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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
96/162

96.新たな朝

やっとシリアスから解放されました。

 翌日。

 僕は今日から、有給休暇なるものを使用した。

 姉さん曰く、『サボってても金もらえる最強システム』との事で、仕事をしなくてもお金が入るものらしい。

 母さんに連絡したところ、やはりしばらくは前線に出ず、休息をとるようにと言われたため、僕はしばらく休暇を貰うことにした。

 そして、休暇を貰った僕がしたことと言えば――


「おーい。朝ごはんの時間だぞー」


 コンコンッと、ドアをノックする。

 姉さんに言われた言葉。

 ――責任を取れ。

 それは重く僕の心へとのしかかってきたが、それでも何も見えない暗闇を歩き続けるよりも、どんなものであれ目的が見えている方が百倍楽だ。

 まぁ、これも結局は他人の意見に流されているだけ、なのかもしれないが、それでも彼女から言われたことをきちんと考えて、自分で決めたことだ。きっともう、後悔はしない。


 ギイィ……。小さく扉が開かれる。

 その向こうからは半分瞼の落ちた瞳がこちらを覗いていたが、僕の顔を見るや否やパチクリと見開かれ。


「お前の顔をみた途端、ねむけが消えた。死ね」


 バタンッ! 言うことだけ言って扉が閉ざされる。

 ……ま、まぁ、分かってたことだ。

 たしかにちょっと傷ついたけど、前ほどじゃない。

 僕が傷つくのも、彼女が僕を嫌うのも、別にどうでもいいのだ。僕は彼女を一人前になるまで見守り続けるって決めたのだから。

 口元を少しだけ緩めると、僕はそのドアへと額を当てた。


「別に、嫌ってても別にいいから。せめて、ご飯くらいは、食べてくれないか?」

「……」


 返事はこない。

 やっぱり僕がどんなことを思おうが彼女の気待ちには関係ないってもんで、僕が嫌われ続けるのも当然のことだ。

 正直、被害者が加害者に付き纏われ、その挙句保護者になるだなんて笑顔でほざいたらぶん殴る自信があるけれど。

 僕はぶん殴られてでも、彼女を守りたいのだ。



「僕さ、今日からお前の、兄ちゃんやるよ」



 直後、叩きつけるように思いっきり開かれたドアに額を強打して後退り、その上で何者かに押し倒されるように床へと後頭部を打ち付けた。

 痛みに眉を寄せながら顔を上げると、そこには拳に炎を纏った彼女の姿があり、彼女は黙って――その拳を振り下ろす。

 そして――

 ジュゥゥゥッ!

 肉が焼けるような嫌な匂いが充満し、掌に走ったその激痛に思わず小さな悲鳴を漏らした。


「うぐっ……、くっ」

「な――」


 まさか躱さず、それでいて炎を消すことなく受け止めるとは思わなかったのだろう。彼女は思わず硬直する。しめたとばかりに体を起こし、もう片方の腕で彼女の体を小脇に抱えた。


「な、何やって――」

「はいはい、とりあえず出てきたんだから飯食うぞ、飯。嫌でも食わせるから食わされたくなかったら自分で食えよ」


 言いながら、ちらりと左の掌へと視線を向けた。

 酷い火傷のあとだ。

 酒呑童子と戦った時も思ったが、火傷っていうのは予想以上に辛いものだ。常に激痛が走り続け、放置すれば水膨れも出来るだろう。夜なんて寝られるわけがない。

 考えならがらも苦笑して、彼女を小脇に抱えたまま階段を降りてゆく。


「や、やめろっ! この変態! ぺドやろう!」


 ちょっと何言ってるかわからなかったけど、とりあえず馬鹿にされてるような気がした僕は、明らかにR-18な火傷跡をその顔に近づけて、半ば無理矢理に黙らせながらも階段を降りてゆく。


 いくら嫌われようと構わない。

 いくら傷つこうと構わない。

 逃げたいことにはかわりないけれど。


 ――僕はもう、逃げたりしない。




 ☆☆☆




 なんとか朝ごはんを食べさせるべく彼女を食卓テーブルの前の椅子へと着かせた僕は、隣接した居間のソファーで一人、火傷した左の手を氷で冷やしていた。

 一番酷いのは掌だ。

 次に指、その次に手の甲、そして最後に腕に至るまで大きな火傷の跡がついている。


「たしか……これだったか?」


 言って救急箱の中から撮り出したのは水色の包帯。

 ――ホータイホース。

 全身が青色の包帯によって出来たアンノウンで、たしか闘級は48だったろうか。超激レアな個体数が少ないアンノウンで、その体から作られた包帯は自然治癒力を増す力を持っている。


「ふぅ、これで安心だ」


 ひやりと冷たい包帯を巻き終えて、一息ついた。

 ふと、視線を感じて視線を動かすと、ソファーのすぐ隣にはじーっとこちらを睨みつけている彼女が立っていた。


「……ん? ご飯食べ終わったのか?」


 言って彼女越しに食卓へと視線を向けると、そこには半分くらい残された朝ごはんと、グッチャグチャに朝ごはんがはね散らかってる机の上。


「めし、まずくて食えたものじゃ、ない」

「酷い事言うなぁ……。事実だから何も言い返せないんだけど」


 ご飯食べるの下手だな、とは言わない。

 言ったらまた殴られそうな気がするから。

 思わず肩を落としていると、僕の隣から動こうとしない彼女の存在に気が付く。

 ……どうしたんだろうか、彼女なら僕と一緒にいるのも嫌だって部屋に戻るんじゃないかと思ったけど。


「……んで」

「ん?」


 小さく声が聞こえて、思わず聞き直す。

 すると彼女は小さく息を吸うと。


「なんで、前のけすやつ、しなかった?」


 今度はハッキリと、その言葉を口にした。

 前の消すやつ。

 恐らくは創滅銃の『消滅弾』の事だろう。あれは僕の異能が封じ込められた弾丸。彼女もその能力を僕自身、使うことが出来るのだと察していたらしい。


「お前なら、火だけけすこと出来たはず。なのに、何でしなかった?」


 思い出すは、初めて彼女と戦った時のこと。

 僕は寸分違わず、彼女の炎を消したのだ。

 だからこそ彼女は疑問を覚えたのだろう。


「……それに、扉もなおってた。取り替えたとかじゃなく、かんぜんになおってた。それも、たぶん異能の力。なら、何でその腕はなおさない? 馬鹿なの?」

「おい、馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」


 言いながら、結構隅々まで見てるんだなって感心する。

 僕は昨晩、創滅銃の『復元弾』を使って家の扉を直した。彼女を食卓へと連れてくる際、必ず一度玄関の前を通るハメになる。その時に確認したのだろう。

 思わず苦笑して、無事な右手で頭をかいた。


「いやー、実はさ。異能が使えなくなっちゃって」

「…………は?」


 やっぱり彼女もそんな話は聞いたことがなかったのだろう。数秒の硬直の後、やっとそんな言葉を絞り出す。

 右手へと視線を下ろして、ぎゅっと拳を握る。

 直後、一瞬だけ青色の光が灯ったが、けれど異能が発動するよりも前にその光は霧散してしまう。


「ご覧の通りだ。だから異能は使えないし、あの銃の弾丸を打ち込んで回復、とかは出来るけど、あの弾丸、ドア治すのに使っちゃって残り四発しか残ってないんだよね……」


 ――四発、である。

 ドアを治すのに一発使って、それで四発。

 正直ドアに使って大丈夫だったかなとは思っているが、先のことなんてわからないし、サッポロの街で、しかもこの冬の時期にドアがないのは地獄にも等しい。これは寒冷地に住む人間じゃないとわからないと思うけどな。


「……やっぱり、お前馬鹿だ。あんなものなおすくらいなら、それをなおした方がよかったに、決まってる」

「そう思うならもう炎使わないでくれよ? この家焼けたらお前だって困るんだから」

「……」


 ――無視である。

 しかし、今になって家の中で炎を使っていた危険性について自覚したのか、その頬を一筋の冷や汗が伝ってゆく。これなら当分火傷しなくて済みそうだ。

 そう苦笑しながらも、改めてじぃっと彼女を見つめてみる。

 腰まである青みがかった白髪に、伸びきった前髪の奥からは青空のように透き通った、それでいて未だに憎悪の燃えたぎる碧眼が覗いている。

 雪のように白い肌に、ほっそりとした腕。

 ボロボロのくすんだ白い……ポンチョといったか? それに下は同色の半ズボンだ。

 全体的に少し薄汚れた感じの、海外のスラム街やなんかでよく見かけたような雰囲気を醸し出している。


「……今更だけど、寒くないの?」

「……」


 ――また無視だった。

 しかし、よく見ればその肩は微かに震えており、そういえば彼女の部屋には布団の類もないんだったと思い出す。


「うわぁ……、余裕無さすぎだな、僕」


 思わず頭を抱える。

 自分のことで手一杯になってたのは分かるが、まさかここまで彼女の現状を見てこなかったとは……。改めて自分のダメさ加減に気が付かされる。


「アレだ、お前とりあえず風呂入れ、風呂」

「……ふろ? なにそれ」


 ……あれっ?

 もしかしてアンノウンってお風呂入らないのか?

 そんな疑問が頭をよぎり、ため息が漏れた。

 風呂を知らないということは入り方も何も知らないということだ。


「……はぁ。教えてやるから、ほら行くぞ」

「さしず、するな」

「はいはい、分かった分かった……」


 言いながらも、テコでも動きそうにない彼女を抱えて、風呂場へと直行した。


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