9.魔法オーガ
「師匠! ステータス見せてくださいっす! あと手合わせお願いますっす!」
今現在、一階の居間にて。
巌人は目の前でぴょんぴょん跳ねているカレンから目を逸らしながら、テレビへと視線を向けようとしていた。
──だがしかし、ぴょんぴょん跳ねるに従って揺れ動く、その大きな二つの肉塊。
そう、ランニング最中に気がついたことではあったが、カレンは意外にも巨乳なのであった。身長的に言えばちょっとしたロリ巨乳である。しかもそれが風呂上がりな為か薄着なパジャマ姿。目に毒もいいところだ。
「って言うかそもそも僕師匠になった覚えないし」
「なんですと!? ……はっ、まさか弟子になりたければその行いで意思を示せということ!? 分かったっす! 頑張ってみるっす!」
「ちょっとー? 深読みしないでくれませんか?」
巌人は厄介そうなことになったな、と内心ため息を吐きながら彼女の存在を無視していると、珍しいことにも紡が一階へと降りてきた。
そもそも彼女は人前に出ることをひどく嫌っており、正直見ず知らずのカレンの前に姿を現しているだけでも十分に珍しい。それだけ気に入ったということか、はたまたそれとは別の理由か……。
そして彼女の口から出てきたのは、予想以上に辛辣な言葉であった。
「兄さんの弟子とか、身の程知らなすぎ。アンタみたいな弱い人、相応しくない」
「なぁっ!?」
別段、巌人へと弟子入りしようとしてきた者はこれが初めてのことではない。それこそ巌人の本当の力を知った国家から王族が送られてきたこともあったし、文字通り億の金が積まれたこともあった。
だが、紡は知っていた。そういう輩は──巌人の力を見て手のひらを返した者達は、決まって必ず初日から巌人の訓練についていけず、二日目の早朝には故郷へと帰還するということを、見て、知っていた。
だからこそ紡は次回からそういう輩が来た場合は自らの目で見極めてやろうと思っていたのだが、彼女もまさか、カレンがここまで巌人に懐くとは思ってもいなかったのだ。
だからこそ内心、予想外の事態に珍しく興味を抱いているのだったが、内心ではこうも思っていた。ここまで突き抜けた脳筋の馬鹿ならば、逆に巌人の弟子足り得るのではないか、と。
だからこそ──彼女はカレンへと、とある条件を付けることにした。
「もしも、もしも万が一、兄さんの魂を見ることが出来たら、その時は私も認めてあげる」
その言葉に、ピクリと反応する巌人とカレン。
カレンは思わず巌人の方へと視線を向けて、魂を見ようとする──だが、やはりそこには人やアンノウンの身体には必ずあるはずの魂は見当たらず、彼女は内心で冷や汗をかいた。
「って言うか師匠は無能力者っすよね!? そんなの見えるはずないじゃないっすか!?」
「それ、真っ赤な嘘。高位なアンノウンなら一発でわかる」
「「はっ!?」」
巌人は驚いた。なにバラしちゃってるの!? と。
カレンは驚いた。あれ嘘だったんすか!? と。
だがしかし、それらを知っていてもなお、紡は巌人のことを暴露し続ける。
「兄さんは、巧妙に色々なこと、誤魔化してる。言葉然り、態度然り、地の文然り」
「地の文!? なんすかそれ!?」
もちろんそれは、言ってはいけないことである。
「例えばサッポロの都市伝説。強いアンノウンが滅多にやって来ない。あれ、私のせいじゃない。全く別の理由」
「えええっ!? それマジっすか!?」
よく考えれば当たり前のことである。
確かに防壁の上に巣づくっていた監視の聖獣級ならばまだしも、それがいくら強いアンノウンであっても外壁越しに紡の魂を視認することは不可能である。そこまで紡の魂は大きくない。
もしも万が一、防壁からはみ出る程の超巨大な魂ならばそんな魂による守護も可能かもしれないが、もしもそんなことが出来る者がいるとすればそれは確実に人をやめている。可能性としては万に一つも有り得ないことである。もはやネタの域だ。
「おいツムよ、そこら辺でネタバレはやめとけよ。確かに都市伝説のやつに関してはテキトーなボラ吹いただけなんだけど」
「嘘ついたってことっすか!? 酷いっす師匠!」
巌人の失言にカレンが突っかかって来るが、巌人はソファーから動かずに顔だけカレンへと向けた。
「それよりも今は弟子入りの事についてだろ? 僕としては暇だし別に弟子とっても良いんだけど……、ツムがすごく嫌そうな顔してるしなぁ……」
そう言って巌人は紡へとチラッと視線を向ける。
するとそこには相も変わらず無表情の紡が立っていたが、彼女と長く一緒にいる巌人には分かっていた。今のツム、ものすごく嫌な顔してるな、と。
「じゃあツム、その魂見えたら、って条件を設けるとして、期限はいつまでにする?」
「この人が、諦めるまで」
「了解」
そう言って巌人は立ち上がると、カレンへと視線を向けてこう告げた。
「というわけだ。とりあえず僕の魂を視認することが出来たら弟子にするってことで」
「り、了解っす!」
この時点でカレンは直感していた。
その条件が、無理難題と言っていいほど、難しいという事実に。
☆☆☆
その後、カレン曰く「ご飯は飛行機の中で食ってきたんで大丈夫っす!」との事だったので、巌人はそのまま自室へと直行して眠りについた。
そして翌日、巌人が起きて居間へと向かうと、何やら紡とカレンの話し声が聞こえてきた。
「これは……正直……」
「……っすよね! なら……」
「それはダメ」
「なんでっすか!?」
居間へと入ると、ソファーに座って何か見ていた様子の二人が一斉にこちらを振り向き、巌人の存在に気づくと同時にその何かを見せるべく近寄ってきた。
「師匠! これ見てほしいっす!」
そう言って彼女が巌人へと見せてきたのは、つい先日衛太が見せてきたように、ステータスアプリの上に浮かび上がる透明なステータスウィンドウ。
巌人は寝ぼけ眼でその画面へと視線を落とし──そして一瞬で目が覚める結果となった。
──────────────
名前:駒内カレン
年齢:十六
性別:女
職業:学生(高校生)
闘級:二十五
異能:創水[G]
体術:B
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「と、闘級が……、二十五……?」
闘級二十五。
フォースアカデミーに推薦で入った、Sランクの異能を持つあの衛太でさえ闘級が十六だった。
それをGランク──つまりは最低位の異能を持つ彼女が、それも十近く差をつけて上回るなど本来有り得ぬことであり、そもそも闘級二十五というのは特務のC級隊員闘と互角である。しかも高校一年生でこの現状となると、もはや世間でいうところの化け物でしかない。
──そしてそれは、本来Gランクの異能力者が到れる境地ではない。
それには巌人はもちろんあの紡でさえも驚きを顕にしており、二人の頭の中にはとある単語が浮かび上がっていた。
「「魔法少女……?」」
魔法少女。カレンが自称する意味不明な存在である。
正直今目の前で胸を張ってドヤっているこのジャージブルマとテレビで見る魔法少女、それらには共通点という共通点は何もなく、普通に考えれば頭のおかしい可哀想な子にしか思えないだろう。
──このステータスさえ、見なければ。
「な、なぁ、カレン……確かに武器召喚できるとか言ってたよな?」
「魔法少女の武器っすか? 出来るっすよ?」
すると彼女は巌人と紡の側から数歩離れると、一度深呼吸をしてからこんなことを叫びだした。
「ミラクル☆ミラクル! いでよ私の魔法武器っ!」
くるりと回ってからの横ピース&ウィンク。
その言葉と同時に行われた意味不明なその行動に思わず巌人と紡は目を見開いたが、その直後に光り始めた彼女の目の前の虚空を見てさらに目を剥いた。
彼女はさも当然とばかりにその謎の光を掴みあげ、再び謎のポーズを取り始める。
──そして完成する、青いステッキ。
そしてそれらを見て二人は確信する──やばいこの娘本物だった、と。
カレンは二人の様子に満足すると、その青いステッキをクルクルと回しながら口を開いた。
「っていっても私は物理系の魔法少女なんでステッキとか撲殺以外に使わないんすけどねぇ〜。いっつも使ってるのは大剣とかハンマーとかっす!」
物理系の魔法少女だって? 一体なんだそれは?
そう聞きたい二人ではあったが、残念ながらそう聞いてはきっとコイツはその大剣やらハンマーやらを召喚するのだろう。そして、その暁にはきっと床が抜ける。それは出来れば遠慮したい。
巌人と紡はお互い顔を見合わせてため息を吐くと、お互い今見たことを忘れてキッチンへと歩を進めるのであった。
☆☆☆
その十数分後、二人の前に鬼が居た。
「ムシャッ、ガリッ! ゴクゴクッ、ビチャッ、フグッ!」
巌人が買い込んだ食パンを一斤丸ごとかじりつき、硬いはずのフランスパンをガリガリと音を立てて噛み砕く。
近くに置かれたコップ──ではなく、その奥に置かれた牛乳のパックをとってパンを流し込み、サラダを手づかみでドレッシングに浸し、そのまま口の中に押し込んでゆく。
そしてそれは、かつて巌人が予期していた最悪の展開そのものであり、巌人は彼女の声を聞きながら、こんなことを思った。
「おかわりっす!」
冷蔵庫……新しいの買っておいて良かったな、と。
次回、交換生生活、初日です。