流体力学こそ航空機の基礎 後編
長過ぎたので分割です。
数時間後、トーラス2世の働きかけにより、航空工廠にはネオが求めうる人員が全て集まった。
ネオは将軍を含めた将官たちもまじえ、早速緊急会議を実施した。
「さて、皆さんにお集まりいただいたのは、他でもないレシフェにおいて発生している未曾有の危機の打開のためである」
ネオが切り出した話に、航空工廠に集まったものは誰一人として慌てる様子はなかった。
既にトーラス2世から現状報告を受けた上で召集されたのであるとネオは推測する。
「重要なのは、これからここに集まった人間で何をするか……だが、この図面を見て欲しい」
そういってネオは航空工廠の壁にブループリントを掲げる。
「こいつはレシプロエンジンと呼ばれるもの。……本当は、もっと高出力なエンジンを作って航空機を作りたいが時間が無い。よって今回はコレを使って時間を稼ぐ」
ネオが壁に掲げたもの、それは空冷星型18気筒のレシプロエンジンであった
「自分たちが知ってるエンジンとずいぶん構造が違う……」
ネオ以外には異様な形状に感じるそれを見た航空工廠の者が独り言のように呟いた。
「そうだろうな。ちょっとだけエンジンの歴史について説明させてくれ」
「航空エンジンを大きく遡るとあるものに行き着く。それはな、ウォーターポンプだ。全てはここから始まったといっていい。農耕の近代化を果たそうと考えると、ネックになるのは水だ。様々な地域でより多く作物を育てるためには大量の水が必要になる……」
「河が無い場所でも地下水を汲み上げて……というわけだな?」
ネオの話に対し、将軍が頷く。
グラント将軍には、十分理解できる話であった。
「その通りです将軍。ウォーターポンプをより高効率に……そんな中で外燃機関が生まれる。すでに名前すら消滅した蒸気機関と呼ばれるもの。水を温めると一方方向に移動する流れが発生するが、さらに気化させることで、そのエネルギーを増大させることに気づいた変態が作ったもの」
ネオは喋りすぎたため息継ぎを行う。
「当初は力の復元力を汲み上げた水でもって発生させていたが、出力を上げるため蒸気オンリーだけで発生させるようになった。この復元力を発生させる機構をピストンっといって、水だろうが蒸気だろうが生み出すことが出来るんだが……この一連の機構を考え出したのは、アースフィアで《ユーロ大陸》と呼んでる場所にある、ブリテンという国家の奴らさ……多分」
「ネオ殿。多分とは?」
話を聞いていた者の一人がネオに質問を投げかけた。
ネオの説明の仕方はまるで別世界から来たかのようなものだった。
「んーまぁいろいろ資料的な問題で多分としか言いようが無い」
ネオは彼から目線を逸らしつつ誤魔化した。
説明を聞いていた者の中には、嘘ではないが何かを隠しているなと判断する者もいたが、
説明不可能な可能性もあるため、会議を中断することは誰もしなかった。
「で、その国のとある変態がさらに考えたんだよ……蒸気よりもさらに高い圧力……爆発でもって作動させたらものすごい出力を生み出せるんじゃないかって。実は、そいつらがその考えに至る前、最初に蒸気ピストンを考えて実用化を目指した者はそのアイディアを蒸気を利用することで実用化にこぎつけていて、原点回帰したというか…」
「ピストンは爆発力で動かすために考案されたが……実用化しなかったというわけですか?」
周囲はネオの話に関心しつつも、技術者の集団であるため探求意欲が強く、度々質問が出る。
ネオは彼らに答えつつも話を進めた。
「その通り。ピストンは爆発で発生するエネルギーを押さえ込む技術なんてなかった時代に考案された。だから、もっと出力的に低くて安定して制御できる蒸気を組み込んで蒸気ピストンが生まれたけど……実は、蒸気ピストンを考案した人間が、火薬式内燃機関から着想を得たことが判明したのが後世に至ってからで、当初は蒸気ピストンから爆発式ピストンが考案されたものだと、長い間、思われていた。――この世界で生まれた始祖たるエンジンこそ、レシプロエンジンだったというわけ。――それが、どっちもウォーターポンプのためだというから面白い話だ」
おおぅといった声が航空工廠の中に響き渡る。
将官達を含め、航空工廠にいた者たちは、ネオがエンジンの始祖でもって航空機を作るという説明に関心した。
「ともかく、こいつがあれば空を飛べる。何を推力にするか……それは、今そこにいる君たちの力にかかっているといっていい」
ネオは風力発電の研究開発チームに手を向ける。
「回転エネルギーを推力に!?」
「バカなッ! ネオ殿。我々は、我々がもつ流体力学でもって、電気モーターを利用した、航空機を作ったことはあるが、とても軍事には用いることが出来ない程度の代物しかできなかった」
風力発電のチームは、かつて研究の一環でモーターグライダーに類似するものを自作していた。
ネオのそれまでの話と、提示された資料から、ピストンを推力に変換するということまでは理解できていたが、
その変換方法がプロペラによるものだと指摘されたことに、技術者の1名が過去の経験から反論した。
「モーターグライダーか……ここでなんと呼ぶかは知らないが……まぁ無理だよな。アレじゃ出力が足りない。この世界でも馬力があるんで助かってるが、精々80ちょっとじゃないかな?」
「ワシは100馬力程度だと聞いている。当時は軍も興味をもってな。とても静かなので偵察用に使えるかもしれないとは思ったが、攻撃に使えるものではあるまい……ネオ君。君はアレより多少マシなもので、NRCを撃退できるというのか?」
グラント将軍はモーターグライダーの試験にも関わっていたため、
ネオが作ろうと考えている航空機の姿がなんとなく想像できるようになっていたものの、
反論した技術者と同じく、それがNRCと戦えるような代物ではないと考えていた。
だが、ネオは焦ることも無く不信感を抱きつつあった会議のメンバーを一蹴する。
「出力の桁が違うんですよ将軍。目の前にある設計図のモンは、燃料次第とはいえ、2500馬力を発生させうるバケモンです。もしかしたら、貴方方が作られた航空機のモーターはこれぐらい巨大だったのかもしれないが……内燃機関の出力を甘く見ない方がいい」
「2500……を……それをそのまま推力へッ!?」
先ほど反論した技術者は凍りついた。
「そうだ。その尋常じゃない出力を、回転エネルギーに変換し、推力にする。モーターグライダーを作ったというならば、尚更話が早い。――早い話が、その出力を受け止めつつ、高い推力を発生させうる航空機のプロペラを貴方方に作ってもらいたい。つまり、毎分約3000回転を推力に変換しても壊れないものが必要というわけだ」
航空工廠内が静まり返る。
しかし、冷たい空気が流れているわけではなかった。
技術者と将官の心には熱い何かが注ぎ込まれていた。
「胴体やら何やらをどう設計するかで変わるが、現時点では6000mまでの高度は軽い。問題はそこから上だ。こいつには弱点がある」
「弱点? 高高度で空気が薄くなるので推力変換が難しくなるとか……であれば高度3万m以上の話では?」
風力発電の技術者は首をかしげる。
彼らの疑問はある意味では間違っていなかった。
プロペラ推力だけならばアースフィアは高度3万mぐらいまでなら問題ないのだ。(無論地球でもそうである。)
「レシプロは燃料と酸素を燃焼爆発させて出力を生み出すんでね……高度が高くなると出力が下がる」
航空工廠内がザワつく。
現時点で高度6000mなら十分な高度ではあるが、NRCの大型機は1万m以上まで上昇することは不可能ではなかった。
将官達や航空工廠の者はそれを気にしたのだ。
ネオはパンパンと手を叩き、静まり返らせた。
「だが、解消法はある。そこで必要なのが、君ら水力発電の方々だ。君らが研究し、開発しているタービンの技術を使いたい。……これを見てくれ」
ネオはそういってもう1つのブループリントを掲げる。
「こいつは排気タービンだ。発生した排気ガスを再利用し、足りない酸素を補う。実は最高出力2500馬力というのは、コレありきの話だ……無ければ精々1800ぐらい。それでも十分勝てるが、NRCの連中を逃がすような真似はさせたくない」
風力発電のメンバーとは異なり、水力発電のメンバーは黙っていた。
ブループリントに表記されているタービンにかかる圧力の数字が桁外れなものであったのだ。
水とは比べ物にならない圧力、それも高熱に耐えうるタービンを作れる自信は無かった。
「こんな圧力に耐えられる小型のタービンなんて作れないかもしれませんよ」
水力発電の研究チームの技術班長が口を開く。
「現時点では絶対に必要というわけではないとは思うが……ですよね? 将軍」
ネオはグラント将軍の方を向く。
「どれほどの速度が出るのだ? ネオ君」
グラント将軍が、何故速度を気にしたのかネオには判断できなかったが、ネオは説明することとした。
「時速にして600kmぐらいですかねえ」
「約2000馬力で高度6000mまで飛び、600kmを出す戦闘用航空機が排気タービン無しのものであるとするなら十分である」
グラント将軍は、排気タービンが実現不可能だとしても十分な戦力になると判断した。
それだけのものが1から作れれば、量産化の次第によってはレシフェは列強と並ぶことも不可能ではないとグラントは考えている。
もし、本当に実現するならば……の話として考えてはいたが。
「ちなみに最終的にそれくらい作れなくては困るんだ。レシプロエンジンは妥協の産物……俺が目指すのはジェットエンジン。高圧ガスをそのまま推力として飛ぶ、タービンを利用したエンジンによる航空機を作りたい。それが俺の夢ッ」
ネオは両手を広げ、レシプロエンジンはあくまで現段階で確実に作れる存在であることをアピールした。
タービンを推力に変換するという考えは、周囲の者には全く理解できず、困惑した表情を浮かべる。
今、航空工廠にいる技術者達にとっては、風車を推力にするレシプロエンジンのほうがよほどわかりやすかった。
だが、ネオはあえてジェットエンジンの詳細についての説明は避けた。
現時点では実現不可能な夢のまた夢の技術であることは明らかであったのと同時に、
今必要なものはソレではなかったため、急いで始めなくてはならない事があったからだ。
「と……とりあえず、俺はトーラス陛下に2日以内にプロペラで空を飛ぶ航空機を作ると言ってしまったんで……なので、今から早急に簡易的なプロペラ航空機の概略図面を作るので、それを作るのを手伝ってほしい」
ネオはまず始めに、航空工廠のメンバーに2日後のための航空機の胴体の作成と、
現時点での技術力でも簡単に作れ、最低限空を飛ぶ直列式レシプロエンジンを製造協力してもらうこととし、
水力発電の研究部門を新たに「排気タービン研究開発班」と名づけ、排気タービンの研究開発のスタートをさせ、
風力発電のメンバーには「流体力学を利用した航空機の研究開発班」と名づけ、
きたるべき戦闘用航空機の胴体やプロペラ開発をスタートさせるよう命じた。
一方でグラント将軍には航空機の操縦が行えるメンバーの召集を依頼し、その者に簡易的なプロペラ航空機の飛行を行ってもらうこととした。
「いいか諸君。流体力学は航空機の基礎だ。俺が知る限りの情報は全て提供する。NRCを倒しうる航空機をなんとしてでも1ヶ月以内に量産するぞ!」
ネオの声かけに会議に集まったメンバーは意気込んだ。