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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
98/162

98.変わりゆく想い

遅れましたすいません!

 二人が風呂に入っている間。

 僕は必死に頭を悩ませていた。

 ――というのも。


「うーん……、新しく、なんか仕事始めたいんだけど……、どうしたものかな」


 ということである。

 今の状態でも、恐らく特務の中では一番強い。アンノウンの大軍を素手で屠れるくらいには訓練してきたつもりだ。それこそ毎日毎日、寝ることすら最低限にして鍛え続けてきたから。

 ならば特務でもやっていけるのではないか?

 そんな考えもあるにはあるのだが……、やはり、彼女を養っていくにあたって、その原因となった特務活動を生業とするのは気が咎めるのだ。

 問題は、果たして母さんが僕の特務脱退を見逃してくれるか、なのだが……、無理だった時は姉さんや父さんに相談しよう。父さんなら何ら事情を話さなくても協力してくれそうだしな。


「……さて」


 言って、姉さんに持ってきてもらった求職雑誌を開く。

 ――しかし、それらの多くが今の年齢、つまりは十三歳では働くことの出来ないものばかり。

 十三歳……中学生か。学校になんて一度も言ったことはないけれど、この都市で就職というのも難しそうだ。

 ならば……アレだな。アルバイト、って奴だな。

 アルバイトのページを開くと、コンビニやスーパーを初めとして、工場現場やその他諸々、多種多様なものが存在していた。


「うーん……どうしたものかな」


 改めて自分の生活力の無さを自覚しながら頭を悩ませていると、風呂場の方から二つの足音が聞こえてきた。


「おーい、今上がったぞー」


 視線を向けると、そこにはお風呂から上がったらしい姉さんとあの娘がこちらへどうぞ歩を進めていた――のだが。


「ちゃんと服着てくれません?」


 視線を逸らしながらそう言った。

 今の彼女らの服装(と言っていいのかはわからないけど)は、タオル一枚というものだった。正直少女の体には興味もないし、昔は一緒に入ってたこともあって姉さんのも……まぁ、見慣れてる。

 だが、だからといって見ても何も思わないという訳では無いのだ。


「ん? なんだなんだ、お前もしかして照れてんのか? そりゃこんなナイスバディなお姉さ――」

「照れてませんよ。いつの間にか姉さんが露出狂になってて虚しさに暮れているだけです」


 襲いかかってきた姉さんの拳を受け止めていると、じーっとした視線を感じて視線を動かす。

 見れば僕の方をじっと見つめている少女が立っていた。


「……なに、してたの。私のさつがい計画?」

「それだけは無いかなぁ……」


 そういう彼女は机の上に広がった様々な雑誌を見つめている。殺害計画なんて立ててるはずがないだろう。


「おっ、早速調べてたのか、転職」

「まぁ……、はい」


 俯きながら答えると、姉さんは机の上の雑誌を一つ手に取った。


「工事現場は……お前の場合、力仕事で役に立ちすぎて目立つだろうしな。ここは無難にコンビニアルバイトとかか?」

「コンビニ……」


 正直言うと、今まで生きてきて一回しか入ったことがない。しかもかなーり昔の話で、今じゃほとんど記憶の彼方に埋葬されてるくらいだ。

 どんなことをやるのか全く理解できないが、とりあえずはこの髪をどうにかしないといけないだろう。


「この髪じゃ、かなり目立ちますよね。実際自分以外にこの髪を持ってる人なんて老人でも見たことがありませんし」

「そこはアレだ、白髪染め使えばなんとかなるだろ。大体一回で一日くらい持つから、アルバイトの前に使えばどうとでもなる」


 白髪染め……、試したことはないが、髪の色を変えるのはかなり難しいと聞いたことがある。一回で一日しか持たないとなると、それだけでもお金がかかりそうだ。


「……一回で数ヶ月間染め上げられる染料とか、あればいいんですけどね」

「馬鹿、んなモン開発できたらそれだけで一生食っていけるだけの金が貰えるっての」


 悲劇の年より前の、まだ異能のなかった時代にはそういうものもあったのだろうか? 今度少し調べてみよう。

 まぁ、今はとりあえず。


「そろそろ服、着ませんか?」




 ☆☆☆




 とりあえず、バイトに関しては後回しにすることとなった。

 というのも、今あるお金だけでもしばらくは生活に困らないらしいし、早急にバイトでも初めて母さんに違和感を覚えられたら大変だからだ。

 それになにより――


「おっ、これなんてどうですか?」

「うーん……、サイズ合うか?」


 僕と姉さんは、僕の昔の服を漁っていた。

 理由は単純明快――(おに)()(名前は教えてくれないので、とりあえずそう呼ぶことにした)の服がボロ布だけだと可哀想だって理由からだ。

 鬼っ娘は「ほどこしは受けない」と言って止まなかったが、姉さんが彼女の耳元でなにか言った途端押し黙った。……姉さんは一体何を言ったのだろうか。

 ベッドに腰掛ける鬼っ娘に、取り出したおおよそ六年前に僕が着ていた服を見せると、彼女は決まってこう返す。


「お前の触れたもの、けがらわしくて触れたくない」


 ……なんだか涙が溢れてくるのは気のせいだろうか。

 隣で姉さんがお腹を抱えて笑っているのは気のせいだろうか。

 ――否、断じて否である。


「なぁ鬼っ娘。お前が僕が嫌いなのはわかるけど、流石にそれはあんまりなんじゃ――」

「逆に言う、お前は、私がどれだけお前のこと嫌ってるか分かってない。じじつよりも、ていどを考えるべき」


 思わず胸を抑えて倒れ込む。

 そして隣で大爆笑してる姉さん。


「くくくっ、な、なぁ、おい。お前、こいつの事どれくらい嫌いって言ってたっけ?」

「同じ空気すってるだけで死んでしまいそう」


 そして再び起こる大爆笑。

 ……あれっ、おかしいな、最近姉さんのことめっちゃかっこいい人だと思ってたんだけど。気のせいだったのかもしれない。

 しかし姉さんはすぐに目元の涙を拭って笑いを収めると、鬼っ娘へ向けて口を開いた。


「なんなら子供の頃の服が沢山ある私の家に来てもらってもいいんだが、私ん家はここほど防御力高くねぇしな……。それになにより、お前さんはこの家……というか、コイツの側を離れるつもりは無いんだろ?」

「……………………嫌だけど」


 物凄く長い沈黙の後、顔を歪めてなんとかそう吐き捨てた鬼っ娘。どうやら本気で僕と一緒にいるのがいやらしい。分かってたけど。

 それでも僕と一緒にいる理由は……それこそ単純明快ってやつだろう。僕を殺すためだ。

 思わず顔を俯かせ、拳を握り締める。

 いくら明るく振舞っていようと、いくら僕が頑張ろうって思っても、その事実だけは変わらない。

 被害者と加害者。殺す側と殺される側。

 その立場だけは、変わりはしない。

 ――だけど、そんなの全部分かった上で、僕は彼女を守りたいって、そう思ったんだ。

 姉さんはチラリと僕へと視線を向ける。


「まぁ、いくら兄妹っても、兄の服を妹が着るっているのもあれだろうしな。お前さんの服は私がなんとか用意してくるさ」

「……は? 私、こんな奴の妹になった覚えはない」

「同じ屋根の下で暮らして、養ってもらってる時点でそれは娘か妹かしか有り得ねぇんだよ。どっちか選べ」

「どっちも嫌。吐き気がする」


 嫌がる彼女へ「なら妹な」と姉さんは断定すると、小さく僕へと視線を向けてくる。


「……?」


 首をかしげてみたけれど、姉さんはすぐに視線を逸らし、ため息を吐いた。


「……いきなりどうしたんですか?」

「いや、なに。改めてお前の現状、かなり厄介そうだなって思っただけだって」


 言って、姉さんは再度大きくため息を吐くと、真剣味を帯びた双眸を僕へと向けてきた。


「いいか巌人。大切な妹がそばに居る。なら妹が暮らしやすいように努力するのは兄の仕事で、妹が望むことをしてやるのが兄の仕事だ」


 そんでもって――

 姉さんはそう続けて、僕の肩へと手を置いた。



「いつも妹の味方でいて、そんでいつも妹が大好きだ。それが兄ちゃんってもんだ」



 それは――兄の定義。

 今までぼんやりとしてしか考えていなかった『兄になる』ということ。それが今の言葉で、くっきりと浮き彫りになった。


「兄だろうと姉だろうと、こんなことも守れねぇ『上』は家族失格だ。そりゃ確かに『下』がクソ生意気なことばっか言ってっとその限りでもねぇとは思うが、この嬢ちゃんに関していえば別だろう。お前を嫌ってはいるが、クソ生意気って訳じゃねぇ」


 そういった姉さんはトンっと僕の胸へと拳を軽く当て、そのまま踵を返して部屋の玄関から出ていった。


「ま、そういう事だ。女としてじゃなく、家族として妹を愛せ。でなけりゃお前に、兄を名乗る資格はない。ってことで、私は嬢ちゃん用の服でもとってくるさ」


 そんじゃあまたなー、と姉さんの声が遠くなってゆき、すぐに部屋へと重苦しい沈黙が降り立った。

 ベッドに腰掛ける鬼っ娘と、彼女に背を向けて佇んでいる僕。

 正直、気まずい。

 なんで姉さんはこのタイミングで行ってしまったのか、半ば憎悪にも似たような感情を抱いていると――


「お前じゃ、私は愛せない」


 ふと、彼女の声が耳朶を打った。

 振りかければ、布団を頭から被った彼女がベッドの上に座り込んでおり、その双眸は見定めるように僕の方を見つめていた。


「お前は、父さんじゃない。家族じゃない、兄じゃない。だから、私のことは愛せない。自分を苦しめる……自分を殺そうとする私を、絶対にいつか見捨てようと思う日が来る」


 ――これは、絶対。

 表情一つ変えずに言ってのけた彼女は、その言葉が本音であるということを体現していた。

 まぁ、たしかに苦しい。確かに辛い。

 もしかしたらまた泣いてしまうかもしれない。もしかしたら、また折れてしまうかもしれない。

 だけどきっと僕は――


「――悪いけど、お前を捨てようだなんて思う日だけは、一生来ないと思うぞ」


 僕の言葉に、彼女は目に見えて目を見開いた。


「私は、お前を苦しめるつもりでいる。いつも殺す機会をうかがってる。けど、今の私じゃ、おまえは殺せない。だから、仕方なくここで生きてるだけ。私がもっと強かったら、お前は――」

「多分、最初会った時に殺されてただろうな」


 逃げたいと幾度となく思ったし、辛さのあまり、いっその事死んでしまいたいとも……正直思ったと思う。

 だけど、一度として彼女を捨てようと――見捨てようとしたかって聞かれたら、自信を持って首を横に振れる。


「これだけ苦しくたって一度も捨てようだなんて思わなかったんだ。なら、これからだってないに違いない」


 それに――

 言って僕は初めて、彼女の頭を優しく撫でた。



「お前が僕をどんなに嫌おうと、僕がお前の父さんを殺した過去が変わらなかろうと、僕はずっとお前のそばを離れやしないし、世界中の全員がお前を否定しても、僕だけはずっと、お前のことを肯定し続ける。まだ愛とかなんだとか分からないけど、僕はお前を、見捨てない」



 ――それが、兄ちゃんってもんだ。


 なんだか、久しぶりに笑った気がした。




 ☆☆☆




 急に頭をなでてきたソイツを追い出して、なぜか荒くなったいきを吐き出した。


「はぁ、はぁ……」


 少ししか動いてないはずなのに、なぜか肩で息をしている自分に気がついた。

 ふと、先ほど頭を撫でられたことを思い出して、パッパっと髪の毛をほろった。

 けど、何でだろう。


「……っ、……っっ」


 ベットへと身を投げ出し、頭から布団を被った。

 あんなやつ、大っ嫌いだ。

 それは今も変わってない。この世の誰よりも嫌いな自信がある。

 でも、……でも。


「父さんにも。あんなこと、言われたことないのに……」



 ――僕だけはずっと、お前のことを肯定し続ける。



 嫌いだ。

 嫌い、嫌い、嫌い……。

 なのに、なんで?

 なんでその言葉が。頭を撫でられた時の感覚が。


 ずっとずっと。忘れられないんだろうか。

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