86.後日談―頂に立つ者達―
後日談。
――あの事件から、おおよそ一週間が経過した。
壁の中へと入り込んだアンノウンは、街中のあらゆる所で目撃されたという白髪黒マントの少年に駆逐され、壊れた壁もまた、いつの間にか完全に修復されていたとのことだった。
世間ではその少年こそが今回の事件で暗躍した『黒棺の王』だと言われており、サッポロは街の復興が進むとともに、他の街からその少年を探し出そうと訪れる者達も多かった。
また、黒棺の王が参戦したとはいえ、それでも街への被害は絶大だ。死者行方不明者も多数確認されており、一時は特務への批判も強まったが、それでも改めてその脅威――神獣級複数が襲撃してきた事実を突きつけられた民衆は、黙って歯を食いしばるしかなかった。
そしてこれは世間でも有名なことだが、その少年――黒棺の王が目撃されていたのは時間にして十分間だけだった。
最初に目撃されたのが壊れ果てた都心部、そして最後に目撃されたのが、破壊された壁の付近。
それ以降は一度も目撃されていない黒棺の王ではあるが、そのかわり、壊れた壁の近くに存在する林の中で一人の黒髪の少年倒れていたのを、付近を捜索していた総理大臣、南雲陽司の手によって発見され、病院まで緊急搬送されたとの情報が流れている。
その少年と黒棺の王が関係しているのではないか、そう思う者も少なくなかったが、その少年――巌人に会うことはかなわなかった。
「少しは、痛みと流血にも、耐性つけとけば良かったな」
そう言って巌人は、病室から窓の外へと視線をやった。
――全治、二ヶ月。
この時代、悲劇の年以前よりも医療が遥かに発展し、簡単な怪我などはすぐに治ってしまうであろう状況下において、その全治二ヶ月という期間はあまりにも異質過ぎた。
それはそれだけ巌人の怪我が大きかったということでもあり、彼の腕のレントゲン写真を見た医師は、主に二つの意味で愕然とした。
一つが、見たこともないその怪我の大きさについて。
その腕の骨は、まるで直接ハンマーで叩き割られたか、そう思えるほどに砕け散っており、その痛みを考えるとその場でショック死していてもおかしくないほどであった。
そして二つ目が、それらの骨を力技でつなぎ止めていたその強靭な筋肉について。
肉という肉が潰れ、ミンチと言っても過言ではないと言うほどに潰されたその腕、通常ならば力を入れるだけで激痛が走り、風に触れるだけでも切り裂かれたような痛みが走っていたであろう。
そんな状況下で筋肉の膨張により止血を行い、さらには粉々になった骨すらもつなぎ止めておくなど、まさしく異常としか言えなかった。
『正直、私からすれば生きていることが不思議なくらいですね。腕に怪我を負った時点で、ショック死していてもおかしくありませんでした。それどころかショック死していなくとも流血過多で死んでいました――が、何故か生きている。本当に何故か、としか言いようがありませんが』
緊急手術後に話を聞きに来た両親――総理大臣に防衛大臣、そして妹だという一人の少女に、医師はそう口にした。
通常ならば死んでいてもおかしくなかった。それが二ヶ月という短期間で完治する重傷へと変わったのは、単に巌人のその場の判断と、そして普段からの訓練あってのものだろう。
病室の外では、もう秋も終わりかけていた。
もう完全に木々は紅葉し、その色が徐々に木々から消え去ってゆく様が見て取れる。
「……もう、そろそろ。四年になるのか」
冬が来れば、またあの時のことを思い出すだろう。
三年前……いや、もうそろそろ四年と言った方がいいのかもしれない。
「まぁ、それより前には退院出来るみたいだから良かったけど」
そう言って巌人は、ゴロンとベットに横になった。
瞬間的に腕に痛みが走り、巌人は思わず眉を顰めたが、けれどもそんな痛みは、あの時の痛みには程遠い、蚊に刺されたようなものだった。
巌人はスッとその右眉についた傷へと手を添えると、「はぁ」と小さくため息をついた。
「そろそろ、語るか」
あんな――自分の姿を見せてしまったのならば。
もう、語る他ないだろう、あの時の事件について。
何故、自分が黒棺の王ではなくなって。
何故、自分が特務とは疎遠になって。
何故、紡の父親が死んで。
何故、自分たちが兄妹となったか。
楽しいことなど何も無い。思い出と呼ぶにはあまりにも血と、涙が流れすぎた。
そんな、血も涙も憎悪も怨念も、すべて混ざりあって真っ黒になったような――あの黒歴史を。
それは、罪に塗れた黒歴史。
関わった全員が『罪』を背負い、結果として誰も報われず、最も努力した少年こそが一番――救われなかった。
そんな、クソッタレた物語を。
☆☆☆
「いやはや、あそこまで強いとは思ってもみなかった」
その老人は、そう言って笑みを浮かべた。
オールバックに固められたその白髪に、その眼鏡の向こうから覗く眼光は年老いても尚全く衰えていなかった。
「最後まで見てきたので?」
ふと、そんな声が響く。
ここは壁の外。そんな場所に響く人間の声など、彼は一人しか知らなかった。
「いや、私が見てきたのは途中までさ。最初に会った時はただのシャンプー狂いの少年かとしか思えなかったけれど、あのアンノウン相手の無双劇を見た時は心が踊ったね。ゲーム化したら面白そうだ」
「そんなことをしたらアンノウンをいくら『作り出しても』足りませんよ」
「そりゃそうだ」
そう言って彼は立ち上がると、ふと、その壁の方へと視線を向けた。
そこには完全に――それこそ、絶対化の能力程ではなくとも、限りなく高い状態で復元された防壁が存在しており、彼は唯一、その光景にだけは納得がいっていなかった。
「にしても、何でだろう? 壁、元に戻ってるんだけど。もしかして現場見てたりした?」
「いいえ、こちらとしてもディアブルをあちらに送った後は関与していませんから」
彼らは、黒棺の王を目撃していなかった。
だからこそ困惑し、その未知に、多少なりとも恐怖し、好奇心を覚えた。
――彼らは研究者。
未知を恐怖し、恐怖を克服するために探求する、この世界において最も愚劣な生物。
自らのために『世界のため』と言い訳を立てては実験を繰り返し、世界のためと謳って――世界を壊した黒幕たち。
そんな黒幕の、それまた頂点に位置するその老人。
彼は口元に楽しそうな笑みを浮かべると。
「さて、君が歩むのはシャンプーの道か、はたまた覇道か。どちらにしても、かなり面白そうなことにはなりそうだけれど」
そういった彼は、けれども。
「けれども、その実力では、私には到底届かんよ」
そう、さも当然とばかりに口にした。
☆☆☆
一方その頃。
「……?」
彼女――玉藻御前は、思いっきり道に迷っていた。
そろそろ登場するのではないか。
もとい、そろそろ到着するのではないか。
誰もがそんなことを思っていたりする中。
(……ここ、どこだろう?)
彼女は何とか海を渡って、次なる大陸へと移動した。
けれどもそこは日本ではなく――
「……ううっ」
彼女はその寒さに、思わず体を震わせた。
視線を下ろせば、そこには遥か彼方にまで続く氷の大陸が存在しており、ふと、自分の体に影が差してチラリと視線を動かせば――
『グラァァァァァァァァァァッッ!!』
(……ドラゴン?)
そこには、巨大なドラゴンが存在していた。
体中に氷を纏ったそのドラゴンは、間違いなく神獣級だろうと、そう彼女は確信していたし、それは紛うことなく事実だった。
───────────
種族:氷竜王アイシス
闘級:198
異能:氷神力[SSS]
体術:SSS
───────────
そんなドラゴンに対して、彼女は――
(……食べれる、かな?)
ドギャァァァァァァァァァッ!!
瞬間、その氷の大陸に破壊音が鳴り響き、周囲へと大量の鮮血が撒き散らかされた。
そんな中、轟音をあげて地面へと倒れ伏すその巨体を見ながら、彼女は一つ、ため息を吐いた。
「アイム、ハングリー……」
未だに少し慣れぬ英語が、氷の大陸にて呟かれた。
現状、最も強い3人でした。
次回から新章開幕!
皆さんお待ちかねの過去編突入!
さて、全ての伏線を回収できるか。