空中戦で必要なのはエネルギーの保存(理論編)
模擬戦はネオの圧勝に終わった。
エルは、ルークを何とか着陸させるだけで精一杯であり、着陸した後はルークの中で足を組んで縮こまって出てこなかった。
ネオがコンコンと風貌を叩いた後でパカッと開ける。
ヒックヒックと背中を震わせて泣き崩れている少女がそこにいた。
「機動性が重要だっていうお前の考えは間違ってないがな……」
「空中戦で一番重要なのは、いかにエネルギーを失わないかだってことなんだよ」
ネオがエルの背中をポンポンと優しく叩きながら優しく呟く。
「へねるぎー?」
エルは顔を上げないまま、鼻声でネオに応えた。
「そうだ。この場合でいうと速度だ」
「お前はヘッドオンばかり考えて、高度をとることを考えていなかった」
「2000mは開始時の位置取りとして指定されただけ。高度を上げてはいけないとはグラント将軍は言ってってない」
「お前は急上昇すりゃ余裕でヘッドオンできるって思ったろ」
「ぅう…はい……」
うなだれたままの状態でエルは頷く。
まだ涙はおさまらない。
「その時点で、悪いが俺の中じゃ下の下だよ。必要以上に機首を上げれば、必要以上に抵抗力を増やして速度を失う。上昇の後に急旋廻、邂逅前に俺とお前は500mの高低差があったかな? その分、俺のほうが優位だった」
「……確かにネオさんのが高かった……です」
少女はすすり泣きの状態のまま、ネオの問いかけにこたえる。
「俺は高度をとったまま、速度を保ちつつお前との距離を維持した。実は俺とお前にはまだ100mぐらいの高度差があったが、お前は機銃の命中範囲だからって気にせず追いかけてきた。左右での振り回しも、お前が未来位置を予測して俺より大きいモーメントをとると予測してな。……で、結果的に完全に速度を失った状態になったので、俺は機体を急上昇させた。――この時どうなってたか知ってるか?」
「……わかりません……」
悔しさを抑えきれないエルに、ネオは多少同情したものの、最も重要な要素を知らないエルに対してどうしても教えなければならないことがあった。
それを知らぬまま戦場に出れば、彼女は自分の死んだ理由すら知らずに一生を終える。
己の開発した航空機でそういう悲劇は起きてほしくない。
「俺は、あの時にお前を引き離しつつ上昇していたんだよ。ゆっくり左右にスライド旋廻して速度維持しつつ、お前との距離が広がらないよう調整してたからな。ルークがストールをおこしかけそうな状況を見計らって、一気に今まで保持していたエネルギーを捨てて空戦用フラップを使い、右に機体を下降させながらスライスターンもどきで急旋回した。それすら回避不可能なほどルークの速度は落ちきってた」
「……そんなぁー……るくれーるのが速かったなんて……」
エルが顔をあげた。
目元は真っ赤になっていた。
地上に降りてくるまで大泣きしていたのであろう。
「距離が同じでも、速度が同じとは限らない。空戦で本当に重要なのは、いかにこの運動エネルギーを失わずに戦うか。逆を言えば、エネルギーをすぐさま補填できて、旋廻でもエネルギーを失いにくい機体こそ、最強だ」
エルがネオを見つめる。
「最強……じゃあルークは…・・・」
エルにとって、ルクレールよりもルークの方が優秀であるのは当たり前であったが、
勝負に勝った手前、ネオは「機動性なんてものは飾り」だとでも言うものと思っていた。
しかし、ネオが話す内容は、機動性や運動性といったものは最重要であるという部分は認めつつも、さらに深く切り込んだ話をしていることに、ここにきてようやく気づくことが出来た。
ネオは、真剣な面持ちでエルの顔を見つめる。
「ルークは、それが完璧に出来る機体だが、パイロットがその特性を殺してしまう可能性があるので操縦桿を重くした」
「……私が……ルーク本来の力を出し切れて……いなかった……!?」
エルの驚きの表情に、ネオはようやくエルが理解したかと安堵の表情を浮かべる。
ネオは、エルに空戦についての重要事項を改めて説明するといって、コックピットから降りるよう説得した。
エルに対し、手を貸す形で差し出す。
エルはネオの手を借りる形で上品に操縦席をトントンと降り、今度は逆にネオを引っ張る形でネオから知識を吸収しようと急かした。
だが、ネオはエルだけの問題ではないとして、空戦に関する講義を近く開くと主張し、そのときにまとめて話すとエルをなだめた。
その後、勝負の結果をグラント将軍に伝えつつ、「ルーク」および「ルクレール」の正式採用機に搭乗予定になるパイロット候補を早急に集め、自分の戦闘講義を聞かせるよう調整してほしいと訴えた。
エルに対し、王国空軍内の者達に「このような知識があるか?」と問いかけたが、エルが顔を横に振ったためである。
また、戦闘機に搭乗するパイロットは計算能力のある者を選抜して採用するよう訴えた。
グラント将軍が「ただ操縦できる者で良いのか」と、問いかけてきたので、当然ネオにとってはそんな連中は話にならないのでそういう人材を所望したのである。
特に「ルーク」に搭乗予定の者は、より頭の達者な者を要求した。
エルは先ほどの説得も我慢できず、ネオにすぐさま空戦理論について教えるようネオの体を揺さぶって強要しようとしたが、ネオは負けたんだったら素直になれとエルを大人しくさせた。
この話を最初に切り出したのは、その日の夕暮れ前であったが、グラント将軍はネオに対して本日中の招集は不可能なので翌日にしてほしい旨を伝えた。
ネオは、明日の朝から講義を開始することとし、エルに手伝ってもらい資料作成を行うこととした。
それならば資料を作るために多少は説明が必要となるため、エルの願望を叶えることが可能だと判断した。
機体の製造に関しては、すでにネオの細かい指示が無くとも進む段階まで達していたので、問題が発生した場合にのみ自分に詰め寄るよう航空工廠の者たちに伝えた。




