音越え。
数日後、試製巡航ミサイルのテストが行われた。
実はテスト前に一悶着あった。
原因はどうやって射出するのか……である。
ネオは適当な海軍基地から滑走して発射することを考えていたが、リヒター大将は今後を見据えて軍艦からの発射実験に拘った。
しかし、発射するためのシステムを急造するには時間も人員も足りず、リヒター大将は困ってしまった。
そんな時にダヴィはこんなことを閃いたのだった。
「大将。サン・パウロから滑走させて射出じゃ駄目なんすか? ネオが言うように、3日後に巡洋艦から射出するのは無理ですって。発射機構自体はネオが作ってくれたしっかりとした設計図がありますが、こんなん今の海軍じゃ作れんでしょ」
ダヴィがそう言ってリヒターに提案したのは、サン・パウロのスキージャンプ式甲板に仮設型のレールを設け、そこを高速で滑走させて射出するというものだった。
ネオは一応リヒター大将の希望を受け入れ、射出システムの詳細設計図を作ってはいたが、流石に複雑すぎて実験予定日までには間に合わなかったのだ。
これなら名目上はリヒターが拘りたい艦船からの射出になるので、海軍将校達も理解を示すであろうとダヴィは主張し、リヒター大将もその案を呑むこととした。
ミサイル実験の同日、実は空軍では別の試験が行われていた。
空中給油機がついに完成し、ベレンとサルヴァドールによる空中給油試験が行われるのである。
グラント将軍の狙いは、自身が中心的に進めた計画を同日にテストすることで、巡航ミサイルという非常に強力な新型兵器をNRCや周辺国から目を逸らさせる狙いがあった。
エルは当然のように巡航ミサイル試験についてこようとしたが、今回ばかりはグラント将軍が許さず、空中給油試験のテストパイロットに指定された。
ネオは、そもそも巡航ミサイルを最重要機密としていたにも関わらず、なぜか将軍以外にエルだけ把握していたのか不気味であったが、グラント将軍に一件は任せて海軍側の試験に立ち会った。
その日の朝、エルはプゥと頬をハムスターのごとく膨らませてネオに愚痴っていたが、「将軍の命に従わないと後でどうなっても知らないよ」とエルを宥めた。
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シュゴオオオオオオオオオ
サン・パウロから巡航ミサイルが滑走する。
そのジェットエンジン独特の音に、将校達は恐怖を感じて冷や汗をかいていた。
「えー。今回は計3発の巡航ミサイルを用意致しました。1発が攻撃用、2発は速度試験用です。ターボファンエンジンは出力に不安がありますが、音の1.3倍ぐらいは出ると予測しています。本格的な飛行は今回が始めてです」
ネオの説明に、すばらしいとばかりに海軍将校達は惜しみない拍手を送った。
海軍将校はリヒター大将と同じく野心家ばかりであり、リヒター大将の勉強会によって古代兵器についての知識がかなりあった。
その中で、巡航ミサイルは使用方法によっては非常に高い能力の防衛戦略兵器となりうると学ばされ、いつかそんな存在を見てみたいと思っていたのだった。
それが実現したのだから、海軍にとってこれほど嬉しいことはない。
将校達は空軍だけではなく、これからは海軍もレシフェを守るのだと意気込んでいた。
試験が開始される。
最初の巡航ミサイルは攻撃型である。
ネオが予め設定した航路を飛行し、ぐいんぐいんと障害物を避けながら低空飛行を続ける。
「見ての通りです。慣性航法装置を搭載しており、予め入力した座標点などを頼りに、こいつは自動で飛行します。加えて、赤外線などを利用した熱センサーや、光センサーを利用して障害物を認識して回避したり攻撃したりできます。今回の標的はアレです」
そういってネオはそのままでは視認できない距離にある駆逐艦を指差した。
「リヒター大将。よろしければアレについての説明を」
「うむ。アレは老朽化し、解体待ちの我が軍の駆逐艦である。今回は海軍の未来のため、標的艦として利用することとした。装備は取り払ったが、防御装甲板などはそのままである」
リヒター大将が、視察に訪れている者達に説明を行う。
ネオは標的はリヒター大将が用意するといわれただけであり、詳細は把握していなかった。
標的がある座標点と標的が放つ温度データなどを入力していただけなのである。
「今の所、動く標的に命中させられるほどの精度はありません。元々これは対地攻撃が基本ですので……ですが、近い将来、超大型機程度なら捕捉して命中させられるようにはしたいと思います」
ネオはそういって、計画関係の詳細説明図を提示した。
「見ての通り、現状では古代式の通信が行えないため、こいつは撃ったら撃ちっぱなしです。ですが、赤外線などのシーカーは搭載されているため、空中などで高熱を発するモノをロックオンしてその方向にある熱源へ、音速の1.3倍ぐらいで突撃していくことは可能です」
「誘導爆弾……ですかな?」
将校の一人の呟きにネオは頷く。
「今回は時間が間に合いませんでしたので、今、我々がいるサン・パウロからの滑走飛行となりましたが、射出機さえこさえれば巡洋艦から射撃可能」
「つまりは、我々は超大型機を海上から迎撃可能となりうるわけだ。近いうちにな」
リヒター大将は喜びを隠せないあまり、ネオの説明に割って入ってしまったが、ネオはその気持ちを理解して静かに説明を続ける。
「ご覧の通り、設定した座標ポイントに対して障害物を避ける程度なら造作もありません。結構頭はいいんです。問題は、今の世界だと巡航ミサイルは、どれが敵で、どれが味方かを判断するかが難しいです。熱源程度しか判断できませんので、航空機なら爆弾を付近で爆発させたりすれば簡単に回避されてしまう……けれども、予め座標を指定した敵基地などに対しては非常に正確に攻撃可能です」
ネオは巡航ミサイルの現時点での利用方法は対地、それも対物に対してのものだと主張したが、現用でもセンサー関係の能力によって対空も不可能ではないことを説明した。
「コストについてですが、これ1発でベレン1機分。これは爆弾ですので、毎回ベレン1機分消耗します。しかしながら、200mm波動弾などと比較すると、圧倒的にローコストです。空軍の用いる無誘導爆弾を流用して搭載したのでそうなりました」
海軍将校達は、意外にも安価な巡航ミサイルの価格に驚いた。
200mm波動弾は海対海や海対地などでしか使えない代物であり、無誘導である。
威力と弾速こそ非常に高いが、距離が伸びるにしたがって速度が落ちる上に、水平線より先の敵には攻撃できないなど弱点も多くある。
一方で、巡航ミサイルならば速度を失わないため、威力が落ちるということはない。
威力的には至近距離での200mm波動弾には劣るものの、十分なものがあると予測されていた。
ドゴオオオオオオオ
そうこう説明している間に、巡航ミサイルは駆逐艦の発電用の炉の付近に見事に命中した。
将校達は説明を聞きながらもそちらを見つめていたが、爆炎があがると「おおっ」と一斉に声を上げた。
「まぁ、今回のように動かない標的なら命中率は80%以上あると思います。今のは低速でしたが、速度も調節可能です……では皆さん、上を注視してください! 今から速度試験に入ります」
ネオは将校達に上を見るよう話した。
速度試験用の巡航ミサイルは、実はすでに陸地から射出されており、最高速度を発揮できる助走位置まで一度飛んでから、サン・パウロの真横上空を低空飛行する予定であった。
風を切る音が聞こえる。
巡航ミサイルが近づいている証拠である。
それらは少しずつ大きくなっていくと……
巡航ミサイルが通り過ぎて、衝撃波がサン・パウロをゆらゆらと揺らした。
そして、その後に「ゴゥゥゥゥゥオオオオオ」というジェットエンジン独特の音が響いてくる。
「音が後から来たぞ!?」
視察に訪れていた者達は、みな音が後から来た事に驚く一方、ネオはニヤケた顔を冷静に戻せずにいた。
「1.4倍近く出てたかな……今日の天候は、速く飛ぶのに向いてた」
ネオは同じく視察に訪れているダヴィの方を向く。
「いやあ、こえぇもん作るもんだわ。これに人乗っけようってんだから……」
ダヴィは頭をかきむしりながら、巡航ミサイルの性能に下半身が熱くなっていた。




