94.慟哭
早い! 今回は投稿早い!
理由としては『早くシリアス終わらせたい……』って感じです。
まるで、先の見えない暗闇を歩いているようだった。
アンノウンをただ殺して、殺して、殺しまくっていた頃もまた、生きた心地のしない暗闇のようでもあったけれど。
今はそれよりもずっと、暗闇の中に居る気がする。
地獄……いや、まるで奈落の底のようだ。
「……はぁ」
ベッドに身を投げ出して、深く息を吐いた。
……どうすれば、いいんだろうな。
人を殺して、その娘と出会って、恨まれて。
とりあえずその娘を匿ったわけだけれど。
加害者と――被害者と。
本来は決して共にいてはいけない二人が、一つ屋根の下で生活しているというこの事実。
「……どうすりゃ、いいんだよ」
今にも、挫けてしまいそうだ。
心が痛い。苦しい。張り裂けそうだ。
けれど逃げられない。
罪からは、罪悪感からは逃げられない。
一生僕についてまわる。
「知らなかった」じゃ済まされないのだ。
どんなに無知でも、万が一に意図的にじゃなかったとしても、殺した事実は変わらない。罪の重さは、変わらない。
「どう、すれば……」
ゴーンッ――ゴーンッ――
鐘の音が鳴る。
驚いて時計へと視線を向けると、そこには『12』の文字を指した指針が二本、存在しており、窓の外からは月明かりが漏れていた。
「……夜?」
さっきまで昼だった気がしたけれど……どうしたもんかな、考えているうちに夜になってたみたいだ。
ぐぅ、と。小さく腹が鳴った。
記憶はないけれど……昼飯、食ったんだったか?
食べてない気がする。彼女によそっていった皿は、たしか彼女の部屋の前に置いてきた。僕が作ったやつは……もしかして、放置してきたんじゃ無かったか。
「……食って、くるか」
呟いて、鉛のように重い体を動かして、ベッドから立ち上がった。
数歩だけドアの方へと歩き――ふと、視界が歪んだ。
「うぐっ……」
思わず片膝を付き、頭に手を当てる。
スギンッ! 頭に鈍痛が走った。
そのあまりの痛みに思わず眉根に皺がよってしまう。
「クッソ……」
たしか、医者に言われた。
『ストレスで異能が使えなくなるだなんて……今まで、類を見ないほどの異常事態です。それはつまり、あなたの体にかかっているストレスは尋常ではないということ。……もしも、もしも体に異変を感じればすぐに病院へと来てください。手遅れになれば……ストレスで、死にかねません』
思い出して、思わず苦笑いが浮かんだ。
「ストレスで……死、か」
なんとも無様な死に方だ。
しかし、そんな死に方は僕も望んじゃいない。
僕はいつの日か――
「あの子に、殺されなきゃ、いけないんだ」
だからまだ、死ねない。
彼女が僕を殺す以外の死に方は、納得出来ない。
膝に手を当てて立ち上がると、さらにズキリと頭が痛む。
だけど、これくらいはどうってことは無い。
彼女の痛みに比べれば、なんてことは無いのだ。
「はぁ、はぁ……。ふぅっ」
なんとか立ち上がる。
病院……は、ダメだ。
万が一にドクターストップでもかかれば、きっとその時はこの家に監視役が付く。母さんか、姉さんか、あるいは頭の硬い他の誰かか。いずれにせよ、彼女の存在がバレてしまう。
だから、病院には行かない。
「飯……作ら、なきゃ」
腹が減った。
きっと彼女も、同じだ。
だから、作らなきゃ。
どんなに拒絶されても。
どんなに嫌われようとも。
僕を殺すために、生きてもらわなきゃ。
「ぐぅっ……」
ふらふらと歩き出して、部屋のドアを体で押し開く。
そのまま一階への階段へと進んでゆく。
その際、階段の目の前に存在する彼女の部屋。
そこからは彼女の気配はない。
ただ、部屋の前に置かれた、手のつけられた形跡のない料理が寂しく残っているだけ。
一階から、気配がした。
多分彼女のものだ。
そう考えた途端――足が止まった。
……何故だろうか。
答えは出てこない。
ただ、足が前へと進まないのだ。
「……」
足が震える。
行きたくない。
この先には――行きたくない。
本能が必死に叫ぶ中、階段を上がってくる足跡が響き渡った。
思わず後退る。
後退ってから思う――なぜ自分は、後退ったのか。
「……」
一階から、彼女が姿を現した。
その手には齧った跡がついた野菜が握られており、少しだけ安堵する。
「……良かった。一応、飯は食べてるみたいで」
「……」
彼女は黙って、僕を睨み据える。
話しかけるな、ってことだろうか。
なら別にいいんだ。
話しかけるなって言うなら、話しかけない。
僕はその隣を通り過ぎて、一階へと降りてゆこうと歩き出す。
その、刹那のことだった。
「……絶対に、逃がさない」
何かが、ひび割れるような音がした。
思わず振り返る。
そこに居たのは、相変わらず腰まで長い髪をした、青白色の髪の少女。伸びきった前髪の向こうからは――氷のように冷たくなった、その瞳がこちらを覗いていた。
「ずっと、考えてた。お前が、何をしたいのか」
それは、僕も知りたい答えだった。
知りたくて知りたくて、けれど探ろうと思ったらすぐにどこかへと消えてしまう、そんな答えだ。
「なぜ、私にごはんを作ったのか。なぜ、戦いにいこうとしたのか。なぜそこまでして――死のうとするのか」
「――ッ」
最後の一言に、思わず息を呑む。
何故そこまでして死のうとするのか。
その言葉は、理解できない。
――そう言ったら……嘘になる。
「戦いにいこうとするのは、死にたいから。私にかかわろうとするのは、殺してほしいから」
言われて初めて気がついた。
僕は――死のうとしているんだって。
止められてでも戦場に行こうとしたのは、死にたいから。
彼女に関わり続けたのは、殺してほしいから。
病院へと行こうとしなかったのは、そのまま死んでほしいから。
そこまで考えて、ふとそれが『最適』な答えではないことに気がつく。
なにせ僕は、死にたくないのだから。
死にたくないのに、死にたい。
それは矛盾している。
だから、僕はきっと――
「――私から。罪から、逃げたいんでしょ」
――あぁ。そうだ、そうだった。
頭の中に、何かが崩れ落ちてゆく音がした。
それは、なんだったろうか。
心か、精神か。
あるいは、強がりか。
――僕は、今すぐに逃げ出したいのだ。
罪から逃げたくて、死を求めて彼女と関わった。
彼女から、この家から逃げたくて、戦場に向かった。
思わず、笑みが漏れた。
ククッと。
クハハッと。
最高に狂った、笑みが。
人を殺した。
その罪は重くて、耐えきれなかった。
だから、強がった。耐えているように見せかけた。
けれどそれは見かけだけ。
心の底ではもう、僕は。
――耐えきれなくなって、潰れてたんだ。
「お前は絶対に、逃がさない。痛めつけて、苦しめて、さいごに殺す。楽になんてさせない。死んで逃げるなんてやらせない。それでも逃げるって言うなら、お前は人殺しで、……それ以上の――」
その言葉を最後まで聞かずに、駆け出した。
ドタドタと階段を降り、ドアを蹴破るようにして外へと駆け出す。
満点の夜空に、大きな満月。
裸足に雪の冷たい感触が伝わり、体中へと刺すような冷たさが襲いかかる。
冷たくて、冷たくて。
それでも壊れた心の方が、もっと冷たくて。
「――あ――――あぁ……ッッ」
口から、声にならない音が漏れた。
分かってんだ、分かってるんだよ。
僕が人殺しで、大量殺戮者で。
――なによりも、ただのクズ野郎だってことは、分かってるんだ。
けれど、駆けださずにはいられなかった。
心の冷たさに、耐えきれなくなって。
まるで、この世界で一番の地獄を味わっているのが僕じゃないって。僕の心よりも冷たいものがあるって。
これより酷い不幸せがあるんだって、安心したくて。
僕は冬の夜空にソレを求めて、駆け出した。
☆☆☆
どこをどう走ったか、覚えていない。
雪の大地を駆け続けた足が悲鳴をあげている。感覚はもう既に無くなっており、真っ赤を通り越して白くなりつつある。
けれど、そんなことは気にならない。
……もう。どうだって、いいんだ。
「はぁ、はぁ、はぁっ……」
気がつけば、ここに来ていた。
一面に広がった焼け跡地。
辺りの木々は枯れ果て、近寄る生物は存在しない。
そこに佇んでいるのは、僕だけだった。
「はぁ……、はぁ……」
視線を下ろす。
まだ、近寄るのは危険とされていたのだろう。
奴の持ち物は、まだ残っていた。
炎のような刃文を持った、一振りの刀。
純白色の小さなマント。
革製の大きなベルト。
衣服は、奴とともに消えた。死んだ。
だから、残ってるのはこれだけ。
……これだけ、なのだ。
「クソッ……」
思わずその場に、膝をついた。
何で……。何で――
何で……僕が。
「なんで僕が……こんな目に、あってんだよ……」
ただ僕は、人々を守りたかっただけなのだ。
だから必死に敵を倒した。
攻め入る敵を倒し続けた。
否――殺し続けた。
人々には感謝された。英雄視された。
人類の守護者だと、持て囃された。
唯一、一人の少女から――恨まれた。
死ねと、何度も蔑まれた。
父の敵だと、何度も殴られた。
何度も泣かせた。
何度も……、何度も――……。
「何で……、何で……ッ」
なんで僕ばっかりが……、こんな目に。
守ろうと思って。
実際に守って。
他の人の、何倍も努力して。
本来なら使いこなすのも難しい異能を、使えるようになるまで頑張って。
寝る間も惜しんで、頑張って。
学校にも行かず、友達もおらず、青春を知らず。
他の全てを捨ててでも世界の平和のために尽力して。
「その末に待ってたのが――これか」
心が、壊れてゆくのを感じた。
今までの努力が無駄だったのだと。
結果、一人の少女の大切な人を奪っただけなのだと。
大量殺戮者と成り下がっただけなのだと。
血を浴び、数多の恨みを浴びただけなのだと。
そう思うと――涙が溢れた。
今まで決して流さぬようにと、押しとどめていた涙が、溢れた。
「うっ……くうっ……」
噛み締めた嗚咽が漏れる。
逃げたい。
今すぐに逃げ出したい。
死んで、楽になりたい。
「あ……ああ……」
もう、涙は止まらない。
本音が溢れ出して。
慟哭が、夜空に響き渡る。
「あああッ、ああああああああッ! ああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
涙が溢れて視界が歪む。
空に向かって吠えるように慟哭する中。
僕の地獄をを嘲笑うかのように。
――さんさんと、雪が降っていた。
改めて言おう。
重いわ!
ちなみに、前回と今回がこの章でいっちばん重いところです。たぶん。