番外編1 NRC指揮官のぼやき
こちらは番外編です。
本編の決戦編前に見てくださるといろいろわかると思います。
「なぁ副艦長。どう思うか」
「何がです?」
「この状況だよ。随分と破廉恥なことをしているものだ」
「不服……と申されたいのですね」
タメ息ばかり吐く超大型機の指揮官に対し、その参謀である立場の男は、同情するかのように受け応えた。
NRCの部隊はレシフェの者達が降伏しやすいよう、ある策を練っていたが、指揮官は正々堂々とした戦いを好むためこの作戦について不満を漏らしてばかりいたのだった。
現在、超大型機は32機で南下中。
一面が海の世界であり、夜ではあるが天候は快晴。
観測員からエマージェンシーコールが伝えられる様子がないほど、周囲は静まり返っている。
彼が乗艦する超大型機は12番艦。
NRCでは超大型機を「艦」と呼称していたが、旗艦から順に1番艦から順次数に応じてコールサインが付けられ、作戦中は機体の固有名称ではなく「1番艦は~」といったコールサインで空中機動をとる。
旗艦には総司令部が配置され、作戦等の指揮権を持つ。
約32機による編隊が旗艦を囲うようにして飛行していた。
「時に副艦長。例の噂だが、風車付き……そんなものが本当に実現化したと思うか?」
指揮官はリアリストな男でマイナス思考であったが、超大型機の艦内でも噂になっている風車付きの航空機について副艦長に改めて尋ねたのだった。
NRC空軍がいう風車付きとは、当然、ベレンやサルヴァドールなどのプロペラ機を指している。
「非現実的です。そんなもので我々が飛ぶ高さまで飛べたとして、どうやって戦うというのですか」
副艦長は指揮官のもつ不安を一蹴した。
無論、理由もきちんとしている。
「我々の国でも、レシフェでも、風車型の航空機は作りましたとも。モーターによって……ですが、それの航行速度は200km前後でとても我々に追いつけるものではありません。……確かに上昇能力には優れております。アレは2万メートルまでは軽く飛びますから」
列強のNRCは、レシフェと同じくモーター型の航空機について実験をしていた。
これらはモーターグライダーの類であり、レシフェのテストパイロットであるエルが操縦したものと、さして異なるものではない。
馬力は精々100程度だが、ゆっくりと上昇していけば高度2万メートルまで十分に上昇可能な能力を持っていた長大な翼をもったものである。
彼らは知らない。
レシフェに突如現れた男によって、その23倍という凄まじい出力のエンジンが完成していたことを。
最も速度に優れた小型機であるベレンは、水平最高速度671kmをフル装備状態で発揮し、装備無しでは、最高682kmを発揮する化け物であることを。
最高高度こそ1万4000m程度ではあったが、最高速度、高度上昇能力、運動性能、その全てにおいて現在存在するアースフィア内の戦闘機の中で優秀な能力を誇っている。
しかも、それらは新造されたエンジンによるものなので数が増える。
NRCとは異なり、資源と人材さえ確保できれば、新造できないエンジンによって数を減らすゼロサムゲームに陥ることがない。
「そこからダイブしたとすれば追いつけるのではないか――」
「アレはロクに武器を積載できませんし、揚力確保のため翼は大きく、落下速度に耐えられるとは思えません」
指揮官の言葉に対し、副艦長は否定を続ける。
周囲にいる者は、そのやり取りが聞こえてくるが、ほぼ副艦長と同じ考えであった。
「例えば、奴らが唯一保持している超大型機を高高度まで上昇させた上で、そこから発艦させてダイブしながら攻撃ということは考えられなくもないですが、そんなもの、防御エンジンを稼動させて回避してしまえばどうとでもなりましょう。そもそも、我々の対空防御を掻い潜って突撃できたとしても、イアンサン一機が保有しうる小型機の数ではどうにもなりませぬ」
「うむむ…そうかもしれぬが……私はどうも、ここ最近不安な気配を感じるのだ……」
本来なら許されない立場で不安を口にする指揮官ではあったが、その予想は当たっていた。
これも彼らが知らないことだが、彼らがレシフェ最後の戦力として警戒しているイアンサンは出撃準備すらしていなかった。
全てのキャパシティは、ベレンとサルヴァドール、そして空中空輸機へと改装中の大型機「ノバイグアス」に回され、イアンサンを出撃させるための人員すらいなかったためである。
その代わり、イアンサンの立場に王国海軍が旗艦ミナス・ジェイラスと空母サン・パウロを出撃させていたが、海軍戦力が対抗勢力になりうるなど彼らは考えてもいなかった。
超大型機であるイアンサンであれば、ベレンを小改造した上で4機積載可能である。
NRCは、出来たとしてもこのあたりが限界と考えていたが、その8倍の数を積載可能なサン・パウロがすでにユーロ海のど真ん中で迎撃準備を完了していた。
NRCはアースフィアにおける常識から他国同様、海軍戦力を軽視する傾向が強く、海軍戦力こそ多少保持するが海軍自体が今回の作戦に参加していなかった。
これはレシフェでも同様であったが、リヒター大将のように海洋戦力が国防などにおいて重要な戦略兵器として機能しうると、その心をたぎらせる野心家すらいなかった。
超大型機30機あれば万事全てが終わり、南リコン大陸への進軍体制を整えるための前線基地を構築できると、NRC上層部は考えていたのである。
一方でレシフェの動きを警戒していたものの、現地の偵察部隊から伝えられるレシフェの情報は上層部には理解不能なものばかりであった。
風車付きの航空機を量産しているだとか、レシフェのなかで数少ない大型戦艦を改造して小型航空機が離発着できるようにしているとか、現在のアースフィアの常識からすると「レシフェ国王とロバート元帥は頭がおかしくなり、ドンキホーテにでもなってしまったのであろう」と上層部の幹部達は口々に嘲笑するほどであった。
ドンキホーテは、この世界では風車に挑んで誇ったり、空飛ぶ木馬が出てきたなどと叫んでいた狂人として認識されていた。
NRC上層部は、調査部隊の報告から「実は空を飛ぶのは風車の方で、海を進む木馬で襲ってくるのではないか」などと笑っていたが、彼らはドンキホーテに隠れた意味を知らない。
ドンキホーテが風車に挑むというのは、スペイン軍がオランダ軍に負けるという意味をはらんでおり、当時列強であったスペイン軍が、戦力で劣るはずのオランダ軍に対して敗戦し、独立を許すということを暗喩するものであった。
「もうすぐ夜明けです。レシフェまで6時間!」
航海士が地図などを確認し、現在位置からレシフェまでの到着時間を予想したものを発表する。
「第二種戦闘配置! 警戒態勢!」
それに合わせて指揮官が指示を行う。
「来るとすれば上からです。間違いなく。……数は多くて5……程度でしょうね」
参謀である副艦長が指揮官に伝え、不安を払拭しようとする。
指揮官はあくまで航空編隊の一部隊の指揮官でしかなく、作戦指揮を執る立場にはない。
そのため、どんなに不安であったとしても引き返すことは命令違反になってしまうのだ。
副艦長に出来ることは今コレぐらいしかないのだ。
「指揮官殿!」
通信兵の声が艦内に響き、指揮官がそちらを向く。
「地上の偵察部隊より光信号通信! イアンサンが動いてません! 繰り返します。イアンサンは地上待機を継続!」
「なんだと!?」
この発言に周囲もザワザワとしはじめる。
「前方に展開する旗艦の方へも、この通信は届いているそうです!」
「馬鹿な……イアンサン無しで、どうやって我々に対応するというのだ! 例の、航空機発着可能艦船とやらでどうにかなるのか」
不安が的中しかけていると感じた指揮官は、冷や汗を垂らしはじめた。
「仮にそうであっても、展開する数が少し増える程度です。予め海上に例の改造艦……ミナス・ジェイラスかサン・パウロを展開させ、そこから発艦させて長い時間をかけて上空まで上昇させるのでしょう。やつらが予測している進路をズラしてやることで、彼らはこちらを捕捉していたとしても、すぐさま対応できないのでは? イアンサン以下の機動力しか無いと思われますからね」
副艦長は参謀としては優秀な人間であり、冷静な判断である。
イアンサンを使わない場合は、モーター式グライダーは上空待機が必要であるが、イアンサンが発揮する350km程度の速度よりは大幅に落ちる200km前後ででしか身動きが取れない。
そうなれば進路変更などを行えばこちらを補足できずやりすごすことが可能。
イアンサンは索敵能力も機動力もそれなりにあるため脅威であるが、これをあくまでレシフェ本土防衛にしか使わないというならば勝ったも同然だと副艦長は考えていた。
もし仮に全ての情報を正確に把握できていたならば、正しい対応策がとれたかもしれない。
「部隊の総司令部へ伝達。進路変更の余地アリ。戦艦の全長と全幅からして、最大で20機程度のモーター式の風車付きが、降下攻撃してくる可能性がある」
指揮官は副艦長の助言を受けて、すぐさま進路変更すべきと総司令部のある旗艦へ通信を行った。
だが――
「総司令部より通信。進路変更の必要性ナシ。全機、現在の進路を継続セヨ」
総司令部の返答は、レシフェへの到達が遅れうる進路変更の要望を拒絶するものであった。
「司令部も多少の被害なら問題無いと考えているようですな……」
額を手で押さえる指揮官に目を送りながら、副艦長が呟いた。
「副艦長」
「はい」
「防御エンジンを、いつでも最大出力可能な状態に温めておけ。私は少々休憩をとってくる。……寝不足の状態で、まともな判断が取れるとは思えん」
「はっ」
副艦長の返答を聞くと、指揮官はため息を漏らしながら席を立ち、休憩が可能な個室へと向かっていった。
「同情しますよ……指揮官殿……何が起こるかわからないのが、戦場ですから……」
その様子を見た副艦長は、指揮官の態度に理解を示すのだった。




