番外編2 NRCの小型航空機開発史1
NRCがレシフェへの第一次侵攻に失敗し、12番艦のみ帰還する形となって数日後、
ダグラス大佐率いる12番艦の部隊は一旦解体された上で、ダグラス大佐はあらたな役職を与えられ、小型航空機の開発をすることとなった。
最南端にある基地指令の尽力により、ダグラス大佐は軍法会議を免れた一方、彼の手引きによって表向きは左遷という形にして処理し、ダグラス大佐の願いを叶えたのだった。
しかも、基地指令直属の部下という形にさせたため、ダグラス大佐は今までと変わらず、殆ど不自由ない活動が許されている。
一見すると破格の対応であるが、エリート街道を突き進んでNRC首都の部隊に所属していた立場から、
周囲からすると、辺境の基地に島流しされた上で、本来ならば門外漢のはずの開発部の部長という立場になったのは、完全な降格人事であり左遷であると思われていた。
しかし、基地指令の《ブラッドレー》中将は、基地の資材の大半を用いて小型戦闘機部隊を配備し、レシフェと戦うための部隊を揃えた後に、その指揮官をダグラス大佐にしようと画策しており、
ダグラス大佐本人も、今の立場に対して何ら悪い気分はしていなかった。
本部の基地で肩身の狭い思いをしながら毎日を過ごしてきた彼にとって、上官にヘコヘコしながら機嫌伺をし、一方で殆ど指揮権も与えられず、超大型機で戦場に出ても、総司令部などからのの命令を聞くだけのお飾りな指揮官であり続けるぐらいならば、
ブラッドレー中将の下で、自由に様々なことをしつつ、NRCのために働きたいと考えていたのである。
そんなダグラス大佐は、今、NRCの東海岸側の辺境から召集された、NRC東海岸航空部隊所属の「第28開発チーム」を待っていた。
かれらはかねてより小型機の有用性を主張し続け、超音速機の開発を行っていた者であったが、
現用のエンジンが新造できない世界では、それらの有用性はNRC総司令部にとって理解しがたいものであったため、辺境で乏しい開発予算による極貧の状況での開発研究を行い続けていたのだった。
エンジンの新造こそまだ出来ないNRCであるが、レシフェの小型機を倒すならば同じ小型機でなければ勝負にならないと考えたダグラス大佐は、帰還した後に、かねてよりブラッドレー中将に彼らの招集を希望していたが、ついにそれが実現したのである。
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「これが写真だ。どう思う?」
ダグラス大佐は、到着早々で輸送機から降りたばかりの第28開発チームのメンバーに、サルヴァドールとベレンの写真を見せた。
「レシフェがエンジンを新造してまで作った戦闘機だ。私は、たった40機ばかりで、ほぼ同数の超大型機を全滅させる姿を、この目で見た」
思い出すだけでも頭痛がするこの前の戦闘を、頭の中でフラッシュバックさせつつも、ダグラス大佐は開発チームの者達に問いかける。
「それは、古代の……航空機の始祖にあたるものと推測されます。風車で飛ぶ戦闘機ならば、古代では音を越えられなかったと……ですので、音が伝わる速度を越えて飛ぶことが出来れば……勝てます」
ダグラス大佐は、その言葉から、彼らなら行けるかもしれないと少しばかり期待するようになった。
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その後、一行は最南端の航空基地にある航空工廠に移動し、ブリーフィングを開始した。
まず、開発メンバーは、今後の戦術のため、ベレンとサルヴァドールの性能について予想を立てた。
それは、
1.小型戦闘機と大型戦闘機は、大気と風の特性について魔法でも使えるのかごとく、その性質を完全に理解している人間によって作られている
2.この航空機は7000m前後が限界高度、もってしても1万0000m以上は上昇出来ない
3.音速は絶対に超えられない
4.一方で、機動性、運動性、格闘性能は、尋常ならざるものがあり、既存のNRC航空機では太刀打ちできない
加えて、開発班の1名は「今後の戦術方針として、超大型機は、無理をしてでも1万m以上の高度をとらねばならない」と付け加えた
「超大型機の被害を減らすためには必要です。そして、その1万m上で、満足に身動きが取れる戦闘機は作るべきです」
開発班のリーダー、《ドナルド・レイセオン》は、NRCがどういう航空機を作るべきか、簡単なスペック表とイラストを描き出す。
1.エンジンについては、現用のものを流用する以外に方法が無い。
2.機体に搭載するエンジンは非常に出力の高いものを選び、コストも鑑みて単発とする
3.NRCはタンデム翼を好んで採用するが、このタンデム翼と似たような空力特性をもちながらも、高速領域で十分な性能を発揮する、無尾翼型の大型カナード翼付きデルタ翼とする
4.これらにより、最大速度はM1.8前後を発揮しうる性能としながらも、低速度域でもレシフェの戦闘機に対抗可能な戦闘機とする
5.最高高度は2万m以上の、絶対にレシフェの戦闘機が追随できない高さまで飛び、そこから高速で一撃を加える。
6.武装は、波動連弾と…………秘密兵器を搭載
それらのスペック表を見たダグラス大佐は、最後の単語を見ると首を傾げた。
「私にも教えられないものなのか? それは」
それが未知なる兵器であったとしても、名前ぐらいは教えて欲しかったダグラス大佐は、一言文句を言う。
「いえ、これからそれを説明しようかと」
ドナルドは秘密兵器の説明が長くなるので、そちらは別途説明が必要だと主張した。
ダグラス大佐は、そういえば彼らがホワイトボードに書き込んでいる最中にツッコミを入れたことに恥ずかしくなった。
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「これが秘密兵器です」
ドナルドはホワイトボードにブループリントを貼り付ける。
「なんだこれは……」
あまりにも見慣れない構造のため、ダグラス大佐には理解できなかった。
爆弾のようであるが、爆弾の真後ろには見慣れない筒が装着されており、その筒の中には何かのタンクが内蔵されている。
これが燃料タンクだったとして、その先の構造はどういうものなのか……
ダグラス大佐は顎に手を当て考え込んだが、ドナルドは説明を続けた。
「名づけて、無誘導型推進移動式ショックウェーブ爆弾。エリクシアの特性を用いて、エリクシアを燃料とした特殊エンジンを用いて――」
「待て!」
ダグラス大佐は話をさえぎった。
「特殊エンジンが作れるということは、エンジンを新造できるということだと思うが? どうして、それを小型戦闘機に採用しない」
ダグラス大佐は、率直に頭が浮かんだことをそのまま言葉にした。
彼は技術的には門外漢であるため、エンジンについての理解が殆ど無い。
「これは……古代に存在したロケットと呼ばれるものです。……我々も、これを開発に成功した時に、これならばイケると思いましたよ。ですがね、一般的に大佐が知っているであろう小型迎撃機に、このエンジンを取り付けたとして、わずか9分しかエンジンが稼動できません。小型迎撃機の燃料タンクを満載にしたとして……ですよ」
第28開発チームが秘密裏に開発に成功していたのは、液体燃料ロケットであった。
彼らは、以前、数個ほどのエンジンを確保できていたが、開発する試作機がどれも失敗を重ねてしまい、ついにエンジンを全て喪失してしまっていたのだ。
それでも何とか航空機を開発しようと、ありとあらゆる手を尽くした結果、古代に存在したといわれる情報だけを頼りに、液体燃料ロケットを復活させることに成功したのだった。
これらは、開発用のテスト機に使うのには十分な能力はあるが、実戦では数分しか保たないため、話にならない。
しかし、これを攻撃兵器として用いることを見出し、無誘導の液体燃料ロケット弾を生み出していたのだった。
そして、これらをもって、新兵器としての採用の見返りに、等価交換としてエンジン提供の条件をつきつけ、再び小型機を開発しようとしていた。
ただ、その前にブラッドレー中将の招集を受けたのである。
「なるほど……確かに9分ではどうにもならんが……それで、ショックウェーブというのはなんだ? どういうものなんだ」
ダグラス大佐は、戦術的な知識には富むため、9分では使い物にならないということは即理解できた一方、ショックウェーブという見慣れない単語が何なのか説明を要求した。
「エリクシアは、燃焼させるととんでもなく体積が増えます。爆弾などにも爆薬として使われますが、ある物質を混ぜ合わせて爆発させると、とてつもない衝撃波を生み出し、それは航空機にも甚大な破壊を与えうるのです。古代には、こういった武器は自動で敵に誘導していくものだったそうですが……今はそんな技術……ありはしない。ですから、一直線に飛ぶだけでは敵に命中しない可能性が高い」
ドナルド・レイセオンのその言葉に、ダグラス大佐はどういう武器なのかを理解した。
思わず不気味な笑いをしてしまいそうな自分を抑え込む。
「近接信管の対空機銃の榴弾が、大爆発を引き起こすようなもの……というわけか。回避不能なほどの規模で」
「そうです。超高速で接近して、これを撃ち込めば……小型機といえど、ただではすみません。無論、爆発の規模が大きいので敵と味方が入り乱れれば使えませんが、速度が速ければそんなことにはなりません」
秘密兵器の存在を知ったダグラスは、少なくとも、これでレシフェとは十分に戦えるなと確信をもった。
仮にレシフェが、この前の戦闘で接収したであろう超大型機のエンジンでもって、こちらと同じような性能の航空機を作ったとしても、この秘密兵器の差で勝てると。
「では、今日から開発を行う。総司令部は、第二次侵攻を1ヶ月以上先に行う予定だ。今回の件はまだ国民は知らぬが、弱小国のはずのレシフェに負けたなどと認めるわけにはいかないらしいから……それまでに……間に合わせる。 いいな?」
ダグラス大佐の言葉に、なぜか開発班は賛同して続かない。
「どうした?」
心配になったダグラス大佐が呟く。
ドナルドは、神妙な顔を崩さない、
「大佐。開発自体は、例のものでもできます。ですが、完成した機体には、ちゃんとしたエンジンが必要ですが……用意できるんですか」
第28開発チームは、これまでの経験から長らく辛い思いをしてきたが、
今回の話もエンジンありきの話であるため、それらが整わないならば意味がないと考えていた。
ダグラス大佐は左遷されて島流しにされた男だと聞かされていた彼らにとって、今の彼がそういったことが可能だとは思えなかったのである。
「私とブラッドレー中将を甘く見るな。 現在、私が乗艦した超大型機は、大破して修理不能という扱いにして解体作業中だ……エンジンも修理不能……という判定にした。だが、そこにあるエンジンは実際は全部使える」
ダグラス大佐の信じられない言葉に、開発班の者達は驚く。
超大型機が修理不能であるという話は、実際に彼らの耳にも入っていた情報だった。
だが、本当はブラッドレー中将が、そういった偽装行為を凱旋しただけで、本来は、ほぼ無傷の状態だったのである。
超大型機は前方の主翼に7×2、後方の翼に8×2、そして防御用エンジン×4の、計34個のエンジンが存在していたが、それらを全てこちらで使えるというわけである。
ブラッドレー中将は、それらを産業廃棄物として、第28開発チームにスクラップ処理させる名目で全て引き渡す予定としていた。
名目上の産業廃棄物であって、稼動可能なエンジンである。
彼らはそれを知らなかったため、基地に到着した時は自分達も島流しに付き合わされただけなのだと酷く落胆していたのだ。
「いいか、私もブラッドレー中将も正義のためなら悪党になれる男。お前達も、その悪行に加担してもらわねばならん。……だが、欲しいだろう? エンジンは。だったら、今は悪に落ちてやるしかない……」
ダグラス大佐の顔は悪党のソレではなく、己の信念と軍人としてのプライドを誇った表情を保っていたが、その裏で、ブラッドレー中将と結託して行ったことは、反逆行為ともみなされかねないものである。
超大型機を主要戦力とするNRCにおいて、無傷に近い超大型機をロストしたという扱いにすることなど、本来は許されないが、総司令部が未だに超大型機の戦力を過信しすぎている以上、レシフェに負けないためにはこうするしかなかった。
「いいか、この世でこういうことをするのはな、悪党か正義のヒーローだけだ。だが、端から見れば、これらは全て悪党だ」
ダグラス大佐はそういって左手を差し出すと、ドナルドは涙を流しながら左手を出して、ダグラス大佐の大きな手を握り締めた。
後に戦闘機マフィアと呼ばれる集団の誕生であった。




