験していた時に、ルシア皇女を見ました」
完成したばかりのゼロの先行量産型で初の試験飛行を終えたエルは、本来ならピョンピョンと飛び跳ねながらネオにゼロの性能についての感想を述べるところ、
飛行中に彼女を目撃したことで、己がルートミスか何かを犯したかとばかりに不安そうな表情を浮かべ、ネオに呟く。
「いいんだ。コルドバはさておき、今日から彼女も俺達と共に戦う仲間だから……スマン。事前に言わずに……でも、100%いるとは限らなかったからね。で、どう? FSX-0は」
ネオの言葉にちょっとムッときた表情をしたエルであったが、すぐさまいつもの表情を取り戻し――
「――すげーーーっす! これで完成度80%なんてありえませんよ。ゼロは100%現状で機能してますって!」
普段通りのエルに戻ったことにネオは安心したが、ゼロについては彼女にも機密にしてきたことも多いので、エルは何故ゼロの完成度が低いのか理解していなかった。
「飛行試験が終わってから言おうとおもってたんだけど、FSX-0のエンジンは本来予定されたものじゃない。だから、加速やエンジンの反応性に難がある上に、燃費もすこぶる悪い。特に低速領域の加速、短距離離陸能力がないからサン・パウロじゃ使えないし」
そういえばっ、とばかりにエルは口に手を当てた。
ネオがこれまで開発してきた航空機は、ギークもベレンもサルヴァドーレも、そしてまだ名前が決っていない訓練機も短距離離陸性能をもっている。
特に複葉訓練機の短距離離陸性能は尋常ではないが、この短距離陸性能にネオは拘りが強くある一方で、現状のゼロは滑走路のうち半分近くを滑走しないと飛び立てない状況であった。
「ジェットエンジンだからそうなのかとばかり……じゃあもっと凄くなるんです?」
「当然だろ。ギークより凄いことになるから期待しちゃっていいから」
「まじですか……えっ、だってギークのような運動性はなんたらって模擬戦の時に」
ネオの言葉にエルは疑問をもった。
これネオから教わったE-M理論的な知識を用いると、ゼロにそんな機動性やらなにやらを保持させる意味は無いはずである。
「そんなの目じゃないほどの加速力があるからさ。後でゼロのパワーアップ版についての話をするからその時にいろいろ見てくれ」
「ネオ!」
ルシアの掛け声にエルとネオは振り向いた。
息を切らしながらルシアが近づいてくる。
どうやらかなり急いで戻ってきたらしい。
「その会議とやら、私も参加していいのだな?」
「当然だろ」
ネオはサムズアップでYESを示したことで、ルシアはフッと少し顔を緩ませた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
初の飛行試験が終わったすぐ後で、ルシア皇女が新たに加わる形で会議が開始された。
「いいかみんな、ゼロの完成度と武装と今後について改めてお互いに情報を共有する。2日前、先行量産型のFSX-0はついに完成し、最終調整を経た上で今朝がた試験飛行した。――だがこいつは――」
ネオは壁にブループリントやグラフ資料を貼り付けていく。
「ご覧の通り、本来の予定された性能と比較するとかなり劣化していることがわかる。特に、この加速曲線の悪さ……亜音速以上の高速域ではむしろ現状の方が加速力があるんだが、亜音速以下では酷いもんだ……原因は、ターボファンエンジンが間に合わなかったこと。これは流体力学班のせいではなく、俺らエンジン開発をしてた連中の力不足だ」
ネオは珍しくペコっと頭を下げて謝罪した。
「で、武装についてなんだが……」
ネオは武装関係の開発を行っている武器開発班に目を向ける。
武器開発班のリーダーは立ち上がってネオに向かい、さらに資料を追加して壁に張り出した。
「これは、アサルトパックと呼ばれるものです。今のFSX-0には武装がありませんが、実はFSX-0は真新しい方式の武装構成を採用します」
資料をみた胴体開発班や整備班から「うおおっ」といった驚きの声が発せされた。
「見ての通り、増槽と弾倉をかねたものを機体下部を覆うような形で装着します。かつて古代に存在したというコンフォーマルタンクというものをさらに発展させたものです。武装自体はエアインテーク部分や、その間の隙間などを利用して配置しますが、この上をこのカバーのようなアサルトパックが覆います」
武器開発班が見せたものとは、古代にも存在しなかった全く新しい武装方式であった。
古代の第5世代戦闘機は、ステルス性などを重視して弾倉を備えている。
しかしこれは構造部位の強化などの関係でどうしても重量が嵩むものだった。
現状では電波によるレーダーが使えない世界において、弾倉を装備するのは空力特性的な利点しかない。
そこで武器開発班が現在のアースフィアの技術を用いてゼロに導入したのは、ミサイル等を古代に存在したF-14などのように装着させつつも、その上に増槽をかねたカバーで覆って弾倉としてしまうものだった。
しかも、アサルトパック内にはガンポッド方式で2門の20mm波動連弾まで内臓されている。
「これらは、飛行中にパージできますので、いざとなった場合に捨てて離脱することも可能です。図の通り、パカッと開くんで波動連弾だけを空中投棄するといったこともできます」
武器開発班のリーダーの話に、整備班が手を挙げて質問をした。
「ガンポッドってどうなんです? 振動とか強そうですが」
ガンポッドは古代から存在する方式で、アースフィアにおいても武装強化目的で用いられることがあったが、振動の影響のより命中率が悪くなるため、なるべく装着しない方が望ましいとされていた。
ネオがあえて機体内部に内臓させていない点から、さほど問題はないと思われるのだが、やはり整備班としてはパイロットに近い視点を持っているので気になったのだ。
「我々が新規開発したアクティブサスペンションによって、むしろ既存の波動連弾より精度が上がってます。波動連弾自体も毎分3500発を射撃可能 2門としたのは連射速度2倍なら4門分の威力があるのと同じと考えたからです。2門減った分、全て弾丸に回せますので……積載能力やスペース増加に合わせてかなりの量を内蔵してます」
「む?隙間といえば、このガンポッドの左右の間にある隙間はなんなのだ? あきらかに何か配置しそうであるのだが」
ルシアは図面でみた限り、開発班のリーダーが示したインテークの間の部分に謎の空間があることに気づいた。
自分がネオから手取り足取りパンツ取り教えてもらっているE-M理論的に明らかに効力になりうる感じがしたのだ。
エリアルールについての理解はあったが、わざわざこんな形状にする必要性がないことに違和感を感じていた。
「それな、今から言う秘密兵器のための空間だから」
~~~~~~~~~~~~
「なんだこれは!」
会議室内にルシアの声が響き渡る。
ネオは、ついにルシアを信用して空対空ミサイルについて明かしたのだった。
「こ……こんなものをレシフェは実用化していたのか……爆弾が自分で敵に向かって飛んでいって爆発するだと!?」
ルシアにとってそれは完全に魔法の類である。
コルドバの技術者が、かつてそんなことが可能であったと噂程度にそんな存在を仄めかしていたことがあったような気がするが、それにしたって伝説の部類のものだと認識していた。
「まー今回は搭載はしないんだけどねー……」
ネオはため息を吐いた。
「なぜ!? 現物が目の前に運び込まれてきたじゃないか。何がだめなのだ」
技術者達にお披露目をするために、ダヴィがゴロゴロと台車にのせて有線式空対空ミサイルをもってきたことで、ルシアはそれが完成されたものだと思っていて、ネオのため息の理由が理解できない。
「誘導はするが、敵と味方を判別できない。現状じゃこの頭の弱い子は、味方を必死で追い掛け回して味方を殺す可能性がある」
ルシアはようやく、ネオのテンションがここ数日ずっと低いことを理解した。
これだけの戦闘機を作りながら、どうして会議中もこんなに元気がないのかわからなかったが、ネオの目標が、己の想像力をはるかに超えた先にある領域での悩みだったことで、コレまでのネオに対する不満が全て吹き飛んでしまった。
「まー海軍では何とか運用可能だから、超大型機は海上で全部吹き飛ばした後で、残った残党を処理するっていうのが今回の作戦だ。よって、コルドバの助力は受けない。正確に言うと……万が一のために首都を守って欲しい」
ネオはそういって左手を差し出す。
ルシアにやってもらたいことは、NRCの第二次侵攻があったとしても、コルドバに帰還せずに首都の王国空軍基地に留まって欲しいのだ。
「当然だ。師団がここから一歩も動かないぐらいよう命じるなど、造作もない。ここには国王陛下もいることだからな……その状況ですら侵攻をやめぬNRCが異常なのだ」
ルシアは急いでネオの元に駆け込んでバシッと左手を掴んで引き寄せた。
その後すぐさまグラント将軍の方を見る。
「グラント、思うに、国王であるトーラス陛下がエスパーニャの占領地域奪還の支援に前向きの姿勢を崩さぬなら、第三次侵攻が来る前に戦力を整えて行動すべきだ。 それも、南リコン全体で。仮にコルドバにこれ以上技術供与がなくとも、我が父上を説得して経済支援を行うようにと訴えてもいい」
ルシアは、ミサイルの存在によって、レシフェがNRCと十分に戦える可能性が高いことを自身の戦術眼と戦略眼により理解したが、そこで導きだされた答えとして、早期にエスパーニャへの再出兵を行うことをグラント将軍に提案した。
「ルシア様。第三次侵攻は恐らくありませぬ。超大型機が、容易に海上の艦艇によって撃墜されうる状況だとNRCが理解すれば、彼らはレシフェの領海にすら立ち入ることはないでしょう。今後の戦闘の主軸は……戦火が広がるエスパーニャの内陸です」
グラント将軍は、自らの戦略眼により、NRCは2回目で学習した後で陸から攻めてくるものだと予想した。
彼は、海上の戦力こそ重視しないNRCが、陸上の戦力についてロバート元帥すら見誤る力を現在保持していることを、ある人物によってつい最近知らされされたのである。
その人物とは――
「ルシア、NRCは、とてつもない陸戦兵器を保持している。奴らが多脚戦車と呼ぶ、古代兵器だ。ありとあらゆる地形を高速で走破するものを、奴らはどうやってか製造することに成功した」
ネオはそういって拡大した写真をホワイトボードに貼り付けた。
少々見づらかったので、技術者などが興味津々で近づいてくる。
エルもそこに続いた。
そこにあったのは、脚のようなものに履帯のようなものが付いた戦車であるが、その写真のピントズレや周囲の煙の状況から、信じられない速度で荒地を駆け回っている様子が確認できる。
外見は機械であるがとても生物的で、夜にみたら怪物と見間違えんばかりの容姿であった。
「エスパーニャで拘束されたレシフェの連中すら知らない。噂されている北リコンの怪物の正体……誘導兵器が無いと……現状でこれに勝つ方法がない」
ネオは、この怪物をその眼で目撃していた。
NRCは超大型兵器を主戦力とする一方で、空軍とは別に陸軍勢力が独自にとてつもない戦力を保持していたのだ。
ネオ達は知らないことであるが、空軍の者すらこの戦術兵器については極一部しか認知しないほどの秘密兵器であり、戦線への投入は数回しかなく、しかしその数回でエスパーニャの地上部隊を一気に壊滅させるほどの戦闘力がある。
飛行訓練が終わった後、ネオとのプライベートな時間の中で、彼がエスパーニャから修羅場を何度もかい潜ってレシフェへと到達していたことが知らされていたが、このような怪物と出会っていたことは聞いていなかった。
列強のNRCが空軍だけではなく陸軍との双璧であったことに……ルシアは恐怖した。




