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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
94/162

94.慟哭

早い! 今回は投稿早い!

理由としては『早くシリアス終わらせたい……』って感じです。

 まるで、先の見えない暗闇を歩いているようだった。

 アンノウンをただ殺して、殺して、殺しまくっていた頃もまた、生きた心地のしない暗闇のようでもあったけれど。

 今はそれよりもずっと、暗闇の中に居る気がする。

 地獄……いや、まるで奈落の底のようだ。


「……はぁ」


 ベッドに身を投げ出して、深く息を吐いた。

 ……どうすれば、いいんだろうな。

 人を殺して、その娘と出会って、恨まれて。

 とりあえずその娘を匿ったわけだけれど。

 加害者と――被害者と。

 本来は決して共にいてはいけない二人が、一つ屋根の下で生活しているというこの事実。


「……どうすりゃ、いいんだよ」


 今にも、挫けてしまいそうだ。

 心が痛い。苦しい。張り裂けそうだ。

 けれど逃げられない。

 罪からは、罪悪感からは逃げられない。

 一生僕についてまわる。

「知らなかった」じゃ済まされないのだ。

 どんなに無知でも、万が一に意図的にじゃなかったとしても、殺した事実は変わらない。罪の重さは、変わらない。


「どう、すれば……」


 ゴーンッ――ゴーンッ――

 鐘の音が鳴る。

 驚いて時計へと視線を向けると、そこには『12』の文字を指した指針が二本、存在しており、窓の外からは月明かりが漏れていた。


「……夜?」


 さっきまで昼だった気がしたけれど……どうしたもんかな、考えているうちに夜になってたみたいだ。

 ぐぅ、と。小さく腹が鳴った。

 記憶はないけれど……昼飯、食ったんだったか?

 食べてない気がする。彼女によそっていった皿は、たしか彼女の部屋の前に置いてきた。僕が作ったやつは……もしかして、放置してきたんじゃ無かったか。


「……食って、くるか」


 呟いて、鉛のように重い体を動かして、ベッドから立ち上がった。

 数歩だけドアの方へと歩き――ふと、視界が歪んだ。


「うぐっ……」


 思わず片膝を付き、頭に手を当てる。

 スギンッ! 頭に鈍痛が走った。

 そのあまりの痛みに思わず眉根に皺がよってしまう。


「クッソ……」


 たしか、医者に言われた。


『ストレスで異能が使えなくなるだなんて……今まで、類を見ないほどの異常事態です。それはつまり、あなたの体にかかっているストレスは尋常ではないということ。……もしも、もしも体に異変を感じればすぐに病院へと来てください。手遅れになれば……ストレスで、死にかねません』


 思い出して、思わず苦笑いが浮かんだ。


「ストレスで……死、か」


 なんとも無様な死に方だ。

 しかし、そんな死に方は僕も望んじゃいない。

 僕はいつの日か――


「あの子に、殺されなきゃ、いけないんだ」


 だからまだ、死ねない。

 彼女が僕を殺す以外の死に方は、納得出来ない。

 膝に手を当てて立ち上がると、さらにズキリと頭が痛む。

 だけど、これくらいはどうってことは無い。

 彼女の痛みに比べれば、なんてことは無いのだ。


「はぁ、はぁ……。ふぅっ」


 なんとか立ち上がる。

 病院……は、ダメだ。

 万が一にドクターストップでもかかれば、きっとその時はこの家に監視役が付く。母さんか、姉さんか、あるいは頭の硬い他の誰かか。いずれにせよ、彼女の存在がバレてしまう。

 だから、病院には行かない。


「飯……作ら、なきゃ」


 腹が減った。

 きっと彼女も、同じだ。

 だから、作らなきゃ。

 どんなに拒絶されても。

 どんなに嫌われようとも。

 僕を殺すために、生きてもらわなきゃ。


「ぐぅっ……」


 ふらふらと歩き出して、部屋のドアを体で押し開く。

 そのまま一階への階段へと進んでゆく。

 その際、階段の目の前に存在する彼女の部屋。

 そこからは彼女の気配はない。

 ただ、部屋の前に置かれた、手のつけられた形跡のない料理が寂しく残っているだけ。


 一階から、気配がした。

 多分彼女のものだ。

 そう考えた途端――足が止まった。

 ……何故だろうか。

 答えは出てこない。

 ただ、足が前へと進まないのだ。


「……」


 足が震える。

 行きたくない。

 この先には――行きたくない。

 本能が必死に叫ぶ中、階段を上がってくる足跡が響き渡った。

 思わず後退る。

 後退ってから思う――なぜ自分は、後退ったのか。


「……」


 一階から、彼女が姿を現した。

 その手には齧った跡がついた野菜が握られており、少しだけ安堵する。


「……良かった。一応、飯は食べてるみたいで」

「……」


 彼女は黙って、僕を睨み据える。

 話しかけるな、ってことだろうか。

 なら別にいいんだ。

 話しかけるなって言うなら、話しかけない。

 僕はその隣を通り過ぎて、一階へと降りてゆこうと歩き出す。

 その、刹那のことだった。



「……絶対に、逃がさない」



 何かが、ひび割れるような音がした。

 思わず振り返る。

 そこに居たのは、相変わらず腰まで長い髪をした、青白色の髪の少女。伸びきった前髪の向こうからは――氷のように冷たくなった、その瞳がこちらを覗いていた。


「ずっと、考えてた。お前が、何をしたいのか」


 それは、僕も知りたい答えだった。

 知りたくて知りたくて、けれど探ろうと思ったらすぐにどこかへと消えてしまう、そんな答えだ。


「なぜ、私にごはんを作ったのか。なぜ、戦いにいこうとしたのか。なぜそこまでして――死のうとするのか」

「――ッ」


 最後の一言に、思わず息を呑む。

 何故そこまでして死のうとするのか。

 その言葉は、理解できない。


 ――そう言ったら……嘘になる。


「戦いにいこうとするのは、死にたいから。私にかかわろうとするのは、殺してほしいから」


 言われて初めて気がついた。

 僕は――死のうとしているんだって。

 止められてでも戦場に行こうとしたのは、死にたいから。

 彼女に関わり続けたのは、殺してほしいから。

 病院へと行こうとしなかったのは、そのまま死んでほしいから。

 そこまで考えて、ふとそれが『最適』な答えではないことに気がつく。

 なにせ僕は、死にたくないのだから。

 死にたくないのに、死にたい。

 それは矛盾している。

 だから、僕はきっと――



「――私から。罪から、逃げたいんでしょ」



 ――あぁ。そうだ、そうだった。

 頭の中に、何かが崩れ落ちてゆく音がした。

 それは、なんだったろうか。

 心か、精神か。

 あるいは、強がりか。


 ――僕は、今すぐに逃げ出したいのだ。


 罪から逃げたくて、死を求めて彼女と関わった。

 彼女から、この家から逃げたくて、戦場に向かった。


 思わず、笑みが漏れた。

 ククッと。

 クハハッと。

 最高に狂った、笑みが。


 人を殺した。

 その罪は重くて、耐えきれなかった。

 だから、強がった。耐えているように見せかけた。

 けれどそれは見かけだけ。

 心の底ではもう、僕は。


 ――耐えきれなくなって、潰れてたんだ。


「お前は絶対に、逃がさない。痛めつけて、苦しめて、さいごに殺す。楽になんてさせない。死んで逃げるなんてやらせない。それでも逃げるって言うなら、お前は人殺しで、……それ以上の――」


 その言葉を最後まで聞かずに、駆け出した。

 ドタドタと階段を降り、ドアを蹴破るようにして外へと駆け出す。

 満点の夜空に、大きな満月。

 裸足に雪の冷たい感触が伝わり、体中へと刺すような冷たさが襲いかかる。

 冷たくて、冷たくて。

 それでも壊れた心の方が、もっと冷たくて。


「――あ――――あぁ……ッッ」


 口から、声にならない音が漏れた。

 分かってんだ、分かってるんだよ。

 僕が人殺しで、大量殺戮者で。


 ――なによりも、ただのクズ野郎だってことは、分かってるんだ。


 けれど、駆けださずにはいられなかった。

 心の冷たさに、耐えきれなくなって。

 まるで、この世界で一番の地獄を味わっているのが僕じゃないって。僕の心よりも冷たいものがあるって。


 これより酷い不幸せがあるんだって、安心したくて。


 僕は冬の夜空にソレを求めて、駆け出した。




 ☆☆☆




 どこをどう走ったか、覚えていない。

 雪の大地を駆け続けた足が悲鳴をあげている。感覚はもう既に無くなっており、真っ赤を通り越して白くなりつつある。

 けれど、そんなことは気にならない。

 ……もう。どうだって、いいんだ。


「はぁ、はぁ、はぁっ……」


 気がつけば、ここに来ていた。

 一面に広がった焼け跡地。

 辺りの木々は枯れ果て、近寄る生物は存在しない。

 そこに佇んでいるのは、僕だけだった。


「はぁ……、はぁ……」


 視線を下ろす。

 まだ、近寄るのは危険とされていたのだろう。

 奴の持ち物は、まだ残っていた。

 炎のような刃文を持った、一振りの刀。

 純白色の小さなマント。

 革製の大きなベルト。

 衣服は、奴とともに消えた。死んだ。

 だから、残ってるのはこれだけ。


 ……これだけ、なのだ。


「クソッ……」


 思わずその場に、膝をついた。

 何で……。何で――

 何で……僕が。


「なんで僕が……こんな目に、あってんだよ……」


 ただ僕は、人々を守りたかっただけなのだ。

 だから必死に敵を倒した。

 攻め入る敵を倒し続けた。

 否――殺し続けた。

 人々には感謝された。英雄視された。

 人類の守護者だと、持て囃された。


 唯一、一人の少女から――恨まれた。


 死ねと、何度も蔑まれた。

 父の敵だと、何度も殴られた。

 何度も泣かせた。

 何度も……、何度も――……。


「何で……、何で……ッ」


 なんで僕ばっかりが……、こんな目に。

 守ろうと思って。

 実際に守って。

 他の人の、何倍も努力して。

 本来なら使いこなすのも難しい異能を、使えるようになるまで頑張って。

 寝る間も惜しんで、頑張って。

 学校にも行かず、友達もおらず、青春を知らず。

 他の全てを捨ててでも世界の平和のために尽力して。



「その末に待ってたのが――これか」



 心が、壊れてゆくのを感じた。

 今までの努力が無駄だったのだと。

 結果、一人の少女の大切な人を奪っただけなのだと。

 大量殺戮者と成り下がっただけなのだと。

 血を浴び、数多の恨みを浴びただけなのだと。

 そう思うと――涙が溢れた。

 今まで決して流さぬようにと、押しとどめていた涙が、溢れた。


「うっ……くうっ……」


 噛み締めた嗚咽が漏れる。

 逃げたい。

 今すぐに逃げ出したい。

 死んで、楽になりたい。


「あ……ああ……」


 もう、涙は止まらない。

 本音が溢れ出して。

 慟哭が、夜空に響き渡る。


「あああッ、ああああああああッ! ああああああああああああああああああああああああああッッ!!」


 涙が溢れて視界が歪む。

 空に向かって吠えるように慟哭する中。

 僕の地獄をを嘲笑うかのように。



 ――さんさんと、雪が降っていた。



改めて言おう。

重いわ!

ちなみに、前回と今回がこの章でいっちばん重いところです。たぶん。

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