新たなる出会い(後編)
ちょっと長くなったかもしれませんが、ダヴィ関係は勢いがあると思うので見てください。
会議が終了後、ネオはすぐさまリヒター大将を呼び出し、翌日の朝には航空工廠にリヒター大将が駆け込んできた。
「何故それをもっと早く言ってくれなかったのだっ!?」
ネオも驚くほどの声で、リヒター大将が言葉を発する。
その声は航空工廠のガレージの金属の柱などにも反響し、技術者達も何事かと様子を伺うほどであった。
「ネオ殿……我々王国海軍の海軍工廠には、タービン研究をしている者達がいる。変わり者ばかりだが、彼らは、かつて存在した蒸気タービンなる存在で、航行速度を大幅に上昇させられるのではないかと考えておるのだ。それだけではない。今まさにネオ殿が言ったジェットという名前も私は聞いたことがあるっ。かつてウォータージェットなるもので、超高速で航行する艦船があったのであろう?」
ネオは、リヒター大将の言葉に己の視野が狭かった事に気づいた。
そうだったのだ。艦船も本来はタービンで動くものだったのだ。
古代では蒸気タービンの実用化によって、高速化が可能になった後、主力の艦船はガスタービンへと移行していった。
ガスタービンはジェットエンジンと同等な存在である。
これらの技術はすでに失われ、残ったのはモーター出力による電気推進型であった。
電気推進式は21世紀になって注目されるようになった存在であるが、世界各国では古代に石油が枯渇したのか、現在のアースフィアでは一般的な方式となっていた。
仕組みとしては奇跡の産物エリクシアを燃料とした火力発電によって発電したエネルギーを利用したものだが、この発電システムにもタービンは使われていた。
残念ながら、タービンをそのまま出力とするほどの技術は開発されていなかったが、古代に存在したものとして復元を試みる集団が海軍工廠にいたのである。
だが、ネオはここまで頭の中で展開する間に疑問が出てきたのであった。
「リヒター大将。確か貴方は、第一回レシフェ国の存続に関わる防衛戦略会議に参加されていたはず……その時、排気タービンの話題も出ていたのに、何も思わなかったんですか」
ネオは、あの時間違いなくリヒター大将も参加していたと記憶している。
「ああ、第一回の頃は夢物語のような話であったし、話半分で聞いていて詳細はよく覚えておらん。空軍主体でやるというから、グラントに任せて様子見をしようと将校達とも決めていたのでな。そこは申し訳ないことをした」
リヒター大将は当時ネオをあまり信用しておらず、第一回会議を適当に聞き流していたことを素直に謝罪した。
排気タービンの話をトーラス2世とする中で、リヒターは白昼夢を見ているかのような状態であったという。
ただし、「ルーク」や「ルクレール」といった存在が生み出される過程でも、リヒターは視察や会議などに参加していた。
そういう流れの中でネオを信用していき、直接会話して情報交換などもするようになっていったたのだ。
もし、現在の仲で排気タービンの話をしていたら、リヒター大将は迷わず海軍工廠の人員を派遣することを提案したであろう。
リヒター大将、はその件についてネオに謝罪しつつ、改めて海軍工廠の人員を航空工廠へ派遣することを提案した。
ジェットエンジンの開発に成功した場合、ガスタービンエンジンの開発に成功したも同義である。
この場合、現在の鈍足な艦船は再び40ノット以上の快速を発揮できるようになり、海軍戦力の増強につながるのは間違いない。
ネオから、ガスタービンエンジンについての話を聞かされたリヒター大将は、ガスタービンエンジンの名称こそ知っていたが、ジェットエンジンと同等のものだということを知らなかった。
開発チームが復元を試みているのは蒸気タービンの方であったが、ネオはそれらの技術が十分応用できるものだと主張した。
改めてそれを知ったことで、海軍工廠にとってメリットが大きい話であるので、なおさらリヒター大将が拒否する理由などなくなったのであった。
ネオは事前に技術力の確認のために海軍工廠に赴いて開発チームの状況を見たい旨をリヒター大将に伝えると、丁度サン・パウロの状況確認のために海軍工廠に向かうということで、リヒター大将に同行することとした。
またもや、エルが護衛役を申し出てネオにくっついてきたが、流石にここまでとなるとネオもエルの行動理由を怪しむようになった。
エルは、明らかに海軍戦力か海軍戦力に介入する己を気にかけており、何か知ろうとしているのではないかとネオは考えたが、直接伺っても話をはぐらかされそうなので、今は様子見だけに留めておくことにした。
特に不気味なのが、その申し出に対してグラント将軍もリヒター大将も拒否の姿勢を示さないことであり、少尉という士官といっても下士官にあたるはずのエルの独断行動を誰も制止出来ない状況は、明らかに異常であった。
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その日のうちに海軍工廠に到着したネオ達は、リヒター大将の案内で海軍工廠の中にある第7研究開発室という場所に案内された。
この第七研究開発室こそ、タービン式推進システムを研究する開発部署である。
中に入ると――
「――ヒャッハー! 汚れはどこじゃー! 見ろっこの高圧水砲を! 高圧洗浄で、どんなフジツボだってイチコロだぜぇぇぇ」
ゴーグルを身に着けた白衣の男が、尋常でない水圧の水泡でフジツボが大量についた分厚い鉄板に水をふきつけていた。
「あぅ……くしゃい」
エルは、生臭い臭いが立ち込める第七研究室の状況に思わず鼻をつまんだ。
この鉄板は船の廃材を利用したものと思われるが、ただならぬ水圧の水泡によって瞬く間にフジツボが引き剥がされて地面に落ちていく。
男はその様子を愉悦とばかりに、奇声をあげながら作業を継続している。
周囲にいる同僚とみられる者も、それに合わせて手を叩いたり笑ったりしていた。
ネオ達に気にかける様子がないほど、その作業に心酔いしれていた。
「ダヴィ技術中尉! 客人だ! 作業を停止しろ!」
高圧洗浄機のようなもので実験らしき行動を続けるダヴィに対し、リヒター将軍は、水泡が鉄の板にぶつかってあたりに響き渡るおぞましい音に負けないばかりの大声で叫んだ。
ダヴィはギョッとしてリヒターの方を振り向き、実験中止と叫んで水泡を停止させた。
「こんな時になんすか大将! カタパルトの件なら、ありゃ蒸気ピストンで、俺らの技術はほとんど応用できないっていったでしょうに!」
とんでもないダミ声に、うぇぇっとばかりにダレた表情を見せるエルに対し、ネオは高圧洗浄機らしきものに興味津々であった。
高圧洗浄機らしきものは、タービンで用いて非常に高い圧力で酸素と水をタンクに押し込めて使うものであり、彼らの開発したい蒸気タービンシステムに通ずるものであった。
ネオが悲しくなったのは、この技術を応用すれば、排気タービンなどもっと簡単に作れそうなもので、もっと早く彼らと出会うべきであったなということである。
「別件だ。今、私の隣にいるこの男が例の男だ」
リヒター大将は、そういってネオに手を向ける。
「おおっ、あの航空機のエンジンを復活させたっていう……で、それが一体なんのようで?」
ダヴィはネオの方を向きながらゴーグルをはずした。
「1つ聞きたい。どうして蒸気タービンを実用化できない?……そこにある高圧洗浄機の様子から、ここの開発チームが蒸気タービンを実用化できない理由がわからない」
ネオは、質問を質問で返す真似をしてしまったことに、すぐさま気づいて恥ずかしくなったが、今の言葉はまさしく心の中の本音がそのまま漏れたものである。
「あん? 圧力や出力は問題ねえよ。 問題なのは連続して出力を制御する方法だ。タービンが生む出力を連続して変化させるだけの制御ができねえ。パワーが強すぎなのか、なぜかスクリューが高速回転してんのに前に進めねえ。アースフィアじゃ、これが出来ねえから発電した電気でモーター駆動させてんだよ」
ダヴィは「常識だろ?」とばかりにネオの問いかけに答えた。
足りなかったのはタービン技術ではなく、タービンを推力にする際に速度やパワーを変化させる駆動軸の部分にある減速機、つまりガソリン式自動車でいう変速機であった。
「じゃ、もしかしてタービン式推進だけなら現状で可能なのか? やったのか?」
ネオは問いかける。
ネオの中にはすでに様々な答えが出ていたが、ダヴィから回答が欲しかった。
「やったさ。さっきも言ったとおりの結果よ。圧力低くしたら、低速で航行したまま最高速を上げられない代物になっちまった」
ダヴィは腰に手を当ててネオに言葉を突き刺すようにして吐き捨てた。
海軍工廠は蒸気タービン推進自体の開発には成功していたが、一番重要なギアード・タービンの開発に成功していなかった。
つまり、ジェットエンジンを作る上で一番重要な、超高圧かつ超高熱の中で高い出力を搾り出すタービン機関の開発には成功していたのである。
ギアード・タービンに必要な減速機に関わる技術は、モーターが主流となるこの世界においては失われていた。
インバーター制御などで済むモーターに対して、ギア比を変更して出力を変換する方法を見出すことが出来なかったのであろうと、ネオは推測する。
「それ原因はな、減速機つって……ギアでスクリューの回転数を調整できないからなだけだ。後一歩まで来てると思うから、後で減速機の簡単な図面を描いてあげるよ。高速回転するスクリューが、なぜか推力を生まない原因もついでに教えてやる」
「マジかよ! 減速機!? なんだあそりゃあ」
ネオの話にダヴィは興味津々であったが、ネオにとってそれほど重要なことではなかったので本題に入ることとした。
「それよりも聞いてくれ。今、王国空軍では真新しいエンジンを作ろうとしている。ジェットエンジンってやつだ……ガスタービンと言い換えてもいい」
「ガスタービンだと!」
ダヴィの言葉に周囲にいた開発室の他の者も反応する。
「そう。高圧ガスと酸素を反応させて尋常でない推力を発生させうるもの。これを航空機エンジンとして採用したい。無論、これの開発には利点がある」
「そうだろうとも。ガスタービンが実用化できりゃ蒸気タービンなんていらねえ! 80ノットで航行する夢の超高速水雷艇だって開発できるってもんだ!――ラウル! ベルフット! ミゲル! カルロス! 聞いたかよ!」
ダヴィはネオの話を聞いて飛び跳ね、周囲には彼が叫んだ名前の者と思われる人間が集まってきた。
航空工廠の者達と異なり、薄汚れた身なりの者ばかりであったので、エルはさっとネオの後ろに隠れてネオを盾にした。
「紹介しよう。俺達5人が第七研究開発室のメンバーだ。俺らが最終的に作ろうと思ってんのは、かつてこの世に存在したという80ノット以上で航行する艦船よ。そいつを水雷艇にすりゃ最強だろ」
ダヴィは胸を張り、自らの夢を誇った。
他の4名も鼻をすすったり、頭をかきむしったりしているが同じように自慢げである。
「夢物語だと思っていたが、ネオ殿がいたら本気でこの馬鹿げた構想も実現化しそうだな」
リヒター大将はやや呆れながら横槍を入れる。
「夢物語じゃないですよ大将。ジェットエンジンを実用化できれば、ウォータージェットなどで80ノット以上出す艦船は作れます。……それが本当に、戦術的優位性をもつかは別として……」
ネオは誘導兵器だらけになったことで、超高速水雷艇などが廃れたことを知っていた。
たとえ40ノット以上の高速型の駆逐艦の2倍の速度が出せたとしても、時速換算約75km。
音速以上に飛ぶミサイルを避けるだけの速度にはならず、結果的に燃費の悪さや整備性の悪さからそれらの後継機は生み出されず、もっぱら、その時開発された技術が民間用に転用されて平和利用される状況を認知していた。
ただし、誘導兵器が何らかの理由で廃れた現状では、80ノットという速度は大変魅力があるのは事実である。
大艦巨砲主義とまでは逆戻りしていなかったが、再び魚雷と砲の戦いになっていたことで、そういったものを復元しようと試みるのはごく自然な流れであったのは間違いない。
誘導兵器が航空機と並んでミリタリーバランスを大きく崩したのがよくわかる。
「で、大将。いいんすよね? 航空工廠に行っちゃって。もしかしたら航空機にハマっちゃって戻ってこないかもしれないっすよ? 俺、高い出力のタービンエンジンみたら勃起しちまうかも」
「キモチワルッ……」
ネオの背中にエルの息がかかり、思わずネオはビクッとなった。
研究室内の臭いが気に入らないのか、エルは顔をネオの背中に埋めている。
「しばらくの間だけ航空工廠で作業しろ。技術中尉。ガスタービンエンジンは、我が海軍の艦船に必要だ」
リヒター大将は、ダヴィは海軍所属であると、航空工廠に居残り続けることは許さぬ姿勢である。
「艦船だけじゃないですよリヒター大将。ウォータージェットは魚雷などにも採用できる。ジェットエンジンは巡航ミサイルにもね。海軍の戦艦たちが、戦略兵器になりうるということです」
「なんと! すぐ準備しろ! 今すぐにだ!」
ネオの言葉に大変喜んだリヒター大将は、第七研究開発室の者達に、すぐさま航空工廠へ向かわせることとした。
航空工廠に戻る最中、エルは終始ネオを盾に第七研究開発室の者から身を守っていたが、ダヴィ達も何故か彼女に必要以上に近づこうとせず、一定距離を保っていた。
そういったことに無頓着そうな男達ですら避けるエルとは何者なのか……ますますネオはエルについて気になるようになった。
ネオは航空工廠に戻る道中、ギアード・タービンについての基礎技術と、スクリューが回転しているのに前に進まない原因であるメディテーションに関する話を、第七研究開発室のメンバーに話した。
彼らにとっては脱帽ものの情報であり、ダヴィ達は意外にも真面目に、ネオの話を必死でメモしていた。




