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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
87/162

87. 12月11日

さて、新章突入です!

今回はお待ちかねの過去編!

あと少しいつもより投稿遅れました、すいません。

 12月11日。

 冬のある日。


「もう、あまり無茶するんじゃありませんよ? それでは入院費、治療費含めて――少し多くなりますが、入院費四十八万と、六千円になります。領収書作りましょうか?」

「いえ、自分で払いますから別にいいです」


 巌人はそう言いながらも腕のステータスアプリをその機器の上まで指す出すと、ピコンッと音が鳴って支払いが完了する。

 まさかまさかの一括払い、それには受付のお姉さんも目を見開いて驚いた。


「南雲さんは……その、総理大臣と防衛大臣の親族の方だと聞いていたのですが――」

「両親から治療費なんかは受け取っていないのか、ですか? 今じゃ両親からお金は貰っていませんよ、自立しましたし」


 巌人はそう言うと、話も聞かずに踵を返して歩き出した。

 ――自立。

 間違っても、高校一年生の使う言葉ではなかったし、その後ろ姿は、子供のそれには到底思えなかった。


 巌人は、病院から外に出た。

 周囲には軽く雪が積もっており、踏み出した足に『ザクッ』という音とともに雪を踏みしめる感覚が伝わってくる。


「……冬、か」


 そう、どこか寂しげに呟いた巌人は、空を見上げた。

 そこには四年前と同じ曇天が広がっており、ポツリポツリと、小さく雪が降っていた。

 冬には、いい思い出がない。


 人を殺した記憶。

 娘から父を奪った記憶。

 女の子を泣かせた記憶。

 泣いた記憶。

 親と決別した記憶。

 覚悟した記憶。


 そして――異能を、消した記憶。


 彼はため息を一つこぼすと、三年前――否、今日で丁度四年前になる過去に、眉根を軽く寄せた。

 いつまでも経っても、誰と出会っても、何があっても、決して薄れぬその記憶。


「……帰るか、家に」


 彼は吐き出した白い息を眺めながらもそう呟いて、ステータスアプリを操作した。




 ☆☆☆




 パンパンパァンッ!


 巌人が家の中へと扉を開けて入ると、それと同時にクラッカーが鳴り響いた。

 それには巌人も目を丸くして硬直し、その背後で巌人を自宅まで送り届けてきた智美はニタニタと笑みを浮かべる。

 巌人の目の前には何かの仮装(?)をした三人の姿があり、黒いちょび髭をつけた紡、サンタの格好をしたカレン、魔女の格好をした彩姫は『せーの』っと声を合わせると。


「「「退院おめでとうっ!」」」


 そうして拍手が鳴り響き、あまりの事態に巌人は思わず額に手を当ててため息をついた。


「……別に、こんなことしなくても良かったのに」

「なーに行ってるっすか! せっかくの退院祝いっすよ! やらなきゃそんってもんす!」


 そう言って巌人の腕を抱き抱えたカレンは、そのまま「よいしょっ」と巌人を奥の方まで引っ張ってゆく。

 いきなりの行動に焦った巌人は咄嗟に靴を脱いでそのまま居間へと連行されてゆき――そして、その居間の光景を見て目を見開いた。


「こ、これは……」


 そこには豪華に飾り付けられた居間が存在しており、机の上には誰が作ったか、少し形の歪なおにぎり、なんだか得体の知れない物体X、その他にもメロンソーダが大量においてあり、巌人は無理矢理にそのソファーへと座らされた。


「おうおう、普段は私に家事任せてたくせにいきなり『料理する』なんて言い出したからどういうわけかと思ったが……、なるほどこういう訳か」


 そう言って智美がその黒いコートを脱ぎながらもやってきて、紡、カレン、彩姫も改めてその机の周りへと腰を下ろした。

 彼女――智美は巌人がこの家を不在にしている間、この家に滞在して三人の面倒を見ていたのだが、どうしても三人は、この日だけはと料理を譲らなかったのだ。

 そのことを暴露された三人は少し顔を赤らめながらも巌人から視線を逸らした。


「あ、アレですよ。聞けばツムさんの誕生日が明日だって言うじゃないですか? だからその、たまには料理をしてもいいかなーって思いまして……」

「そ、そうっすよ! 別に師匠のために頑張って料理本読み込んだとかそういうの無いっすからね!」


 巌人は「わかりやすい奴らだな……」と内心で思いながらも、彩姫の言った言葉に少しだけ、動揺してもいた。


「……そういえば、そうだったな」


 そう言って彼は、右隣に座っている紡へと視線を向けた。

 そこにはちょこんとソファーに腰掛けている紡の姿があり、彼女はちょび髭のついた顔を背けてはいたが、その耳は真っ赤に染まっていた。

 その可愛らしい様子に巌人はいつもの調子で、その頭へと手を伸ばして――




『絶対、道連れにしてでも、殺してやる』




 ――けれどもその手は、彼女までは届かない。


「……兄、さん?」


 いつもとは違う巌人に何か違和感を覚えたのか、紡は不思議そうに巌人の姿を見上げて――ふと、その手が震えていることに気がついた。

 一度として忘れたことのないその言葉。

 今でさえ新鮮に、耳朶に刻みつけられているように、一言一句紛うことなく覚えている。

 四年前のことを、まるで昨日の事のように覚えている。

 気がつけば巌人の震えは少しばかり尋常では無くなってきており、それを見たカレンと彩姫は不安そうに眉を寄せ、紡は限界まで目を見開いて彼を見つめた。

 そんな中――


「馬鹿が……、おいコラ、ちょっとこっち来い」


 そう言って席を立ち上がった智美は、半ば無理矢理に巌人をソファーから立ち上がらせると、そのまま引きずるように居間から出ていった。

 その際に彼女はこう言った――


「いい機会だ、そこの妹から全てを教えて貰え」



 ――もしも、全てを知って、何も変わらずにいられるものならな。



 その言葉に、紡は悲しそうに顔を伏せた。




 ☆☆☆




「ほらよ」


 そう言って僕の前に差し出されたのは、缶コーヒーだった。

 四年前……いや、それよりもずっと前から存在するその缶コーヒーはを差し出してきたのは中島先生。

 僕は軽く白い息を吐くと、素直にその缶コーヒーを受け取った。


「ありがとう、ございます」

「……おう」


 そう言って彼女は僕の隣へと腰掛ける。

 場所は、南雲家に位置する庭に面する廊下だ。

 窓を開け放ち、僕らは並んでその廊下へと座りこんだ。

 ……四年前も、こうしていたっけか。

 ふと、僕は四年前のことを思い出す。


「四年前と、なんにも変わんねぇな……」


 その言葉には、少し驚いた。

 チラリと横目で見れば、そこにはその満月を見上げる中島先生が座っており、彼女はククッと肩を震わせる。


「にしても、懐かしいなオイ。四年前って言えばお前の髪の毛がまだ真っ白白だった頃だろ?」

「……そして、なんにも考えずに行動してた、愚か者だった頃、ですね」

「女に心配かけてる今だって、十分に愚か者だろ」


 軽い調子でそういう彼女ではあったが、昔と変わらず彼女の言葉は的を射ている。それも、これ以上なく上手く、だ。

 たしかに紡にも心配をかけている。

 カレンにも、彩姫にも、だ。

 そして何より――


「心配かけて、すいません……」

「おいおい、いつになく良い子ちゃんだな? やっと私という存在のありがたみに気がつけた、ってか?」


 その言葉に僕は少しだけ肩を震わせると、彼女と同じようにその満月の夜空を見上げた。

 カチッ。

 缶コーヒーのプルタブを引き上げると、それと同時にフワッと白い湯気が視界を曇らせる。

 僕はその缶コーヒーを傾けて息を吐くと――


「そんなこと、ずっと昔から知ってますよ」


 そう言って僕は、その物語を思い出す――




 ☆☆☆




 それと時を同じくして、紡はカレンと彩姫を前に、フゥと息を吐き出した。


「覚悟は……出来てるみたい、だね」


 視線の先にはこちらをじっと見つめる二人の姿があり、それを見た彼女もまた、過去を語る覚悟を決めた。


「……これは、今からちょうど、四年前の出来事」


 そう、紡が言った。


「僕がまだ、黒棺の王で」


 巌人が空に向かって呟いた。


「私がまだ、(アンノウン)だった頃」


 紡が二人に向かって呟いた。

 二人の居場所は異なれど、その二人が放つ言葉は同じ。


「楽しいことなんて何も無い」

「思い出と呼ぶにはあまりにも血と、涙が流れすぎた」


「そんな、血も涙も憎悪も怨念も」

「すべて混ざりあって真っ黒になった――黒歴史」


「それは、罪に塗れた黒歴史」

「関わった全員が『罪』を背負い、結果として誰も報われず、最も努力した少年こそが一番――救われなかった」


 そう言って二人は、期せずして同じタイミングで息を吐くと。



「「そんな、クソッタレた物語」」



 そう、淡々と口にした。

次回から本格的に過去編突入です。

さて、シリアスに浸る覚悟はいいですか?

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