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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
99/162

99.狂気と憎悪

就活時期だったのでかなり遅れました。

 かつて、鬼の少女が逃げ出した部屋で。

 モニターに映し出されていたのは、さり気なく周囲を警戒しながらも南雲家から出てくる中島智美A級隊員の姿であった。


「中島A級隊員……厄介ですね。実験体があの黒棺の王の元へと転がり込んだ時点で不運なのに……。更にはあの『鬼王』と恐れられる中島智美まで――」


 苛立ちげに呟くその女性に対し、一人の男が鼻で笑う。


「はっ、つってもそのガキが黒棺って決まったわけじゃねぇんだろ? つーか黒棺の可能性の方が逆に低い。なら強硬手段使っちまっていいんじゃねぇか? 家ごと爆破するとかよ」

「馬鹿ね、それじゃ実験体ごと死んじゃうじゃない」


 凛とした女性の言葉が響き、口の悪い男は『うーむ』と沈黙してしまう。


「そもそも、あの少年が黒棺の王であることは確定です。私以上に世界中の機密情報にアクセスできる存在はいませんし……。まぁ、あんな子供がそうだとは信じ難いですが」

「……ふん、黒棺だろうとなんだろうと、俺たちにかかれば造作もない相手だろう」


 腕を組んだまま、また別の男がそう呟く。

 そんな中、一人の男がピンと指を立てて口を開いた。


「そう言えばリーダーよ、君は特務にスパイを潜り込ませていたとかいなかったとか、そうだったはずだが……」

「ええ、それがどうかしましたか?」


 容易く肯定する女だが、特務にスパイを潜入させていること自体がとてつもない偉業だということを忘れてはならない。

 しかし、それを誇るでもなく言い放った彼女。

 それはつまり――この組織が、それだけの力を持っているということの証明。

 そんな組織を取りまとめるリーダーたるその女性に。



「それでは、特務と黒棺で殺し合いをさせる、というのはどうかな? ワインに合う、とてもいい余興になりそうだ」



 男は、自信満々にそう言ってのけた。




 ☆☆☆




 私は、頭を掻きながら帰途へとついていた。


「アンノウン……、人型、ねぇ」


 思わず呟く。

 人型のアンノウンなんざ初めて見たって言うのが本当のところで、向こうに敵意がなかったからこそよかったが、もしも向こうがこちらを害そうとしたならば――それは間違いなく、聖獣級の災害と化す。

 ――まぁ、巌人の所にいる時点でそんなことはまずないとは思うが、それでも特務の一員としては不安を拭いきることは出来ない。


「でもまぁ、いい子だったしなぁ……」


 危険。けれどいい子なのだ。

 確かに接し方を一歩間違えればとんでもない事になりかねないが、それでもあの子は普通のいい子だ。

 なら、それを守るのが正義の味方。

 いい大人、ってものだ。


「これでも私、まだ学生なんだがなぁ……」


 頭の後ろで腕を組みながら歩いていると――ふと、前方から人影がこちらへと歩いてきていることに気がついた。


「……は?」


 その人影に一瞬目を凝らし――直後、その人影が誰なのかを察した私は思わず目を見開く。

 何故、よりにもよってこのタイミングで。

 しかも『武装して』こんな所にいやがるんだ……?



「――特務最高司令官。防衛大臣……鐘倉月影」



 彼女は私の十メートルほど前で立ち止まる。


「実はね、この街にアンノウンが入り込んでいるっていう情報が入ってきたのよ。そしてそのアンノウンが潜んでいる場所が――」


 言って彼女は私を指さす。

 ――否、私の背後を指さしたのか。


「中島智美A級隊員、特務最高司令官として問います」


 瞬間、彼女の背後から無数の人影が現れる。

 それらは全て武装した特務の隊員。

 どれもB級、A級の、それも『裏』の事情を知っている化物ばかり。

 これだけの奴らを集めて、この女は何をしようとしているのか。

 まぁ、こいつらの向かっている方向を考えれば、察することも出来るってもので。



「アンノウンの討伐、及びアンノウンの味方をした容疑者たる、黒棺の王――南雲巌人の捕縛。それが私達の今の目的」



 ――さて、貴女はどちらの味方かしら?




 ☆☆☆




 時間を遡ること少し。

 月影は、部下が入手してきたその『情報』に、頭を抱えて呻いていた。


「……なんて、こと」


 ――巌人の不調。

 異能が使えなくなるというのは、余程の事だ。

 だからこそ彼女も、巌人が仕事を休むと言ったことには迷うことなく許可を下した。不幸中の幸い、今この街には巌人を含め、二人の『絶対者』が存在する。彼女一人いればなんとか前線は維持できる。

 この隙に巌人が回復してくれればいい。

 そう、思っていた。

 なのに――


「アンノウンを、匿ってるなんて……」


 ――アンノウンを匿う。

 それは明確なる――人類への敵対行為。

 特務への、裏切りに等しい。

 故にその罪は非常に重く。


「無期懲役、あるいは――」


 ――死刑も、十分に有り得る。


 その結論に達し、やはり月影は頭を抱える。

 巌人は、月影にとってかけがえのない息子だ。

 彼女にとって唯一の、かけがえのない存在。

 けれど――


「……ッ」


 アンノウン。

 その言葉を使う度に思い出す――目の前で、惨殺された両親の姿を。

 月影の両親は鐘倉の一族にしては『魔法』の才能がない代であった。だからこそ、特に強い異能をもらったわけでもなかった二人は――当時まだ若かった頃の月影の前で、アンノウンに喰い殺された。

 そしてそのアンノウンは――月影へと嗤ったのだ。


『脆弱よのぅ? 目の前で父と母を生きたまま食われ、それでもなおそうしているしか出来ぬとは』


 そのアンノウンは、未だに発見できていない。

 ただ、当時の記憶を鑑みるに――間違いなく、神獣級。

 ――それも、最上位の存在だろうことは察している。

 当時はそのアンノウンの気まぐれで見逃された月影ではあったが――それでも。


「……」


 惨殺された、父と母の死体。

 それを見て、月影はその心に――憎悪を燃やした。

 決して消えることのない、復讐を誓ったのだ。


「アンノウンは――すべて皆殺しにする」


 アンノウンは敵だ。

 意思などない、ただの人類を害するだけの虫だ。

 だから滅ぼせ。

 人類に仇なす害虫を、一匹残らず殺し尽くせ。

 そして、もしも万が一、アンノウンに味方するような人間が現れたのだとすれば――


「――私は、特務、最高司令官」


 自らの立場を読み上げて――胸へと、握り拳を当てる。

 アンノウンは世界に不幸をまき散らす。

 存在自体が邪悪。

 なればこそ、街の中になんていれて置けない。

 そして、もしも巌人が――実の息子が、それを阻むというのであれば。



「――私は、容赦なんてしない」



 その瞳には、確かな狂気が宿っていた。




 ☆☆☆




 目の前の台座に、その刀を置く。


「……悪いな。とりあえずは、急ごしらえのお墓になりそうで」


 その刀を置いた台。

 その上に、白い布切れ、大きなベルトと並べてゆきながらそう呟く。

 場所は、我が家の一室。

 もう、使われていない畳の部屋だ。

 二度ほど手を叩き、両手で合掌する。


「……なぁ、お前は僕のこと、どう思って死んだんだろうな」


 恨んでいただろうか?

 そう思って――きっと、違うんだろうなって思い直す。

 きっとコイツは、最期まであの子のことを考えていたのだろう。あの子のことを考えながら――最期を迎えた。

 ――僕に、殺された。


 ふと、背後から突き刺すような視線を感じて振り返る。

 そこには襖の隙間からこちらを睨み据えている青い瞳があり、視線が交差すると焦ったように襖が閉められる。


「……今な、お前の父ちゃんのお墓作ってたんだ。急ごしらえで悪いけど、今は、これで我慢してくれないかな」

「……殺した人が、何、馬鹿なことを」


 襖の向こう側から声が聞こえてくる。

 まぁ、殺したヤツが何様だ、って感じだろうけど。

 それでも……、なんだろうな。


「お前の父ちゃんがここに居たら、きっと『なに娘に気安く話しかけてるんだー』って、怒られそうな気がする」


 きっと殺したことよりも先に、そう怒られる気がする。

 少ししか話してないし、殺し合いでしか関わりあいのない僕と、彼だけれど。

 最期まで娘のことを思って生きた。



「そんなお前の父ちゃんを、今は、心の底から尊敬してる」



 襖の向こう側から、啜り泣くような声が聞こえる。

 僕は加害者なのは変わらない。

 だけど、その生き様を、カッコイイと思ったんだ。

 誰か、大切な人のために生きる。

 それを、カッコイイって思った。

 僕も、そうやって生きてみたいって思えたんだ。


 ――だから、さ。


「……なぁ、酒呑童子。お前は、世界中の全てを敵に回しても、この娘を守ろうと思うか?」


 ――答えは、きっと聞くまでもない。

 あの男ならばきっと、世界中の全てを敵に回したとしても、この子を絶対に守り通す。

 そんな予感があったからこそ――その刀を手に取った。


「……少し、出掛けてくる」


 鞘に収められたその刀を握りしめ、立ち上がる。

 背後の襖を開けば、そこには彼女が襖を背にして座り込んでいる。


「……なに、するの?」


 彼女の瞳には、不安そうな感情が揺れている。

 そりゃそうだ。今僕が手にしているのは、僕が殺した――彼女の父親の形見である。

 何に使うかくらい、気になって当然だろう。

 だから僕は、笑って彼女の頭を撫でる。



「なに、大丈夫だよ。僕は絶対、死にはしない」



 家の外から、多くの気配を感じていた。

次回『決別』

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