88.黒の歴史
すいません!
出すのが遅くなりました!
過去編は予想以上に難航しそうなので、少し投稿速度遅くなるかもしれません、
四年前――12月11日。
サッポロから数キロ離れた地点にて、アンノウンと人との、戦争が勃発していた。
悲鳴が飛び交い、怒声が轟く。
そんな中、一箇所だけ、沈黙が一帯を支配している空間が存在していた。
『テレレレッテレー♪ テレレレッテ――』
着信音がその沈黙を突き破る。
ステータスアプリへと視線を下ろせば、そこには『中島智美』との名前が書いており、僕は迷うことなくその名前をタッチした。
――ベチャッ。
その際、小さく音が鳴る。
よくよく見てみれば、僕の両手は血で濡れているようであった。……いや、身体中を覆うような暖かくも気味の悪いこの感触。もしも万が一目の前に姿を移せるほどに大きな鏡があったとしたら、そこにはきっと、世界中のどんな殺し屋よりも恐ろしい、血塗れの少年が立っていることだろう。
と、そんな間にも通話が繋がった。
「……何のようです、姉さん?」
『巌人か? そろそろ終わった頃だろうと思ってたが……』
「終わりましたよ。目に付く生き物は全て殺した」
僕は、何のためらいもなくそう言った。
――殺した。
胸を貫き、頭を撃ち抜き、頭蓋を砕き、腹を切り裂き、心の臓を潰して、殺しに殺し尽くした。
一歩踏み出すと、足元から気色の悪い音が聞こえてくる。
その正体はもちろん――死骸だ。
敵の死骸。
生意気なことにも、愚かなことにも、よりにもよって僕に対して襲いかかってきたこれらの敵――アンノウンの群れを、僕は一片の容赦もなく狩り尽くした。
そこに疑問はない。
ただ、人類の敵だから殺しているだけ。
ただ、母にそう言われ続けてきたから殺しているだけ。
ただ、単純作業として、殺しているだけ。
そこに何か感情が挟まるようなことは決してない。罪悪感など完全なる皆無と言ってもいいだろう。
――なにせ、殺すことは生きていく上では当然のことで、殺さなければ自分が喰い殺される、だけなのだから。
『……そうか、終わったんなら少し手伝いに来てくんねぇか? お前のいるだろう方向から考えると……十時の方向だ。距離は数キロってところか?』
その言葉に僕はコクリと頷いてそちらへと視線を向けると。
「さて、もうひと仕事してくるか」
そう、淡々と呟いて歩き出した。
☆☆☆
それと同日。
戦争も一段階付いた――という言葉は本来相応しくはないのだろうが、ことこの争いに関しては別だった。
この戦争は、言葉に表せば人類VSアンノウン軍団の一部、という感じであり、先ほど皆殺しにした軍勢もまた、その未だ捕捉することもできない大勢のうちほんの一部だったのだろうと思われる。
「まぁ、何体来ても同じことだろうけど」
そう言ってタオルで髪を拭きながらも、僕はそのシャワールームから出た。
場所はサッポロの特務署、その一室であり、そこは言うなれば僕――つまりは、黒棺の王の専用ルームであった。
僕自身が、有名になって出歩くのも難しくなるのが嫌だ、ということもあり、基本的に僕以外は誰であろうと出入りは不可、そもそも下っ端の隊員には存在すら知られていないだろう。まぁ、それは『A級以下』という意味での『下っ端』という意味だが。
けれどもどういう訳か、その僕の部屋には一人の来客が訪れていた。
「あー、ソファー借りてるよー……」
そう言ってその黒色のソファーにぐたーっと、うつ伏せで寝転んでいるのは限りなく白色に近い、金色の髪をした少女だった。
その金色の髪からはピョコりと、犬のような耳がその姿を覗かせており、彼女が『亜人』だということを知らせてくれる。
まあそのソファーのすぐ横には『聖剣』らしきものが立て掛けられており、身につけていたであろう白銀色の鎧がそこらに脱ぎ捨てられていた。
そんな彼女の様子を見た僕は、疲れたようにため息を吐いた。
「また来たんですか……? いい加減迷惑なんですけど」
「別にいいじゃないかー。ボクと君の仲だろー?」
一体どんなに仲だったか。
そう考えて僕は――
「狙われる一位と、その座を付け狙う二位、ですよね」
「せっいかーい」
そう言って彼女はガバッと顔を上げると、そこソファーの上へと座り直した。
彼女の名前は――枝幸紗奈。
……またの名を。
「絶対者序列二位――『英傑の王』」
「なんだい改まって、『黒棺の王』」
彼女はニヤッと笑ってそう言った。
犬――ではなく、狼の亜人にして、英傑の王の名を冠する絶対者の序列二位。
自らのうちに秘める『正義』の名の元に世界中を旅し、あらゆる国の平和を守ってきた――正しく勇者。
そんな彼女は僕と違ってものすごく有名であり、街なんかを歩いた日には数分もしないうちに人だかりができるほどだという。たしか前にそう言っていたのを聞いた覚えがある。
そんな彼女は今回、この戦争に参加している。
というのも、たまたま日本に帰ってきたところを母さんに捕まったらしく、まんまと説得されて――結果、こうして戦争に駆り出されているのだそうだが。
「何故、よりにもよって僕の部屋に来てるんですか?」
「えー、別にい――」
「帰ってください」
ピシャリと、そう言ってのけた。
正直……、僕はこの人が、少しだけ苦手だ。
正義や悪がどうのこうのと……、例えば人間とアンノウンが対峙していて、人間の方が悪いと思えば、きっとこの人は迷うことなくアンノウンの味方につくだろう。
そんな考えが、気味悪くて仕方が無いのだ。
「僕はこれでも忙しいんですよ。アンノウンを皆殺しにしなくちゃいけないから」
「……はぁ、君はやっぱり、変わらないね」
僕の言葉に彼女はため息を吐くと、意味のわからないことを言い始めた。
「いいかい? 前にも言ったけれど、アンノウン=敵、っていうその考えは危険思想だ。アンノウンが一方的に攻めてきた今回みたいな戦争ならいざ知らず、アンノウンを見つけ次第殺す、なんてのはボクからしたら愚か者の考え方だね。特務でいうところの、君や君のお母さんがこれに当てはまる」
「……は? 一体何を馬鹿なことを――」
「アンノウンだって、生きてるんだよ」
まるで、僕の言葉を最後まで言わせないようにと、被せ気味に発せられたその言葉。
「アンノウンだって生きてるんだ。そりゃたしかに、襲いかかってくる相手にも『なにか理由があるんじゃないか?』なーんて聞く余裕は人間にはない。ボクもいきなり襲いかかられたら倒しちゃうかもしれない。……けれど、せめて相手が善か悪か、相手に話が通じるか通じないか。それくらいは、考えるべきだ」
それが命を奪う側の、最低限の礼節ってものだよ。
そう彼女は口にした。
奪うアンノウンの命を取捨選択する。
その考え方を聞いて、僕は――
「はっ、馬鹿なんじゃないですか?」
そう、鼻で笑った。
アンノウンが生きている?
殺せるのだから生きているのは当然のことだろう。
アンノウンが、善か悪か?
そんなの――悪に、決まっている。
「アンノウンは人類の敵。敵を迷うことなく皆殺しにして、民の平和を守る僕ら特務の役割。子供でもそれくらいは分かりますよ」
「子供でも、争いばかりの世界と、皆が仲良く暮らせる世界。どっちがいいかなんて分かると思うんだけどね」
そう言ってため息をつく彼女。
分かっていたさ。
棺と勇者は、どこまで行っても平行線なのだと。
僕とこの人は、永遠に分かり合える日が来ないのだと。
そんなのは、十三歳――つまりは子供の僕でも簡単にわかってしまった。僕らの意見よりもよっぽと簡単なこの世の摂理だ。
「いつか、貴女後悔しますよ」
僕はソファーにかけてあったマントを羽織ると、チラリと彼女へと視線を向けてそう言った。
「そんな考えじゃ、いつか賢い敵が現れた時に貴女は死ぬ。騙された末に最悪の事態に陥って――無残に死ぬ」
「ご忠告、感謝するよ」
その言葉を聞きながらも、僕は彼女に背中を向けて歩き出した。
部屋の隅を見れば、僕専用の赤いランプが点滅しており、僕が出なければいけない緊急事態が発生したのだと、そう僕へと伝えてくれる。
そんな中。
「それじゃあ僕からも」
彼女はチラリと僕を振り返ると。
――君、近いうちに後悔するよ。
その言葉は、何故か僕の心に深い跡を残していった。
☆☆☆
「おお、来たか!」
その言葉に顔をあげれば、そこには見覚えのある部下の姿があった。黒いコートに後ろで縛った長い赤髪。腰には一振りの刀を差しており、そんな彼女は、僕へとブンブンと手を振っていた。
「……どうしたんですか、姉さん」
――姉さん。
そうは言うけれど、この人は僕の姉ではない。
中島智美。
幼少の頃から一緒に過ごした女性で、立場的には僕の部下らしいが、昔から年上には敬意を払えと母に厳しく言われていることもあり、僕は親しみと敬意を込めて『姉さん』と読んでいた。
まぁ、僕からしたら姉のような人だ。
「あぁ、ちょーっとばかし、とんでもない奴が出張ってきてやがってな……」
「……とんでもない奴?」
これでも姉さんは闘級六十越えの怪物だ。その刀も相まって並の聖獣級でも倒せる力は持っている。
そんな彼女でも倒せないとなると――
「――神獣級が、出てきたのよ」
その言葉に視線を向ける。
そこにはビシッとスーツに身を包んだ母――南雲月影の姿があり、彼女は大きなため息を吐いた。
「正確には、神獣級だと思われるアンノウン。そういうのが正しいのだろうけれどね。なにせ相手の能力を測ろうと送った隊員達、全員皆殺しにされちゃったから。間違いなく闘級百じゃ収まらない怪物よ。そこで貴方に倒してきてもらいたい、ってわけ」
「……あぁ、そう」
正直それなら彼女――紗奈さんが出ても何ら問題なかったように思えるが……、それでも、上司がそう判断したのならば、僕からは別に文句はない。
僕は深いため息を吐くと――ふと、彼女の言葉が頭を過ぎる。
(アンノウンだって、生きている……ねぇ)
そんなことは百も承知。
生きているからこそ、殺すのだ。
奴らは敵なのだ。生かしてはおけない。
生きていることが――罪なのだから。
僕はそう、自分に言い聞かせるように心の中で呟くと。
「それじゃ――殺してくる」
時刻は、十六時を回った頃だった。