ジェットエンジン完成。
地対空ミサイル試験が大成功を収めた後、リヒター大将達から食事会に誘われるも、ネオはそれを丁寧に断ってとんぼ返りする形で航空工廠に戻った。
実は、同日に航空工廠でも試験があったのだ。
流体力学の者達によって、タービンブレードのクラックの原因が判明し、改良を施したジェットエンジンの実働試験が行われていた。
ダヴィ達はそちらで試験作業を行っており、ミサイル試験には参加していなかったのである。
この試験は長時間に及ぶもので、ネオが海軍と合流する前にエンジンを稼動させはじめており、問題がなければ現在もエンジンは稼働を継続中のはずである。
つまり、この試験の成功はネオが戻った際にエンジンが動き続けていればいいのである。
流体力学班は、ネオ達が作ったジェットエンジンのクラックの原因を発見することに成功していた。
原因は、推力を上げようとタービン内の圧力を高めた結果、圧縮機内の気流が乱れたことで発生したもので、
エンジン全体の全長を延長し、タービンブレードとの間隔を広げた上で構造部位を調節し、気流が乱れないよう調節すればクラックは入らないという結論を導き出していた。
ネオはエンジンの無茶な小型化を行ったわけではなかったので、この話がきたとき困惑したが、原因は燃料のエリクシアの特性によるものだった。
ジェットエンジン内の状況は、熱力学のスペシャリスト達で構成されるエンジン開発班ですら想定できないほどの圧力と高熱となっており、
その状況でのエリクシアを噴射させて燃焼させた時に、高熱で高圧のガスが発生した際、どのような状態になるのか予想しきれていなかったのだった。
固体燃料ロケットが大成功した要因は、ネオがこの固体燃料自体の特性を完全に把握していたためで、特性さえ理解すればこういったエンジンを作る技術はレシフェ首都の王国空軍の航空工廠にはあったものの、異次元の領域に到達したために発生したミスである。
流体力学班は破損状況から、どういった圧力や負荷がかかったかを流体力学的に導き出し、エンジン稼働中の内部の状況を導き出したのである。
今回完成したのはターボジェットエンジンであったが、ターボファンエンジンについてもすぐに作れる状況にあった。
残念ながら第二次侵攻への対応は、ターボジェットエンジンを搭載した航空機でなければ不可能な状況であったが、それでもM2級の戦闘機が作れるのは間違いない。
無論、これらはエンジンが無事に完成していた場合の話である。
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ネオは航空工廠に戻ると、いつもの機密格納庫へと急いだ。
機密格納庫は室内の温度が40度ほどになっており、入るだけで汗だくになった。
しかし、ネオはそんなのが苦にならないほど喜びがあふれて来る。
あの特徴的な音が聞こえる。
ジェットエンジン独特の、超高音のスキール音。
ダヴィ達は、この排気熱によって換気しても40度より下がらない格納庫内でヘトヘトになっていたが、ネオが近づくとサムズアップした。
「よう、拷問のような苦痛が苦にならねえなんて、初めての感覚だぜ……以前は1時間も保たなかったのに、巡航速度状態で、もう23時間以上も連続で動いてやがる」
扇風機を自分に直接当てながらジェットエンジンを見守っている。
「ネオさん。これ最大出力時のデータです。いい数字でてますよ」
第七研究開発室のメンバーの一人、カルロスがアフターバーナー稼動時の出力データを持ってきていた。
示した数値は211knであり、ネオが目指した出力を満たしている。
ターボジェットエンジンなら比較的容易に達成できうる数値ではあったし、カタログスペックでも目指していた数字だが、やはり計算どおりの数値が出ると嬉しいものだ。
「カルロス、ラウル。異音とかはしていないか? っていうかベルフットとミゲルは?」
ネオは周囲を見渡すと、エンジン稼動開始時に参加し、状況を見守る役割を与えられた者達が何人かいないことに気づいた。
「ミゲルとベルフットは熱中症で倒れちまいました……軽症だそうですが、一応、今はみんなで交代しながらやってます。兄貴は一人でがんばってますが……あっ。特に異音とかはないっす……ずっといい音奏でてますよ」
ラウルは汗を拭いながらネオに応えた。
エンジン付近は体感温度50度近くとなっており、近づくと汗によってすぐに脱水症状を起こしそうな状況である。
そのため、試験に参加した何人かの者達は熱中症の症状を訴えて倒れてしまっていたのだった。
ケタ外れの出力を持つジェットエンジンは、高圧で高熱のガスを撒き散らすため、連続で稼動し続けるとそうなってしまうのだ。
「みんなには悪いが……ちょっとアフターバーナー吹かしていい?」
ネオは、どうしても見てみたくなったので、アフターバーナー稼動を提案する。
操作はリモコンでネオも行えるが、さらに格納庫の温度が上昇する可能性があるため、一応確認をとった。
「いいぜ。ただ、俺は一旦退席するぞ……流石にこれはイッちまうわ……」
ダヴィはフラフラとした足取りで格納庫を後にした。
立ち上がっただけで汗で地面に水溜りのようなものが出来るような状況となっている。
「20秒間稼動させる! みんなすまん! 俺の我侭を許してくれ!」
ネオは、熱中症で倒れませんようにと祈りながら、アフターバーナーを稼動させて一気に出力を上昇させた。
グォォォォォという音と共に、地響きが起こる。
超高圧ガスの噴流によるものであった。
アフターバーナーの炎は青白い色であり、熱効率が極めて高いことを現している。
「よし、よし、もういいな。 カルロス! グラント将軍を呼んできてくれ。それと言伝だ! 新型機製造は遅滞なく行うので、緊急会議のための招集を! トーラス陛下も呼んでいただきたいと!」
ネオは急いで出力を巡航形態まで下げると、エンジン試験を継続させた。
現在でもほぼ成功なのは間違いないが、72時間ほど連続稼動させる予定である。
その間に、「第三回レシフェ国の存続に関わる防衛戦略会議」を開催しようと考えたのだった。
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その後、グラント将軍は、すぐさまネオ達のいる格納庫に状況を確認しに来ると、大変喜んだ後で大急ぎで「第三回レシフェ国の存続に関わる防衛戦略会議の開催」を行うとネオに約束した。
第三回レシフェ国の存続に関わる防衛戦略会議は、2日後に開かれた。
「さて、現在集まって頂いた方々は、約2週間後にNRCの第二次侵攻が行われることをご存知でしょうが、その対応方法について今回は説明しようと思っています」
ネオは会議開催の音頭をとる。
「ではまず、我が王国海軍から。巡航ミサイルは順調に量産中であります。地対空ミサイルについても、全巡洋艦への配備が行える予定です。空母サン・パウロは若干の改装が行われ、地対空ミサイルを装備させることに成功しております」
トーラス2世は、予め各組織が作った資料を配布されてはいたが、ここで始めてミサイルなる存在が完成し、海軍の戦闘力が大幅に増強していることに気づいたのだった。
以前と変わらず、海軍についてはリヒター大将に一任していたためであったが、己の知らぬうちに海軍の戦闘力が列強とも遜色ないほどのものになっていたことに驚きを隠せないでいた。
「ミサイルの試験については、私も見てみたかったな……なぜ呼んでくれなかったのだリヒターよ……」
トーラス2世は、やや残念そうな顔をしてリヒター大将に目を送る。
「申し訳ございません。巡洋艦の改装作業の指揮と、水上機の配備などで頭が一杯でありまして、陛下との連絡を怠りました。今後、このような事がありませんよう善処致しますので、今回はどうかお許しください」
リヒター大将はトーラス2世に謝罪したが、トーラス2世は特にリヒターを責めることはしなかった。
「よい。結果的にNRCが油断したままなのだとしたら、十分だ。其方の働きぶりには、この私とて関心する部分がある。この短期間でよくここまで戦力を増強できたものだ」
リヒター大将はトーラス2世の言葉に、大将として何とか平静を保ちつつ敬礼して着席した。
しかし、嬉しさのあまり机の下で拳で小さくガッツポーズをしていたのを、他の海軍将校達は目撃していた。
「では、空軍はどうか? 新型機を作っているようだが」
トーラス2世は次にとばかりに空軍の状況を確認した。
一応グラント将軍からある程度の報告は受けていたが、詳細まで把握しきれていなかった。
「ジェットエンジンはターボジェット方式の方が完成です。現在量産体制に移行、新型機は14機ほど生産できる見込み」
グラント将軍は、そういうとネオの方を向いた。
「今回は試作機ではなく先行量産型になります。名前も決めています」
「ふむ。聞かせてもらおう」
「ゼロです。FSX-0。完成した機体はFX-0の番号を与えようと思っています」
ネオは、最初からこの名前を決めていた。
トーラス2世と初めて会った時にはすでに決めていた。
この時点で、FSX-0の構想はネオの中ではとっくに始まっており、胴体などの詳細な設計も完成していたのだ。
だから、誰が何と言おうと、この名前だけは譲らないと決めていた。
トーラス2世はネオの表情から、そのゆるぎない信念を感じ取り、理解していた。
「良い名だ……できれば命名理由だけ聞かせてもらえるとありがたい」
「古代では、これよりもう少し高性能な戦闘機も生まれますが、ゼロとほぼ同等のものが飛び交って戦うのが当たり前の光景でした。ゼロは、かつて古代に存在した、弱小国製でありながら、列強を恐怖に陥れた戦闘機の名であると共に、ここからが再び始まりなのだということの意味を込めて名づけています……これからゼロの技術を超えて生まれていく航空機こそ、アースフィアでは1の存在になりえるのです。我々はまだ、本当の意味で航空機開発という名の大地に第一歩を踏み入れたわけではなく、ゼロの完成をもってその大地に立つことが出来るのです」
ネオの演説に、誰しもが否定を行わなかった。
ゼロに込められた意味と、ネオの強い意志から、戦闘機は先行量産型も正式採用型も「ゼロ」となることが決定された。
南リコン大陸を繁栄に導く戦闘機の名が生まれた瞬間であった。
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会議終了後、そそくさと航空工廠に戻ろうとするネオをトーラス2世が呼び止めた。
「ネオよ。ルシアはどうか?」
「ど、どうかというのは!?」
ネオは先日の夜戦の件を咎められるのかと思い、しどもどする。
「コルドバの皇帝がな、じゃじゃ馬娘で全くいうことを聞かなかったにも関わらず、其方のいう事をよく聞くということに驚いていた。皇帝は其方に大変興味をもっておられたぞ」
「そ、そうですか……」
「別に、一線を越えなければ火遊びしても構わぬのだぞ。……むしろ、其方がルシアを通してコルドバとの仲をとりもってくれたほうが、レシフェとしては嬉しいことだ。ルシアを頼むと皇帝より仰せつかっているが、私からも改めて頼むぞ」
トーラス2世はネオの肩をポンポンと叩き、ウィンクしながらコルドバの皇帝がルシアとの関係に許可の姿勢を示しているということを伝えた。
嬉しいのか嬉しくないのか、ネオは肩の力が抜けてしまった。




