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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
97/162

97.対談

お待たせしました。

「で、早速私を呼んだわけか」

「まぁ……はい」


 目の前には、腕を組んだ姉さんが立っていた。

 彼女には風呂がどんなものかを説明して、お湯の沸かした風呂場へと送り込んでみたのだが……結果はまぁ、悲惨の一言に尽きた。

 だからといって僕が一緒に入るという選択肢は、彼女が女の子だってこともあって最後の手段にしたいわけで。


「って訳で、姉さんにはあの子と一緒にお風呂に入ってもらいたいわけです」


 言うと姉さんは大きくため息を吐いて僕の後ろの方へと視線を向けた。


「まぁいいが、お前の後ろで殺気を送り込んできてるそこのお嬢ちゃんは大丈夫なのか? 武器置いて風呂はいった途端殺されそうな勢いなんだが……」


 その言葉に振り返ると、数メートル向こう、半開きになったドアの隙間からこちらをのぞき込んでいる青い瞳が存在していた。

 その瞳には未だ轟々と燃え盛る憎しみの炎と、姉さんへの向けた警戒心がありありと滲み出ていた。


「まぁ、そこら辺は姉さんにおまかせしますと言うかなんというか……」

「酷くテキトーな弟もいたもんだな……」


 言いながらも姉さんは、腰に指していた刀『無銘』を玄関脇に立てかけると、彼女の元へと歩き出した。

 スリッパの音がカシュカシュと鳴り響き、一歩近づく度に姉さんへと向けられる殺気が大きくなってゆく。

 そして、その距離が一メートルを切り――


「なぁ嬢ちゃん、お前アイツのこと嫌いか?」

「ん、大嫌い。死ねばいいとおもってる」


 ――即答、である。

 ものすごく主張が強かったのか、前のめりになってドアから顔を出しながらもそう言い切った彼女。

 そんな彼女を見た姉さんはククッと肩を震わせる。


「いやー、そうかそうか。私もコイツのこと嫌い……って訳じゃねぇが。結構言いたいこと隠し持ってんだよな」


 初耳の爆弾発言に思わず身を震わせた。

 内心穏やかではない僕に対し、少女は初めて興味という感情をその身に宿した。


「って訳だ。この家の中じゃこの変態に聞き耳立てられるかもしれないし、風呂場にでも言ってちょっくら話し合わないか? コイツの弱みでも教えてやるぞ?」

「行く」


 弱みと聞いた途端に、被せるように言って部屋から出てきた少女の姿に、僕は内心でとても驚いていた。

 僕という、言うなれば『悪者』の存在があるからこそできる芸当だが、まさかこんなにもすぐに彼女が心を開くとは思いもしていなかったのだ。

 驚く僕にちらりと視線をよこしてきた姉さんは。


「ふっ、これが私とお前の差ってやつだ」


 言いながら、少女を連れて風呂場へと向かって行った。




 ☆☆☆




 私は、あの男が嫌いだ。

 どれくらい嫌いかと聞かれれば、一緒にいるだけで不快になってしまうくらいには、嫌いなのだ。


「……はぁ」


 ふろば、という所で衣服をぬぎながらため息を漏らす。

 するとため息を聞きつけたのか、隣で服をぬいでいた女の人がこちらに視線を向けてきた。


「……なに」


 この人は、アイツと比べたら、多分嫌いじゃない。

 信用は……しちゃいけないんだと思うけど、この人は父さんを殺してないし、私に対して敵意みたいなのが感じられられないから。だから、アイツよりは嫌いじゃない。


「いや? お前さん、けっこうな美人さんだからもうちょいそういうことに気を使ったら化けるだろうなぁ、ってな」

「……化ける?」


 意味がわからない、って訳じゃない。

 この人は、私からみても美人なひとだ。

 いっぱいご飯を食べて、いっぱい寝たら、この人みたいになれるってことだと思う。

 けど、あんまり興味はなかった。


「べつに、だからってどうなるわけでもない。見せる人もいないし……」

「ん? いるじゃねぇか。今朝お前に飯食わさてくれたっていうアイツが」


 ……あぁ、アイツが。

 一瞬わからなくて、少し考えてやっとあの男に考え至った。

 多分今わからなかったのは本気で興味がなかったから。あの男にみせるために生きるなんて考えられなかったから。


「それだけは、ない」


 言いながらもふろばの中へと足を踏み入れた。

 見たこともない、白い部屋。

 床はツルツルしていて、さっきは滑ってとんでもない事になった。今度は気をつけてるから多分大丈夫。


「見た感じ体はもう洗ったんだろ? 先に湯船入ってろ」

「……分かった」


 なんだか命令されているみたいでいやだったけど、ゆぶねっていうやつにも興味があったため、素直に従うことにした。

 ちょんっと、箱に入っているお湯へと触れてみた。

 温かい。むしろちょっと熱いくらいだ。

 けど、炎を使う私にとってはちょうどいい熱さで、私は一気にゆぶねの中へと体をいれた。


「……っ、ふぅ……」


 思わず口から吐息が漏れた。

 響いていたしゃわー、ってやつの音が消えて、くすくすと笑い声が聞こえてくる。


「お前……、オッサンみたいだな」

「しね」


 馬鹿にされたような気がしてそう言うと、更に笑みを濃くした彼女は髪を縛ってゆぶねの中へと入ってくる。

 軽くお湯が溢れて、彼女もまた同じように息を吐いた。

 お前もおっさんみたい。

 そう言おうとして――


「お前、今までの陰鬱巌人と、今の私でも初めて見るレベルにテンションおかしな巌人。どっちがいいと思う?」


 ふと、彼女が言った言葉に。


「どっちも嫌い」


 と、即答した。

 すると彼女は苦笑してため息を吐くと、疲れたように天井を見上げた。


「お前本当にアイツのこと嫌いなんだな……。ツンデレもワンチャンあるんじゃないかと思ってたんだけど」

「よくわからないけど、嫌いなのは確か。今すぐに死ねばいいとおもってる」


 なんの罪もない父を殺した相手――好きになれるはずがない。

 私にそんな質問は無駄だと察したのだろう。彼女は右手と左手の人差し指をそれぞれ一本ずつ立てると。


「聞き方を変えるか。前のいかにもなにか無理してますよっていう巌人と、今の少しだけ吹っ切れて空元気を見せてる巌人と。お前はどっちが嫌いだ(・・・・・・・)?」


 ――どっちが嫌いか。

 どちらも嫌いなんだけど、それでもどっちの方がイライラしたかって聞かれたら……。


「……前の、ほうが。いらいらした」

「……ほう?」


 私の言葉に少しだけ頬を緩めて先を促す彼女。

 話すかどうか迷ったけれど、気がついた時には、私の口が勝手にいろいろと喋っていた。


「あんまり、よくわからないけど。父さんを殺されて、不幸なのはどう見ても私なのに、私よりもよっぽど不幸な目にあったような顔してた。不幸にさせたやつが、不幸にされたやつよりも不幸みたいで……」

「イライラしたってか?」


 小さくだけど、頷いた。


「けど、今もいらつく。人を殺しておいて、なんにも感じてないみたいで……」

「なんにも感じてなかったら、お前のことなんざこの家においといてないっつーの」


 被せるように言い放った彼女は、小さく息を吸い込むとビシッと私へと指をさした。


「お前は今、愛されてる」

「…………は?」


 ――愛されてる。

 その意味は分かったけれど、だからこそ意味が分からなかった。


「今まで必死に頑張って罪と戦ってきた。んで、耐えきれなくなって私に相談して、吹っ切れてもいねぇのに吹っ切れたように振舞っている。心も体もズタボロなまんまだってのにさ」

「……ッ」


 思わず、息を呑んだ。

 アイツはもう、吹っ切れたんだと思ってた。

 吹っ切れたからこそあんな態度で、私もどうしたらあいつが苦しむのか考えてたところだった。

 のに、吹っ切れてなかった……?


「なんでそんなことしてるかって言われたら簡単だ。昨日、帰ってから必死になって考えたんだろ。お前を幸せにするには何をすべきか。んで考え至った。お前があいつのことを嫌っていようとなんだろうと、せめてお前に後ろ向きな姿だけは見せないでいよう、ってな」

「……なんで、そんなことを――」


 思わず問いかけた。

 私は所詮、あいつからしたら殺したやつの娘でしかない。そこまでする必要なんてない。黙って命を狙われてたら、それだけで私もじゅうぶんなんだ。

 なのに、何故――


「だから言ってんだろ。愛されてるからだ、って」

「――ッ!?」


 少しだけ、顔が赤くなっていくような感覚があった。


「そ、それって――」

「……まぁ、根底にあったのは父親殺しの罪悪感なんだろうな。罪悪感に潰されそうになって、それでも最終的に、自分を犠牲にしてでもお前の幸せを望んでる。自己犠牲をしてでも幸せにしたいって思われてんのは、つまりは愛されてるってことだ」


 ――恋愛感情があるかどうかは分からないがな。

 彼女はそう締めくくったが、私は少しだけ、変な気持ちになっていた。

 湯船に少し顔を沈めて、プクプクと息を吐き出した。


「正直、愛されてるからってお前の気持ちがどうこうなるとは思ってない。お前は前と変わらずアイツを嫌ってるんだろうし、殺したいとも、隙を見て殺そうとも思ってるんだろう」


 ――だけどな。

 言いながら彼女は立ち上がる。

 湯船に浸かったまま見上げると、腰に手を当てて、ニッと楽しげな笑みを貼り付けた彼女は。



「けどな、誰にだろうと愛してるだなんて言われて、嬉しくねぇ女は居ねぇんだよ。本気で自分を幸せにしようとしてくれてる男になら、尚更な」



 少し赤くなって、そう言っていた。

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