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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
91/162

91.殺してやる

題名からして重い。

 時刻は十一時を回った頃。

 珍しく、僕は街を歩いていた。

 肌を刺すような冬の寒さに両の手をコートへと突っ込み、肩を竦めて紺碧色のマフラーを頬のところまで押し上げる。

 僕はこの『白髪』故に、あまり街を出歩かない。

 白髪というのはそれだけでも珍しい。その上僕の白髪は見れば思わず目がくらむような、そんな純粋な白色。こんな髪の持ち主はSSSランクの異能持ちの、それも髪の色素が抜けた老人にしか有り得ない。


「はぁ……、住みにくい世界もあったもんだ」


 マフラーの隙間から白い息が漏れる。

 街中から住宅街へと入り、僕の家――というか、父さんと母さんから借り受けている小さな家は目の前にまで迫っていた。

 父さん曰く『いつか巌人がハーレム作ったらみんな住むだろうしね!』らしいが、あまり良く意味はわからなかった。ただ少しイラッとしたのでぶん殴ったけれどピンピンしていた。

 歩き続けると、僕の家が見えてきた。

 赤い屋根に白い壁。

 豪邸、とまでは行かずともかなりの大きさを誇っており、一目で金持ちが住んでいることは分かるだろう。

 ちなみに防犯対策はバッチリで、家の中には正規の鍵を使わないと入れないようになっている訳だが――って。


「……は?」


 その家の前に座っているその人影を見て、思わずそんな間抜けた声が出た。

 見るからに薄着で、大きさから……子供なのは間違いないだろう。その子供は『南雲』と書かれた塀に背中を預け、じっと座り込んでいた。

 あの薄着でこんな寒い中――なぜあんな所に座っているのだろうか。しかもよりにも寄ってこの家の前に。


「……なにか、用か?」


 近寄ってそう話しかけると、その子供はビクリと肩を震わせた。

 顔を伏せていたために外見でしか判断出来ないが、その腰まで伸びた青みがかった白髪に、その雪のように白い肌。恐らくは女の子だろうと考えられた。

 彼女はその長い前髪の隙間からチラリとこちらを窺っているようで、その瞳からは――轟々と燃え盛る殺意を感じられた。

 こんな子供に恨まれるようなこと……した覚えはないのだが。もしかして『話しかけるな』と、そういう事だろうか。


「……はぁ」


 考えては見ても、それ以外には何か『らしい』答えは浮かんでこないし、それ以外の理由だったとしても多分人違いだ。僕は人間の、それも子供に恨まれるようなことはしていない。

 僕はその少女の隣を通り過ぎ、玄関のドアまで足を進めた。


「えっと、鍵は――っと」


 コートの右のポケットを探ると、その中から使い慣れた鈍色の鍵を取り出し、その錠へと差し込んだ。

 ガチャッ。

 錠が解除される音が小さく響き、僕はそのドアを引いて開いた。

 真夜中なために、家の中は一寸先が見えないほどの暗闇で覆われていた。

 灯をつけようと、僕は左手前にある電源のスイッチを入れようと手を伸ばした。


 ――次の瞬間。


「うぐっ!?」


 衝撃と共に、目から火花が散った。

 後頭部に鈍い痛みを受けながらも数メートル転がって反転し、そのいきなり攻撃を仕掛けてきた相手を睨みつけた。

 だが――


「んな――」


 そこに居たのは、見覚えのある炎を両手に纏った、先ほどの少女の姿だった。

 僕を睨み据えるその瞳からは先程よりも更に大きくなった殺気と憎しみが見え隠れしており、彼女は僕を殺せなかったと見るとギリッと歯を食いしばった。


「殺す……、殺す……、殺すッッ!!」


 彼女の足元に白炎が灯り、それと同時に僕を目掛けて駆け出した。

 ――速いっ!

 咄嗟に腰のホルダーから銃を取り出すと、銃を使ってその拳を受け流した。

 何が何だかわからない。この少女は誰で、どうしてこの炎を使っていて、どうして自分に恨みを持っているのか。

 ほとんど何もわからない現状ではあれど、この炎は食らったらまずい。それだけは分かっていた。

 渾身の一撃を受け流され、バランスを崩したその子供へと僕は両手に握った二丁の銃を構えると。


「『消失(イレイズ)』」


 ダダンッ!

 ほぼ重なった二つの銃声が響き渡り、彼女の両手にまとわりついていたその炎が弾丸によって貫かれ、消失する。


「なっ!?」


 怪我させることなく、その炎だけを狙って使った消失。

 弾丸はこの家の床と壁に深くめり込んで静止しており、改めてこの家へと施した『存在力上昇』の効果を確認するとともに、僕はその少女を壁へと叩きつけるように押し付けた。


「がはッ!?」


 その小さな口から空気が絞り出されるように放出され、それと同時に僕は腕でその首を押さえつけ。その額へと、銃口を押し付けた。


「ひぃっ……」


 小さく悲鳴が漏れた。

 あの炎を見て思わず本気の殺気が出てしまったのか、鼻をつくアンモニア臭に視線を下ろせば、足元には水溜りが広がっていた。

 こちらとて子供をいたぶって遊ぶ趣味はない。

 ので――


「答えろ、お前は何者だ?」


 氷のように冷たい声色を使い、問いかけた。

 まず間違いなくあの炎は、僕が先程まで命のやり取りをしていた者の異能である。そのアンノウンの使っていた異能を使える人間と、それもそのアンノウンと戦った日に出会うなど、あまりにも『出来すぎている』だろう。

 故にそう問いただした。

 お前の背後(バック)には――誰がいるのか、と。

 誰に何を命令されて来た、何者なのか、と。

 けれども彼女の瞳からは怒りの炎は消える気配はなく。


「こ、この、人殺し……ッ!」


 少女は、唾を飛ばす勢いでそう叫んだ。


「と、父さんをっ! お前は父さんを殺したッ! ぶっ殺す! 殺してやる! 死ねっ! 死ねッッ!!」

「……父親を?」


 僕はあくまでも特務の隊員だ。

 人殺しなどしたことがないし、間接的に、と聞かれたら分からないが、少なくとも直接人を殺したことなんて一度もない。

 額に押し当てていた銃口を少し引きながらも、僕は彼女へとその事実を告げた。


「……人違いじゃないか? 僕は――」

「南雲! 私はっ、この名前をたよりにここに来た! そして、父さんを殺したッ、お前が来たッ!」


 見れば、彼女の手には握りしめられた地図が存在しており、交番にでも行って聞いたのか、この家の場所に赤い丸が付けられていた。

 ……けれど、だとしたら。


「…………まさか」


 ……いや、そんなはずが無い。

 ふと、つい先程殺してきた男の最期が脳裏を過ぎり、けれどもすぐに頭を振ってその考えを否定した。

 確かに奴は、娘を探しに来たと言っていた。

 攫われた、娘を探しに来たと。

 気がつけば僕の足は震えており、頬は引き攣ったように吊り上がり、不自然な笑みを浮かべていた。


「お、おい。お前の父親って――」


 そんなはずが無い。

 アンノウンには、家族なんていないんだから。

 あいつらはただ駆逐するだけの敵。

 害虫だ。

 そう、母さんに習った。

 だからこそ、そんな可能性はありえるはずがないのだ。

 カタカタと、震える右手に握られたその銃が音を立てて揺れ動く中。彼女は迷うことなく、その男の名を口にした。



「父さんの名は――酒呑童子」



 その時。

 僕の中で何かが、崩れ落ちてゆくような音がした。


「……嘘、だろ?」


 酒呑童子の、……娘?

 有り得ない。

 アンノウンに、家族?


「違わない! お前はっ、父さんを殺したッ! 父さんは、人間に危害なんて加えたことはないし、ゆうこう関係をきずこうと頑張ってた! それをっ、それをお前は――」


 見れば彼女の双眸からはボロボロと大粒の涙が溢れていたが、その青い瞳は真っ直ぐ、僕を睨み据えていた。


「ひっ」


 歯の隙間から、小さく悲鳴が漏れた。

 アンノウンが、友好関係?

 人間が、娘を攫った?

 父親? 家族?


 僕が――――殺した?


 手の中からこぼれ落ちた銃が音を立てて床へと叩きつけられ、僕は思わず膝を付いた。

 嘘だ――と、そう叫びたい。

 これは夢だと、そう願いたい。

 けれど、膝を通じて伝わってくるフローリングの硬い感触。目の前の少女があげる小さな嗚咽。そして、彼女から向けられるその殺気が、これが現実なのだと告げている。


 ふと、数時間前にあの人――英傑の王(パンテオン)、紗奈さんから言われた言葉、そして僕が返した言葉を思い出した。


『いいかい? 前にも言ったけれど、アンノウン=敵、っていうその考えは危険思想だ。アンノウンが一方的に攻めてきた今回みたいな戦争ならいざ知らず、アンノウンを見つけ次第殺す、なんてのはボクからしたら愚か者の考え方だね。特務でいうところの、君や君のお母さんがこれに当てはまる』

『……は? 一体何を馬鹿なことを――』

『アンノウンだって、生きてるんだよ』


 アンノウンだって――生きている。

 その言葉が、心にずしりと突き刺さる。


『アンノウンだって生きてるんだ。そりゃたしかに、襲いかかってくる相手にも『なにか理由があるんじゃないか?』なーんて聞く余裕は人間にはない。ボクもいきなり襲いかかられたら倒しちゃうかもしれない。……けれど、せめて相手が善か悪か、相手に話が通じるか通じないか。それくらいは、考えるべきだ』


 僕はこの言葉に対して、何を馬鹿なことを言っているんだ、とそう思っただけだった。一顧だに値しないと切り捨てた。思考することすらしなかった。

 だって、アンノウンは殺すものだと、そう思っていたから。

 けれど――


「うっ、ひぐっ……、こ、殺すっ! 絶対に! 殺す!」


 嗚咽と怨嗟の声に、彼女の言葉がどれだけ的を射ていたのか思い知らされる。

 積み上げられていた何かが崩れてゆくような音と共に、頭に酷い鈍痛が走り抜けた。


「うぐっ……」


 頭が、割れるように痛い。

 脳がこれ以上、現実を見るなと、受け入れるなと告げてくる。

 だからこそ、嫌でも理解してしまうのだ。

 何をするでもなく頭を抑える僕へと、きっといつまでも忘れることの出来ないであろう、憎しみに塗れた声が浴びせられた。



「私は⋯⋯、お前を、絶対に⋯⋯許さない。絶対、絶対絶対、道連れにしてでも、殺してやる」



 その言葉と共に、彼女から言われた言葉を思い出す。



『君、近いうちに後悔するよ』



 日付が変わり、ゴーンと、鐘の音が鳴る。

 12月12日

 今日、この日。

 僕は生まれて初めて。



 ――『人』殺しを、実感したのだった。



12月12日。

ツムの誕生日です。

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