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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
89/162

89.炎神白鬼

 雪が、降っていた。

 さんさんと、暗くなった夜空に白が舞い――


 ――そして、炎が舞っていた。


「ガアアアアアアアアアアアッッ!!」


 憤怒に塗れた、絶望に塗れた、焦燥に塗れた、そんな声が響き、その直後に、再び炎が舞い踊る。

 その炎は、全てを燃やし尽くすような白色の炎。

 まるで――神の炎だ。

 その神の――白色の炎が燃え上がり、敵味方問わず周囲にいるモノを全てを燃やし尽くしていった。

 そしてその中心地に、奴は立っていた。


「人間共オオオオ!! 我がッ、我が娘を何処へとやった!? 貴様らが連れ去ったことは既に割れているのだッ!」


 限りなく白色に近い青髪を揺らし、腰に巻いたその白い布が風になびいて音を立てている。

 奴がその手に握る刀を振れば炎が召喚される、地面へと叩きつければ炎が周囲へと爆散される。


「……強いな」


 初めて見た、ここまでの強敵は。

 あの人――序列二位たる紗奈さんもかなり強いが、彼女はまだここまでは至っていない。

 僕はほんの少しだけ頬を強ばらせると、その高台から飛び降りた。何せ今までにない強敵だ、警戒するなという方がおかしな話だ。

 僕はスタッとその男の近くへと着地すると、すぐに襲ってくるその白色の炎。

 それに対して、僕は――


「『消失(イレイズ)』」


 パァンッ!

 周囲に拡散されていたそれらの白い炎が、一瞬にして青い光になって消え失せた。

 僕の異能は――存在力操作。

 今のは炎に存在していた存在力を一瞬にしてゼロへと移行させた結果、起きた現象なのだが――


「痛ッ」


 痛みが、炎へと触れた手へと走った。

 痛みが走ったのは、何年ぶりだろうか。

 見れば、一瞬しか触って行かなったはずなのにも関わらず、完全にやけ爛れた自身の指が存在しており、それを見た僕は眉を顰めながらも――


「『復元(リストア)』」


 直後、青い光に包まれたその手が、一瞬にして元の状態へと戻っていった。

 今のはその逆に、存在力を一瞬だけ限界以上に高めた結果の現象だが――流石に、痛みまではどうしようもできない。


「少し……、体を鍛えた方がいいかもな」


 普段からかなり鍛えているとはいえ、普段は異能の特訓をメインに置いている。今のままでは、あまりにも能力に頼りすぎているような気がしてならないのだ。

 だが――今は、それどころではなさそうだ。


「……娘を、どこへやった?」


 その男は、怒りを滲ませながらそう口を開いた。

 その容姿は正しく人間そのもの。……アンノウンとは決まって異形の化物のはずだが……、これもアンノウンと考えて良いのだろうか?


「……お前は、アンノウンか?」


 僕は彼の言葉を無視すると、そう質問してみた。

 ……否、質問というよりは確認か。

 だがしかし、我ながら良くもまぁ相手の質問に吹き出さなかったものである。

 アンノウンに娘?

 馬鹿馬鹿しい。そんなもの、いるはずがないじゃないか。

 アンノウンはただの化物。人類の敵。

 そんな存在に、家族など、娘など、いるはずもない。一考にも値しない馬鹿馬鹿しい推測だ。

 僕の『嘲笑』を察したのか、奴は黙ってその刀を構えた。


「人間に問いた我が馬鹿だったようだ」

「そうだな、お前らは黙って殺されてればいい」


 僕はそう呟くと、慣れた手つきで腰のホルダーからその銃を手にして――構えた。その間にかかった時間一秒足らず。まだまだ早打ちの頂点と比べれば遅すぎる。まだまだ修行が足りなさそうだ。

 そうして銃を構えた僕は――



「死ね、化物」



 ダアンッ!

 銃声が轟き、勝利を確信した僕は――


「フッ――」


 カアンッ!

 弾かれたその弾丸を見て、目を見開いた。


「なっ……!?『消失(イレイズ)』を付与した弾丸を――」


 有り得ない。

 触れるもの全ての存在力を無へと還す、絶対に防げない必殺の一撃は――いとも簡単に、弾かれた。

 僕の驚きを見て、今度は彼が嗤った。


「クカカッ、ケツの青い餓鬼が。貴様の能力はどう考えても一撃必殺を決めるべきもの。初手で自らの能力を使うなど、相手にどうぞ防御の策を考えてくださいと、そう言っているようなものだ」


 そういって肩を震わせると、その構えた剣に白い炎を纏わせた。


「詳しくは測れんが、おそらくその能力、触れたものを消す能力、そして傷を癒す能力、二つを兼ね備えた万能の異能だと考えられる……が、所詮は餓鬼だ、まだまだ処理能力が甘すぎる。例えば――」



 ――剣を膨大な炎で纏えば、炎を犠牲にしている最中に対処できるくらいはな。



 次の瞬間、目の前にはその剣の先端が迫っていた。


「くっ――」


 咄嗟に上体を捻ってその突きを躱すと、僕が躱すのを前もって予想していたのか、いとも簡単にその剣筋を変え、崩れた体制の僕へと袈裟斬りを放ってきた。

 ――だが、いつまでもやられて入られない。

 僕は咄嗟にもう片方のホルダーからも銃を取り出すと、両手に握った銃を男めがけて打ち込んだ。

 その一発一発が致死の一撃。防御越しにくらったところでそれすら消失させて命を刈り取る、そんな一撃だ。

 けれど――


「だから、効かぬと言っているだろう」


 カンカンカンッ!

 その光景には、もはや焦燥を通り越して敬意すら覚える。そしてすぐに駆逐対象に敬意を覚えた自分を殴りたくなる。

 僕は出来た一瞬の隙に彼から距離をとると、再度その銃をやつ目掛けて構えた。

『存在力操作』の異能は、その能力の強さ故にとてつもなく扱うことが難しい。異能が発現してから今まで、この異能のためにありとあらゆる修行をこなして、やっとここまで『様になってきた』のだ。まだまだ扱いきれているとは言い難い。

 奴の炎は、まず間違いなくSSSランク、最上位の異能。そんな異能を高密度で纏わられれば、異能を付与しただけの弾丸程度では貫けない――らしい。


「驚愕の、新発見ってやつだ」


 まぁ、驚くべきは、奴の技術なのかもしれないが。

 拳銃の弾丸を視認する。

 その行為自体は僕にだって簡単に出来るし、何なら指でキャッチすることだって出来るだろう。

 だが、この『創滅銃』はただのピストルではない。僕が存在力を上げに上げまくり、弾速をライフルよりもさらに早くした一品だ。

 放たれた弾を視認するだけでも十分に化物。それを刀に当てる時点で並の化け物ではない。そして、ピンポイントで炎を纏わせ、その弾丸を弾いている時点で――


「これが、神獣級か……」


 この相手は、油断しちゃいけない強敵なのだと、心の底から実感した。




 ☆☆☆




 多分、一歩間違えたら僕は死ぬ。

 そんな恐怖があった。

 見れば膝が微かに震えており、それを見た男は「クカカッ」と嘲笑を浮かべる。

 そして、僕は――



「黙って失せろ」



 その拳を、思い切り膝へと叩きつけた。

 じぃんと、痛みが膝から広がってゆく。

 もしかしたら膝の皿が割れたかもしれない。思わずそう思ってしまうほどの痛みが走ったが。


「『復元(リストア)』」


 側頭部に当てた銃口が音を鳴らし、身体中に滞っていた痛みが消え去ってゆく。

 気がつけば膝からは震えが消え去っており、それを見た男は先ほどとは打って変わり、「ほぅ?」と感心したように声を漏らした。


「ただの異能頼りの餓鬼かとも思っておったが、最低限、戦場(ここ)に立つだけの資格は持っているようだな」

「当たり前だ。これだけ殺しまくってんだから、少なくとも殺される覚悟くらいは出来ている」


 確かに、アンノウンは僕らの敵だ。

 一匹残らず駆逐するべき、害虫だ。

 けれど、これが『殺し』だということには変わりないし、こちらが殺そうとすれば、向こうもこちらを殺そうとしてくるのは子供でもわかる道理だ。

 故に――



「戦場に、恐怖は要らない。必要なのは、殺す覚悟と殺される覚悟の二つだけだ」



 それ以外に、余計なものなんて必要ない。


「クカカッ……。よく言った、少年」


 その言葉からは――怒りや焦りは消え失せていた。

 そこにあるのは、純然たる殺意。


「どうやら我は貴様を侮っていたようだ」


 刀を構えるその男。

 そしてその身体中から――炎が吹き荒れた。


「『変異化』」


 身体中が白い炎をあげて燃え上がり――その中から現れたその体を待て、思わず目を見開いた。


「なっ――」


 そこに居たのは――白い鬼だった。

 体は一回り大きく変化しており、その四肢は鬼のものに、首筋から頬にかけて、まるで鎧のような皮膚が覆い尽くしている。

 ひと目で確信した――今相対しているのは、銃なんて武器が通用する相手じゃないということを。

 奴は鬼の手で剣を握りしめると、その剣に溢れんばかりの炎を付与させた。



「『炎神白鬼』――我が、正真正銘の本気だ」



 その言葉に、思わず口の端を吊り上げる自分がいた。

 初めてだった。

 心の底から、死ぬかもしれないと思うのは。

 身体中の本能が危険を告げている。

 血が沸騰しているように滾り、肉が早く戦えと告げている。


 ――端的にいえば、楽しんでいる。


 そしてそれと同じくらい――恐怖している。


「ならこっちも、命をかけて、本気で行こう」


 両手に握った銃をホルダーへと収めると、グッと両の拳を握り締めた。

 銃の弾丸ならば、確かに炎によって能力が掻き消されてしまうかもしれない。

 ならば――僕自らが、消せばいいのだ。


「よりにもよって、あの炎の中に飛び込むとか、我ながら自殺行為にしか思えないな」


 言いながらも拳を構える。

 足に力を入れると同時に、奴もその剣を構えた。


「一応言っておこう。我が名は酒呑童子――人間に連れ去られた娘を助けんがために参った」

「……僕の名は、南雲巌人――特務の絶対者(ワールド・レコーダー)が頂点『黒棺の王(ブラックパンドラー)』。貴様を殺すために来た」


 我ながら、ここまで『敵』に興味を覚えたのは初めてだった。

 今まで、敵の名前なんて覚えようともしなかったし、相手が名乗り出たら、それは攻撃できるチャンスだとしか思わなかった。

 けれど不思議と、この男の名前だけは、覚えておこうと思った。


「行くぞ、酒呑童子」

「来い、ナグモとやら」



 その刹那――僕らは駆け出した。


 一撃必殺の、炎を纏った剣が振り落とされ。

 一撃必殺の、異能を込めた拳が唸りをあげる。


 正しく一瞬で、僕らの勝敗は決した。


 交差した僕らは、お互いに背を向き合って構えを解く。

 そしてそれと同時に小さく悲鳴が響いた。


「うぐっ……」


 僕の、悲鳴が。

 見れば右の拳は焼け爛れており、ピシィッと、右の眉の部分へと斬撃の跡が走った。

 鮮血が舞い、思わず痛みに顔を歪めた僕だったが。

 けれども――




「悪いな、僕の勝ちだ」




 背後で、酒呑童子が倒れる音がした。

巌人もいい感じに現在とは違いますね。

狂ってる……というのともまた違いますが。

ちなみに巌人の眉の傷はこの時に付けられたものでした。

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