第一次制空戦闘 邂逅まで (前編)
長くなりましたので分けます。
北部の王国空軍基地に到着したネオは、すぐさまサルヴァドールのパイロット達を集めてブリーフィングを開始した。
北部の基地にいる司令部の幹部達も参加した。
幹部達は、次々に到着する奇怪なプロペラ機の姿に未だ信頼をよせてはいなかったものの、ネオ自体に興味を持っていたのだった。
理由としては、奇怪な姿といえど、それなりに飛行できる存在を新造して量産し、この状況の打破までもっていく原動力をレシフェに与えたという側面が強い。
「王国海軍から先ほど連絡が入った。NRCは、ほぼ一直線の最短距離を高度4000m前後で飛行しながら南下中。夜明け前に出撃すれば、夜明けと共に奴らと邂逅することとなる」
サルヴァドール第一中隊の隊長、《レンゲル》が状況説明を行う。
第一中隊は、数日前からこちらに赴いていた者たちである。
レンゲルは本作戦の総隊長も任されていた。
「一度離陸すれば完全な有視界戦闘だ。残念ながら、超大型機ではないので満足に通信も行えない。連絡は各部隊が定められた方法で行う。いいな?」
レンゲルの声に、第一中隊も第二中隊のメンバーも「了解」の合図を送る。
「今後は、戦場の主役になる君達に俺から最後に意見させてくれ。恐らく、実戦を積み重ねる過程で、君達は学んだ空戦理論により、俺よりも優れた戦術を見出していくこととなるだろう。だが、今回ばかりは俺の言うことを聞いてくれ」
この会議において始めてネオは口を開いた。
いつもは積極的に発言する男であったが、今回は緊張によって無口になっていたのだった。
「高度は7000m前後を確保し、周辺を警戒しつつ、捕捉次第、合図をとって急降下による一撃離脱。下方から上昇しながらの攻撃はしない。超大型機は、全方位で弾幕を展開できるが、編隊の組み方からしてど真ん中を射抜く方向なら上下にしか弾幕を展開できない」
ネオはイラストを描く。
敵の編隊は、ひし形状を形成していることが報告によりわかっている。
これはNRCの基本戦術であったが、ここには重大な弱点があった。
大型機同士の戦いなら、真横や斜めから距離を保って攻撃するため、隊長機などを十分保護できる陣形であるが、サルヴァドールやベレンにこの戦法は意味が無い。
真上から急降下で攻撃をしつつ大型機の間をすり抜ける場合、対空用の兵装は上と下にしか射撃できず弾幕は薄くなる可能性が高い。
十分距離をとった後で再び上昇し、編隊を組みなおして攻撃を繰り返す方法をネオは提案している。
攻撃時には3人1組のスリーマンセル方式で、グループごとに別々に目標を決めてから攻撃する手法とした。
ネオは、それが一番被害が少なくなると予想していた。
「まずは隊長機を優先的にやる。指揮系統が崩れた後は、状況を見つつ、上昇と降下を繰り返して何度も攻撃をしかける」
ネオの提案は、彼の空戦理論に基づくものであり、他のパイロット達も特に否定する様子はなかった。
そのため、この戦法を用いての攻撃を基本的に行っていくことでパイロット達は一致した。
第一陣は第一中隊、第二陣は第一中隊が離脱している様子を伺いつつ旱魃いれず攻撃を繰り出す予定である。
「ネオ殿。第二中隊は急遽追加されたパイロットが多いです。編隊がバラバラになったらネオ殿も指揮に入ってください」
第二中隊の隊長である《サントス》がネオにも指揮を手伝おうように懇願した。
ネオは首を縦に振って対応する。
「俺は7000mの高度を維持したまま、敵の編隊を下方に睨む攻撃開始位置を陣取るつもりだ。グラント将軍は攻撃に参加をするなと命じられているが、状況によっては俺も攻撃や援護に入る。みんなとは一身同体のつもりでいるが、なにぶん爆装出来ないルクレールなので、そこは期待しないでほしい」
ネオは、常に一番重要な位置で上昇した第一中隊や、第二中隊が再度編隊を組みなおすことが容易になるような形で展開することを宣言した。
部隊員は訓練指導の様子から、ネオが優れた飛行士であることを知っていた。
エルに模擬戦で勝利したということは聞かされていたが、その身でもって相応の実力をもっていることを十分理解している。
彼が攻撃に率先して参加せずとも、その位置にいるのはありがたいことであった。
このブリーフィングを見ていた幹部達は、何も出来ない自分達を悔いた。
元来は指揮権があり、様々な指示を出すことが出来る幹部達であったが、今回の作戦はグラント将軍が全ての指揮権を管理しており、見守ることしか出来なかった。
ただし、彼らが無能というわけではなく、今後は大規模な戦闘が想定されるため彼らが必要となってくる。
グラント将軍によってネオが書いた空戦理論の資料集が配布されており、幹部達は勉強中の身である。
ブリーフィングが終了すると午前1時をまわっていた。
皆コーヒーやカフェインの錠剤を飲むと、出撃準備にはいった。
北部の基地には、近場の航空工廠より製造にも関わった整備班が派遣されていたが、彼らはサルヴァドールの最終調整を十分に行えるだけの技術力を保持していた。
サルヴァドールには不具合はなく、稼働率は100%。
完成したばかりの新品であるので当然ではあるが、急造仕様のサルヴァドールもあるため、これは凄いことである。
この基地には9機のベレンとそのパイロット達もいたが、彼らは万が一打ち漏らしなどが発生した場合に、この基地から迎撃するため待機中であった。
ベレンの後続距離では、交戦予定地域に向かうことが出来ても、空中給油機などを用いなければもどってこれなかったからである。
一応、空母サン・パウロに一時的に発着して補給する案も考えられたが、急ごしらえのパイロット達であり発艦や着艦に不安があったため、こういう措置となった。
戦力としてはサン・パウロのベレン24機と、サルヴァドール33機、そしてネオのルクレール1機の総勢58機である。
攻撃の要は、やはりサルヴァドールであるとネオは睨んでいた。
~~~~~~~~~~~~~~
夜明け前の深夜2時過ぎ、ついに出撃となった。
基地にいる空軍兵士が大勢見守る中、第一中隊が最初に離陸していき、続いて第二中隊。
基地指令幹部に敬礼した後、最後にネオがルクレールで続いた。
サルヴァドールはベレンほどではなかったものの、エンジン性能のおかげで短距離での離陸が可能であった。
1000mたらずで離陸する姿に、王国空軍の者たちは驚きを隠せないでいた。
7000m滑走路をめいいっぱい使う大型機がアースフィアでは当たり前であったので、ここで始めて幹部達は奇怪な航空機が本当に戦えるものだと思い知ることとなった。
一行は海上に展開する王国海軍の光信号を見ながら位置を調整し、敵の編隊付近で高度を上昇させながら索敵する予定である。
王国海軍は完全に敵編隊を海上より捉えており、海上に展開する艦同士が、音波や光を利用した通信でそれぞれが敵の位置を共有して把握していた。
海上に出るとまだ夜明け前であるため、光信号は長距離でも見ることが出来、一行は通信で敵との距離と敵の方角を完全に把握した状態で飛行することが出来た。
夜明けまで2時間ほどであったが、すでに太陽が昇る方角はオレンジ色に染まっていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「140度反転、高度上昇!」
第一中隊のレンゲルが、全体に対して光信号で指示を送った。
一行は速度の優位性を利用し、敵を真後ろから迎撃することにしたのだった。
すでに日の出まで40分を切っている。
「このまま行けば、20分以内に邂逅するはずだ」
ネオは機内で独り言を呟く。
不思議なことだが、ネオは航空機に乗るとなぜか心の中に描いたものをそのまま言葉にして呟く癖があった。
本来はそういうことをしないが、航空機の中では不安もあるのかそういう癖が出てしまう。
「酸素マスク装着!」
レンゲルが指示を下す。
サルヴァドールには当然与圧などされているわけがなく、高度5000m以上では酸素マスク無しでは飛ぶことが出来ない。
飛行帽に酸素マスクという、不思議な姿であったが、一行はレンゲルの指示通りにキビキビとした形で編隊飛行を続けており、その後ろを飛ぶネオは訓練の成果が出ていることに安心していた。
~~~~~~~~~~~~~
夜が明けてから数十分後、そろそろ邂逅できる位置である。
一行はベレン24機によるサン・パウロから出撃した部隊と合流に成功していた。
全機で下方を注視していたものの、未だ敵の編隊は発見できずにいた。
原因は、雲が出ていたためである。
天候が変わり、若干の雲が出ていたことで視界が悪化していた。
「あれか」
しかし、そんな中でネオの眼は鋭かった。
下方に、ほぼ同じ進路で進む敵編隊を発見する。
ネオは急いで信号弾を発射し、敵発見をレンゲルに知らせる。
続いて信号で「4時の方向、敵編隊アリ」と出した。
レンゲルはすぐさま「ベレンの攻撃隊と第二中隊は独自に行動セリ」と送り、第一中隊の編隊はレンゲルの指示に従い別の進路をとってやや離れた。
サントスは、レンゲルの指示通り指揮を行う。
ベレンの部隊は24機による中隊であったが、こちらもまたサルヴァドールによる第一、第二中隊とやや距離をとって飛行を続けていた。
ネオは第二中隊の後ろから編隊行動の様子を伺いつつ、長距離を視認できる単眼鏡を取り出し、敵の編隊を注視した。
「はぁ……タメ息出るほどありえない形状だ……」
ネオが単眼鏡で見たNRCの超大型機は、ネオからすれば、吐き気をもよおすほど空力的なものを殆ど考慮しない構造をしていた。
全幅が150mあるという巨大な主翼が前後に2つ、計4枚ある。
揚力が足りず、こんなことになってしまったのであろう。
全長110mに対し、全幅が150mもある巨大な主翼が4枚もあるため、空飛ぶ翼というような見た目であった。
ネオが知る限り、これを新造できないエンジンを1つの翼に6発だか7発だか付けて無理やり飛ばしているのだという。
当然にしてエルロンの類はなく、空中機動はNRC曰く「防御用エンジン」と呼ばれる横方向などに推力を発生させる空中機動専用のエンジンの出力調整で行うというお粗末なもの。
燃料なども翼に積載される影響で、翼も尋常でないほどにブ厚い。
ネオはこれを航空機と呼びたくなかったが、アースフィアではこれが航空機なのだ。
流石に大型機や中型機となると、もう少し空力を考慮したものとなるが、NRCはこの超大型機を約1300機保有している。
列強の中で、最も超大型機を配備しているのだ。
10機あるだけで、その辺の国家なら十分な国防が可能といわれ、1機さえあれば国として独立が可能といわれる戦闘力をもった存在を大量に保有しているのがNRCなのであった。
だからこそ、我らは列強であるという誇りを胸にして様々な国に戦争をしかけ、傲慢な態度をとり続けることが出来ていた。
「ん?」
頭の中で様々なことを巡らせているネオは、編隊の一部に妙な機体が混じっていることに気づいた。
全翼機に近い形状の機体が2機いる。
「これは……首都にあったイアンサンとかいう、レシフェの超大型機に似ている……まさか!」
ネオは急いでレンゲルに向けて緊急信号を発信した。
再度敵の状況を見ると、編隊の中央位置の左右に、まるで囮にするかのごとくレシフェの超大型機が混じっている。
それはNRCが用いた肉の壁であった。
「クソッタレが!」
ネオの緊急信号を見た後、自らも状況を確認したレンゲルは憤った。
NRCはどんな手も使うといわれている。
事実、エスパーニャに出兵したレシフェの航空部隊を拘束して人質とすることすら厭わない者たちである。
そんな彼らがとった戦術は、レシフェの超大型機に恐らく人質となりうる人員を大量に詰め込んで飛ばし、盾とすることであった。
位置からして、何かあればすぐさまこれを攻撃して落とすことが可能である。
第一中隊、第二中隊のパイロットが、隊長にどうするべきかの信号を相互に送る中、ネオは冷静に信号をレンゲルに送った。
「急降下攻撃なら、レシフェの超大型機は巻き込まずに済む。だが、奴らが盾にしたり自爆攻撃をしても構うな」
その信号に、「レシフェ国民でないから、ネオ殿は簡単にそう言えるんだ」と歯を噛み締めるレンゲルであったが、
恐らくグラント将軍も同じように命じたであろうと考え、ネオの指示をそのまま部隊員に伝えた。
ネオは続けて――
「速攻で奴らを全滅させれば同胞は助けられる。全ては、攻撃の正確さにかかっている」
このようにして信号を送り、それを見ていたネオ以外の一行は覚悟を決めることとした。
それぞれの隊長は自身の部隊に――
「現在、我々がとれる最善の方法はそれのみ――」
――と送った。
ネオは続いてあることに気づいた。
超大型機の中に真っ赤に染まった機があり、編隊の中央付近に居座っていることに。
「隊長機は真紅のものと思われ、第一中隊は、それを優先的に攻撃することを提案」
ネオはレンゲルに向けて信号を送ると、レンゲルは――
「了解。編隊中央の真紅の機体を優先的に攻撃する――」
――と返答した。
本来は、一連の行動は第二中隊隊長のサントスが行うものであったが、サントスは慣れないパイロットの編隊行動を支援することに手一杯であり、ネオが代わりに指揮をとっていた。
いよいよ復活したレシプロ機による戦闘がはじまろうとしていた――




