バトル・オブ・プリンセス
「ヒャーーーーーッハッハァ! なんつー出力だ! 燃費がよけりゃ最高のエンジンだってのによ!大昔の連中は、これで宇宙まで飛んだっていうが、平和な時代が来る日がありゃ試してみたいもんだぜ!」
青白い閃光の炎が発せされるエンジンを前にしながら、現在は一時的にエンジン開発班に所属する王国海軍第七研究開発室の者達は、エンジンテストに狂喜乱舞で踊り狂っている。
巡航ミサイルの試験が終わり、ネオとダヴィらエンジン開発班は、ジェットエンジンの開発が滞っている間、新たなエンジンの試作とテストを行っていたのだった。
それは、固体燃料式ロケットエンジンである。
熱力学に詳しいエンジン開発班と、素材やシステムに対して理解があるネオ、そして圧力関係などの調整や設計に極めて強い第七研究開発室のダヴィ達の努力により、固体燃料ロケットエンジンは十分な性能を保持して完成していた。
このロケットエンジン開発の理由は、当然にして新型航空機に採用予定の誘導兵器のためのものである。
アースフィアにおいてはロケットやミサイルといった類の存在はロストテクノロジーとなっており、ミサイルも誘導させる方法が自動航行のみに限定される影響によってなのか大陸間弾道ミサイルなどは全て消滅していた。
元来、NRCの位置にある北リコン大陸はミサイル防衛を展開していたはずだが、そのNRCは超大型機などを利用した実効制圧力のある方法での防衛を行っている。
ネオは、大型ロケットを建造してミサイル防衛をする気はなかったし、ロケット技術者ではなかったものの、誘導兵器に対してはどうしても必要な要素としてロケットエンジンの開発自体は行った。
しかし、ネオの予想以上に固体燃料ロケットの完成度は高く、熱力学的にはかなりの熱効率を保った極めて優秀なロケットとして完成している。
「ネオ。こいつをどうやって誘導するってんだ?」
ガタガタと土台を揺らしながら燃料を燃やして炎を吹き出し続けるロケットを前に、ダヴィは少し冷静になってネオに問いかけた。
「空対空の短距離誘導ミサイルなら、レーザー誘導という方法はあるが……射程が短い。しかも、常に敵にレーザーを照射しておかないといけない。巡航ミサイルにも超大型機への誘導方法として考えてあって、今リヒター大将がミナス・ジェライスを大急ぎで改装中だけど……そっちはある意味で有効なんだが」
「そりゃあ、艦船からの超長距離レーザー光照射なら、比較的簡単に敵を捉え続けられるだろうが……ミサイルで完結させて自動で追尾させる方法じゃマズいんか?」
ダヴィはネオが何を気にしているのか若干理解できていなかった。
「この間も試験で周囲に言ったが、敵と味方を判断することが出来ないから、誤射の比率が非常に高くなる。誘導方式の問題というよりかは……」
「敵味方を判別させて、誘導させないようにコントロールさせる方法がないわけか」
ダヴィはネオの発言により、ポンと自らの手を拳で叩いた。
「そういうことだ。電磁波の類について、今のアースフィアの大気は強い干渉を示す。ラジオすら消滅してる」
ネオはロケットの様子を伺いながらも、机に置いてあった紅茶に手を伸ばして一口飲み込んだ。
「古代の戦争では電波による情報伝達によって、戦略や戦術が大きく変わっていった一方で、今の時代は技術面がある程度残っているにも関わらず、この問題によって、古代でも極めて古い戦闘方法になってしまった」
「ん? 有線にしちゃいけないのか?」
「なんだって?」
ネオはダヴィの発想を一瞬では理解できなかった。
「いや、だから現在でも一般的な、有線で誘導兵器を誘導したら駄目なのかってことだよ」
「敵を捕捉して、その付近の座標を常にミサイルにインプットさせて、移動中に補正させ続ければいいんじゃねえか?」
ダヴィの発想にネオは大きく手を叩いた。
「それだっ! 射程は短くなるが、どうせパッシブ式のレーザー誘導なんだから、元より射程なんて皆無だ! 中距離での射撃は現状じゃレーダーといった電波で探知するシステムもないし使えるわけがない! すぐシステムを作るぞ! 武器開発チームを呼び出そう!」
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ネオが機密管理エリアからガレージ内に入り、武器の開発を行っているチームを呼び出そうとすると、王国空軍基地の滑走路に、見慣れない航空機が大量に着陸する姿が見えた。
「レシフェのエンブレムじゃない……どこの国の……」
ネオはその姿に妙な気配を感じ、身構える。
敵の奇襲攻撃にでも遭遇したのであろうか?
「ありゃあ……コルドバの大型機だ。わざわざ首都に何の用だ」
その姿を見てダヴィが呟いた。
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十分後、航空工廠のガレージの中に、見慣れない格好の、空軍歩兵と見られる銃器を肩から提げた者達と、なにやらいかにも偉そうな風貌の女性が無断で入り込んできた。
女性は右目を眼帯で覆っており、マントを羽織っている。
よく見ると、腕などには火傷の跡などがあり、いかにも武人といった風格を漂わせていた。
「ガレージの責任者はお前か」
女性はネオに向かって話しかけてきた。
「責任者ならグラント将軍だ。大変申し訳ないが、ここは軍の機密が大量に溢れている航空工廠」
「許可を取ってから視察にきていただきたい」
ネオは物怖じすることなく、前面に立って女性に返答する。
「無礼者! この方を誰だと存じ上げる! コルドバの第一皇女、ルシア・ド・コル――」
「控えぬか!」
兵長と思われる人間がネオの態度を改めさせようとしたが、ルシアは対等の立場による問答で良いと考えていたため、兵長を黙らさせた。
「すまぬな。グラント、そしてトーラス国王の許可は既にもらっている。 私は、そなたやここにいる者達を蔑みにきたわけでもなければ、技術を強奪しようとしにきたわけでもない。どうか、そなたの名前を教えて欲しい」
やや優しげな声になり、ネオに左手を伸ばす。
ネオには一度どこかで見た光景である。
「……ネオだ」
ネオはそういって左手を伸ばした。
彼女は優しくネオの手を左手で包むと、暖かい表情でネオを見つめる。
「我々の目的は、そなたが開発したというレシプロエンジンとその航空機についてと、貴様が持つ空戦理論についての教授だ。我々コルドバとレシフェは、古来より好敵手といった関係であったが、NRCの状況にああだこうだと言っていられる状況ではなくなったのでな。……だから、大規模な支援と引き換えに技術の提供を受けることになったのだ。つい先日のことだ」
ルシアの説明はネオにとっては初耳の話であった。
それも当然で、ここ最近ネオ達は固体燃料ロケットや巡航ミサイルといった最重要機密にあたる開発ばかり行っており、情報が遮断される機密格納庫にてそれらの開発を行っていたため、グラント将軍などとのコミュニケーションも乏しくなっていた。
世間の状況もわからない中で、第一回制空戦闘から期間が経つ割に、第二次制空戦闘がまだ起こっていないのは不思議だなといったぐらいの認識で、己の仕事を続けていたのである。
「ネオ!」
遠くからネオを呼ぶ声がする。
グラント将軍であった。
グラント将軍は状況をみると、しまったとばかりに大急ぎでネオの元へ駆けつけた。
「すまん。思った以上にコルドバの師団の到着が早かった。本当は、今朝、君に連絡事項を伝えようとしていたのだが……申し訳ない」
グラントは、状況理解がまだ完璧にできていないであろうネオに対し、謝罪した。
「ルシア様……えー、この者がネオといいまして」
「すでに聞いた」
「そうでございましたか」
あちゃーとばかりに、グラント将軍は頭を抱えた。
ルシア達コルドバの使節団もとい空軍師団が来ることは、予めトーラス2世より伝えられていたものの、到着は午後以降になるということで公務を行っていたのだった。
しかし、ルシア達は待ちきれなかったのか、午前中の間に到着し、グラント将軍の案内も無しにガレージへと向かってしまい、このような事態となったのである。
「ルシア様から聞いているとは思うが、エスパーニャの件でのレシフェの喪失は、やはり大きかったのでな……同盟国としては、歴史が深いコルドバと協定を結び、経済的、軍事的支援を受ける代わりに、技術等を彼らに一部譲渡させることとなったのだ」
ネオは、別段憤った様子はなかった。
元々、以前よりトーラス2世から、現段階でレシプロエンジンなどの技術は別の国に渡しても構わないかと問われ、問題が無いと応えていたからだ。
どちらかといえば、彼女の容姿のほうが気になっていた。
皇女と言われる割に、気品よりも闘気のようなものを漂わせており、大将といった感じがすることが不思議だったのである。
「む? そこにいるのは? おいっ、そこの」
そうこうネオが考えていると、ルシアはネオの後ろでコソコソとしているエルを見つけ、声をかけた。
ネオはエルの方を向く。
「どこかで見たような顔をしている」
ルシアはニヤリとしながらエルを見つめる。
「他人の空似でしょう。存じ上げません」
エルは、ネオのすぐ後ろで緊張した面持ちでルシアに応えた。
「ッフ……そういう事にしておこう」
ルシアの態度を見たネオは、やはりそうかと感づき始めた。
エルは顔を落としながら彼女の方を向かずに応えていたが、ルシアはそれ以上彼女について追求しなかった。
「グラントよ。第三宿舎が空いているそうだな?」
「え? ええ。 エスパーニャの件もありましたので」
「なら、我が軍はそこを使わせていただこう。 ネオ。そなたとは話したいこともある。今夜、我がいる個室に来い。」
ルシアはそう言うと、グラント将軍の案内でどこかへ向かっていった。
ネオは、その姿を無言のまま見送った後でエルを見た。
エルは、今まで見たことの無いような強い姿勢の表情でルシアを見ていた。
ネオがこちらを見ている事にハッと気づくと。
「今夜はお楽しみかな?」
――と、誤魔化したが、ネオは「どうかな……」とエルの態度にやや不信感を抱くような形で呟くのだった。
午後、ルシアはトーラス2世に謁見しに行くと、空軍基地を出た後で同行しなかったグラント将軍にルシアについてネオは尋ねた。
「あれか? NRC曰く、バトル・オブ・プリンセス。闘将というやつだ。コルドバの危機を何度も救ったが、アレでもまだギリギリ未成年だという……そうは感じさせない風貌ではあるがな」
グラント将軍はルシアに対してネオに簡単に説明した。
彼女は皇女でありながら、コルドバの思想を体言するかのような女性で、師団を率いては戦場を駆け回っているという。
彼女がレシフェ首都に訪れたのは、コルドバの皇帝による判断があったためである。
コルドバは、レシフェと古くより関係があるが、レシフェの戦力などについて熟知している者達である。
敵対関係はないものの、好敵手として様々な面で競い合ってきたため、エスパーニャの件でレシフェは間違いなく崩壊してしまうであろうと読んでいた。
トーラス2世が支援を申し出た時、コルドバはこの時点で、ルシアを含めた大兵団をレシフェに派遣することを提案したが、トーラス2世は現状のまま守りきれると言い切り、皇帝は大変驚いたという。
皇帝とトーラス2世は極めて仲が良く、公私に渡って様々なやり取りを行っていたが、当初はトーラス2世および、レシフェが強がっているものとばかり思っていたのだった。
それがNRCの撃退の成功という事実により、裏に何かあるなと考えたコルドバの皇帝は、先の同盟国の会議の後で、個人的にトーラス2世と会談し、その実情を伺ったのだった。
そこでネオの存在などを知らされたコルドバの皇帝は、大規模な支援策に代わり、ルシアの師団をレシフェに派遣して技術を一部提供してもらうこととしたのである。
コルドバとしてはレシフェが崩壊すると、次の標的はすぐ南にある自分達であるため、
まだ侵攻を諦めておらず、南リコン大陸を狙っているNRCへの対応を考えると、レシフェと同等の戦闘力は保持しておきたかったのだ。
ちなみに、コルドバの皇帝は、普段全くいう事を聞かないじゃじゃ馬娘が、素直にいう事を聞いたことに少々驚いていたが、軽い足取りでレシフェに向かうルシアに対し、
「おまえ、身篭って戻ってくるような真似だけはするなよ」と釘だけは刺していた。
それに対しルシアは。
「次は父上と呼ぶ謎の男と共に戻るかもしれませぬ」
――と、コルドバの皇帝の頭を悩ませる発言を平然としながら、レシフェへと旅立っていったのだった。
つまり、ルシアがグラント将軍の案内なしにガレージに押しかけてきた原因は、ネオに強い興味を抱いていたからである。
彼女は、コルドバ皇帝によりある程度の情報を把握していたのであった。
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「おうっネオ。気をつけろ~~ルシア皇女は名前こそ可愛いが、拷問マニアだと聞いてる。縛られるぐらいなら縛っちまえ」
食堂でのダヴィの下品なジョークを受け流しつつも、ネオは夜にルシアのいる所に向かうこととした。
一方で普段ならダヴィを叱るエルが妙に大人しいことについてやや気になった――




